THOKOの日々

2002年12月31日(火) 追求の果てに

来年はいよいよ大台に乗るという事と
大きな使命のようなものが迫ってきているという事で整理をつける時間を作ることにした

私は何になりたかったのだろうか
そういう問いにいつも答える回答は「看護婦」であった
物心ついた時にシュバイツァーの伝記を読み
深く感銘をうけその時の親友と医療について話をした
その親友は敬謙なキリスト教徒で将来は医者になるつもりだと強く答えた
私はならば看護婦になろうと話をしたものだった
それから数年して私は自分が病気だと知る
毎日白い天井を眺める入院生活の中で
更に深く看護婦への道を決心したが医者には体力的に耐えられない仕事だと宣告される
泣く泣く諦めたつもりだったがそれ以来恐ろしく無気力になった
そうして体育は見学する日々を送り学校も卒業してごくフツーに就職してOLになった
OLをやめて今の仕事について2年ほどはさまよっているかのようで色々と定まらないようにのらりくらりとしていたようにも思える
やはり看護婦になろうと再び決心したが頭のどこかで違うだろうともたげている部分は拭い去れなかった
そして今
毎日の生活に追われて時間にも追われてそれを言い訳にして時間を費やしてしまった
私はいったいどういう人間になりたかったのか
そういうとてもシンプルな疑問がようやく降ってわいた
看護婦になりたいのはこのシンプルな疑問の回答を得るための手段だという事なのだ
何になりたいのかではなく
自分が何者でありたいのかというえらそうな疑問なのかもしれない
私は「色んな人の気持ちのわかる人間になりたい」
これがシンプルな答えのように思える
そういう中で己としては弱者と思えていたいわゆる病気と共存していく人に何かできる事が浮かんだのだ
そしてそれが看護婦へつながったのだ
30を前にして何を子供の絵空事のような事を言っているのかと
自分でばかじゃないのかとも思えるが
これがようやくこの年にしてガキなりに考えた途中経過の現時点での回答である
年の締めくくりに出した疑問とそれなりの回答
とても自己満足である

ただ次の大きな山場を迎えるにあたってはこの限りではない
おそらくは


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