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| 2010年03月01日(月) |
女はいろいろタイヘン |
宝塚出身のおきれいな人って何だか怖くないですか。 大地真央さんとか。 めっちゃおきれいなのに、友人としてつきあうには厳しそうだなとか、何か必死感っていうか不幸そうだよなっていうか。 いや、単なる見た目ですよ。 そこにいくと、吉永小百合さんはすごいですよね。 めっちゃおきれいな上に、そりゃ女一人で仕事やってんだからそれなりきキツい性格だったり必死だったりもするだろうけど、この人友人としてつきあってもいい人なんだろうな〜と思わせる幸せ感。 もちろん、単なる見た目ですよ。
前から思ってるんですけど、不幸そうに見えちゃったら不幸になるまで痛めつけられる部分ってあると思うんですよね。 安藤美姫とか。 彼女、前の時はメダル圏内か?からの態度や服装がむかつくからの、こけろの呪詛からの転倒からの、今回は「乳首?」からの、まぁまぁ入賞すればいいよね扱いですよ。 これを「金魚は一緒に泳いでるうちは仲間認識だけど、弱った瞬間に餌認識で、まだ動いているのにちょっとずつ食べられたりしてるよね」作用と名付けてみました。たった今。
昨日、何かのテストを受けました。 「通過です」と「なかなかいい得点だったよ」は聞きましたが、未だに何のテストだったのか知りません。 たぶん、こういう態度がまじめにやってる人の反感をかうんだと思います。 私だってまじめです。 ただ、私のほうが余分に素直なだけですよ。
どんなことでもそうですが、やればやるほど永遠に直せるところがあって死ぬまで終了なんかできません。 浅田真央ちゃんだって、本番向けにひとつの演技を“完全”には仕上げるけど、ひとつひとつに分解すれば、この技はもっとこう、この流れはもっとこう、この指先はもっとこう、と永遠に直せるわけです。 そういうわけで、たまには何か期限を設けないと漫然と練習しているだけでは永遠に完成しなくて重苦しくなってくるし、期限がないことでむしろ小さな細かいところはよく直さないということも起こってしまうので、受けることにしました。 「このテスト受けてみないか」と3回言われたので3回目に「受けます」と言ったきり、私のやったことと言えば練習と受験料を払うことで、申込も先生がしたそうなので、なんと2日前に初めて服装規定や集合時間や当日の飲食について確認したぐらいですよ。 そのテストのための練習はそりゃ一所懸命しました。 すごくためになりました。 その日までが楽しかったです。 その日までの積み上げが一番意味あることではないでしょうか。 本番なんてどうせ、本番って空気のせいで出るものしか出ないし。おまけみたいなもんですよ。 そういう積み上げができる時点で浅田真央ちゃんはすごいと思うし、そこが一番素晴らしいからこそ「THIS IS IT.」はあんなにぐっとくるんだなぁと思います。 本番はできることしかできません。 どうせできることしかできないからと、過去には勉強はしたけれど当日のテストが記述なのかマークシートなのか試験会場に行くまで知らなかったということがあります。 答えられる問題には答えられるし、知らないことは答えられない。 そこが、まじめにやってる方にはむかつくようですが、だから私だってまじめですって。 ただ、素直なだけです。
どんなことだって、たまたまは実は少ないと思うんですよ。 浅田真央ちゃんが小さい頃からスケートをやっていなかったら浅田真央になってないと思うんです。 高校生の部活動で初めてやってみたことで世界を目指すってやっぱりそうはないことだと思います。 「私だって見る人が見れば」は勘違いです。もしくは妄想です。 なるべくしてなっている人はもうそこにいるんですよ。 だから、どんなことでも「今そこに」いないのに謙虚になれず楽しめず、必死で卑屈で不幸そうだともう続かないしみっともないと思うのです。 どうせ、やれることしかやれないし、やれることはやれるんですよ。
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