今日は近代文学会に参加。 自分の論文でいっぱいいっぱいのこの時分に、 わざわざ他人の発表を聞きに行く酔狂なM2が3名。 (M1は無論有無を言わさずの強制参加なのでカウントせず) M木女史、N尾女史はそれぞれ私用で欠席である。 K氏とT甫女史はそもそも近代文学専攻なのであるから、 一応参加する名目はある・・・私は? どうも一番貧乏くじを引かされたとしか思えない(苦笑) まぁ、何事も経験なので構わないのだけれど。
本日の一作: ・『義血侠血』
泉鏡花の代表作、『滝の白糸』という名で戯曲化もされた。 水芸を得意とする女芸者が偶然知り合った男性に資金援助をし、 男の立身出(=法律の勉強)を助けようとするのであるが、 資金繰りのために殺人を犯し、裁判官となった男と裁判所で再会する。 彼女は男を前に自らの罪状を白状し、死刑を求刑され、 男は正義のために恩人を死刑に処した自分を呪って自殺する。 ・・・まぁ、なんとも読後感の悪い短篇である(苦笑)
二人の発表者の後で、ウチの教授がコメントをしたのであるが、 さすがだなと頷いてしまった(あまりないことである/爆)。 近代文学を勉強するうえで、その舞台に住んでいることのメリットは大きい。 おそらく資料を読むだけでは、なかなかつかめないものがあるから。 その点で、教授の指摘は非常に的確でったし、 また今作品の読みとしては鋭いものであったなと思う。
しかし、権威者がガァガァと他人を批判するのは聞き苦しい。 教授のコメントの後に挙手した先生はともかく五月蝿い。 厳しいことは結構である。しかし、言い方ってあるでしょ? 特に研究の道でそれなりの実績を積んでいる人は 発言そのものに力があるのだから、きちんと考慮すべきだと思う。 でなければ、せっかくいいことを言っていても納得できない。
午前中で抜け出し、三人でラーメンを食べてから別れた。
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