矛盾スルニモ程ガアル
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2007年12月30日(日) 今年が終わるらしい。

只今絶賛昼夜逆転中☆ これから寝て起きた頃には多分今年の残りが
6時間とかになってるんだろうなあ、って感じのぼむでございます。おはようございます。




何だか引きこもってるせい+旦那が不規則勤務なせいで、全然実感が湧きませんねえ。「2008年? 来るの? 来るなら来れば?」的な年越しです。相当どうかと思います。





4月の転勤まであと3ヶ月だねと旦那に言うと、絶望的な表情で「あと3ヶ月もあるの…」とか言いくさり仰います。このような状況で何を希望を持てと。(やさぐれ)


おそらく転勤は延びることはないだろうという感じで、段々準備なんか始めちゃっています。





私がこの1年で学んだことは、ある意味今まで生きてきた中で一番大きかったけれど、これからの人生の目標は


・人を妬まず、蔑まず、否定しない自分を作る


ということです。




人のことも、自分のことも、否定しない。



きちんと自分に足場を作ってやることです。



思えば自分には、きちんと「自分で踏み固めた足場」が無いから、いつも不安定で、ぐらぐらして、攻撃的になっていたのだと思います。


そのことで迷惑をかけた沢山の人に対して反省しながら、これからはきちんと「自分で」足場を作っていきたいなーと。


自分の価値観、自分の考え、自分のすべきこと。

「行動」と「思考」のバランスによって培われると思うので、春からはパートでも何でももう一度職を探していきたいです。



んで、今日風呂の中で考えていたのですが、私が30歳になるまでの4〜5年間、きちんと職場を続けられていたら(転勤などの事情は除く)、子供のことも考えようかなと。




ハッキリ言って今、私は子供も怖いが親も怖いです。


モラルって、低下してるんだなーとしみじみ思います。


子育てって、ある程度「子供が一番」で考えるものだと思っていたけれど、今の親というのは「自分が一番」のまま親になっちゃっている人もいるのかも知れないなあと。


そういう意味ではでき婚とかあまり歓迎されるものではないよなーと。


結局、親がしっかりしていないとしわ寄せがいくのは子供なんですよね。


私が自分のしっかりしてなさを考えた時に、やっぱり怖いのはこれだなあと。



「インターネット貸して」(←年の終わりのインパクト大賞)って、親が言うような常識の中で、私が私なりに自分を持って自信を持って、やっていけるようではないと、子供に負担がいっちゃうんですよね…。




「インターネット貸して」という奥様のお言葉は、私の中で、「分かってはいたけれども改めて違うこの常識というもの」みたいなものをはっきりと浮かび上がらせてくれました。




ぬくぬくと、自分の常識の中で生きてきた私には本当にインパクトな出来事でした。



何というか、そのお母さんには「転勤族の知恵」として、「周りと協力し合う」というものがあって、それが私にはとても重く感じるのです。


お茶の場に自宅を提供してくださる、それはありがたいんですけれども

「だから私もあなたの家に行かせてね」
「うちにインターネットがないからやらせてね」

的な心の声を感じるのです。(いや後者ははっきり言われたのですが)


それが向こうは、当たり前のことで、この人はこうやって生きてきたんだなーと思う感じで、だけどキツイ。



私の周りには、こんな常識の人いなかったし、職場のキツさとはまた別のキツさです。流石に職場では、「あなたの家のインターネット使わせて」なんて人いなかったですし…。



でもこれが、当たり前の世界なのかな? それともこの人が特殊なのかな?


「親」という世界を見たことが無かった私としては、本当にびっくりで、だけどこれからの数年間で、これももう少し見ていってみようと思っています。


だけどこの土地で出会った、もう2人のお母さん達はそんなこと全然無かったんですけどね…。やっぱりたまたま? と思いたいのですが…。



話がずれました。



とにかくもう少し様子を見て、私がもっと大人になれるのか、そしてこういう世界でやっていけるのか、それをよく見極めていこうと思います。





お金、貯めなくちゃですしね…。←誰のせいだと。


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