「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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休み。先日軽い気持ちで受けた肺がん検診でひっかかったので、今日は肺のCTを撮りに家の近くの日赤病院へ行きました。日赤病院は新しくなったばかりなのです。高い天井と白い壁。吹き抜けになった部分から2階も見渡せる。人はたくさん居るのにそれほどの人の混雑を感じさせない作りの新しくてきれいな病院。私の働いている場所と似ていました。待ち時間にナースが何人も通りました。彼女達はどんな働き方をしているのかな…。近年、就職難のため看護師に人気が集まっているそうですが、新しくナースになる人々にとって働きやすい職場が広がればいいと思いました。 私の検査結果はまだ判りません。…肺がんの可能性あり?もしそんな結果が出たら、過去の反省をしつつ現実を受け入れて生きましょう。 午後から中区にある市の機関へ心を語る場所として利用できるように登録をしてきました。私は積み重ねてきたプラスを語る場所を作りたい。出来れば世界中の人にプラスの生き方を語りたい。思いは、動いた分だけは出来ると思っています。
仕事。朝の申し送りで責任者から「自分の受け持ち患者以外の部屋も気にして仕事をして下さい」と伝えられました。私のフロアでは、パートさんは昼過ぎに帰ってしまわれるので、受け持ちさんがいなくなった部屋のフォローは残った常勤ナースに任されるのです。私はたまたま今日、入職してから最多の18人受け持ちという体制。どうやって必要最低限のことを終えようかと思案している状態の中、他の部屋のフォローが出来るとはとても思えませんでした。 「自分の受け持ちのことで精一杯で、他の部屋をフォローする余裕がありません…」。それは私の心の叫びでした。すると、私の横に居たナースが「私もありません」と言いました。興味深い発言だななぁと思いました。 「人がいなくても、やっていくしかないんです」「昨日はこれとこれがあって大変で…」「じゃ、どうしますか?患者さんを見捨てるわけにはいかないんです」。責任者を含めてみんなが困っていると思いました。 いくつかのやり取りがあった後「どうしたらいいか、今度の病棟カンファレンスで皆で考えて下さい」と課題をいただいて終わりました。 実は、私は今朝電車の中でいくつかアイデアを書き出していました。そのアイデアは慢性の人員不足を解消するのによい方法だと思っています。けれども、私はもっと多くの、出来ればフロア全員の方に知ってもらえる方法で伝えてみたいので今日は語らないということをしました。病棟カンファレンスはそのための良い場所と思いますし、伝わるように表現できるようまとめる時間も必要です。 話は戻って、今日の常勤ナースは私を含めて二人でした。私は18人の受け持ちなので出来ることをしようという気持ちで一日が始まりました。丁寧に、適度に、定時に帰れる方法でする、という3つの方法で動きました。そして仕事が残っている同僚のお手伝いもさせてもらえました。私が他の同僚よりも少し早く動けるのは、パソコンをうまく使えるからです。私には分からないこともあります。分からないことは手伝って頂いて、出来る部分は手伝わせて頂いて、私は定時に帰りました。 帰りの電車の中で、青写真が広がりました。私の病院は新しいアイデアを取り入れた分だけいい方向へ向かう…。私は、自分の働く場所は他者にも「いいところだよ」と勧められるような環境であれば嬉しい。私の元から変わっていくといいな。
休み。仕事のことが心に残っていて特別にマイナスを広げてしまいました。私は出来る部分があってもなお、いつも能力を意識しておく必要があります。 この頃、日々の出来事の中で、人の育ちを手伝えるような働き方をしたいと度々感じます。そして、プラスを生きていたらどこに居ても出来ることだとわかります。でも、私もまだ心に傷を抱えているので社会の言葉に巻き込まれます。世の中の、上から目線や命令的な言葉がなくなるといいと思うのですが、社会が変わることを待っていたら私は大変なままです。私は可能性を持って生まれているのだから、あるものを引き出せるように生きよう。 私はもっと楽しく生きられるように環境を整えてあげたい。明日再び自分の現実を伝えよう。感じたことをその都度伝えられるように生きるということは、今の私の課題です。
