「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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私は今朝、怒りました。きっかけは、アメリカのTeacherと英語の発音練習をしていた時のことでした。 私は、いくら教師と同じように発音しようとしても言えませんでした。舌の動きが追いつかないと思いました。教師は次々と進んでいきました。私は途中から情けない気持ちになってきました。 レッスンが終わりました。その少し後、腹が立ってきたのです。それから「ここは日本なのだから日本語を使う筋肉が働くのは自然でしょう…」と思いました。 しばらく後、(怒っていても仕方がないから、日本に居て出来ることをしよう)と切り替えました。それから、(今度はこうしよう)というアイデアが浮かんできました。 勉強は自分の学びやすいようにするのがいいと思います。私は今44歳で、あと50年くらい生きるかもしれないので、まだまだ色々なことが出来ると思います。思いつくことをしてみるのがいいですい。
体調の方は、1週間前に比べるとずいぶん良くなったみたいです。首の廻旋もある一方向を除けば以前と同じくらいに自由にできるようになりました。それに伴い、掃除や片付けなど後回しにして来たことも少しずつ出来るようになって、健康第一って本当だなぁと実感しています。 “のんびりすること”や“ぼんやりすること”の勉強もしました。目先のことばかりに意識が行って視野が小さくなっていたなぁという気付きもありました。 気付いたと言っても又同じようになっていることもある私です。ときには間違いもあるのです。 そして、そうしていても少しずつ成長しているので大丈夫です。広い視野を持続させてゆったり生きるのがいいです。そうすれば、首の回転も心の回転も、それから頭の回転もよりClearになるでしょう。これは本当のことです。心の自由はその他のあらゆる自由を作ると思います。 ということで、いろいろなことにTry and try.
今日は一日の殆どを、フロアに寝転んで好きなことをして過ごしました。
何をしたかなぁ…。殆ど英語関係です。飽きたときには腕や足を眺めて揉んだりつまんだりしていました。 接骨院の方にお聞きしたことですが、肩や腰をマッサージされたときに痛みを訴える方がいらっしゃいますが、人間の体の健康な部分は押しても痛くないそうなのです。(痛くなるほど押したなら、当然痛いと思います)。私は今、両腕や首など痛いですョ。それで、痛いところが少なくなりますように…と心をこめてマッサージしてあげました。右の腕をもむときには左の腕と指を使います。左の腕をもむときには右の腕と指を使います。こうしてマッサージをしていたら同時に筋肉も作れるのです。
マッサージにも飽きた時にはベランダに出て外を眺めました。散歩に行きたい気持ちになりましたが、今日は雨が降っていて少し寒かったので明日の楽しみにしたのです。 そうしているうちに夜が来て、いつもよりも多めにお湯を張って首を温めてあげることにしました。温かいお湯が首元に触れると気持ちいい〜。身体も喜んでいるのが分かりましたョ。 上を向いて天井を眺めているときに、「天井に単語カードを貼ったらお風呂の中で勉強できる」と思いました。けれども、天井は私の手を伸ばしても届かないくらい高いところにあるので、もっと元気になったらしてみようと思います。
ということで、今日もまたゆったりのんびりの一日なのでした。芯から温まって柔らかくなったまま、お休みなさい。
| 2011年04月30日(土) |
Open my heart. |
最近身体を優先しているので、フロアに寝転がってぼんやり過ごすことがあります。もっと身体が大変だったときには寝転がっている自分を見る余裕はありませんでしたが、この頃は“ゆったりする”ということを楽しめるようになりました。元気になるにつれ身体は動きたくなっていて、時々腕に揉んでみたり足をあげてみたり、(ここの筋肉を作るにはどうしたらいいかなぁ)と考えて案を練ってみたりしています。 のんびりしているときには思考回路にも余裕があるので自分を見つめることが出来ます。“心の自由もいい。そして、頭の自由もいいなぁ”と思います。ちなみに今日は、“早く元気になろうと頑張っている自分”に気付きました。(あ〜そうだったんだ)と分かったとき、(こんなふうに過ごしてよかったなぁ)と心から思いました。 病気やけがはない方がいいけれど、もしもそうなったときにそのことを利用して楽になれた分だけ、よく生きるための材料の一つになりますね。この心の変化を、もっと心を開いてお見せしたいです…。
