「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日は夜勤明け。2回目の昨晩は1回目よりも知っていることが増えている分だけ安心でした。(患者さんには選択の余地がないので申し訳ないのですが…)、人々の命が一晩、私の心の判断にゆだねられていると思うと、心が引き締まりましたし嬉しくもなりました。と言って緊張はなく、時には「することが多すぎる…」とつぶやきながらもこなしていきました。途中で仕事中に写真を撮りました。この写真は成長した私として仕事を始めた最初の1枚になりました。 80代の男性患者さんは腸が捻じれて便が出なくなる病気を持っていらっしゃるので私はいつも「今日はどんな便が出ましたか?」とお尋ねします。彼はいつも「台湾バナナが一本」と言い、指でそのサイズを知らせて下さいます。私は「これくらい?」と尋ねて、意図的に小さく表現したり大きくしたりして楽しみます。毎回彼のお腹の音を聞いて「元気に動いていますよ」とお伝えして、時には「もうちょっと出たいと言ってるよ」などと冗談も言います。でも本当に、台湾バナナ1本では小さいのでもう少し出るといいなぁと思っているのです。 こんな会話は看護の教科書では学べませんでしたし、ナースの皆さんに申し送っても意味があるとは捉えられないのが現実です。けれど私は、この小さな会話が彼の心によい作用となり自律神経をよい形で動かし、しいては大きなバナナが出ることにつながっていると思っています。 なごやかな時間を経て朝になり、責任者がくると夜中の空気とは一変しました。あることから怒りを向けられる人が居て、私はその場所に居られなくなりました。何時の時も強い人のストレスは弱い人に向かうと、私自身もそうしてしまわないように気をつけようと改めて思いました。 家に帰ると、未来のことを思いました。 この頃度々、数カ月か一年後か又は数年先の未来のイメージが浮かんでくるのです。私はもう一度外国で暮らしたい。それは今の私の願望ですがきっと実現すると、不思議なほどにそのことに確信を持てている未来予想図です。 行き先は、いろんな角度で見て日本よりも先を歩いているどこかの国です。進んだ国を選ぶことは、私が一人の人として生きることと今よりも成長できること、それから子ども達の親として彼らが望んだときに手伝わせてもらえるような状況の中に身を置いておいておきたい気持ちを満たすことにつながっている。今のところ、全部が叶うと思える、という基準なのです。
今日は午後から、救命救急の講座を受けに行きました。この講座は病院指定の任意の講座ですが、私は受けておきたいと思って参加したので自主的なのです。楽しかったですし勉強になりました。社会には自分を向上させる機会が落ちているので上手に見つけると成長の道具として利用することが出来ます。 私の病院でも勉強会が度々あり、それらは全て任意ですが、背景には強制的な空気が漂っています。若くて力の弱い人達がそれらに参加しないとき管理者から言葉の制裁を受けることもあります。ですから、皆さんは嫌だと思いながら受けているのが現状です。 ちなみに私は先日、早く帰りたいという理由で勉強会に出ませんでした。その影響かどうかわかりませんが勉強会の数日後、「これからは勉強会の出欠を記入する」という決まり事が病院全体で出来ました。私は、これではまるで学校の先生が校則を一つ増やして生徒を締めつけているのと同じだと思いました。 けれども、そんな社会であっても心を大切にして生きているとそれらを上手に利用して成長し、自分により丁寧に生きることが出来ます。それが、社会がよく変わることのきっかけになると思います。
ある男性患者さんは数年前、仕事を探している時に発症したそうです。でも保険証とお金がないので病院に行けず市の窓口に相談したそうです。ところが、一般に言う「たらいまわし」にされ、最終的に救急車で病院へ運ばれた時には、体は死んでしまう寸前になっていて、現在は人工透析を利用して生きていらっしゃるのですが来月退院する予定です。先日その患者さんが言いました。「僕は退院しても、透析があるから何も出来ることがない」。 私はその方に言いました。「あなたはあなたの経験を社会に伝えることが出来ますよ。あなたがそれをすることは、世の中がよく変わるように動くことにつながりますよ。その方法は、探してみるといろいろありますよ。それは、あなたが透析をしていても楽しく生きることになると、私は思いますよ」。その方は天井を見つめて「ふ〜ん」と言い、そのことをイメージしているようでした。 私は心のナースなので、その方が「よく生きたい」とか「こんな生き方がしたい」と自分の未来を思い浮かべそのことをしていけるように手伝うことが出来ると嬉しいのです。 明日はまた休み。きっといい天気です。どこへ運動しに行こうかなぁ…。
