記憶の栞
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2002年10月09日(水) ノスタルジア荷物まとめ中

新居に荷物を入れなければ!
と今日も頑張って部屋の掃除。

そうしたら、またどうしようもない物が沢山出てきて
途方に暮れた。

中学時代の交換日記や
書きかけの小説の山や
後生大事に取ってある講義のノートや
海外旅行に行った時の各地のパンフとか
友達が作った小説とか
一生懸命本屋を巡って集めたマンガとか小説とか

どうすんねんこれ? ってな感じで。

それぞれ思い入れはあるものの、今後の生活には要らない訳で。
全部持っていくのは無理だから
一つ一つ目を通してお別れを言いつつゴミ箱に捨てました。
胸が苦しいです。
苦しくて苦しくて、はかどらない。
なんか、荷物まとめながら沢山失う物があるなぁと余計に悲しくなってます。
マリッジブルーも此処まで来ると笑える。

でも、自分が作った小説とか、友達が手作りでくれた物は
どうしてもどうしても捨てられなかった・・・はぁ・・・。
持っていって人目にさらされるのも嫌だし
実家に置いてて発見されるのも嫌だ。
どうしようー! 厳重に包装して持って行くしかないのだろうな。
そんで、誰にも見つからないように、こっそり片づけるのだ。

はっきり言って、捨てる物すら人目にさらしたくないので
家族が部屋を出入りするのが鬱陶しくて堪らないんですが。
なんでこうも人に対するガードが堅いのか。
ある意味、ネットにはこうやって日記すら公表してて
精神的露出狂と呼んでも大差ないような感じなのにな。

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中学校時代の写真が何枚か出てきて
ちょっと愕然とする。
笑ってる写真がないのだった・・。
それは当時歯列矯正をしてて器具が見えるのが嫌で
人前で口を開けないようにするクセがあったので仕方ないが
それにしても・・なんだか本当に楽しくなさそうな感じ。
いじめにもあってたから当然か。
一緒に写ってるクラスメイトの名前がほとんど分からないのも愕然とした。
そういえば、中学の頃、どこに修学旅行に行ったのかも
林間学舎で何をしたのかも、全く記憶になかった。

交換日記が出てきて、さらに驚く。
友達六人ほどと、やりとりをしていたのだが
私だけ、完全に浮いてた。
みなさんが色恋沙汰を話題にして盛り上がってる中で
一人塾の宿題がどーの、偏差値がどーの、志望校がどーのという
話題をしてたりする。
その上、友達が恋愛相談を持ちかけてきてるのをことごとく無視してたり。
冷たすぎる、昔の私。
・・何か、いじめにあってたのも当然な気がしてきた。
その当時の私は、気づきもしなかったかもしれないが
ここまで周りにとけ込んでなかったら
しかも自分勝手に振る舞ってたら、誰だって目障りに思うと思うのだが。

まぁ、自分のことで手一杯で、周りに気を配ってる余裕なんてなかったのかも。
成績上位を保つことで自分の居場所を確保しようと必死だった。
それしか自分に価値を与える物がなかった。
当時は作家になりたいと思ってて、突っ走ってばかりで。
交換日記の相手ですら、友達だなんて思ってなかっただろう。
色恋沙汰を話してる人を馬鹿にしてたし、理解できなかったし。
私のことなんで誰も解ってくれないと諦めていたから、
交換日記の文中に私が友達に相談を持ちかける言葉はなかった。

同時期の自分の日記を見れば
相当自分のことが嫌いだったようで
「私なんか消えてしまえ」と呪詛のような記述がいくつも見つかったり
かと思えば、「誰か私を好きだと言って欲しい」なんて言葉があったりする。
自分の存在が嫌いだったし、自信がなかったんだろうなと思う。
私が、自分のことを少し好きになれたのは一体いつからだろう?

何だか今でも、当時の私を知る人間に会うのは嫌で
私は中学時代の友達とはほとんど交流を絶ってしまった。
私自身が早く忘れたいと未だに思ってるので仕方ないのだが。

それで、高校の頃はどうだったかと言うと、
同じようにほとんどの人と交流を絶っていたりする。
やっぱり高校でも自分が嫌いなままだったらしい。

不思議なことに、大学時代に入ってから
私はちゃんと笑っている写真があるのだ。
好きなことをやれてる所為もあるが
誰かを好きになれたことが大きいのではないかと思う。
なんだかんだ言って大学って楽しかったなぁ。

しかし、あれだけ恋愛沙汰が嫌いだった人間が
これだけ早く結婚できるとは世の中不思議なものです。


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