「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今朝は8時前まで眠って仕事の日よりもゆったりした気分で布団から出ました。仕事の日は仕事に行く気持ちで目が覚めるみたいです。 午前中は本読みをして日々の戸惑いを書き出し癒やしの作業をしました。私はチャイルドに巻き込まれると文字がゆがむので分かりやすいのです。 午後は育成会。今日はこの1ヶ月の気付きを主に語りました。私は本が出来てからもうすぐ3カ月になりますが、それ以前と今とでは生きやすさが違うと実感できるようになっています。 皆さんと語り合う中で、練習してみようと思うことも出来ました。それは、何かを語る時に語った事をそのまま文章に出来るように語るということです。Let's try!
仕事。3日続けて同じフロアの受け持ちなので人々の顔と名前が一致するようになり、昨日よりもさらに楽に仕事が出来ました。した分だけ形になるのですよねぇ。 それから、同じ人に同じように言葉をかけられた時、精一杯の状態で動いている時と余裕を持っている時とでは受け取る私の感じることが違うという事も発見しました。成長すればするほど人生をさらりと歩けるようになるのですよねぇ。 帰ってからの楽しみは料理。圧力鍋を出した時は洗うのにひと手間かかるので1つ余分に料理を工夫します。今日は一昨日炊いたサバの味噌煮の残り汁でおでんを煮込み、大根の皮できんぴらを作り「地球にやさしい料理法だなぁ〜」と嬉しくなりました。 食事のあとは文章作り。今日も動いた分だけ形になりました。
仕事。相変わらずスローな私です。そして別の見方をすると1つずつ丁寧にしていると言えます。私はいつもホワンとしているせいか、時々きついなぁと思う事を言われます。きっと言われやすいのです。時々、私のミスではないなぁと分かることがあります。でも私はまだ伝えません。もっと仕事が出来るようになって動いたことの確信が持てたらプラスの伝え方で伝えられるようになると分かるからです。私はプラスの言葉を知っているからこれでいいのです。 それに、あと何日でお休み、あと何日で給料日、と数えながら働くのも楽しいです。おそらく3ヶ月くらい働くとだいたいのことが一人で出来るようになれますし後から来た人にも丁寧に伝えられるようになると思っています。このような捉え方が出来る私もちょっといい感じです。
今日は派遣会社に紹介を受けた病院へ面接に行ってきました。 夜勤専従の仕事で月に9回出勤すればいいですし福利厚生やサラリーもいい条件なのですが、通勤に約1時間半かかるので決めかねました。夜になって派遣会社にお断りの電話を入れると、会社の方は違う条件で別の場所を探して下さると言いました。提示された条件が生活とマッチしていたら定着して働くことが出来ます。 用事の合間に文章作りをしました。いろいろと浮かんで来るのが面白くて、考えを深めるってこういうことだと思いました。又、何かないかな?と探していて目に留まったのは気に入ってストックしている新聞記事でした。広い視野を持つための材料として新聞は大いに利用できます。書いたことが私自身に定着するといいな…。
休日。午前中は料理を楽しみました。時間のある時に作り置きしておくと仕事から帰った後のご飯作りが短時間で済むので得した気分になります。(作ったのは私なのにね…) 料理の合間に英語の勉強をしました。今はネットの中に英語クイズなど無料の教材がたくさんあります。しばらく日本語の文章に時間を使っていたので久しぶりの勉強で有意義な時間でした。 そんな私の日本語の方は、最近はプラスの日本語が自然に並ぶようになっていると思います。そして今は湧いてくるプラスをどうやってまとめようかしら?というところに居て、楽に生きる方法を文章にして社会に伝えられるように勉強しています。 日常の出来事をきっかけに、子どもの頃文章を書く時の見本になる大人がいなかったことにも気付きました。こんな時は心の作業に利用します。その延長で、昨日先送りにしたばかりのことをもう一度してみようかなぁという気持ちにもなりました。浮かんだことの流れに乗っています。
近い将来の目標にして取り組んでいたことを先送りにもしました。納得して決めたことなのだけど残念な気持ちが残っています。 …こんな時もあるということかなぁ。もう少し成長したら出来ることかもしれないし、人生に目標はいくつも作れるのだから、次の目標を持って生きればいいかな…。 取り組んでみた。能力が少ないと感じた。残念だけど先送りにした。全部ありのままの素直な私です。明日も素直に生きよう。
おそらく10年以上前から「そうなったらいいな」と思ってきたことが実現した日。嬉しかったしくすぐったかった。目に映る世界が少し変化して見えたのは、それが心を通して実現したからかな。 なぜか子ども達のことが浮かんだ。自分を大切にする事を感覚で知っている子ども達。いっぱい楽しんでいいよ。それが当たり前のことであると知っている母はあなた達が自分を育む姿をニコニコ笑顔で眺められるように育っています。 もっともっといろいろなことを楽しもう。
仕事先で、先日の夜勤で一緒に働いた介護士やお休み中に電話をかけた看護師と会いました。 私は「先日は混乱させてごめんなさい」と言いました。一般に間違いをした時の世間の言葉は厳しいです。でも私は約2年ぶりに現場に出たばかりで看護師としての感覚が鈍っていることは事実なので落ち込みませんでした。そして自然に自分の次を見ました。 日中は利用者さんの処置に回り、利用者さんから声をかけられた時は立ち止まってお話をお聞きしました。尿の管を入れ替える処置の時は一瞬「出来るかなぁ?」と思いましたが、その手順をよく思い起こして間違えずに終えることが出来ました。 利用者さんはよく「迷惑をかけてごめんね」と言います。私は「大丈夫です…。これは私の仕事なのでもっとたくさん私を使って下さい」と言います。このような形で仕事終了時間のぎりぎりまで利用者さんの周りを歩いていました。「働いたぁ!」という感じ。これでいいと思います。
仕事中に面白い感覚を味わいました。内容は以下です。 介護士さんが言いました。「ちょっと綿棒を借りていってもいいですか?」 「ん?」反射的に私の動きが止まり、振り向くと介護士さんがまっすぐに私を見て待っていました。心に「聞く」という気持ちが湧きました。 次の瞬間こう思いました。「今、綿棒がなくなったらどうかな?」 大丈夫だと思いました。そして返事をしました。介護士さんは「ありがとうございます」と言って居なくなりました。 私は尋ねられたことを自分の動きに当てはめて、その影響を確かめた。今までこんなことが出来ていたのかどうか…。これまでこんな時は条件反射のように「いいよ」と返事をしていたように思います。そして今日は、私が聞いて私が答えた、という感覚。これは現実と対峙することのひとつかなぁと、小さな出来事を新鮮に感じたのです。
目が覚めたら9時半。12時間も寝て夜勤の睡眠を取り戻したようです。 目覚めた瞬間にもう一つ、昨日の夜勤で普段ならすぐに分かるようなミスをしていたことを思い出して溜息が出ました。私は焦ると思考力がなくなって右も左も分からなくなるのです。 それ以前に、私のこれまでの人生は呼ばれたらすぐに返事をして、聞かれたらすぐに何か答えて、そのことについて考えるとか練るとかいうことをしないまま動く生き方をしていたと改めて感じました。 働き始めた当初のことから思いだしてみると丁寧とは言えない環境の中に居たのに、「そんなものよ」という周りの声に流されて働いていたのでした。(と言ってミスをしていいということではありません)。 今年の目標が一つ増えました。それは「現実と対峙出来るようになること」です。 目で見て耳で聞いて感じたことを元に1つずつ動くことを練習できればいいな。
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