「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will
アメリカ人の男性友人は言いました。 「アメリカでは、女性がどんな服を着ているかによってその夫や恋人がどんなふうに彼女をケアしているかわかるんだよ」 「あらまぁ…そうなの?それなら、私は同じ服を1週間着るね」 「えーっ、そうなの?」 「もしあなたが私のパートナーなら、あなたはそんなへんてこな考え方を捨てて自由になれますよ」。
ちなみに、私は英語でこんな風に言いました。"I will ware the same cloth for a week so please you do forget such a stupid thought then you will be happy if you are my partner"。
"Stupid thought" とは“ばかな考え”という意味でいいと思います。本当は、こんな言葉を使ってはいけませんネ…。悪い見本でした。そして、こうして自分のマイナスも書いているところが面白いですよ。
**英文に関して、間違いのある確率は高いです**
今日は、おかしなことを経験した話を書きます。 通う予定の学校でプレイスメントテストの結果を聞きました。場所は、中国出身の方が経営者の語学学校で私と会話するのは日本人女性です。 テストの結果、私の英語力はその学校で"レベル3"でした。しかし詳細は「あと2問間違っていたら私はレベル2だった」そうです。私は、テストのときには想像で答えた問題がいくつかありましたし、私自身に“3”その能力がある思えていないこともあり、レベル2から始めたいと伝えました。すると教師は「それを決めるのは教師です」と言うのです。加えて、「そのタームが一旦始まると、生徒のほうが学習困難に感じても、担当教師のOKが出なければレベルを上げることも下げることも生徒の判断では出来ない」と言うのです。おかしな話と思いました。これでは、生徒が主体ではなくて教師が主体で、生徒のための学校ではなくて教師のための学校のようです。
Who is the main person of the English study? It seems there is the School for teacher.
学校の人はまた、「語学スクールは、あくまでゴールに到着するための途中過程で、どの学生さんも出来るだけ早く次のレベルに上がって、その次のステップにあたるカレッジや大学に行きたがります」と言いました。内容は理解しましたし、私もそのように出来ればいいなぁと思います。そして、自分のペースで楽しく勉強しているうちにいつの間にかゴールを超えていた…という方がいいと思うのです。そんな私を手伝ってもらえる学校に通いたいというのが私の希望ですョ。
| 2012年03月05日(月) |
好奇心の芽 (Bud of curiosity) |
昨日、次女と三女から電話がありました。彼らは昨日引越しをしていたのですが期末テストの最中でもありました。娘たちは「テストがあるから勉強が気になって引っ越しを楽しめなかったよ。勉強できない。テストを捨ててもいい?」。「もちろん、いいよ」。「本当に?本当に?でも…」「テストはまたやってくるでしょう? 私は今45歳だけど、今もテストを受けれるよ」「そうか、やったぁ!」
その後、留学の思いを変更していましたが「やっぱり外国に行きたい。いろいろな国を知らないと損だよ」と再び語り始めた三女とそれに関する話を少しして、「二人が外国に住んだら英語で話そうね」と言う彼女に賛成し、次女とは「楽しんでね。楽しんだ分だけ、逃げてだなぁと思えることもしても八日と思えると思うよ」と語り合い、電話は終わりました。 今朝目が覚めると、夜中のうちに三女から英語でメールが届いていました(最近英文が届くのです。当然ですが、私よりも文法を知っているので、教えてもらえますョ)。 『いつか一人になれたなら』をまた読み始めたよ。最初に読んだときよりも感じることが違っているから、大人になって読んだらまた違っているよね」と三女。私は(へえ〜っ)と思いました。
彼女は何を感じてそうしたの? 分かりません。それに、不思議です! わかることは、それは彼女の好奇心の一部だということです。
子どもも大人も、その好奇心は無限大ですね♪
姉の家を出発しました。 途中立ち寄った羽田空港から両親に向けて手紙を出しました。内容は姉と相談したことに準じて以下です。
「こんにちは。ご無沙汰しています。私は今羽田空港に居ます。英語の勉強のため外国へ行きます。帰国の時期は分かりませんが、日本に戻った後会いに行けたら幸いです。二人とも体に気を付けてください。2012年3月4日 21:00PM」です。 手紙は、遅くても二日後には彼らのもとへ着いているでしょう。
話は前後しますが、大分空港で姉と別れるとき、私達はHUGしました。姉は私に「私はいつもあなたの味方だから、心配しないで帰ってくるんよ!」と言いました。私は姉の言葉が本当にうれしかったです。 "家族"や"故郷"。傷ついた心で生きていたために避けてきたこれらの言葉は今私の中で新しい何かに変わりつつあります。それが何か、まだぼんやりしていますが、これは、元の位置に戻ることや家族の再生とは違うでしょう。
