| 2005年12月10日(土) |
生涯青春の会 会報8号 |
生涯青春の会 会報 第8号 2005年12月10日号 (物事の認識特集号)
目 次 1、生涯青春の会発足の動機 (2005年6月11日の癒しの森から) 2、心の健康 (1997年1月3日の日々の映像から) 3、心と体の不思議な関係 (2000年5月19日の日々の映像から) 4、中島みゆきさんの「地上の星」 (2003年1月21日の日々の映像から) 5、死を考えることは自由を考えること(2003年12月14日の癒しの森から) 6、手の不思議 (2004年1月7日の日々の映像から) 7、記憶力 (2004年1月8日の癒しの森から) 8、あなたの脳はよみがえる (2004年9月19日の癒しの森から) 9、あなたの寿命はもっと延びる (2004年9月20日の癒しの森から) 10、脳の開発・活性化 (老化防止) (2004年12月31日の癒しの森から) 11、スピーチの会などの記録 (省略) 12、3者合同ミニセミナー(省略) 13、編集後記(省略)
1、生涯青春の会発足の動機 (2005年6月11日の癒しの森から) 生涯青春の会を立ち上げた動機を6月11日の発足の集いに話しました。会発足の原点を確認する意味でその一部を引用します。 「・・・最初にお話ししたいことは、このような会を作ろうとした動機であります。会報1号にありますとおり、日本では150万人の痴呆老人がいるのです。10年後には何と250万人に達するのであります。この増える100万人をどこで収容すればよいのでしょう。1年で10万人も増加する認知症(痴呆症)のお年寄りを収容するだけの病院・老人ホームはないのであります。3月末の報道によれば厚生労働省は、お年寄りが共同で暮らすグループホームに入居させようとの方針を立てています。著しい徘徊や混乱症状がある人でも介護保険の規定を改め、グループホームの利用を認めようとしています。それほど収容する場所がないのです。この現実が「呆け老人になるな!」をキャッチフレーズに生涯青春の会を立ち上げようとした動機であります。 第2の動機はボケ老人を抱える家族の厳しい精神的な負担であります。ボケ老人になるということは、表現はいろいろあろうと思いますが、人間でなくなることを意味します。詳しくは省略しますが、ボケ老人なることは、家族に深刻な負担をかけるのであります。家族がお手上げであれば後は公的な施設に入る。ここであらゆる迷惑と負担をかけて死んで行く、これほど哀れな晩年はないと思います。人生は晩年の5〜10年が最も大切といわれています。この晩年・最終章を「ボケ老人に成らないようににしよう」とするのが、会の骨格となる目的であります。 第3の動機はボケ老人が出た時の家計の経済的な負担であります。厚生年金の平均的な受給額は170000円であります。夫婦の一方が痴呆になって施設に入ると、現在の負担額は80000円前後が、まもなく改正されて、120000円余りの負担になるのです。170000円の年金で、120000円の負担が出ると残り50000円ですから、家計は完全に破産するのです。平穏な老夫婦の家庭が一変に生活弱者になってしまいます。それゆえ「痴呆老人なるな!」と声を大にして叫びたいのであります。 次に第4の動機として、ボケ老人は生活習慣病によるものであるという現実であります。会報1号で専門家の指摘を引用しました。結論として、これら老人性痴呆は、脳を使わないという生活習慣病なのであります。平たく言えば感性の乏しい生き方をしている人は、ほぼ100%ボケ老人になってしまうのです。 サルエル・ウルマンが言うように何かに燃える情熱を持っていれば、ボケ老人などは無縁なのであります。この会で呆け老人にならない生活習慣を啓蒙して行きます。ボケ老人にならない習慣を付ければ、痴呆にならないのであります。」
2、心の健康(1997年1月3日の日々の映像から) 私は昭和14年4月生まれである。よって、今年4月で58歳になる。「もう58歳か」とも思うし「いやまだ58歳これからだ」とも思う。自己分析すれば後者の気持ちが強い。一定の年齢になって来たので、60代、70代で活躍している人に強い関心を持つ今日この頃である。ある医師のリポートが目に留まる。リポートの要点を31文字にまとめる。
・ いつまでも 心の健康 保つ人 年齢超えた 若さの輝き
心の健康と一口に言っても、その内容となるとなかなか難しい。自分以外の第三者に何かを働きかける行き方をしている人が「心の健康」を保っている人といえると思う。
