どっちもどっちだよ!ほんとに・・・と言いたくなった。 テレビのある法律番組で見かけた光景。 ある弱小チームを熱血指導でひっぱる監督は、子供にやる気を出せる為、勢いに任せてこう言った。 「勝ったら皆をハワイへ連れてってやるぞ!」 それを聞いた子供たちはいそいそと練習に励み、本当に次の試合で勝ちを得た。 その結果に対しての監督のコメントは次のようなものになった。 「あれは冗談だよ。」 それを聞いた子供たちは「冗談じゃない!」「訴えてやる!」 そして番組は、この監督は子供たちをハワイに連れていいくべきか否か?というのに対して、<連れて行くべき>という答えを出していた。 しかし、僕はどっちの行為にも合点がいかない。 監督よ、男らしいところを見せなさい! 子供らよ、なめんなよ、かわいげが無いんじゃい!! 何かハワイ旅行の変わりになるような、子供たちの喜ぶイベントを監督は知恵を絞って考えるべきだ。 という序文を書き終えたところでさっそく本題に。
「アメビューとマトックス」 アメビューとはつまり「アメリカン・ビューティー」 そしてマトックスとは「マトリックス」 どちらも映画のタイトル。 この二つの映画を「肌に合わない!」と言い切った男がいる。 それは僕の友達・・・。
僕の中ではこの二つの映画は上の方なので、彼のその発言を聞いた時「ああ、そっか・・・」という寂しい気持ちになってしまった。
僕のこの両映画を始めて観た時の感想を言うならば、アメビューは「あ、死んだ!」で、もう一方の方は「話が分かり難い」。 こんな感想を抱いたんならあんたもあんたの友達と一緒じゃ〜ん・・・と街角を歩く、およそこんな日記なんかに目もくれないような女子高生言われてしまうかもしれない。 しかし、僕はこの両映画を素晴らしいと思ってる。 僕は映画に関しては甘い方なのかもしれない。 その作品の評価は、それを見終わった直後には判断できないというのが、僕の中にはあるからだ。
マトックスの方は、とにかく凄いと思う。 あんなのは始めてだもん。 僕の友達のT君は、「最近の映画でもCGなんかを使われても戸惑っちゃう」と言っている。 確かに僕もCGに頼ってる映画はあまり好きでない。 そこは彼と同じだ。 つまり、CGを武器にしている映画が嫌なのだ。 「必殺技、<CG>!!」 そんな掛け声が聞こえてきそうなのが嫌なのだ。 しかし、もしもコンピューターの技術によって、僕らに新しい感覚を与えてくれるなら、それにはたまらずに「コングラッチュレイション!」と言ってしまいたい。
例えば、アニメってのは動く絵である。 今では、誰も絵が動くことぐらいでは驚かない。 実写の映画にしても、動く写真であるわけで、それが発明された頃と比べるとすっかり人の目には慣れてしまってる。 だから、CGで全編全カットを描くことが当たり前になったら、僕は今ほどCGが嫌ではなくなるかもしれない。 もう既に、ディズニーピクサーを筆頭にフルCGアニメーションが発表されており、その役割は果たされているように思える。 つまり、CGが必殺技として慣れ親しんだのを通り越し、アニメ同様にCGが使われるようになる分には一向に構わない気がする。 ※<思える>だの<気がする>だのと言うのは、どうしてもこの話は推測の域を出ないことにあるからだ。
CGに慣れ、そしてそれによって描かれるのが当たり前になった時、初めて<CG>が肌に合うか合わないかを言えるのかもしれない。 よく言えば人間が環境適応能力が優れている。 そしてCGの技術が発達すればするほど、本物と見分けがつかなくなり、そして本物以上に<リアル>なものとしてスクリーンに映るようになるのはそう遠い未来のことではないと思う。 <人間の慣れ>と<技術の発達>により、CGがよりリアルな存在になることを期待する。
(例えば事前に予防接種を打たないとヤバいようなどぶ川での撮影を行うより、スタジオ内でセットを組んでそこでやった方が、スクリーンにはよりリアルな<とぶ川>として映ると、誰かがテレビで言っていた。 なるほどなぁと思った。 CGも、この話でいうところの<セットのどぶ川>的な存在になって欲しい。)
ところで、じゃあマトックスでのCGの使われ方はリアルなのか!?と言われたら、僕は「ハイ。」と答えるだろう。 確かに見た目には違和感バリバリの映像ではある。 なんでグルグル回っとんねん!とも言える。 しかしあの映画の意とする世界観にはあれは最高の産物であろうと言える。 あのデジタル映像の断片断片が集められたような感覚。 虚構の世界と登場人物達のずれの表現。 素晴らしい! T君はCGに戸惑ってしまう、というような事を言っていたが、僕はあの映像からただ映像美を感じ取っただけでなく、何か言葉では言えないような<納得感>が体に染み込んでいくような、そんな体験を味わった。 やっぱり、そこんところは全くの好みの問題ということになるだろう。 あの映画にとっての例の反り返るシーンを筆頭とする視覚効果は、あくまでも僕にとって<リアル>であるが故に、高く評価評価しているのだ。
だからその映画がいいか悪いか、というのは突き詰めていってしまえば<リアル>であるかそうでないかで判断する。 よって、どんなジャンルの映画も好きなものは好きである。
次にアメビューの評価を。 マトックスの方を長々と書いてしまったので簡単に言うが(と言うか疲れた)、あれはあのリズム感の心地よさと、やはり現代に通ずるものがある世界観がいいと思う。 音楽もいいし。 あれをかけながら寝てみたい、という気もする。 さっきも言ったが、僕は物語の描き方に好き嫌いはなく、その表現したいものがうまく出ていればそれでオッケーなので、それが強烈あればあるほど、そして物語りが破綻していなければ尚の事お気に入りとなるのである。 確かに意味の分からない表現方法は好きではない。 何で?となったらいい気はしない。 では、ここでまた我が友であるT氏のコメントを拝借してみよう(笑) 氏によれば、アメビューには猥褻な表現が多く、観るに耐えないという。 しかし、これもしょーがない意見である。 だって、感覚的に嫌いなものは嫌いなんだから・・・。 でも、またもや繰り返し言わせてもらえば、この映画にはあの表現はピッタリとしているように思われる。 よって、この映画凄い!となるわけである。 そして最後にどうしてくれるのこの気持ち!・・・というモヤモヤが襲うのである。 附に落ちないあの終わり方が、よく言えば今の世を映し、それを感じ取れて尚且つそれが肌に合う人がアメビューを素晴らしいと言うのだろう。
―ウィー・ラブ・ポップ・ポップ♪―
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