THOKOの日々

2001年09月21日(金) 爆睡と私的意見

仏間で寝る。
小さいころよく祖母の家に預けられていたので仏間の香りは寂しさとそうして不思議な懐古を私に与える。
そうして眠る。


あんたほとんど何も言ってないけど仕事上なんかも色々と情報あんでしょうよ?
言いなさいよ。
みたいなメールがきましたね。とうとう。
人と討論するのは嫌いじゃないです。
しかし、私が日常接する人達はもっと違う観点から見ている人や関わっている人が多いので考えなんてまとまりません。私的意見を述べよとの事ですが、耳にする色んな話をもとに今現在の自分なりの考えを述べてみます。

一貫して私の知りえる人達の言う事はほぼ同じです。
アラブに賛成している訳ではありません。
しかし、米に賛成している訳でもありません。
昔の出来事を私たちの世代よりも鮮明に記憶して叩き込まれているからだろうと思いますが。
某国大統領のバックボーンは兵器産業であるという事。
知らない人も多いのではないかと思います。
それがどういう事を意味するのか、わかる人ならわかるでしょう。

年配の人は言う。
アラブにはアラブの正義がある。と。
何にせよ、命をかけてもまっとうしようとするその姿勢には一貫したものがある。
そう、昔の天皇陛下万歳時代のように。
昔日本は天皇を神とあがめていた。対抗できるほどの戦力もなかったであろうが、体当たりで帰りの燃料を持たずに敵機にぶつかっていった。負ける事なぞ考えもせず、ただ信じて突っ込むそれのみである。戦争で命を絶つ事は国の為だ、誉れ高い日本国民よと称えたのだった。それはまさに今のアラブとなんら変わりないのではないか。日本には昔ある種のプライドがあった。死をも恐れない強い信念があった。それがたとえ間違っている不条理だといわれようが実際そうであった。
父さん僕はアラーのためなら死ねるよ。
それができなければようは昔の日本で言う非国民である。
日本国民が昔天皇は神であると口にし、そうして信じたようにイスラム原理主義者達も今そうなのであろう。
彼らを一概に責める事ができるだろうか?
今私がこの手で他人を殺していないだけで、過去私たちの先祖は戦争で誰かを死に至らしめそうして現在の日本があるのだ。私はそういう考えでいつも居ます。
自分さえ助かれば良い。自分の知り合い範囲内で誰も傷つかなければ良いなどとは思いません。亡くなられた人にも家族は居、もしくは友人知人が居て悲しみとショックに見舞われそうして憎しみの心を相手に向けているであろうからです。
問題は簡単ではない。
深く根付いた歴史と宗教のからみ。
簡単に語れる問題でもないと日々思います。
怖いのは、静かに躍動を見せない中国やイラクなどだと私は思います。
中国は国土がありますし、資源も眠っているものが多いでしょうからね。
いまや世界の工場となってしまっていますし、パキスタンはアメリカの軍事同盟国ですが、実際あまり軍事援助をして来なかった。比べて中国はパキスタンの最大の友好国です。通常兵器の供与、核兵器開発の援助、弾道ミサイル技術まで供与しているのです。他にも石油産油国との関係もずっと親密になってきている。アメリカが報復にのめり込めば、中国にとってはまさにチャンスになるでしょうからね。
イラクと言えばフセイン大統領、彼の息子はラディン氏と親密。おまけに数年前はフセインがラディン氏とは友好的に付き合いたいとコメントを述べた事も雑誌で取り上げられている。反米という共通点もあって急速に親密になって行ったと記された本もある。一説には今回のテロに影で加担している国があると言われていてそれがまさにイラクではないかという見方もあるようです。

表だって見えている問題よりも裏に隠れている事のほうが怖いかもしれませんね。

命は奪われて良いのか。
良いとは思わない。
けれど、実際戦争で景気を回復してきた事実は変わらない。
核を用いずに戦争もなしにどうやって景気回復を図るのだろうかと
思っていたが解決策は打ち出されずに結局戦争するしか手立てはないようだ。
人事のようだが、日本にもいつ何が起こるかわからない。
他人事ではなくあまんじで受けるしかないのだ。


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