新しく行動を起こす事は面倒だと思っていた自分がいた。 けれど、なんだか誰かにささやかれるようにして参加したサークル。 同じ囲いの中で撮ったものでも面白いもので色んな着眼点があって出来上がってみればまるで別物だった。
ある人は写真教室に行ってて、課題の事を考えているようでもあったしけれど私の大阪時代の友人と面立ちが似ていてそのふわふわした雰囲気に女性らしさのようなものも感じられた。 ある人は懐かしい言葉を話して私に語りかけてくれた。カメラの事を気にしているようでもあった。まめで気遣いが行き渡り人に合わせるような感でもあった。少し目元が疲れを見せているようでもあった。 ある人はカメラを十台程所持していると言い、ニコンのカメラを持ってきていた。コミュニケーションを取るように非常に気を使い私にもそのようにしてくれた。難しい撮影対象に挑んでいる姿が印象的だった。いつか某電気屋で偶然会う事もあるかもしれない。 ある人は重いカメラを持っていて私のマクロレンズに興味を示しカメラの事などを聞くと詳しかったりしておしげもなく色々と話してくれた。ばりばりのカメラウーマンという印象の人であった。 ある人は一台のカメラとレンズで色んな写真に挑戦していて持ってきていた写真の数々は見事なものであった。もうあれは腕とセンスの域だと感じ震えたほどだった。 ある人はカメラ雑誌を見て、この写真はどういう位置から撮るんだろうなんて話をし、私が昔の話をひきづり出してこうじゃないというとふむふむと聞き入ってくれていた。かわいい犬の写真を見せてもらって犬を去年亡くしている私はちょっと嬉しかった。
非常に面白かった。 集中力を使ったのでなんだかまったりとして静かな一瞬もあったけれど、それはそれでその静寂を楽しむ事もできた。 私はわがまま気ままでみんなの足取りについて行かずにたったかたったか一人で行ってしまう癖がある。で、ふと思い出したように足を緩める。話をしている時も同じで、言葉から発せられるその奥の意味を考えてタイミング違いなところでうなづいたりもする。なんせ、人というのは互いに慣れるまで歩み寄りが必要。なので、いつもよりは少しセーブしたが割合地のまま出席した会であった。地のまま、それはずっと付き合いをもてたらいいなという自分の心の奥がそうさせた行為だったのだと納得した。自己分析ですな。 いつもならあそこでああしなければ付き合い易い人だと思われただろうにとか、ここでこうしたからよく思われなかったんだろうとか考えて良い人を演じてしまうのだが、それが今回初回なのに割合地のままに居た事で「これで無理ならしょうがないじゃん」みたいな思いがこんにちはしてくれてだからこそ楽しめたのである。 こういう空間を提供してくれた出会いと縁に感謝する。 誰がなんと言おうが私は次回が待ち遠しいのである。
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