読書日記

2001年11月07日(水) スティーヴン・キング「小説作法」読書中。

スティーヴン・キング「小説作法」読書中。三つの前書きをクリアして「生い立ち」の部分に入った。12、3歳の頃までの挿話が繰り出され、まるでキングの小説を読んでいるような錯覚を起こす。あの「スタンドバイミー」で作家志望の少年が自分の創作を仲間たちに語って聞かせる場面である。要望のままに嬉々として面白話を次々に披露する筆者がいる。
2、3年に「グリーン・マイル」を読んで以来のキングの文章は小説ではなくとも小説的である。今のところ。しかし、妙に新鮮である。
あとあまり読めず。
中田英寿が日本に帰ってきたのでミーハーながら新潮文庫で出た「NAKATANET」をちょっと開いてみた。中田本人の日記もさることながら間に挿入される小松さんの文章が読みごたえあり。 



2001年11月06日(火) 小林正幸「学級再生」は面白い。

小林正幸「学級再生」は面白い。学級崩壊の意味を歴史的に位置づけて語り、今後の問題解決への道筋をも具体的に指し示す。「教育臨床心理学の現場から説く画期的『教育再生論』」といううたい文句は嘘ではない。
何よりも文章が明解で良い。巻末の引用文献も一覧も興味深い。まもなく読み終わるが、繰り返し読みたくなる魅力と器量を備えている。 



2001年11月05日(月) 糸井重里「インターネット的」(PHP新書2001.7)は現代の生き方指南書。

糸井重里「インターネット的」(PHP新書2001.7)は現代の生き方指南書。そろそろ正直な生き方や行き方をしていかないと本当には面白く生きられないよ、と聞いた。世の中はある意味汚くないと生きづらいとか負けるとかいう価値観では新しい工夫は生まれない、と読んだ。指南書と呼ぶよりは理論書と呼ぶべきか。
「ほぼ日刊イトイ新聞の本」(講談社)と対になる本である。両方読んで「インターネット的」になろう。
小林正幸「学級再生」(講談社現代新書)もコーチャンフォーに出かけて見つけた本。教育関係の本に多少は興味があるのでパラパラとめくって見ると文章が読みやすいのと意見が分かりやすい印象を受けて購入を決めた。92ページまで読み一安心。学級崩壊や新しいタイプの荒れについての歴史的な検証は説得力がある。70年代から地域の子供の中に異年齢遊びがなくなったことが始まりらしい。知りたかったことがここにずばり書いてあるような気がする。
時代劇は今日は読めなかった。



2001年11月04日(日) 糸井重里と石和鷹を読書中。

糸井重里と石和鷹を読書中。糸井さんの方は「ほぼ日刊イトイ新聞の本」(講談社)を読んでぐっと身近な存在になった。なんとなく信用のおけないタレントの一人だったのが、信頼度抜群になるほど良い本だった。久しぶりにコーチャンフォーに出かけてみたらPHP新書「インターネット的」がばっとあったので珍しくまよわず購入。内容は同じようなものでもかまわないと思った。で、半分ほど読んだ。講談社の本と比べるとぐっとくるような具体的なエピソードが少ない分、じっくり読める評論になっている。
一方、石和さんはすでに故人である。この「地獄は一定すみかぞかし」(新潮文庫)は「新潮」に連載された後単行本で世に出た時の評判は知っていたのでいつか読もうと考えていた作品だった。巻末の立松和平氏の解説を読んでから本文を読み始めたので同じ話を二度聞くような不自然さが初めあったが、直に解消し、「びっくり」しながら読んでいる最中である。途中から糸井さんの本が割り込んでその「最中」がいま嘘になっている。それにしても力のこもった作品である。
中村真一郎は今大勢に読まれている本の中でいったい何冊が後世に残るだろうか、と懐疑的だったが、この石和さんの本は残るのではないだろうか。そんな迫力が感じられる。
また、糸井さんの意見をまねして言うとベストセラーやベストセラー作家の影に力のこもった良い本は存在している。この情報化社会の中で逆に情報化されなければ知られないままであまり読まれない良い本は数多くあるはずである。
「ダ・ヴィンチ」的本の紹介もいいがそれを補助または裏「ダ・ヴィンチ」ももっと全面に出ていいはずである。
今日購入した本は以下の通り。
ポール・ギャリコ「ザ・ロンリー」(新潮文庫)
吉村達也「孤独」(新潮文庫)
スティーヴン・キング「小説作法」(アーティストハウス)


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