3、心と体の不思議な関係(2000年5月19日の日々の映像から) 医学の進歩と共に心と体の不思議な関係を立証する書籍が多くある。4年ほど前にベストセラーとなった「脳内革命」は、心の有り様とホルモンの分泌にウエートを置いて記述されたものである。ここでは、難しい話は抜きにして、例えば若い女性が本当に愛する恋人を持つようになれば、肌の色艶まで変化することは万人が認めることだ。信じきれる人を持つ、愛する人を持つという心の状態がどれだけ肉体に好ましい影響を与えるかは計り知れない。精神科医の専門家でなくとも、心と体は一体不可分の関係であることは理解出来る。 最近17歳の少年による事件が続いている。共通しているのは、他人、社会に対する不信感である。このような不信感を強く持っている少年達の肉体は、どのように変化していくのだろう。「他人に対する不信感の強い若者は、心臓の冠状動脈が硬化する確率が高いとする調査結果を米国の研究グループがまとめ、17日発売の米医学誌『JAMA』に発表した」(5/17 毎日)という。 調査は、18〜30歳の若者374人に対して「50項目の心理テストを行い、不信感や敵対心の強さを点数化した。続いて5年後と10年後にコンピューター断層撮影法で心臓の筋肉に血液を供給する冠状動脈のカルシウム化(硬化)の程度を検査した。その結果、心理テストで不信感が平均以上に強いと判定された若者は、不信感を示す点数が平均より低かった若者に比べて、動脈硬化が進んでいる確率が約2.5倍と高く、強度の動脈硬化を起こしている確率は9倍以上高いという結果になった」(5/17 毎日)という。これが18〜30歳の若者の5年後と10年後(28〜40歳)のデーターである。「不信感を持つことにより、体内の科学物質やホルモンの量が変化し、それが動脈硬化につながる可能性がある」(同)と指摘している。 冠状動脈の硬化は、狭心症や心筋梗塞の原因になる。前記は若い人達の調査結果であるが、広く推理すれば人に対して、不信感を強く持っている人は、狭心症や心筋梗塞になりやすいと言えるのである。世の中には新たな情報に対して、不信感を持ってほとんど受け入れないという頑固者がいる。心がかたくなで、不信感の強い人は、冠状動脈も硬化していくことを示唆している。心と体の関係を典型的に示したデーターと言えよう。 病は気(気持)からと言う言葉があるが、まさに、その人の心の持ち方が病気を誘発することを知る必要があるようだ。邪見・邪気という言葉がある。邪気を辞書で確認すると「病気を起こす気・ねじけた気持」と出ていた。
4、中島みゆきさんの「地上の星」(2003年1月21日の日々の映像から) 日本という国を悲観的に見る人が多い。私はそうは思わない。政治権力が全く及ばない処で、厳然と大衆文化の花が咲いていると思う。アニメの世界で素晴らしい作品がある。歌の世界でいえば、昨年の紅白歌合戦ではじめて出場した中島みゆきさんの「地上の星」なども大衆文化の花といえる。 この「地上の星」が歌われた11時1分に最高視聴率が52.8%を記録したという。この地上の星が発売されてから130週目(約2年半)になるのだが「20日付の最新オリコンチャートで初の1位を獲得することが分かった」(14日 スポーツニッポン)という。この歌のシングル売上も紅白出演後に急上昇している。紅白効果というよりこの歌詞と曲と歌唱の持つ力であると思う。 中島みゆきさんは、過去に「わかれうた」「悪女」「空と君のあいだに」「旅人の歌」の四曲がオリコン・トップを獲得しており、「地上の星」が通算5作目となる。ここで記述するまでもないが、地上の星はNHKの「プロジェクトX」の主題歌で作詞、作曲共に中島みゆきさんの作品である。 曲作りにあたっての注文は「無名の人々の光を歌にしてください」(中島みゆきさんのメッセージから)とのことであったという。中島さんは「番組に登場する、実在の方々の人生に尊敬をこめて、製作スタッフの情熱に少しでも添うことが出来ればと願いながらこの曲を書きました」とメッセージを結んでいる。無名の人々に光を・・・との要望で、これだけの詩と曲を作るのだから中島みゆきさんは大衆文化を体現する1人だろう。この地上の星の1番のみここに引用した。詩そのものに何ともいえない奥行きがある。「地上にある星を誰も覚えていない。人は空ばかり見ている」 のくだりに中島みゆきさんの明確なポリシーが伝わって来る。
風の中のすばる 砂の中の銀河 みんな何処へ行った 見送られることもなく 草原のペガサス 街角のヴィーナス みんな何処へ行った 見守られることもなく 地上にある星を誰も覚えていない 人は空ばかり見ている つばめよ高い空から教えてよ 地上の星を つばめよ地上の星は今 何処にあるのだろう