今日、世界の人々が参加するWebサイトで“友人”とは何?の話題になりました。私は心を基準にしている自分を語りました。英語が通じたかどうかは別にして、これまで取り組んできた私を喜びました。 その私は今、これまでの取り組みを英語にする作業をしています。「いよいよ飛び立てるかもしれないよ…」の感覚で楽しみ、分からないことはアメリカに住んでいる友人のヘルプを利用しています。心に関する言葉を英語にするのが難しくて思案しているとき、友人は以前私から情報提供した『毒になる親』の中からよい言葉を探し出しました。(“心のファシリテイター”を英語で何と言うの?)を探していた時には別の友人のアイデアを利用させて頂きました。そんな経過も手伝って、日本語が英語に変わっていくのを見るのは本当に楽しいです。
ちなみに、昨年外国に住む友人を作ろうと思い始めた当初、もちろん主な理由は英語の習得でしたが、その英語の前に「性の傷を癒やす作業を手伝って下さる方を探そう」という気持ちもあったのです。心の安心は私にとって最も必要なことだからです。友人と語り合う過程で、ある日ある時の出来事を癒やしの作業に利用できたことは今も貴重な体験の一つとして心に残っています。私達は(意見の違いはどこから来たの?)を探して楽しむこともあります。このようにして今日まで「Take it easy, Step by step, Day by day, 何より大切なことは Take care of myself...」という言葉で一致し、その時々で何かを学び良い形に変えていこうとする大人を生きているようです。何より、新しい世界を楽しんでいる私を喜んでいます。
私は最近、自分の身体を探求しています。この頃の私は時々、遠くを見る能力と近くを見る能力が瞬時に切り替われなくなる状態にあって、そのせいで視線をずらしたときに足元がフワフワすることがあることに気付きました。
ということで今日は公園で、遠くを見て、それから視線をゆっくり近くに移す、ということを数回してみました。 ゆっくりなら大丈夫なのです。おもしろいなぁと思いました。いつもは外から帰って来た後20分くらい横になるのですが、この時は起きていられました。
そういえば、このことを試していたのと同じとき、2歳くらいの男の赤ちゃんとお母さんが遊びに来ました。 赤ちゃんは滑り台の階段から自分で降りようとしました。 でも階段と階段の幅がちょうど彼の足と同じくらいで、彼は下の階段まで足が届きませんでした。お母さんはそのことに気付いて赤ちゃんに手を差し出しましたが、赤ちゃんは自分で降りようとしました。そして、ついに手伝いが必要だと判断したように、お母さんに助けを求めました。そしてお母さんの腕に抱かれました。二人ともニコニコしていました。 どんなに小さくても自分でしてみたいし、してみようとする力を持っているのですよね。見ているだけでワクワクしましたしそのことを改めて確認させてもらって、楽しかったです。
私も自分でしてみたいと思う自分を大切にして、私を生かしてあげます。自分の体を自分で治そうとするように。。。
今日は少し調子が悪かったので病院を受診しました。結果は頸椎ねんざの症状ということで(私の中では“寝違い”ということになっています…)頸椎の牽引をしてみることになりました。首の牽引というものが私の人生に入ってくるなんて今日まで想像したこともなかったので、椅子に座ってもまだ人ごとのようでした。してみると、帰り道の視界のなんとクリアだったことでしょう。私には効いたようなのです…。 それでも家に帰った後少し横になりました。私はまだ、外に出ると疲れるようなのです。ということで、今日もまた身体と一体化した一日。そして、今日は昨日よりも少しいい状態と思います。そして、明日はどうかなと考えず、今日は今日で、よかったネ…。
朝目が覚めたら向かいの建物の窓に朝日が反射して輝いていました。(今日は晴れてる)と思い嬉しくなりました。私の体調も昨日より軽くなっていて(動きたい)と思いました。
そして、今日から自分の歴史を英語にする作業を始めました。こちらも楽しいです。して来たことがあるんだなぁと、その足跡を見て思います。もう少し首は辛いけれど、これからも世界へ羽ばたく私を生きたいです。そして、思っていることが叶うように意識して生きましょう。そのために何よりも健康な心と体が大切。私の優先順位の1番目と2番目にあるのです。
