読書日記

2001年12月05日(水) これがファンタジーの傑作。「ウィンターズ・テイル」(マーク・ヘルプリン)はぎこちないところのない真の物語。

これがファンタジーの傑作。「ウィンターズ・テイル」(マーク・ヘルプリン)はぎこちないところのない真の物語。早川書房のファンタジー文庫である。このピーター・レイクと白馬の物語が日本で出版されたのは昭和62年、つまり1987年。今から14年前のことである。全米ベストセラーが謳い文句だったがどの程度読まれたのか。
今世をあげてファンタジー・ブームの観がある。ハリー・ポッターのシリーズのおかげで他のファンタジー作品が多数邦訳されて出版界を賑わしている。
今こそ「ウィンターズ・テイル」がその真価を世に問う時である、というのは大げさである。そもそも本の楽しみは面白い本をひそかに読むことにある。
こんなに楽しく面白い本を他の人は知らない。そんな優越感のようなものを感じるのも楽しみの一つにちがいない。
誰もが同じ本を読むなんて・・・・などと理屈をこねても仕方がないので、やめる。
で、「ウィンターズ・テイル」だが、冬の都会を颯爽と翔けぬける白馬のイメージと無条件に面白かったという素朴な印象が残っているだけで、詳しい内容は覚えていない。
物語の殿堂入り間違いなしという記憶がすべてなのである。
ハリー・ポッターでファンタジーものに目覚めた人にぜひ読んでほしい。中身を言えないので説得力がないので、ヒジョーニ哀しー!
「渋沢家三代」はその三代目たる敬三が話題の中心になってから物語的になり印象が鮮烈である。初代の栄一との絡みがよく、栄一の印象度もあがってきた。



2001年12月04日(火) ジェイムズ・ジョイス「若き日の芸術家の肖像」(翻訳者・飯嶋淳秀)を読む。

 ジェイムズ・ジョイス「若き日の芸術家の肖像」(翻訳者・飯嶋淳秀)を読む。しかし、抄読的としか言いようがない。あるいは単なる一読。難解。文章を追っていても頭に捕捉できるものがほとんどなかった。そういう文体なのか。折りあらばまたいつか繙くことにしよう。
こちらにジョイスを読むことへの憧れがいつもあるから始末が悪い。
今日も野暮用でここまで。



2001年12月03日(月) まだ佐野眞一「渋沢家三代」(文春新書)を少し。

佐野眞一「渋沢家三代」(文春新書)を少し。178ページまで。渋沢栄一の長男、篤二のこと、主君の慶喜の生涯などに触れながら、篤二の長男の敬三へ話題が移っていく。歴史音痴としてはあまり読みやすくはないが、時々はっとするようなエピソードが出てくるのが救いで読み続けている感じである。
ー人生盛りの三十一歳で「隠居」となった慶喜がもう一つわが身を蕩尽したのは、写真、狩猟、弓、自転車、油絵、書、釣り、陶芸、謡曲、刺繍に至るまでの多彩な趣味だった。慶喜は多芸多才であったばかりでなく、何でも上達しないと気がすまず、のめりこんだら徹夜もいとわない凝り性だった。ー(169ページ)
印象で言うとこの本は主人公たる渋沢家三代の男たちと関わりを持った人たちの方が興味深く書かれている気がする。特に栄一は最も重要な人物であるはずなのに、人間としての魅力や大きさが伝わってこない。記述が通り一遍という印象。印象なので大きな声では言えないのが残念。
結局、今日も本は読めず。



2001年12月02日(日) 今日も拾い読みのみ。本は読めなかった。

今日も拾い読みのみ。本は読めなかった。
新潮文庫の「ビッグ・トラブル」(デイヴ・バリー)を28ページまで。樹上生活者または浮浪者のバリーは時々思い荷物をちょっと運ぶアルバイトを始める。独立したエリオットは広告代理店を始める。この二人がどうつながっていくのか。今のところ、あまり興味がない。
随分と評判になっているのは出演者の豪華さからか。講談社の「編集者の学校」のトップバッターは本を扱ったテレビ・バラエティ番組「ホンパラ」(司会は関口宏)に連続して登場していた見城徹は「踏み込めないやつはだめですよ」と断定する。
「本の雑誌」12月号の特集はかつて評判をとった雑誌についてで、熟読した。話がわかったのは「ワンダーランド」と「奇想天外」の二つ。確か1975年前後に出ていたはず。これは欠かさず買っていた。そのころのことを少し懐かしく思い出した。
「渋沢家三代」はストップしたまま。


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