Today, I went back to see the house in which I had grown up with my sisterwhen I was a child. 私は今日、子どもの頃に過ごしていた家を姉と一緒に見に行きました。
It has been about 9 years since I left from the house last because of a number of reasons. それは、いくつかの理由で最後に家を離れてから約9年ぶりの事でした。
When we were just driving in front of my house, my father was just doing some work in the garden. ちょうど車が家の前を通ったとき、父が庭で何か仕事をしていました。
When our car was going past the house and, my mother just coming back to the house in her car. 私達の車が家を通り過ぎて走っていた時、母は車で帰宅するところでした。
By a coincidence, I saw my parents from inside our car. 私は偶然二人を車の中から見ました。
I had a racing pulse when I saw them but after few minutes I became started to feel glad about it. 私は少しドキドキしましたが、その後うれしくなりました。
We didn't return to the house today. 私達は今日実家に戻りませんでした。
However I was really happy that I could came back to the house and seeing them. しかし私は本当に、実家へ帰ることが出来たこと、彼らを見ることが出来たことを喜んでいます。
Now, I am thinking that I want to say hello to my parents someday. 私は今、いつか両親に「こんにちは」と言いたいと思っています。
I was really happy about it. 本当に楽しかったのです。
***
Well, some my western friends read my writing. 数人の欧米国に暮らす友人は私の文章を読みました。
One of them said "I have the same experience like you". 一人の友人は、「私も同じ経験を持っています」と言いました。
Ohter friend said "What is important is you and your children's future and that is what you need to focus on, not the past. You need to work on making yourself happy and showing your children what a good mother is so they can be good parents one day." 別の友人は、「大切なことは、あなたとあなたの子どもたちの未来で、それはあなたが意識する必要のあることです。過去ではありません。あなはたあなた自身の幸せを作り、子ども達によい母を見せること。そうして彼らはある日よい両親になることです」(私の訳仕方なので、彼の伝えたいこととは少し違いがあると思います…)と言いました。
I agree with them. 私は彼らに賛成します。
I was happy to have friends who can talk what important like this. 私は心を語り合える友人を持っていることを嬉しく思います。
Thank you so much for everybody♪ ありがとう、皆さん♪
| 2012年03月02日(金) |
兄弟姉妹(siblings) |
My sister made dinner last night. 姉が昨日私に夕食を作りました。
It was really delicious. それはとてもおいしかったです。
I just noticed that my sister and I have been sisters ever since I was born. 今気づいたのですが、姉と私は、私が生まれてからずっと姉妹だったのです。
There was a time where I didn't have any contact with her but we were still sisters. 私は姉と連絡を取らない時期がありましたが、私達はそれでも姉妹でした。
I am now very glad of it. 私は今そのことに気付いてとてもうれしいです。
I will be happy to be with her. 私はもっと楽しみますョ(^^)
Do you have siblings? あなたは兄弟姉妹が居ますか?
Have you ever talked with them? あなたは彼らと話をしますか?
What do you talk about with them? どんな話をしますか?