今日は雨と風で気温も低かった日。ちなみに、私達の体はお天気(気圧?)の影響を受けるそうで私の体もその中にありました。でも今日は、バスタブに湯を入れて身体を芯から温めてあげることが出来ました。体調を崩して以来初めてのことだったのですが、身体の真ん中から暖かくなって身体も心も喜んで、傷めた部分も幾らか解放されているのが分かりました。
夜、久しぶりにお味噌汁を作りました。具はキャベツとお揚げの2種類でしたが、おつゆの割に対してキャベツが多すぎました。以前風のうわさで聞いたことがありますが、みそ汁というのは「味噌を頂く汁」の意味だそうなのです。だから、私の作ったものはキャベツを頂く「キャベツ汁」なのでした。 でも、キャベツが美味しかったのです。だから、私の作ったものはキャベツの美味しさを知るための「キャベツ知る」でもあったのです。 ちなみにこの言葉をひらがなで書くと「きゃべつしる」になり、二つとも同じ文字なので読まれる方によって受け取り方が違うと思うと興味深いです。そして英語で書くと「The cabbage soup」と「I know a cabbage」と、明らかに全く違う意味の言葉になり、一つ目の単語は私の1歳か2歳くらいの年齢で言えたと思いますが、二つ目の言葉は3歳くらいで言えるようになったのかなと想像すると、こちらも興味深いです。(この二つの単語が正しいかどうか、分かりません…)。
ということで、心も体も温まった日。言葉遊びも楽しかった。
今、接骨院に通っています。傷んだ部分を治すために利用しているのです。電気とかマッサージとか、これまで“違う世界”と思ってきたことに真剣に取り組んでいます。“真剣”の意味は何かというと…その最中の一つ一つが痛んだ部分へ沁み込むように意識を集中させてイメージしているのです。何よりいい治療法だと思います。
ところで今日は、私の生き方はどうかなぁと今を見て少し前を振り返りました。昨年初頭に夜勤専従の生活を始めて間もなくの時から少しずつ運動を止めてきたのです。というよりも英語を勉強し始めた時から少しずつ運動よりも机に向かう時間の方が増えていたのです。 ということに気付いたので、今日から家の中で出来るエクササイズを始めました。もちろん体と相談しながら…なのです。 身体が老化するのは自然なことなので、今使えるところを使えるまま残して気持ちよく老化していけるように自分磨きをしましょう。
少し前から首を痛めて体調を崩しているので安静に過ごしています。今日で少し良くなりましたが、もうしばらく休養が必要です。私達は、未来のことは分からないのだから、朝目が覚めたら身体が動かなくなっていたということさえあり得る。毎日丁寧に生きようと改めて思っています。
夕方散歩へ行きました。マンション敷地内のブランコに乗って空を見上げて漕いでみたら、なんと気持ちのいいこと。身体がブランコの揺れに乗っかって「そのまま揺れてていいよ」と言っていました。
体調を崩した時は回復するためにいつもより以上にあるがままに過ごします。食べたいものを食べて、横になりたい時に横になって、したいことをそのままします。時々、頭に浮かんだ“したいこと”と身体の元気度がずれることもありますが、少し無理をすると体が教えてくれるのでそのサインを大切にしています。自分に寄り添っている感じ。
そういえば一昨日、春休みに遊びに来ていた子どもの一人から「頭が痛い」と電話がありました。私達は身体と心のつながりについて語り合い、それから子どもの学校の話、自然治癒力、私達の可能性…。時々英語同士の会話も広がりました。 楽しみの延長で子どもに「将来こんな話が出来ると、生まれたときに知っていた?」と尋ねてみたら「考える力はなかったし、知らなかったョ」と笑いました。そうですよねぇ。そして私の言葉は「私は考える力がある大人だったけど、こんなことを語り合えると想像できない大人だったョ」と言いました。それから心の中で成長した自分を思い嬉しくなりました。そして私達の最後の言葉は「知らないことがいっぱいあるということは、これから知ることがいっぱいあるということネ」です。本当に、15年前のことを思うと成長した分だけ成長したと思います。ちなみに子どもの頭痛は、会話の終わり頃にはなくなっていました。子どもも私もその体を自然な状態に戻す力を持って生まれているということの証明だと小さな感動を覚えました。私も自然の能力を大切にします…。
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