○空想談義��
登場人物 ピエール:会計監査官 麦藁帽子の男:インタビュアー
―とあるホテルの一室、照明が明るすぎるくらいの場所にて―
麦藁:えー今回は雑誌の取材という事で、様々な職業の方にインタビューさせてもらってるのでよろしくお願いします。 ピエ:お願いします。 麦藁:早速なんですが、ピエールさんはどういう経緯でこの職業にお付きになられたんですか? ピエ:あ、おやじがやっていたのでやっています。 麦藁:そうですか、お父様がなされていたのを見て育って、それに影響を受けた点があるということですか? ピエ:おやじはもういないですけどね、ハイ。 麦藁:・・・いないというのは、お亡くなりになられてしまった、ということですか? ピエ:家にはいません、少なくとも。 麦藁:あ、そうなんですか・・・
(続く)
○「もうすぐ夏休み」 もしヒトの一生が一年間という期間なら、ヒトは一生の間にどれだけのものを生み出してから死ぬのだろう。 もしひとの成長が、今の80倍で何もかも進むものだとしたら、一体どうなっているのだろう?
今の日本のヒトの一生は平均にして80年と仮定する。 1年という期間の間に生まれてから幼少期を経て、青年期を経て、やがて大人になりあっという間に過ぎると言われる中年期を迎え、いつの間にかに老人になり、そして一生を終える。 そんな一生が今で言う一年間のなかで過ぎるとしたら、それはどういう事なんだろう?
単純に計算してみるなら、365日を80で割ってみればいい。 その答えはおよそ4.6. 4.6日が、今で言う一年間。 一生が一年間の場合、今で言う一年の歳月はおよそ4.6日。 4.6日… 我々は4.6日の中で、何ができるのだろう?
生まれた時点ではこの先長い様に思われる80年と言う歳月。 ヒトはそれぞれに数え切れない出来事に遭遇し、何かを形に残し、やがて意味も無く生まれてきたのと同様に、また意味も無く果てていく。 僕は現在二十歳なので、すでに4.6×20日を過ごしている事になるから92日は過ぎている。 何とか実感できそうな、残り365日−92日=273日という期間がこの先の自分の一生だとしたら、すでに背中の向こうに過ぎている92日と照らし合わせてみると、少しぞっとする。
以前春に入学式を向かえた僕は、今や7月の上旬を向かえ、もうすぐ夏休みになるのを心待ちにしている学生のようなものなのだ。 もうすぐ夏休み。 それが開ければ二学期が始まり、そして冬休み、三学期と続く。 もうすぐ一学期が終わってしまう。 そう言えば僕は中学生の頃も高校生の頃も、二学期も中盤になった頃にやっとクラスの全体の中に溶け込めたような気がしていた。 二学期が終わればあっという間に三学期がやってくる。
僕は今、夏休みに向けて計画を練る必要に迫られている。 夏休みを楽しめるかどうかが、今にかかっている。
―END―
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