「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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あっという間の3日間。 姉が待つ場所に着いた時、涙が出てきたのでそのまま泣きました。姉は「大丈夫だよ」と言って私の背中をなでました。 昼、テレビを見ながら声を出して笑いました。その私に姉が「いつもそんなふうに笑いよるの??」と尋ねました。私は「うん。だっておもしろいョ」と言いました。 夜、食卓に並んだご飯は食べる前から美味しそうな顔をしていたので「おいしそうだぁ〜」とふざけて言いました。3歳の姪っ子が笑いました。 布団を敷いた後は布団の上でゴロゴロしながら姉の体に足を乗っけて遊び、夜中に目が覚めた時には姉の体に離れたところに居る姉の布団まで移動して姉の体にくっつきました。姉は気付かずにクークー寝ていました。 時間があるとき、姪っ子の言葉遊びの仲間に入れてもらえました。子どもの言葉は純粋だなぁと思いつつ言葉遊びを楽しみました。 子どもの頃に出来なかったことのひとつ、感じるままにすること。家族に甘えたことがなかった私を甘えさせてあげること。「甘える」はついでにしたことだけれど、感じるままにしていたから、その次にしたいことにも気付けたのだと思います。 姉も看護師をしているので病院事情のような真面目な話もしました。共通の話題があることを嬉しく思いました。 他にいくつかのエピソードを持って昨晩、名古屋行きのバスに乗りました。 名古屋へ戻ってきたら、子どもの一人からメールが来ていました。「母は九州へ帰っていたョ」と書きながら、そう書いている自分を見て、私の人生って面白いなぁと思いました。約8年前に家を出るとき、実家の人とは二度と会わないと決めていたのに、会ってきた。本当に興味深い変化です。
これから夜行バスに乗り、姉の家まで行ってきます。姉に会うのも子どもの頃育った街に帰るのも約10年ぶりです。何が待っているか、ワクワクします。それから、子どもの頃に出来なかったことをさせてあげる予定です。
行ってきま〜す!
数日、朝日新聞では教師が苦悩を訴える内容が連載されています。中には、20代で自殺させられてしまった女性の内容もありました。 自分の能力を生かして子ども達と過ごす時間を楽しみにしていたであろう若い女性が自殺させられるまでに追いつめられてしまったのはなぜでしょうか?今、学校で何が起きているのでしょうか?この問題は今始まったことでしょうか?それとも以前から…私が小学生のころからあったことなのでしょうか? この問題は、きっと私が子どもの頃から根付いていたのでしょう。その中で生き方を学んできた私達が、学校を含めたすべての社会を作っているのでしょう。始めて社会に出た若い方々が楽しく自分を育てていけるように、先に社会に出ている私が工夫出来たらいいなぁと思います。自分に対して工夫が出来たら周りの方達にもそのことをよい形で伝えていけるからです。
学校の話題に関連して、子ども達のことを思い出しました。時々届くメールから、生活の様子が少しうかがえます。彼らは今夏休みを楽しんでいます。 私は尋ねられたことの範囲で自分の生活を伝えます。私の方は、いずれは外国籍を取って「いつでもおいで、世界は広いよ」と伝えられるようになっていたいので英語の勉強を楽しんでいます。
昨日から三連休に入り、今日はその真ん中の日です。外はとーっても暑い…風通しの悪い私の部屋も蒸し風呂のようです。暑い時はウィンドファンの力を借ります。我慢は体に良くないからです。 夕方、久しぶりにプールへ行きました。相変わらず水に潜るとイルカになったような気持ちになりました。仰向けに浮かんで手足を伸ばすと、まるで広い海の真ん中に浮かんでいるような気持ちになりました。ま上には屋根があるというのに、太陽が私を照らしているような気持ちにさえなってきました。その気持ちのいいこと…。 しかし…平泳ぎの仕方を忘れていたせいか、25mプールを片道行って一休み。もう一度行っては一休み。体力がありません。2時間遊ぼうと思っていましたが、1時間に満たないところで Give Up しました。でも、大丈夫。明日も行ってみようと思って家に向かいました。 イルカと言えば、先日姉が、近所の水族館で見たイルカの写真をメールで送ってきました。その姉に、この週末から会いに出かける予定です。暑くても楽しく過ごせる予定があって嬉しい。生きているからですよネ。
