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2006年02月27日(月) 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち

 自転車通勤を始めて思ったこと。道が選べるということ。昨日は中学生の頃によく通った道を選んでみた。ここは車では通れないなと感じながら、こんなところに橋なんかあったっけ?とか、ここを出ればあそこに出るなとか思ってたら、全く違うところに出てきたり、結構忘れてることが多かった。
 今朝は小学生の頃の通学路を通る。横断歩道で小学生を誘導する交通指導のおじさんがいた。そのおじさんのことは覚えていた。毎日元気に「おはよう」と僕らに声をかけていたおじさん。僕が彼の横を通り過ぎるとき、おじさんが「おはよう」と間違いなく僕に呼びかけた。僕のことを覚えていたんじゃなくて、誰にでもする彼の朝の儀式ともいえる挨拶だったのだろうけど、一瞬だけひょっとして僕のことを覚えているんじゃないかとも思った。思いたかった。僕は軽く「おはようございます」とお辞儀をしておじさんの横を通り過ぎた。20年以上そこに毎朝経ち続けているおじさん。よく継続は力というが、これぞそのものだと思った。彼がいる限り、あの横断歩道付近で通学中の小学生が危険にさらされることはないだろう。揺るぎない力を見た感じがした。

 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち。ある人とある人が恋をした。それからの二人はどうなっていくんだろう。空の上でじっと眺める誰かがいるとする。二人を結びつけたのは彼じゃない。彼はただ観てるだけだ。出会いはスローモーション・・・、恋は盲目、ビビっときた、運命の出会い、これらをその空の上の彼の仕業とするには少し気が引ける。できれば彼は傍観者であってほしい。時々いいように軌道修正してくれる便利屋だって構わないけど・・・。何を彼が操っていようとも、恋だけは、人の心に宿るパワーだと信じていたい。そして僕らはそれを次へ繋げ続ける。僕の恋を左右するのはその雲の上の彼ではなくて、僕か僕を取り巻く人であって欲しいものです。能動であれ受動であれ、人が織り成すストーリーをこれからも見たり体感したり聞いたりして、感情を感化させることが若さの秘訣ではないだろうか。

 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち。一周してもそこをまたただ同じように廻るのではなく、広い軌道の幅の右側を行けばいいのか左側を行けばいいのか迷いながら進むのもいいだろう。そんなことを考えながら空を見上げたら、空が馬鹿にしたように僕に雨をよこした。


 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち。

 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち。

 連綿と続く線を繋いで円をなす僕たち。


 僕は星に照らされたような気がした。その星は今まで僕が真っ当できなかった恋達の顔をしていたようにも見えた。


  ASKA 『月が近づけば少しはましだろう』


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