世を忍ぶ仮の日記
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「流れのままにまかせてると言うけれど、きっと無意識で一番いい場所を選んできたのね」 そう言われた事がありましたが、その時はあんまりピンときませんでした。 なんとなーく生きてきたらここに居た、それだけの私だと思っていたから。
もう1ヶ月熱が引かず、いい加減下がるかなあと思いきや最近夜の微熱が上がり気味な自分の体に本気でうんざりして、画廊のオーナーが「大丈夫かあんた、病院紹介したるで」と言って下さっていたので、お言葉に甘えようと電話してみた。それは木曜日の夜の事。 「待ったって。日野原先生んとこねじ込んだげるからな。日野原先生じゃないと意味ないからな」 おばちゃん!(画廊の受付の席を出ると昔からの呼び名で呼ぶ) 何をたかがジャリガキに今をときめく93才日野原重明先生! 動揺したが、自分を卑下したらおばちゃんに怒られると思って黙ってみた。 確かに日野原重明先生が有名になるより全然前に花束渡したさー。会話もしたさー。でも「ええじいやん」ていうだけだったよ? それはそれはええじいやんだったけど、でも手で触ったら癌が治るっていう訳でもなかろう。
ま、婦長さんとお話した結果、他の先生に回ったっぽいんだけど、月曜日の予約。 「ごめんな。日野原センセエ予約めっさ混んどってん」 いいですって。治りゃなんだっていいんですからって。 でも、ここで誰に相談するって一番いい場所を教えてくれそうな人を無意識で選んでいたんだなあと実感しました。 本当は聖路加国際の紹介状でも貰えたらそれでいいかと思っていたんだけど。聖路加国際、紹介状無いと行けないし。しかも混み過ぎだし。何様のつもりやねん大病院(行ってた癖に……)。
オーナーとの関係は私がまだ卵子だった頃からのつき合い。 私が一番蝶よ花よと育てられ、西之園萌絵バリの科白を平気ではいていた時代のつき合い故に、口癖「お金無いよう」な私に、あいかわらず蝶よ花よと接してくれます。 3才児の私。 食事会にて(食事会があるって変だよな?) 「やっぱり地のモノの鮎は違うね」 味が分かるんかー3才児のクソジャリ。何食べたつもりよ。今まで何食べてたんよ、絶対味の違いなんか分かってないし。 その話を聞いて思わず3才児の自分を脳内でボコにしまくった。 今目の前に同じ事言うジャリガキが居たらやっぱボコにするもんな。 他にも色々、ギャースと言いたくなるような過去を掘り出されました。オーナーには頭が上がらない。 いっそあのまま育っておけば犀川先生に出会えていた筈なのに、どこで間違ったんだ、無意識の選択。
熱は久しぶりに37.7まで上がり、1日中ソリティアしながらKOKIA聴いてました。 ソリティアっていうのが終わりの象徴だ。
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