「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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昨日は夜勤明け。少し早目に職場へ向かって準備をしたこともあり、ベッドに空床があったこともあり、久しぶりのわりには落ちついて仕事が出来ました。 それから嬉しいこともあったので、今日はそのことを書きます。 実は以前の夜勤で、他のメンバーさんと交代で仮眠をとるという初の試みをしてみたのですが、私を含めたメンバー皆がプラスの結果を得て夜勤を終えました。それで今回もそのことを提案してみることにしたのです。私は、患者さんの状態とケアさんの仕事の状態と、もちろん私の仕事の状態を合わせて吟味し自分にゴーサインを出しました。ケアさんは私に同意して下さり私達は仮眠を取ることにしました。ナースの仕事は私にだけできることなので私はうつらうつらするだけです。それでも靴を脱いで足を休ませてあげられる心地よさを味わい、私達は順番に休憩を取りました。 それから、心の話も少ししました。語り合えたのは一人の女性で、その方も外国に興味を持っているので話が弾みました。私は離婚してから本を書いて子ども達に会いに行くまで、ただがむしゃらに取り組んできたことやこれからの夢を…。そして最後に「私は一般の女性とは違うんですョ〜」と言いました。私は本当にそう思っています。
今日は久しぶりに少し運動しました。身体を動かすと気持ちがいいのです。私は、健康で長く生きるためには適度な栄養と運動を続けることが必要だと思っています。
How about you?
今日は夜勤入りです。6日間も休んでいたので職場へ向かうのがだるいです。でも仕事は私に必要なことの一つなので切り替えて行ってきます。 ちなみに今の職場に就職してから今月で8か月目に入りました。周囲を知った上でよりよく働くことの楽しさを感じているせいか、未来に思いを馳せて時を過ごしているせいか、嫌なことがあっても早いうちに切り替わり次の勤務を迎えていると思います。成長したなぁとしみじみ…。
ということで、今日もまた行ってきま〜す。 Have a good dream!
今日は午前中に徳川美術館へ行きました。 美術館には、歴史上有名な人物の過去の生活や心情が残されていました。 ちなみに、源氏物語は日本最古の物語だそうですが、何百年前に生きていた方々の心情の一部は現代の一般社会に生きる私達のそれととてもよく似ていましたし、過去の価値観の一部は今もそのまま当たり前のものとして私達の生活の一部になっていました。ということは、私の人生も何十年何百年先の人々の生活の一部となるのだと思います。私は未来にプラスを残したい。そのために自分にやさしい毎日を送りたいと離れている子ども達のことも重ねて思いだしました。 一通り見学した後庭に出てみました。美術館の庭は意図的に日本を象徴するように意図的に作られた部分がありますが、美しいです。私の実家の庭の一部にも似ていて、私は日本人なのだなぁと改めて思いました。 午後から名古屋水族館へ行きました。水族館へは約8年前離婚してからすぐの頃に一度訪れたことがあります。当時の自分を少し思い出して懐かしく、又、今日は目の前に広がる海の前で両手を広げて空気を体中に沁み込ませる余裕があり、成長した自分を実感しました。 さて、私がなぜ観光地巡りをしているかというと、今外国の友人が遊びに来ているので観光案内をさせてもらっているのです。
今日は友人と名鉄犬山線に乗って犬山城へ行きました。犬山城は名古屋城よりも小さいですが、田んぼと川の傍に立っているせいか名古屋城よりも落ちつきがありました。 それから、犬山城は国宝だということを初めて知りました。私は今まで歴史に興味がありませんでしたが、日本人として知っておいてもいい場所だと思いました。 今週は休みが続いているので少しゆっくりしています。明日は庄内川の河川敷へ散歩に行く予定です。
昨日は職場でミスを作りました。それは書類のミスだったので患者さんには影響していませんでしたが、私は責任者に怒られてしまった…。しかし私はその間違いに心から納得していたので仕方がないと思いました。 私の行動は就職してから見せられてきた状況が関係していました。私はそのミスに気付いた時、これまで見てきた風景が浮かんで「あ〜、これは怒られる…。どうにかして目立たないようにできないかなぁ」と案を練って実行したのです。 浅はかだったと反省しました。そして、先入観を外してニュートラルで動くようにしようと思いました。それから、私の思考の根底は子どもの頃にみせられてきた環境が影響しているので、心を見つめる作業にも利用しました。 今日は夜勤明け。明日は又夜勤入り。私はこの勤務を「激勤」と呼んでいます。これから目が覚めるまで眠る予定です。 Good night everyone!
