2002年11月17日(日)  丼に捧ぐ。



 カッ。カッ。コッ。カッ。
 
 「おい月本ォ!星野はどこ行ったァ!」

 軽快な音が反乱する体育館中に、大田キャプテンの大声が響いた。近くにいた数人が打ち合うのを止め、近づいてくる大田さんと僕とを交互に見る。またか。もはや日課になりかけているそれに、僕はいい加減閉口していた。
 「・・・知りません。卓球場じゃないですか」
 「ま、またタムラか!な、何のために卓球部にいるんだあいつは!」
 「・・・・・・」
 俯いた僕がラケットを弄ぶばかりで答えないので、大田さんは口を開けたり閉じたりして必死に会話を続けようとしているようだった。
 『ペコの相手になれる部員がいれば話は別ですけど』
 とはさすがに口に出さなかった。入部して幾ばくもたってないのに2度も眼鏡を割られたくない。

 新入生の僕から見ても、うちの卓球部は弱いと思う。そのくせ部員数とチームワークばかり先行しているんだから、かなりどうしようもない。
 そんな片高卓球部において、ペコは期待のルーキーだった。なにしろ入学直後に3年のレギュラーをテンハンで飛ばし、1日で『星野裕』の名を卓球部全員に知らしめた(その頃滅多に部活に出てこなかった顧問以外)。にも関わらず、ペコの部活に臨む態度は幽霊に近く、出席よりも欠席回数の方が圧倒的に多かった。

 「お、おまえ、連れ戻してこい!星野の幼なじみだろ!」
 「部活に出ないのは個人の意思です。僕は関係ないですから」
 すると大田さんの横で苛立たし気に見守っていた五味さんが、声を張り上げた。
 「おい月本。おまえちょっと上手いからっていきがってんなよな!」
 どんな理屈だ。僕は溜息を噛み殺した。
 「・・・一応伝えます」
 「む、無理矢理にでも連れ戻せ!」
 「・・・・・・」
 埒があかない。
 返事をするのも億劫になって、僕は入り口に向かって歩き出した。
 「わかったか月本!絶対だからなァ!」
 後ろから追いかけてくる叫び声と部員たちの露骨な視線を無視し、隅に置いてあった自分の用具を拾ってさっさと体育館を出た。


 うちの卓球部も昔は名門だったと、以前タムラで聞いたことがある。
 「『片瀬』の名を背負った選手がそこかしこで活躍してたもんさ」
 そう呟いたオババは、ルービックキューブをいじる僕と新発売の駄菓子をむさぼるペコをじっくり眺めた後タバコの煙を大きく吐き出し、シケた高校になったもんだねまったく、とわざわざ付け足した。確かに片瀬の名が『卓通』の紙面を飾ったことなど僕の記憶にないし、きっとこれからもないだろう。

 そんな部だから、ペコは僕としか打とうとしなかった。
 僕とばかりじゃ練習にならないよ。
 いくらそう言っても本人は一向に聞く気配がない。最初は3年生も同じことを言っていたのだが、ペコが容赦なく相手を叩きのめすので(しかも負かした相手に対し全く配慮がないので)、そのうちすすんで打とうとする部員がいなくなった。それでいて部内での評判は悪くないのが、ペコらしいと言えばらしいけど。

 マイペースという言葉で表すには生ぬるいほど自分本位でなおかつ練習嫌いなペコが、団体行動を強制される場所に自ら入っていく理由は一つしかない。それが大会に出る最低条件だからだ。


 制服に着替えて外に出た僕は、思っていたより強い陽射しに目を細めた。
 かざした手の隙間から洩れる空の青、木々の緑。初夏の兆しが溢れている。

 ― 卓球でてっぺん取るんさ、オイラ。

 迷いも衒いもなく、ペコは言い放つ。
 そういう時彼がどんな表情をしているか、幼い頃から隣にいる僕は顔を上げなくても想像が付いた。
 ごくたまに。僕の幼馴染みの口元には不遜な笑みが浮かぶから。
 『おめーは化け物なんかじゃねえ、スマイル』 
 僕を何度も救ってくれた、あの笑顔で。

 ― この星で一番高く飛ぶ。

 うん。
 僕はラバーを張り替えながら答える。そうだね。
 
 そうだね、ペコ。


 だから。



 早く。

 

 


 ルービックキューブがドラムバッグに入ってることを確認すると、僕は駅に向かって歩き出した。

 もうすぐ夏がやってくる。







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この充実した週末を全く無視した日記ですが一応今週までに渡すという契約だったので…(あんたはまた無謀な…)
丼さんありがとう。
私のデスクに飾ってますヒーロー待ちの彼。


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cerri ■