ニャンでも日記



ハーモニカ

2005年02月19日(土)

久しぶりにハーモニカを手にした。仕事から帰ると大概は朝に読み残した朝刊をもう一度具に読む。それから、テレビをつけながら愛猫たちの食事の用意をする。それからは、DVDを見たり読書をしたり、パソコンをいじったりするのが日課なんだけれども、兎も角、久しぶりにハーモニカを吹奏してみた。 月の沙漠、花影、波浮の港、、、童謡が多いのだがやはり心が和む。ひな祭りの曲もいい。演歌もニューミュージックも好きだが童謡がやはり一番いいし僕に合っているような気がしないでもない。


HP開設から、、、

2005年02月12日(土)

HP開設の目的は愛猫の日常生活を日記式に掲載しようかなと思ったのが始まりなんだけれども、いつの間にか、四季折々の花、地域の建物と目が移り、最近では専ら、野鳥撮影に凝り始めた。当初は、雀、カラス、鳩、鴨の類しか知らなかったのに今では随分と野鳥の名を覚えるようになってきた。とは言え、見知らぬ野鳥もまだまだあるし、そのような野鳥に出くわした時は必死にカメラを構える。花や建物と違って野鳥の類は、、特に小さな小鳥は非常に撮影しづらい。動き回るしピンボケにはなるし、撮影は超慎重にならざるを得ない。


コトコトコットン〜古都行状記

2005年02月06日(日)


久しぶりに遠出をしてきた。京都の浄瑠璃寺から岩船寺への石仏巡りを野鳥撮影を兼ねてしてきた。このコースは実は3度目なんだけれども冬に行くのは初めてなので、収穫はどうかなと半分の期待感で出かけた。浄瑠璃寺、岩船寺とも花の寺なので今の冬は期待できない。但し、僕にとっては野鳥さえ見つければ言い訳で、、ルリビタキ、ヒバリ、ケリ、メジロ、ツグミ、ジョウビタキの面々に逢えた。特にルリビタキ、ケリは初めて逢えたので嬉しかった。 当尾石仏巡りは全く人に逢わなかった。冬枯れの野山を散策するほどの酔狂な人はいないと見える。浄瑠璃寺は京都府にあるのだけれど、奈良のほうから入るのが早い。観光バスが1台のみ来ていて、おばさんたちがいた。境内の写真は適度にして早速、当尾石仏コースへ。ココは過去に2度も来ているが、デジカメ一眼を持参しては初めて。緩やかな登坂のある山を石仏を見ながら歩いた。岩船寺近くになって古い家のそばで野良ちゃんに出会った。早咲きの梅の一部咲きが目に新鮮だった。岩船寺は拝観が有料(浄瑠璃寺は無料)でここは 数人の観光客がいた。 岩船寺からはもう一度石仏コースの山を下る。 ここからは安土を目指した。織田信長の城址を見たかったからである。 安土城の考古博物館で信長について学習した。安土城の天守の写真を撮ることが出来た。そして残雪のある安土城址の山を少し歩いた。夕方近くになって雨が降ると言うので、過去の栄光と挫折を思いながら、近江の地を後にした


再び、カワセミ君

2005年01月31日(月)

近くの公園に出かけ、いつものように池の端にある木立を見据える。 待つこと、小一時間、カワセミ君がやって来た。 本当に愛嬌のあるカワセミ君で結構、長時間デモストレーションを やってくれた。何度も池に飛び込むのだが、餌の魚とりに失敗して いて、執拗に狙っている。 まだ、餌取がベテランではないのだろう。じっと見ていて、いじらしく なった。


キセキレイ

2005年01月28日(金)


今年になってから勝負事はなんか調子がいい。この前は 役満の小四喜ができたし、昨夜の勝負も勝てた。 今年は幸先がいいぞと思ってるが、こんな時こそ、手綱を しめてかからねばならないと思う。 この幸運、、、今年は切望の野鳥(キセキレイ)に逢える かもしれないな、、そんなことをふと思った。 幸福の青い鳥ではなく、幸福の黄色の鳥なんだけれども。


愛猫・りとちゃんと、冬ソナのペ・ヨンジュン

2005年01月26日(水)



冬の水戸

2005年01月24日(月)

久しぶりにと言うか、10年ぶりと言うか、水戸市まで 行ってきました。偕楽園と大洗海岸がメインの写真撮影 の旅でした。 偕楽園の梅は一部咲きでしたが、観光客も少なく気軽に 散策できました。 アカハラに初めて出くわしました。野鳥を撮影していると 時には見知らぬ鳥に出逢いますが、その時、図鑑を見たり して名前が分かると感激します。 市内の池でオオハクチョウの群れにも逢ったし収穫の多い 旅でした。


ジョウビタキ

2005年01月22日(土)


近くの公園でジョウビタキが結構、長い時間、愛嬌を振りましてくれた。 近くでカメラを構えていても逃げないのだ。目が愛くるしいし、胸元の 鮮やかなオレンジ色の毛並みがなんともいえない美しさだ。


そして、横浜

2005年01月18日(火)

今、関東は今後来るであろう地震に備えることが急務に なっていて、新聞などで、そのことをやたらと訴えて いる。 確かに東京直下型や東海地震の危険性は高まっている。 ただ、そんなことを無視しようとは思ってないが僕個人 としてはあまり深く考えないことにしている。 逐次、考えていたら怖くて生活できないからだ。地下鉄 に乗車の時、首都高速を運転している時、エレベーターに 乗っている時、、、さまざまな場所で、その危険を思えば いてもたってもいられないからだ。 備えあれば憂いなしと言うが、それも運・不運に左右され るからだ。いくら自宅が耐震構造であっても外出している 時に災害が発生するかもしれないからだ。 横浜に住んでいて、あの神戸の災害を見てきた。神戸の次は どこか、、そして横浜になるかもしれない。だが、生きられ るか生きられないかは、神のみぞ知る。そんな訳で僕はごく 普通に暮らしている。


そして、神戸

2005年01月17日(月)

僕が神戸市兵庫区で生まれ、そしてそこで、青春時代とも言うべき 学生時代を過ごして来たのだけど、大地震は経験していなかった。 今、横浜に住んで、あの10年前の神戸の震災を想うと涙が出る。 偶然とは言え、生きとし生きる者の幸・不幸は運命の悪戯ではすま されない何かがある。 今の今まで僕は、大きな災害に出くわしたことがない。これを幸と 言うにはあの被災者に対し無礼である。もとより、人の運・不運の 分かれ目は予知できない。それだけに今を大切にしなければいけな いだろうし、無為な時間を送りたくは無いと考える

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