仕事。私は昨日から、自分の仕事に興味が持てていません。帰りのバスに間に合うように流れ作業で仕事をしています。原因は、元気になって処置の要らなくなった患者さんに対してお金が取れなくなったと嘆いている声が聞こえてしまったからです。患者さんの処置が減るということは、その方は健康になり私達も処置が減ったのですから喜ばしく感じることが自然だと思うのです。けれども病院では、他の面においても装着し忘れていても気付きにくい重要度の低い装置を患者さんの体に付けてコストが取れるようにしているのが現実です。職員は出勤の30分前に仕事を始めることでやっと終了時間に終われホッと胸をなでる毎日。私の職場は患者や職員の心よりもお金を育てていると思いました。 そんな中、私は自分の許容範囲の中で動いているので体は楽になりました。当然、私は他の職員のように動かないということをしているので一人分の戦力にはなりません。辞めてほしいと言われてしまうのを承知のことなのです。ですが、人手が足りないので辞めてと言われません。 代わりに、皆さんの言葉は痛いです。社会にNoを伝えると嵐がやってくる。過去の職場でも毎回そうでしたので、また来たなぁ…という心境ですが、この状態が続くと心のエネルギーが切れます。 けれども、だからと言って社会の波に乗ったら…。私が他の方達と同じことをしてしまったら、社会のおかしさが私以外の人に伝わりません。 自分の感じていることを社会に伝えていくのは、プラスを知っている私の仕事だと思うのです。なので、エネルギーを補充しつつ伝えていけたらいいなぁ。ということで明日は充電日の予定です。
昨日仕事から帰った後ミスをしていたことに気付いたので、今日は朝一番にそのことを謝罪しました。私は自分の間違いを認めるのが好きです。 ところで、今日は勉強会の日でもありました。私は、昨日の出来事は昨日のこととして、今日は昨日よりも新しい考えの中で生きていました。勉強会の内容に興味を持っていて、次の日のために早く帰って休みたい気持ちも持っていました。夕方仕事が終わる頃、明日の余力を持って帰りたいと思ったのでいつものように帰宅しました。これまでは、嫌なことがあるとそのことから離れることを選んでいましたが、今回は切り替えるということが自然に出来たみたいです。 今日も一日楽に仕事をしました。新しく就職した方もいて、その方は私よりももっと前から働いている同僚に尋ねるのと同じように私を利用して下さいます。私は答えられることは答えて、分からないことは分からないと正直に伝えて一緒に勉強しています。楽しんでいると、自然にいろいろなことを学ぶことが出来ます。
仕事。フロアで使う小物を職員のどなたかが買ってきて、そのお金を募金という形で集めていました。募金箱にはすでにいくらかのお金と入金した方の名前が書かれていました。 「私は公私混同出来ないので」と私が言いかけると、その後やりきれない状況に…。悲しいなぁと思いましたが、することを丁寧にしているうちに、そのことは頭から離れていきました。 5年ぶりくらいに、持続点滴に使う長い針の点滴針を刺しました。血管の細い方だったので時間をかけて、長い針を入れても破れにくい血管を探しました。針は一回で血管に入りました。付き添いをなさっている方が「ありがとう」と言いました。私も「こちらこそ、手伝ってくださってありがとうございます」と伝えました。私は素直にそう思った自分が嬉しくなりました。本当に、その血管の持ち主さんに「ありがとう」なのです。 最後に訪問した部屋で「また明日お会いしましょうね」と伝え、患者があまり動かない首を縦にほんの少し動かし「ご苦労さま」と小さな声でおっしゃった時、その目を見て、丁寧に関わろうとすることが出来た自分に安堵しました。それから一日が終わったことを実感しました。 私は一匹虫・Mamoです。それでいい・それがいいと思っています。流れに乗らないということをすることが出来てよかった〜。やっとNOが言えるようになったなぁというのが今日の感想です。
