カウントシープ
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久しぶりに町へ出かけた。 目的は、
その一 熱田神宮に御参り。 ボクは神様の存在を信じているが、それは姿形を伴うものではないので、普段どこかに出向いて御参りしたりしない。それでも御参りという形をとったのはやっぱり何か形になることをしたかったのかな。 初めて神宮に入ったけれど、沢山の木々が立ち並んで、中に交番もあって、人も沢山いて、空気は冷たかった。何も知らないボク達のために、巫女の仕事をしたことがある友人に付き添ってもらったのだが、彼女の教えに従ってお祈りしてきた。
その二 時計を修理すること。 数年前に相方と御揃いで買った時計、一番気に入っているポール・スミスのクロノグラフが、癌告知を受けて二日後、パタリと電池が切れて動かなくなった。タイミングの良さになんとなく不吉な感じがしたし、それより以前に相方の時計のバンドも壊れていたので、2つとも修理に出すことにしたのだ。ボクの時計は10分で電池交換が終わって戻ってきたけれど、相方の時計は修理の為に入院になった。
いつも不思議なのだけれど、2人で時計を御揃いで買うと、必ず相方の時計の電池が先に止まる。個々で時間の進み方は違うってことなのかな。
相方は表向き元気に振舞っている。 というか、元気そうに見える。仕事にも行くし、散歩だって一緒だし、入院まで今までの生活スタイルと変わるところはない。 表裏のない、喜怒哀楽のはっきりしたストレートタイプだ、と思われがちな奴だが、実は本心をあまり出さない奴だと、何年か付き合った後で解ってきたりして、知っているようで知らないものだなと思う。
ボクは何でもすぐに言語化して、理論でもって処理してしまうし、処理できない内容は無意識に閉じ込めて、時々体が弱って寝込んだりする。で、少し休養をとるとまた復活するのだけれど、このやり方がスマートだとは思わない。出来れば寝込むことなしに、恒常性をもって動き続けられたらと思うけれど、それは今のところのボクの課題だ。
相方は、いつも同じぐらい元気にしていて、ボクほど気分の波がない。感情はストレートなのに、きちんと安定していて、それがボクにとっては安心できるコンテイナーだ。こんなことがあると改めてそれを再認識するし、ボクもまた相方を包み込むコンテイナーになれるように、毎日を過ごしていこうと思う。
健康を考えて、もっと沢山の種類の野菜を食べようと思った。
マーケットでいつも買う野菜は大概決まっている。料理は相方担当だが、買い物は大抵2人で行くし、沖縄料理を除けば、相方が作るものはボクが知っているレシピのことが多い。自然と偏りが出てしまうのだが、これでは良くないなと思いなおして色々買ってきた。
結果冷蔵庫の野菜室は満杯。早く何か作らなくちゃと思うのに、いつも使う野菜だけが消費されて、新顔が残っているのが現状。 この場合料理を作るのはボクの役目なのだ。一回作ったものは二回目から相方が作ってくれるけれど、一回実演してみせるのが暗黙のルールとして存在するのだ。(この法則は、ボクが好き嫌いが多いことに起因する)
困った困ったと言いながら、料理本の頁をめくるけれど、料理の作り方ってボクの頭にはちっとも入ってこない。
追記:困った野菜とは �,譴鵑海鵝津敬慷紊靴�思いつかない �▲乾椒Α弔�んぴらごぼうを作ったら異様に辛くなった ��カリフラワー…茹でる意外に食べ方があるのか �ぅ縫鵐献鵝張�レーやシチュー以外にはどうするんだ
困りものは野菜じゃなくて作り手だね。
ロビン
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