初めてのナース一人夜勤(ナースとケアさん一人のペアです)。緊張もありましたが、どちらかというと「どんなだろう?!」のワクワクを多く持って出勤しました。日勤の同僚達は私を見て「ついにその日が来たね」という感じに笑いました。私はふとすると緊張しそうになる気持ちを同僚達に「パワーをもらっておく」と言ったり、彼女達の手に触れさせてもらったりして遊びの中で切り替えました。皆さんは時間が来ると帰って行きましたが、私は不思議にも帰っていく皆さんに見守られているという気持ちがしていました。 残りが最後の一人、責任者だけになった時、二人の患者さんの様態が一度に悪くなりました。私は少し心細くなって、「もう帰っちゃいますよね。そうだ。帰る前にパワーを分けて下さい」と言って責任者の腕に軽く触らせてもらいました。すると責任者は「いいよいいよ。私はもう帰って寝るだけだから、うんと触っておいていいよ」と言って腕を広げました。その腕の柔らかいこと。私は再び自分を伝えていいのだなぁと安心しました。その後、責任者が他の人に「あの子(私)が心細い顔してるからもう少し残っとく」と話しているのが視界に入りました。その様子も私にとっては安心の材料になり、私は丁寧に仕事をしました。 ケアさんと私との二人だけの一晩は、相変わらずすること満載。わずかな食事時間にもコールが鳴って満足に座っていられませんでした。眠くて思考が鈍った時はケアさんと二人で「あ〜眠い眠い」と声に出して目を覚ませました。 夜が明ける頃、前夜のうちに少し持ち直していた急変患者さんの様態が再び悪化しました。でも、こんな場合も急いですることはあるけれど慌てる必要はないのです。最善の判断ができるように、これまでの経験を呼び起こすように自分に耳を澄ませ、その時間を共有しているケアさんに相談したり、またはお願いをしたりしながら出来ることをし、そうしているうちに患者さんは一応落ち着きました。 まもなく、日勤の人たちがやってきました。「朝が来たんだなぁ」と一安心。喜ぶ気持ちにまだ仕事時間だよと言い聞かせ、皆さんに申し送りをして終了しました。すると、出来たことに対する満足感と何かしらのやさしさの中に居ました。それはきっと新しいことに対する好奇心と持って生まれた素直さの中で仕事をしたからだと思います。 帰る前、私は責任者に昨日安心した自分の気持ちを伝えました。責任者は「一晩出来てよかったね。あの患者さんも守ることが出来たよね」と言いました。私は「あれ?」と思いました。自然な死という観点から見てそうしたことがどうかは別にして、私は痰が詰まって呼吸が出来ない方の痰を取り除いて一時的であれ、楽になるよう手伝った。どういえばいいのでしょう。命を手伝ったというような、今までとは違う感覚でそのことを実感しました。 昨日ストロークに利用した責任者は、その前日に申し送りの中で意見を交わした女性と同じでしたが、私は前日の出来事に対してこだわりを持っていませんでした。それは感じた時にその場所でで自分を伝えられたことで終了したからだと思います。少し話が逸れるかもしれませんが、私は社会では常にいろいろな場面に出会います。それは私の価値観とずれていたり一緒であったり、その時々で私の感じることも違っています。一昨日は私の希望と一致したのでしょう。 家に帰ると眠さとは別に、したいことが浮かんできました。心が楽だと切り替えもすぐに出来るのでしょう。 昼寝の後、新聞を読みました。私自身は楽に生きられるようになっているけれど社会には問題が多く、中にはそのことをどうしたらいいか、世の中がもっとよい形に変わることを願っている人が居ることを、新聞の中から知ります。そんな時いつも、「なにかしたい」という思いが広がります。そして、大袈裟だけれど、自分の考えを社会に伝えていくことが私の仕事のような気がしています。そして、何が出来るか、まだ分からないのです。このわからなさが面白いです。
数日前、「病院全体で始まった新しいカルテ記載法について勉強しなければならない。その本を個人で買うかみんなでお金を出し合って病棟に一つ置くか決めて下さい」と尋ねられました。私は病院用のものを負担するには抵抗があったので「自分で買います」と伝えました。ところが今日は「その本はみんなでお金を負担して病棟に一冊置いて下さい」と指示が出ました。私はそのことに違和感を持ち、先日の面談の残念さも手伝って、何か言わなければと思いました。とっさに浮かんだのは「自分で買う人も病棟用に買う分のお金を出す必要があるかどうか、アンケートを取ってもらえますか?」という言葉でした。「何のために?病院は今新しいことを勉強しようとしているから必要なものです」「それはわかります。なので病院用の物品を働く人が負担する必要があるのかどうかを確かめてもらいたいです」「じゃあ、あなたの分は私が負担します。