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久しぶりに、棚にしまっていたエレカシの古いビデオなどを漁って見ていました。
その中に「東京の空(1994)」という7枚目のアルバムを出した年に、日比谷野外音楽堂で行われたライブ映像が入っているものを見つけまして。以前からすごく見たいと思っていたものなので、喜んで見たりしてました。しかし、今までこのビデオテープ、ちゃんと見ていなかったんだろうなあ。 10年くらい前の映像なんですけど、ああ、この人達はあんまり変わってないんだなあ、と。 ステージは基本的に4人だけで、楽器以外のセットはないというシンプルさ。宮本さんは相変わらず黒ジャケットに黒ズボンで、黒いし。今はどっちかというとスリムなギターの石くんこと石森さんが、ちょっとふくよかかなあ、と思ったくらいで。まあ、さすがにメンバーは皆若いけど、でもあんまり変わってないなあ、と。 そして「東京の空」はすごく好きなアルバムなので、その楽曲を演奏している姿が、短い時間ではあったけど見られて嬉しかったっす。
なぜこのライブをすごく見たかったのかというと、「東京の空」の頃ってエレカシの音楽が変わってきた頃なんですよね。 その前のアルバム、特に前々作の「5」までは、引きこもって内側へ内側へ、と向かっていた宮本さんの曲が、「奴隷天国」を経て、さらに「東京の空」では外側へ、聴く人を楽しませることも考えて作り始めた曲になってきた、というか。 そういう風に変わり始めた宮本さんが、毎年必ずライブを行うという特別な場所で、どういうステージをしていたのかが見たかったんです。 そして思ったのは、今とあんまり変わらないんだなあ、という事。と、いうより、この頃から今の感じのステージングになってきたんだなあ、と。「イェーイ」って言ってるし。 ただ、観客の反応は違いました。今ならば、体を動かしたりしつつ皆さん聴いているのですが、当時の映像では棒立ちの人が多いというか、レスポンスを求める宮本さんの態度に観客の方が戸惑っている感じでした。 それで思い出したのが、以前、宮本さんがインタビューで言っていた「みんな、黙って聴いているのがさみしくなっちゃった」って言葉。 よく聞く話ですが、昔、それこそデビューの頃とかは、拍手したり、立ったりすると宮本さんに怒られたらしいそうだし。「黙って聴け!」って。終始不機嫌そうに歌い、アンコールなどはなくて当然、だったそうだし。 …観客だって、そんな感じでちょっと前までは反応すると怒られてたのに、いきなり「イェーイ」って言われても戸惑うだろうよ。 そんなぎこちないやりとりは、ちょっと痛々しくもあるんだけれども、気恥ずかしいような、微笑ましいような気もしたり。たぶん、曲中に観客の分かりやすい反応はなくても、曲が終わった後の拍手はちゃんとあって、それがあたたかかったからじゃないかな。ちゃんと、曲に込めた気持ちは伝わっているんだろうなあ、って感じた。 しかしタイトル曲でもある「東京の空」は、めずらしくトランペットが入っていて、13分くらいあるという長い曲なのですが、それを演奏してるのが少しだけども見れたのが嬉しかったです。 野音は、その名のとおり外にあるので、観客席の頭上には空が広がっているのですが、まさしくその東京の空の下でその曲をやるとものすごく感動するだろうなあ、と思っていたので。 いや、良かったですよ。そしてまた切ない曲調がいいねえ。理想としては曇り空に響くトランペットと歌声をバンドメロディなんですが、ライブは夜だったので夜空に響いていて。でも、それもまた、いいなあ、と。雨が降っていたのか、宮本さんが濡れていたのがまた悲しげで、更にいい演出だなあ、と。 そんな、演出じゃない演出がエレカシには似合いますな。
