矛盾スルニモ程ガアル
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2006年12月30日(土) 自分を守ったもの。

買い物帰り、何故かぼーっと元彼とのことを考えていた。



元彼とあったこと。




浮気されて、やり直して、振られて(私が)、またやり直して、責めて、傷つけられて。





それでも本気で好きだったんだよなーと思い出していた。





歩きながら、今はあまり思い出さなくなっている、もう遠い昔のことのような記憶を、少しだけ引っ張り返していた。






「どうして、私は彼を好きじゃなくなったんだっけ?」






あれだけあったのに、忘れていた。



否、あれだけあったのに、忘れられた。



それは全て今の人の功績で、だけど本当は、元彼がしなくてはならないことだったのにと思うと胸が痛んだ。



記憶を手繰って、思い出した。




私は、怖かったと。




最終的に別れた時。あの時、情けないことにそれでも好きな気持ちは残っていたし、それなりに揺れていた。



だけどどうしても、どうしても戻れなかった。




また、傷つけられると思うと恐怖で身体が強張って、動けなかった。



浮気の原因となったのは飲み会なのに、性懲りも無くまた飲みに誘ってきた浮気相手を私が責めた時、

「だけど、企画するだけして本人は来ないかも知れないじゃないか」

と言われたこと。私が反論すると、

「そういう可能性もあるって、それに気付かせるために言った」

と私がまるで視野の狭い奴みたいに言われたこと。



浮気の時に使っていた携帯を変えて欲しいと言ったら渋られ、挙句の果てに「じゃあ、費用はぼむが出すんだねっ」と叫ばれたこと。



他にも沢山のこと。



怖かった。この人は私を傷つける人だと本能が訴えた。




あー、私を守ったものは、恐怖だったんだなあとしみじみ思った。




そして、あの人が本当に、本当に、心から反省しない限り、私の傷は決して癒されはしないのだと。


あの人が「あんなことは間違いだった」と思わない限り、思考を訂正しない限り、私はその言葉をぶつけられたままなのだと。



そして、分かっているのは、彼がもしそう思っているとして、そのことを知る機会はこれから先一生無いし、そして、あったとしても、私がもう彼が反省しているとは二度と思えなくなっているということだ。








あの恐怖が無ければ、私は今も、無駄な試みをずっと続けていたのかも知れない。


彼を信じようとする、試みを。








自分が正しかったとは思わない。


正直に、傲慢さを覚悟で言うなら、馬鹿は痛い目を見るまで気付かない。

だから私は、痛い目を見て、馬鹿に気付いた。



私が、馬鹿だったなあと。




もう、別れて3年になろうとするのに、こんなことを思うなんて更に馬鹿だ。


そして、もう3年と今びっくりしながらも、思い出してしまえばまだ生々しい記憶なのは…もっと、ばかばかしいことなのだ、と。




そう、思う。


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ぼむ [MAIL]