休日。昨日は仕事で動きすぎて21時過ぎに布団に入りました。(一昨日の日記に、気を付けようと書いたのにねぇ)。早く寝たせいか、いつもと同じ時間に目が覚めてもすっきり。気持ちの良い朝でした。 午前中、減税についての私の気持ちをまとめました。まとめているうちに、最初に浮かんだことはその1.5倍くらいに広まって、本当にそのことが現実になりそうな気がしてきました。なるかなぁ?? そういえば、昨年出版した手記の中で子ども達に向けて書きました。「あなた達が大人になるまでに少しでも過ごしやすい社会になるようにするから待っててね」。そんなことが出来るかどうかわかりません。けれども、私は明るい未来を想像しつつ楽しんで動いている自分が好きです。 午後から鳥レバーの甘辛煮を作りました。先日お総菜のコーナーで買った鳥レバーがあまりにも柔らかかったので「やわらかく煮るには?」を探していたのですが、今日は研究の成果あり。楽しく作っておいしく食べて体に栄養を送ります。体を大切にすることは、私を大切にすることの一つなのです…。 夜、異国の方とチャットをしてみました。英語の勉強のためです。最初は緊張しましたが、相手の方は発音の悪い私を理解して下さっているので助かりました。無料で英語を勉強できるのですから、パソコンって便利だなぁ〜としみじみ。あることが出来る自分を知ったら次の“できること”を知りたくなる。その自分の感じるままに生きて自分を上手に成長させる。いい感じです…。
仕事。1か月前から比べると、ずいぶん一人で動けるようになりました。そして、動けるという理由で動きすぎて自分を疲れさせることがないように気を付けています。それから、患者と私との間で交わした約束を守れた時や何気なく発せられた言葉を利用して語り合えた時、人として丁寧に生きていると感じます。その動きは私の中で小さな自信として積み重なっています。 夕方、先日と同じように余力が残っていて他の方の手伝いが出来ました。その方は「ごめんね」と言いました。私は「大丈夫ですよぉ〜」と言って、私達はお互いの背中をストロークしあいました。他の場所では、職員の一人と病院とコスト…という話題で少し語り合いました。仕事中も心を通して語り合っています。 家に帰ってから、昨日日記に書いた「新しいこと」に関する問い合わせを進めました。結果は進展しませんでしたが、今までよりも少し広い視野のことを語っている自分がまた好きになりました。
休み。今日はある場所へ面接に行ってきました。男性が二人で私に向き合って下さいました。私は、自分がその場所に居る理由を語りました。心のある社会を広げることの一端なのです。 もしもそのことを始めるとしたら、私はまた仕事を辞めることになりますが、健康な心と体を持っていれば職を探せるのですから、新しいことを楽しんでもいいと思っています。 ということで、今日も一日楽しかった…。
4月も10日を過ぎました。小さな喜びを一つ。今日まで働いたので正規の1ヵ月分の賃金を得ることが出来るのデス…。 責任者から「もう看護計画は出来た?」と尋ねられました。私は「出来た分だけ出来ました」と伝えました。私は一つずつ丁寧にしています。出来た計画の中で取り組んでいけばいいと思っています。 他にも、いろいろと感じることが多い日々。その一つは、情の中で仕事をしてはいけないということです。過去は情の世界に巻き込まれて、言葉と本当の気持ちが不一致のまま動くことが多々ありました。そのせいで心の辛さが増していたのです。 今日は、帰りの時間が迫ったパートさんの受け持ち部屋からナースコールが鳴りました。私は余力があったのでそのコールに対応しました。パートさんは「ごめんね」と申し訳なさそうな表情で言いました。私は「大丈夫ですよ」と言いました。耳に届いたさわやかな声と心の内は同じです。今日楽に帰れたら明日も楽に出勤できます。小さな喜びがいくつか重なって、一日が終わりました。
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