でもあなたはステーションのものを一切見ないでください」 「そんなふうに言われると…」「病院は全体で発展していこうとしているんです。私達はその指示を受けて動いてるし、働いている以上はここの指示に従わなくてはいけないんです」「わかります。ただ、いつも、こう決まったからこうしてと命令だけで説明がないので、私はどうしたらいいのか分かりません」「それはあなたが知らないだけです。この病院では前からこのような方法で行こうと皆で協力してやっているんです」「私が来てからも色々と変わっています。私は、こんな方法になりましたがどうですか?とひとつずつ尋ねてもらいたいです」「そんなことは出来ません。それを知りたいのなら、パソコンの中に議事録があるのでそれを読んでください」「時間があれば出来ますが、その時間はありません。だから、一つずつ…。何かが変わった時は一つずつ、その都度丁寧に、尋ねてもらいたいです」。 申し送りの中なので殆どのスタッフが私達のやりとりを見ていました。責任者は時々周りを見渡しましたが皆さんは黙っていました。 責任者はその後も何か言っていましたが、私はもう聞けなくなりました。 「ごめんなさい。私は自分の感じたことを伝えさせてもらいました。そのことに対して、命令とか指示で上からかぶせられると何も言えなくなります。もっと、そのことがよくなるように会話をしたいです。こんな意見があって、じゃ、どうしようかという形ような…」「じゃ、あなたは私の話を聞かなくてもいいです。私はもうあなたに何も言いません」「そういうふうに言われると何も言えなくなります」。 話はうやむやな形で終わりました。でも、私は感じたことを感じた時に伝えられたので、それでいいと思いました。 後から、ケアさんの一人が「菅野さんは偉いよ。初心を大切にしてる」と言いました。もう少し後ナースの一人が「ここだけの話だけど、他のところではみんな上の人が揃えてくれたよ。だいたいそうするものよ」と言いました。私が「そうでしょうね」と言うと、彼女は「でも、ここは個人病院だから」と続けました。私はもう、限られた場所でしか話せない会話をしたくありませんでした。嫌な気持ちが否定の言葉を引き出して「そう言っていたら何も変わらないから」と答えました。私も自分をよりよく伝えられるように勉強が必要です。 帰りの電車内で今日の出来事を振り返りました。申し送りの後、私は責任者とすれ違う時には緊張しましたが、すぐに思いきって声をかけ、同じように仕事をしました。年上の女性に感じたことを感じたままに伝えられたことは私の能力になりましたし、責任者からそれ以前と同じように接してもらえたことは、私の心の安定の手助けにもなりました。 母のことが浮かびました。母は、私が何かを訴えると私を無視しいじめました。でも、私はもう大人です。今の能力を心に沁み込ませて自分を守ることが出来ます。嬉しい変化なのです。
明日は初めての一人夜勤です。朝寝坊が出来るのでうれしいです。
一昨日の夜勤と昨日の個人面談の疲れとで、遊びに行きたい気持ちはあるのに行動が追いつきませんでした。それでも自転車で散策しました。空が青くて向こうの方まで澄み切っていて、本当に気持ち良かった。 そんな中、人生はゆったりでいいのだなぁと確認もしました。 いろんなことは、その結果よりもそれをしたというところにあるのですねぇ。それは、お金や物に変えられない、心の財産だと思います。
職場で個人面談がありました。ところがそれが、私にとっては個人的な部分にまで介入されたと感じる形で終わったのです。もともと面談の場所は狭い空間に元気のよい年上の女性と二人、というシチュエーションの中、私は少し緊張していて、責任者の言葉に何も言えずに終わりました。 面談については「どんなかなぁ?」の思いで受けてみたことなので、半年後の再面談をどうするか決める材料になったと思いました。半年後、再び受けてもいいし遠慮してもいいのです。 今日は夜勤の疲れが残っていて、眠たくて疲れました。明日は休みなのでゆっくり休養しましょう。
今日は夜勤明けです。今回は先輩ナースと一緒で次回からは私一人になるので夜中に患者さんが急変した時の方法などを学ぼうという思いも持って向かいましたが、幸いにも患者さんは安定していました。しかし…絶え間なくすることがあって、食事の時に30分くらい休憩した後は朝まで、時々お茶は飲めましたが、カルテの入力以外はずっと立ち仕事。「朝までに終われるのかしら??」と焦る気持ちが沸いてくるくらいにすることがありました。 終盤が近づいた時、先輩ナースが「これとこれがもう少し出来るといいんだけど…心配だなぁ」と言いました。「そうですね。私は、今日は2回目なので、これとこれができたなぁと思ったり、あと何ヶ月かしたらあなたと同じくらいに動けるようになるなぁと思ったりしています」と答えました。