世を忍ぶ仮の日記
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2003年02月21日(金) NO WAR NO ATTACK

英語の綴りって難しいや。昨日のVICTORもVOCTORのまま直さず、生きていこう。
それが私サ。
収録終わって昨日は泥になってましたが、12時間眠って起きた私は確実に躁状態。
パン1枚食べるのに涙流しながら笑ってソファであぐらかいてぴょんぴょん跳ねてました(←器用)。
だって朝起きて直ぐに「真山をまずなんとかしないとね…」とか呟いてるヤツが居るんだもん。ピロリン、昨日眠る前にハチクロを渡してあげたら、夢で文化祭だったらしい。影響を受けやすすぎる人。
私を笑わせたピロリンの科白。
「あっし、顔の良い男に懲りるのが早すぎたような気がする」
「ああ、まあ16くらいで懲りてたもんねえ。そりゃ確かに早いかもしれないけど…?」
「こう、もっとさ、普通に、格好いいっ、キャッ!☆ みたいな恋をして、手ひどく振られたり痛い目みたりして懲りて、いい大人になって、見合いみたいなのが良かった」
「(絶句)……何故に見合い!? そんなのが良いの? てゆか今なら顔の良いのに目覚めるのにも遅く無いよ!」
ちなみに「……見合い…」とか呟いてるヤツは私です。人生が走馬燈のように駆けめぐった一瞬だった。痛すぎて笑っちゃう。
でも、子供の頃から見合い結婚が良いとか言ってる厭な子供だったが。
まあ、ピロリンも山田さんのような恋がしたいのであろうとみた。




確実に躁状態で、外に出ないに越したことは無いのだが、まあお仕事なんかも入っていたりしたので、小春日和の気持ちの良い天気の中、外出した。
ハンドバッグなんか持っちゃいけないって思った。
何度人の頭をパッコン殴りたい衝動に駆られた事か(ドキバク)。
もう、アメリカ合衆国の大統領とかに向けて「戦争はんたあああーい!」とか叫びながらハンドバッグでパッコン出来たら感無量だなあああああとか想いながら戦争については反対な躁状態の人。変なヤツ。
やっぱり、戦争の痛みが分かる人がこの世界に1人でも居る限りは、戦争をしちゃダメだと力説しなきゃ駄目だ。
本当に戦争が無くなって、生きている人間が戦いの痛みを分からなくなった時には戦争でもなんでもして、再び痛い目みれば良い。
だけどこの世界中が戦争反対と、自分の身以外の国の話でも反対と叫んでいる時勢に、敗戦国の辛さが楔になります。
わりゃが戦争できんように法律作っといて手伝えってそりゃいなげな話じゃあ(注・いなげとは広島弁で「おかしい、奇怪な」に近い意を持つ)。
でもって、戦争反対と叫ぶ心のゆとりが無かった昨日までの自分にもハンドバッグでパッコン。
何か出来ることは無いんだろうか。




アルバイト先で、髪の毛切ったらけっこう誰だか分からなかったみたいで、子供達が一瞬「誰だこの人」という顔してから、分かった「こんにちは」笑顔をするのがツボった。同僚は「なんで切ったの?」とか訊かないしねー。ホラ、髪の毛切った=失恋っていうイメージはまだ定着してるからかな? ウフ。確かに慶應大学病院の先生に奥さんが居たのは10のダメージくらいであるが(次会った時にはジョークの1つも飛ばしてみようキヒヒ)。



ところで寝惚けたピロリンは真山をどうするつもりだったんだろう。


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