今日は夜勤の間に大きな出来事がありました。 私は、お腹に入れた管から食事を取っている患者さんのチューブを昨日どこかへ置き忘れて失くしてしまい、今朝その患者さんが食事が出来ない状況になってしまったのです。チューブは最初いくら探しても出てきませんでした。患者さんには代用のチューブで食事をしていただきましたが、もしそのものが出てこなければその方は栄養の管を入れ替える手術を今日中にしなければならないという状況で、私の中では病院全体にかかわる一大事のイメージ。 代用チューブで食事が終わるころ、日勤のケアさん達がやってきたので、私は事情を説明して見つけたら知らせてもらいたいとお願いしました。すると一人のケアさんが「どれどれ??」と言って探しに行きベッドの下を覗き込みました。そうしたら、あったのです。 それはチューブを入れている患者さんの向かいのベッドの下でした。私はチューブを探すとき、ベッドの上や床頭台の上ばかり見て下を見ることを思いつかなかったのです。見つかった時、本当に涙が出そうなくらいに感謝しました。 それから、患者さんにも謝罪しました。患者さんをびっくりさせてしまったからです。 もっと仕事に集中しようと反省した出来事。始末書を書いて帰りました。
小さな出来事が重なって、責任者に「もっとプロの意識を持って。ケアさん達は素人なんだから」と伝えられました。例えばナースコールを取るのはケアさんだと決めるとか…。でも、私にはピンときませんでした。私は、確かに免許を持っているけれど、患者さんから見たケアさんと私は同じ立場にあるような気がしていますし、お互いにそれぞれの人にしかできない、その人だから出来ることを持っていると思います。まだ言葉にならない思いを持って家に帰り着きましたが、私は看護のことを知っていてケアさん達は私の知らないことを知っています。ケアさん達のようにシンプルな目線だからこそわかることもあり…。 私はいつもどうしているかというと、思いつくことをしています。その中に仕事の線引きをしていないような気がします。限られた食事時間にもナースコールが鳴るので「順番に行こうね」と言って順番に動きます。 他のナースさんがどのようにしているのか分からないのだけど、この方法は今のところいいような気がする。 私はこれからも、その時思いついたこと・出来ると思えることをすると思います。それらはきっと、私の感覚で掴んだものだと思いますし、この曖昧さがいいような気がします。 そして、何かあった時に責任を問われることは事実なので、私は自分を大切に出来る働き方を探していこうと思います。
昨日の帰り、名古屋へ着いたら雨が降っていたので先日買った赤い折りたたみ傘を取りだした。サラサラの生地が指になじんだ。ボタンを押すと私の真上にスーッと赤い布が広がった。100円ショップのビニール傘とは違う使い心地のよさ。この傘をずーっと大切にしようと自然に思える。 この感触を味わえるのは100円ショップ生活を長らく楽しんできたからだ。繁華街に出ればバーゲンの値札が視界を遮ることさえあるけれど、私はシンプルな生活が好き。 けれど、体に必要なものは進んで買う。今日は私の体を丸めたサイズよりも大きいものを買った。それはバランスボール。腰痛悪化予防に選んだ一品。狭い部屋の中に大きな丸が転がっている。おもしろくて一人でも長く遊べるすぐれもの。心がますます丸くなる♪
夜勤明け。昨日は夜勤に入ってすぐに腰が痛くなって困りました。それが、急いで歩くと激痛!の状態だったので、部屋周りをするときには屈伸運動をしながら休み休み動きました。後半には痛みは遠のきましたが、勤務中に動けなくなったら…と本当にヒヤヒヤしました。 原因はたぶん寝てばかりいる時間が長いことだと思います。それで、昨日は仮眠の後に体操をしようと思いましたが体が動かず、又眠ってしまった…。私にとって何が大切かというと、体の健康は優先順位に上がります。体が痛まないようにしなくちゃ…。
休日。バッティングセンターへ行きました。でも、2ゲームで疲れてしまった…。私の体力は1ヵ月前よりも落ちています。家の中でも運動を楽しめるように工夫が必要だと痛感しました。 バッティングの帰りに、通りに面したあるお宅の前で男性がプランターの土の入れ替えをしているのを見かけました。その様子がのどかに思えました。休日のひと時のようにのんびり過ごし、その積み重ねが知らない間に一つの結果になっていて、「これが出来たなあ」と感じるときがある。人生はこんな形でゆっくりつながっていくのがいいと思いました。 そのために、私はもっともっと広い世界を知りたいです。今あるものは私の一部に過ぎません。私はこれから先さらに新しく広い世界を知るでしょう。楽しみです。
夜勤入り。仕事へ行く前に少し、先日の心のファシリテイターとして育つ会のテープ起こしをしました。欠席の連絡を下さった方から、ホームページへのUPを楽しみにしているというメールをいただいたので、その方がこの内容をお読みになる日を楽しみにしつつ少しずつ続けています。 心のことはいつも、本当に少しずつ。心の成長は目に見えにくいけれど自分で掴んだものはこれからもずっと私の心に残り社会へ伝え続けることが出来ると思っています。 夜、久しぶりに子どもの一人から電話がかかりました。この春高校生になった彼女は、新しい世界を楽しんでいる様子がうかがえました。 私も、私の世界を楽しんで生きています。これからも。
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