私は本当に数カ月すると出来るようになると思っています。このことの根拠は、2か月前こんなにたくさんのことをするの??と疑問の中に居た私が今ではそのことが出来るようになっているからです。けれども、入院患者さんの多くが高齢や寝たきりの方となっている場所で色々な処置が他のナースと同じように出来るようになるということは、嬉しくもあり複雑でもありました。 自宅に付き新聞を開くと「死を不自然に引き延ばさないで」という見出しの記事が目に入り、私の心とLinkしました。病院の流れに乗れるということは、人の死を不自然に引き延ばすことの流れに乗っているのと同じことだと思うのです。病院に不自然さがあるのは、お金や宗教や人々の間違った固定観念などいろいろな不自然なことが混ざり合っているからだと思います。 しばらく後、このことに関する新しい考えが浮かびました。 新聞の記事を書かれた方は医療の外に居る女性でした。その女性と私は同じ価値観を持っていて、違いはその事に関して中に居るか外に居るかということでした。そして、外に居る人は訴えることが出来ます。逆に中に居る人はそのことに直接関わって、よりよく変えることが出来るかもしれないのです。この考えが浮かんだとき、何かが出来そうだと思い、嬉しくなりました。と言っても、何をどうしたらいいのか、相変わらず分からないのです。ただ、自分の感じていることを信頼して明日も仕事に行く。その繰り返しです。そこに居ることが私の人生のために意味のあることと思えています。 明日は朝から仕事。今日は、昨日の分も早く寝ます。
行きの電車の中で、今日の業務内容を浮かべてシュミレーションをしました。私はまだ分からないことはありますが、少なくとも1ヵ月前よりも楽に動けるようになっています。それに、最近では他の方を手伝うこともできるようになっています。 実は、そんな私を確認したのは数日前。その時、自分の歩く先に何かがあるような気がしました。それが何かその時点では分かりませんでしたが今日、その答えを思いつきました。それは、私の掴んだことを他者に、よりよい形で伝えていくということです。 私の思う「よりよい」とは、頑張りや要求とは違う形をしていて、その方ご自身が自らの成長を実感することが出来て、もちろん私自身も、その事に関しての手ごたえを実感出来る方法です。具体的に何をするのかまだ分かりませんが、それは私自身が自分によい方法で仕事が出来て初めて分かることだと思います。 そういえば、看護学生の頃「質の向上」という言葉を習いました。当時は「患者さんに対して看護の質を高める」ということしか思い浮かびませんでしたが、今は自分に対してよいケアをした分だけ看護するときにも、その方法を他の方へ伝えるときにもよい方法で出来ると感じています。仕事以前に、私はいつも中身の濃い意義のある人生を送りたい。そう思って生きることが、実際にその足跡を残す形につながるでしょう。 けれど、今の私には気をつけなければ落ちてしまう穴があるのです。それは、過去よりも楽に社会参加できるようになったことで安心しきってしまうことです。この安心は時に、社会の間違った価値観に対してさえ「これくらいは、いいかも…」という妥協を呼び、いつの間にかマイナスの社会に流されているのです。そんな時は、置いてきてしまった何かを別の何かで満たそうとして気付かないうちに道が逸れているのです。 もちろん、私はいつもそんな自分に気付くたびに安心します。気付いた時点で原点に帰ればいいからです。「変わりたい、今よりも良くなりたい」という向上心と好奇心があればいつも自分をよく育てることが出来ます。 このようなことに関連して、私には心の作業を続けることが必要だと改めて感じます。よく生きるための必須科目です。 私が心の作業に利用しているのは、『インナーチャイルド 本当のあなたを取り戻す方法』(ジョン・ブラッドショー NHK出版)という本です。この本は、私が最も苦しかった時期に藁にもすがる思いで読み進め、現在もその効果を信頼している一冊です。興味をお持ちになった方はぜひお読みになってみて下さい。
休日。小雨が降る中、買い物へ行ったり料理を作ったり、休日だからこそ出来ることをして過ごしました。 普段気付かない自分に気付く出来事もあり、改めて知った自分を興味深く思いました。 人間はいつも成長の過程にあり、それは母のお腹に居る赤ちゃんも今こそ命が終わる人も、もちろん私も同じ。私は今の自分をありのまま認めた分だけ、いつまでも良く成長できると確認しました。それに、私は言葉を大切にして語っていると、周囲からもやさしい言葉を聞くことも出来ます。 自然に沿って生きていると自然にこのように生きることが出来ます。
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