あうううーオカズがーオカズが足りぬー オカズを、もっとオカズをー しぬかも!このままじゃアタシ飢えてしぬかも! だって、いまやもうオカズどころかむしろ主食なんです鬼太郎たんが! ネットで注文した本もまだ来ないし・・・ 殺す気かーっ!(帽子を床に叩きつけながら)
で、それはそうと555が終了いたしましたね。 言いたがないですが言いますとせめてあと2、3話あったらなあ と言わずにおれない最終話でございました。 もー、だから言ったじゃん!(言ってないけど) (あったらあったでさらにグダグダになっていた可能性も否定できないが) でもまあ、なんだかんだ一年間たいへん楽しませてもらったので細かいことは言いっこなしということで。 と言いつつやっぱり言っちゃうと、 どうやら「夢」がひとつのキーワードというかテーマであり冒頭から引っ張ってラストシーンをそれで締め括ったわりには取って付けた感が拭えなかったよなあだいたい物語中でたまに出てくるの肝心の「夢」部分の描写の取って付けた感のはなはだしさったらなかったしなあ。 いきなり(まあ一応伏線的なものはあったにせよ)刑事の娘(マリの同僚)に「私もう一度がんばってみる」とか言われてもナア。 で、たっくんは結局クリーニング屋さんになるのか?クリーニングファイズなのか? あと、あれではホントにマリッペが単なるヒロインとしてヒロイン的存在でしかなかったような。いやいいんだけどそのわりに思わせぶりな演出多かったよなあ。 最終話までの数話はほぼ「たくみーっ!!」しかゆってなかったような。 あと、地下の流星熟の廃墟にはどんな意味があったのかとか、パパはなんで生き埋めになってた一般人をころしたの?とか、つうか、パパのやってることってなんかイマイチよくわかんなーいとか、テルオが王になってなりっぱなしなのはそれはノー問題なのとか、たっくんヘビメガネの3人はいっけん未来に向って頑張っているようだけどもうすぐ死んじゃうんじゃないのかなあ?とか、つうかマリッペて2回も死んでたけどその辺は触れちゃいけない事なのかしら?とか とまあ、いろいろあるんですが、面白かったので忘れることにします。 面白かったからいいよっ!もうっ!いいってばっ!いいっつってんだよっ!
この最終話で印象に残ったシーンは、巧との会話の後、工事現場(?)の破れた防護ネットを通り抜けるウマオ。 脱皮のイメージ。 殻を破るとか壁を突き破るとかの暗喩の他に、 あの時ウマオはもう一度生まれたんじゃないかな。 二度目の、もう一度人間としての生を。 あのシーンはちょっとヨカッタ。 わたしく思うになんだかんだで一番悩み苦しんでたのがウマオではなかったかと。 他人よりちょっとアホだったばっかりに。前にも書きましたがそういう愚かさも含め、一番等身大人間的キャラに思えました。 だけどやはり、ツル子や草加と同じく自分のしてしまったことに対しての落とし前はつけなイカンかった。と。 悲しいけど人は間違えてしまう生き物なのよね。
ところで結局三原の存在意義は頭数あわせだったという解釈で良いのかな?
なんにせよヘビとメガネ(とたっくん)が元気そうでよかったよかった。 しかし、せっかく元気で頑張ってて夢まで語っちゃってる生き残り3人の命があとわずかなんてなあ・・・
あっ!今気が付いたけどもしかしてアレか! ラスボス(王)やっつけたから世界中のオルフェノクの体内オルフェノク因子だけ消滅してふつうのにんげんに!? そこだけアニメ特撮の王道!?
王「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」(死亡)(いや生きてるけどさ) その瞬間、世界中のオルフェノクの体内から邪悪な光が抜けそして消滅・・・ 突然憑物が落ちたかのように人間体に戻るオルフェノクたち・・・ オルフェノクA「オ、オレはいままで何を・・・!?」 オルフェノクB「私、いったい・・・?」
メデタシメデタシ。
いちねんかんどうもありがとう!草加雅人をいつまでも忘れないでね!
な、わけあるかー。
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