5、死を考えることは自由を考えることである(2003年12月14日の癒しの森) 大文豪と言われる人は皆哲学者でもある。12月11日にモンテーニューのことを書いたがその余韻が残っている。この人の言葉に次の語録がある。人生の総てを知り抜いた人の言葉は、胸にぐさりと突き刺さるような迫力がある。 「明けてゆく毎日をお前の最後の日と思え。あらかじめ死を考えておくことは自由を考えることである」と。 今日が最後の1日というつもりで生きよ!・・という指南のように思う。あらかじめ死を考えておくことは・・・の言葉で1998年3月7日の日々の映像で、女優の藤村志保さんを書いたことを思い出した。ここでこの日書いた短文エッセイをそのまま転載したい。 ・・・・ヘルシートークの3月号に藤村志保さんのインタビューが出ていた。このインタビューをした記者は「着物姿の背中から首にかけての凛とした、それでいて柔らかく優雅な美しさは息を呑むばかり。伝統の舞踊で作り上げた背筋には、藤村さんの生き方の姿勢が映し出されているようでした」と称えていた。 藤村さんは、1939年生まれというから、今度誕生日が来ると59歳(補足・1998年時点)になられるのに「美しさは息を呑むばかり」の印象を与えるのだから素晴らしい。 藤村さんは、日本舞踊に続いて18年前より「舞い」を習っている。藤村さんの「古典芸の素晴らしさとでもいいましょうか、奥が深いのです。私などはまだ18年ひよっ子です」との言葉でこの人の深さを感じた。すでに、地唄舞のリサイタルを開くようになった今日でも、自分のことを「ひょっ子」と表現するあたりに芸を究めようとする熱い情熱が伝わって来るようであった。そして次の言葉が強く印象に残る。「私は死を考えることによって、生きている間に成すべきことをしてしまおう、という思いが強くなり、自分の人生に前向きになれたと感じています・・・・と。
・人生の 終点見つめて ひたむきに 一芸極める 道なお深し 6、手の不思議 (2004年1月7日の日々の映像から) 会社を退職してから1年6ヶ月が過ぎた。パソコンと縁がなかった人間がこれを覚え、インターネットをフル活用しているのであるから充実した時間であったといえる。今日は1998年12月31日に書いた「手の不思議」の一部を引用しておきたい。 「今日で満2年730日、一日一枚「日々の映像」を記述した。振り返ってみると、『手は第2の頭脳である』という言葉がよく理解できる。誰が言ったのかは定かではないが西洋では『手は脳から飛び出した頭脳である』と表現するという。これらの言葉は、手を使うことがいかに重要であるかを示唆している。 手を動かして、文字を記述することによって、その内容が脳に刻まれることは確かである。どうもわれわれの脳は、書く、話す、というように肉体の一部を使わないと、記憶を預かる脳が作動しないようである。 手は脳から飛び出した頭脳であるとの表現の通り、手と脳は一体不可分なのである。くだいて言えば、手を動かすことと脳が活発に動くことは一体なのである。考えてみると、小説家・画家・音楽家・又は一流の経営者など、超一流の人で手を使わない人は誰もいないのである。私は2年間少々のエッセイを書くために手を動かしたが、この手の不思議をしみじみ感じている」
7、記憶力 (2004年1月8日の癒しの森から) 今日も昨日と同じく、講演の準備の一つとして2000年12月31日の日々の映像に書いた「記憶力」の大半を引用しておきたい。 ・・・・私は昔から記憶の能力が弱いと自覚してきた。この弱さを証明する根拠は、人の名前がなかなか覚えられないという事実である。しかし、書くという行動があると、鈍い私の脳もかなりの情報を記憶する。今日で、1460回目の日々の映像となったが、手を動かすことがいかに重要なことであるかをヒシヒシと感じている。 脳と心の地形図(原書房・リタ・カータ著)という本を読んだ。『脳にある何10億というニューロンは、100兆もの結合を持っていて、その一つずつが記憶の一部になる可能性を秘めている。だから、人間の記憶能力は、正しいやり方で蓄えられれば無限なのである』(同書P259)・・・・ 1998年12月31日にも書いたが、情報を得たら先ずメモをする(手を動かす)そして話す(口を動かす)という動きが加わると、完全に記憶として刻まれるのである。途中で手を動かす行動を省略しても、話すという動があればその情報・知識は脳に刻まれる。これらの「動」がいかに重要か、これを深く理解して行動すれば、脳は限りなく活性化していくように思う。ただ聞く、読むだけの「静」に状態では、脳の開発・活性化はありえないのである。