今日は休みなので午前中は勉強。 今日は一つ新しいことをしました。というのは、今持っている本の殆どに「この文法は一番最初に勉強する必要があることです」と書いてあって、そうなのかぁと思うのだけど、法則を暗記するのに抵抗があったので飛ばして知りたいことから先に勉強していました。ところが、どうしてもある部分で引っかかって時間を使っていたのです。そして今日気付いたのです。私の引っ掛かっていた部分は、私が持っているほとんどの本に書いてある、最初に知っておくと楽に理解出来ることだったのです。 本当にそうだったのだなぁ〜と感心しつつ、改めてそこを勉強してみようと本を広げると、最初のころよりも知識が増えているせいか楽に勉強出来ました。何より、必要性を感じる中で得たものは自然に吸収されるのですねぇ。 夕方は運動しました。出来ればいいなぁと思うことを出来るようになろうという気持ちで動いていると、何かしら掴めることがあって嬉しいです。
今日は夜勤明け。 夜中に、難病指定の病気を持っている患者さんからその病気が発症した時の話をお聞きしました。そのお話によると、その方が病気になられた原因はインフルエンザの予防注射の副作用だろう…ということです。私も副作用という言葉を知っていますし、実際に薬のせいで辛い目にあったことがありますが、最近は薬をほとんど飲まないので副作用に苦しむこともありません。ですから、その方のお話を聞いて改めて、薬の怖さを実感させられました。 私はその方に、ご自身の体験を人々に語っていくことをお勧めしました。それはご本人の生きる力になることはもちろん、社会をよりよい形に変化させる一端になると思うからです。 私自身も今、微力ながら自分を伝えるということをしながら生きています。それは、私が生きているからこそできることで、する必要のあることです。それから親として、私の子ども達が大人になって子どもを持つ頃に、今よりも少し良い社会になっているようにと願う気持ちもあります。 そして、何をしているかと言うと毎日自分を大切にして生きている。それが私に出来ること。この生き方を語っていくことが私の方法の一つなのです。
本日付け朝日新聞「声の欄」によると、/入学後1週間もしないうちに学生が、友人が出来ないと相談に来たそうだ。努力したのにうまくいかないと言う。その話に臨床心理学者の故河合隼雄は驚いた。1週間努力すれば友達が出来ると思っていることにである/(以下略)。
最近は携帯電話やパソコンが普及して、海を越えた友達も簡単に作れます。 しかし、友達って何でしょう?
私は不特定多数の多くの友人を作るのが苦手です。けれども、私は私のことを語れる友人を求めていて、そちらは上手にできると思っています。 友人を持つということについては、私は自分のことをよく知り、そこから友人との関係が広がるといいと思っています。私は今まで、そうしてきました。 そして今、心を語れる友人が数人居ます。数か所の外国にも居ます。私はこれからも私と他者との間に心の架け橋を作り続けたいです。
夜勤明け。呼吸器をつけた患者さんのところへ行くと、いつもその女性は私のほっぺたをなでます。私も同じようにしたり足をくすぐったり、時には指相撲をしたりします。彼女はベッド上の生活ですが指の力が強いです。 最近、若いナースさんとメール交換することがあって、先日私から送信した時に 「Mamo」と最後に書いたら「Mamoって何?」と返事が来たので私のプライベートネームですと説明しました。そうしたら、彼女は病院の中で私をMamoと呼ぶようになりました。仕事中なのでいけないのかもしれないけれど私は喜んでいます。 又、最近時々、カラオケに行こうとかご飯を食べに行こうとかそんな話の中に加わることがあります。私は家が遠いですしプライベートではしたいことがあるのでそちらを優先しますが、ずっと昔にも仕事で仲良くなった人達と遊んで過ごした時期があり、その時の、時間や空間を共有できる友人が居るけれどそこで感じていた自分のなさと、今のように声をかけられたときには遊ぶけれども自分の世界を大切にしているというような、つまり過去に出来なかったことのやり直しをしているような、心の成長に伴う自分の変化を感じるのです。何よりこのような発見が私の喜びになっています。
ところで、先月は病棟カンファレンスに出て残業をしたので時間外手当をつけました。責任者はそのことを評価してくれませんでしたが「医事課で相談してみて」と言いました。そこで医事課へ行くと係りの方は「グレー(管理者は自主参加と言うけれど断れない空気があるという意味だそうです)の部分で腑に落ちないんですよね?」と私に尋ねてくれました。私が「はい。そうです」と伝えると、その方は私の言葉に理解を示して下さって「手当が出せるように動いてみます」と返事をいただきました。私は本当にうれしかったので心からお礼を言いました。 ただ、最後に「うちの病院の方法というのがあって、あなただけ特別なので他の人に言わないで下さい」と伝えられました。私は、テレビの中で見たことのある自分だけおいしいご飯を食べている悪い人というようなイメージが浮かび違和感を持ちました。 私は今までに数回、この話をフロアのスタッフとしたことがあります。私の得た情報は、私の気持ちに沿って持ち運びしていいと思います。私はいつも私を肯定する人にのみ私を語ります。
本日付の朝日新聞で太平洋戦争を経験された外国の方が今も心身のトラウマに苦しんでいるまま生活している様子が記載されていました。新聞の取材に登場している方はフィリピンの方でしたが、彼らは戦争の詳細を口外せずに今日まで生きてきたそうです。私は、彼らは外国人だけれど日本人と同じように自分をありのまま語っていいということを教えられずに生きてきたのだと思いました。 私は、戦争は語る必要のあることだと思います。なぜなら、それはその人自身の心の解放と世界を作る私達の課題の一つになると思うからです。私は戦争を知らないけれど、自分達の生き方を考える材料になります。体験された方の心が解放され私達が何かを学ぶことができるシステムは双方がお互いの存在を利用して成長し、やさしい社会を作る一つのきっかけになると思います。 このような意味でも、私は私の体験したことを世界に語っていきます。海を越えてもそれが出来るよう、勉強勉強…。
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