でも、そうやって昔の物を見ていたら、だんだんだんだん、今のエレカシ、宮本さんになっていったんだろうなあ、と思ったのでありました。 「東京の空」よりも「5」よりも、もっと前の映像もそのテープには入っていたんですが、「浮き世の夢(1988)」の頃の宮本さんは目が座ってるし、バンドと全然合わせないで、自分のリズムで勝手に歌ってるし、怒ってるし。一言でいうと、怖い。それこそいつキレるか分からないような若者だ。特攻しそうというか。 その頃の宮本さんだとファンになってなかっただろうなあ、と思う。怖いのは怖いもん。いや、曲はいいから、曲だけは聴いてたかも知れない。でも怖いから、そんなに深くまで興味は持たなかったかもしれないなあ、と。 その頃の宮本さんがいい、っていう人もいるんだけどね。そしてその気持ちも分かるんだけども。なんか、手の届かないものを必死で追い求めてる姿が痛々しいくらい綺麗だったんだろうなあ、と。 ベタな表現だけれども、それこそナイフみたいな精神と、ガラスのような繊細さというか。その存在に憧れと、なれない哀しさを感じつつ、だけれどもものすごく守りたい、と思うんだろうなあ、と。 でも、それだけじゃあ生きていかれないんだよね。そう思って、したたかになって行くんだよね。みんな。
しかし、ここまで、外からのアクシデントも内側の問題も含めて、いろんな壁にぶちあたる人も珍しいのではないかと(いや、見えないだけで、大きな事してる人は、みんな何かしらにぶつかってるんだろなあとは思うけれども)。 私の知ってる範囲でのエレカシヒストリーは、「東京の空」で前向きになってきたら首切られるし、そのまま2年経ち、やっと新しいレコード会社等と契約して「ココロに花を(1996)」を出したら、それなりに売れて、名前が広がったのはいいものの、今度はもっと売れないと、もっと、もっと!と宮本さんが思い詰めたのか、迷走し始めて、曲調は詞はキレイなんだけど、やけに悲しい生命力のない曲ばっかり作り始めるし。 「明日に向かって走れ(1997)」の曲は、皆キレイだと思うけど、なんか今聴いてると悲しくなるんだよね。歌ってる宮本さんも穏やかに見えるんだけど、今にも涙がこぼれそうな顔に見えてくるというか。心を殺してる顔に見えるというか。この頃なんとなくやつれてるし。 確かに、PVの景色も東京の町並みや公園など静かな映像が多くてキレイだし、宮本さんも美人に写っていると思うのだけれども、なんか、悲しそうなんだよな。 つうことで、見るのがちょっとツラかった。世間の荒波に揉まれていた頃なんだろうか。 そしてその後のアルバムは、私の中では抹消されているし。…ゴメンなさい。でも、なんか聴けないんだよ。ラブソングはダメだー。ダメだー。
…まあ、あまり楽しくない過去の事はいいか。 今のエレカシは、観客とかも考えずに、というか語弊があるかもしれないけれども、いい感じに自分達の音楽を貫いてると思います。 そして、観客もそれを喜んで聴いてるし。いいんじゃないでしょうか。 …って、うん、いいと思うんだよ。嬉しいんだよ。
しかし、昔のビデオ見てると、しみじみと、ああ、いろんなことがあったバンドなんだなあ、と思ったというか。 それでいて、根底が変わってなくて、いろいろぶつかったり迷ったりしながらも、デビュー15年経ってから、まるでデビューの頃に戻ったような勢いのある楽曲を作り、新人バンドのようになりふり構わず攻める姿勢は好感が持てるなあ、と。 「さらに大きなぶざまを掲げて行け 何度でも立ち上がれ」って歌詞が「DEAD OR ALIVE (2002)」にあるんですけど、それってカッコいいよなあ。
来週はアルバム出るし。10月ライブあるしなあ。 今のエレカシ、楽しみだなあ。 そして昔のものをいろいろ見て思ったけど、やっぱり好きだなあ、いい曲だなあ、と。 この人達を見つけられてよかったなあ、と、しみじみしたのでありました。 これからもしたたかに逞しく、けれども魂を大切に、正直に歌ってってほしいですな。
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