・人間の 脳と呼ばれる 小宇宙 無限に広がる ミクロの世界 8、あなたの脳はよみがえる (2004年9月19日の癒しの森から) 100歳前後になってもなお、生き生きとした知的活動を保っている超高齢者がいる。今年2月10日と12日に100歳を過ぎても現役で活躍している人のことを書いた。反面一般的な高齢者は、85歳で女性25%、男性で20%の人にボケ症状が出てくる。できることであればボケないで天命を全うしたいものである。 NHKスペシャルでこのテーマぴったりの番組が18,19の2日間に渡って放送された。18日のテーマは「あなたの脳はよみがえる」であった。超高齢者の脳は、これまでほとんど研究されたことのない未知の領域だった。しかし、だんだんと明らかになってきたのだ。「これまで脳の神経細胞は、死ぬ一方で新生することはないと考えられていたが、最近の研究で、高齢になっても神経細胞は新生すること、神経細胞の数は増えなくても神経細胞同士をつなぐネットワークは高齢になっても充実すること、さらに老化で衰えてしまった脳もちょっとした心がけと工夫次第で、再びよみがえることがわかってきた」というのだ。 番組では、98歳で施設の園長を務める人、102歳の今も5キロマラソンを完走している大宮良平さんなど、100歳前後の超高齢者の日常生活を取材。脳をいつまでも生き生きと保つための秘訣が報道されていた。 ・神経の 細胞までが よみがえる 不思議なるかな 脳の充実
9、あなたの寿命はもっと延びる (2004年9月20日の癒しの森から) 人生は最後まで希望を持ち続けるべきであると思う。50代の終わりまでイライラの人生を送っていたご婦人が、70代になって「日々これ好日」のような生活をしている人を知っている。このご婦人はこれから20年以上の人生があるように思う。完全な健康体を維持し、それなりの生き方ができれば人生は限りなく楽しい世界のように思う。 過日91歳 欧州最高齢女優が来日してことが報道されていた。主演映画「やさしい嘘」の来日会見を都内のホテルで開いたのだ。女優エステール・ゴランタン(91)の女優デビューが85歳という“ギネス級”の遅咲きなのだ。同女史いわく「どの時代も希望を持ち続けることが大事なのです」と達観した人生論を披露。“日本の孫代表”で花束を手渡した江成和樹(えなりかずき)も「私も一生懸命、経験を積んで、ゴランタンさんのような素敵な表情が出せるようにしたい」とすっかり魅せられていたという。85歳の女優でデビュー・・人生は分からないものである。 2回にわたって老化の謎と長寿の秘訣に迫るNHKスペシャル「老化に挑む」の2回目のテーマは寿命であった。人間はいったい何歳まで生きられるのか。健やかに生き続けるためには何が必要なのか。最新の研究によって、老化のスピードを遅らせることで、寿命は延ばせることがわかってきたのだ。その第一が一定の年齢になったらカロリーの取りすぎに十分な注意が必要なのだ。92歳で現役医師・日野原重明さんの食事内容に驚いた。朝はジュースなどの飲み物だけ、昼はビスケット3枚に牛乳というカロリーを抑えた食生活を心がけている。低カロリーが健やかに老いるための秘訣に一つであることは確かだ。発芽玄米ごはんは低カロリーで多くの栄養素を摂取できるので最良な主食である。 ・老化とは 科学が迫る その素顔 低カロリーこそ 長寿の秘訣
10、脳の開発・活性化 (老化防止)(2004年12月31日の癒しの森から) ヘルシーライフとその他の団体と共催で仮称「自己啓発会」なる会合を2005年4月ごろから開いていきたいと思っている。このような会を開催したいとする目的・背景などを記述したい。メモ欄に2004年1月8日の「記憶力」を引用した。要点は「情報を得たら先ずメモをする(手を動かす)そして話す(口を動かす)という動きが加わると、完全に記憶として刻まれるのである。途中で手を動かす行動を省略しても、話すという動(どう)があれば、その情報・知識は脳に刻まれる。これらの「動」がいかに重要か、これを深く理解して行動すれば、脳は限りなく活性化していくように思う」と書いたように、「動」の有無がその人の活性化を決めていくのである。 メモ欄に2003年12月15日の「自分を高める意欲」を引用した。要点は「自分から変化しようとすれば、人は、いつでも、いくらでも成長する」という内容である。補足の必要はないだろう。自分から変化しようと決意し、一定の行動を取り続けることができれば、人はいくらでも好ましい方向に変化できるのである。そのような意味で前段に書いたとおり「自己啓発会」的な会合を持ちたいのである。会の主要メンバーと協議している内容は、日々の映像・癒しの森または特定の書籍を定めて、各自が読書感想を発表する「場」を作ろうとするものである。詳しくは後日に送りたい。
・動あって 始めて作動の 小宇宙 これが無ければ 脳がボケ行く
(加筆・・このような動きが出発点となって、2005年6月の生涯青春の会がスタートする)
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