Let's enjoy our conversations with them. 会話を楽しみましょうね(^o^)
Well, my sister and I took a picture to have fun yesterday night. 昨晩私と姉は写真を撮って遊びました。
We will show it someday... いつかそれを見せるでしょう。
I went to the shopping mall with my sister yesterday. 昨日姉とショッピングモールへ行きました。
As she knows that I like asian miscellaneous goods, she introduced me to a shop that inside the mall. 私はアジアン雑貨が好きなので、彼女は私にそのお店を紹介しました。
We enjoyed seeing everything in the shop. 私達は楽しみました。
Finally, I bought two dresses and I also gave a white dress for my sister as a gift... 最後に、私は二つドレスを買い、姉にも一つプレゼントしました。
They were inexpensive. それらは高くありませんでした。
I was happy to do it. 嬉しかったです。
She went to work again that evening and she made Hamburgers after came home from work. 彼女は夕方もう一度仕事へ行き、帰宅後ハンバーグを作りました。
I helped her a little. 私は少し手伝いました。
She washed lots of clothes. I helped her a little too. 彼女は洗濯をたくさんし、私はまた少し手伝いました。
She is always busy and now she is more busy because I am staying in her house. 彼女はいつも忙しく、今は私が滞在しているさらに忙しいのです。
I can do with myself too. 私は自分ですることも出来ます。
And I will help her now. そして今は、私は彼女を手伝います。
Thank you so much, Kyon.(^^) ありがとう、Kyon♪
Kyon is my sister's nick name... Kyonというのは私の姉のニックネームです。
私のHome town、大分市へやってきましたよ。山の幸と海の幸両方に囲まれた街です。そのせいか、空港の荷物受取のベルトコンベヤーに私の顔よりも大きなうにが遊び心と一緒に乗ってきました。 この町でずっと暮らしている姉と再会。私が(現れる)と思っていたのと逆の方向からニコニコ笑いながらやってきてHUGしました。嬉しかったですョ。 今日からしばらく大分市滞在です。ネット環境がないので外に出なければなりませんが、それを利用して大分県見物をしようかなぁと思っています。
| 2012年02月26日(日) |
A pleasant atmosphere. |
成り行きで三女が一晩私のホテルに泊まりました。娘は夜9時には眠ってそのまま朝を迎えたのですが、私は嬉しかったです。外泊の電話をしたほうがいいと思い、彼女の自宅にも電話を掛けると息子が電話口に出たので、二言三言ですが言葉を交わしました。もう声変わりして大人の雰囲気。みんな私と同じように成長しているのですね。
昼前、羽田空港近くのホテルへ移動し、途中、品川駅南改札口で家に帰る三女を見送りました。「また会おうねー」。数分後に三女から届いたメールです。「きっとまた会おうね…」と返事を返しました。 入れ違いにやってきた長女と浅草へ行きました。そうしたら、私達は昼食をとっている間に見学のチャンスを逃しましたが、東京マラソンの通過点になっていたのです。長女は運動と縁がない生活を送っているようですが、私達は「一緒に走れたらいいね」と話しました。 浅草の次は秋葉原へ。みなさんは秋葉原へ行ったことがありますか?私は初めてです。休日のみ歩行者天国になっている広〜いメインストリートを歩いて「初めての経験!」と喜びました。
そして夕方、秋葉原の駅で長女ともお別れ。毎日楽しかったので、もっと一緒に居ないなぁと思いつつ長女の手を握りました。「また会おうね!!」と数分後に届いたメールに再び「きっとまた会おうね」と返しました。きっとまた会えますョ。
そうそう…。"雰囲気"という意味の"atmosphere"という英単語を長女から教わりました。いい雰囲気で過ごした7日間。またこんな日があることを思いつつ、東京最後の夜を過ごしています。
三番目の娘は少し前肺炎で大学病院に入院していたので、今日はその再診の付き添いをしました。娘は一人で病院に来るのは初めてで、私は職業柄その仕組みをよく知っていることもあり、ついつい娘よりも先に動きそうになりました。そんなとき、名古屋にいる心友親子の様子を思い出して、娘のすることを手伝う私を意識しなおしました。よいお手本があることはいいことですね。
診察結果も異常なく、私達はバスで私のホテルへ戻ることにし、途中の駅で立ち食いそばを食べました。立ってご飯を食べるなんてそうそう経験することではありませんよね。日本では悪いことと取られられていますが、外国へ行くと立食パーティーというのもありますから、本当はどうなのでしょう? しかし私は、周囲の人が忙しそうに食事をしているように感じて落ち着きませんでした。やはり食事は座ってゆっくりとるのが好きです。それでも、温泉卵の乗った掛けそばは美味しかったですョ。
娘はホテルの部屋で勉強しました。私も娘に便乗して“生物”の勉強しました。“エイブリー”や“チェイスとハーシーの実験”を知っていますか? DNAは遺伝物質であることを10年かけて証明した人々だそうです。新しいことを発見するのってすごいですね。そして、そのことに10年という期間を費やしたことも今の私には“Great!”です。 中学や高校の教科書は、私にとってもよい教材です。勉強しやすいようにできているのかな?興味を引きやすいようにできているのかな?そして、私の好奇心も手伝っていますよ。その年代の子どものそばに居るから出来ることですね。
|