「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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感情と思考を切り離すことを、まだまだ意識不足だと感じます。マイナスの感情はもちろんプラスの感情であっても、感情の中で動くと方向がずれていくのですよね。でも、間違えた所からプラスの発想をすると動けますし、私は今も成長途中で全ての事を心育てに利用できるのだから、それでいいのです。(…と本に書いていたなぁ〜)。 夕方散歩へ行きました。今日は日が暮れても風が温くて気持ちいい。思うままに歩いているうちに、目先の事を置いて先の動きをし過ぎていたと気付きました。それに、社会の情報を得るのはいいことだけれど、一般社会の方法を真似ると気付かないうちに急ぎ足になりますしお金が基準になると思います。 私はもっと、プラスを丁寧にするということを練習することにしました。1つしたら、その次にすることを意識して生活します。 ということも、私の本に書いていたなぁ〜。私も自分の為に、もっと私の本を読もう。こんな自分に気付いてよかった…。あ〜うれしい。
夜、電話が鳴りました。「もしもしお母さん?」「お母さんだよ」 6年半ぶりの電話の2回目です。会話が途切れた空間は静けさに耳を澄ませて楽しみました。 「そういえばねぇ」。 思いついたように語る声が届く瞬間、私は(何を聞けるのだろう?)とワクワクして、沈黙は話が広がる前の静けさだったと気付かされました。 私は今日、Joke の中に伝えたかった気持ちの1つを入れました。 「子どもはわがままでいいんだョ。みんなは今までの分も私にわがまま言う権利があるんだョ。例えば逆立ちしてとか、バック転してとか」 子どもは笑っていました。私はその笑い声を聞いて言葉を付け足したくなりました。 「それに、一緒に寝てとか。あれして、これして。学校に付いてきてとか、思いつく事を全部言っていいんだョ」。 昔、小さなあなたを無理に学校に行かせた私の補いのつもりです。伝えたあと心が軽くなりました。現実的には不可能なこともありますし子どもが望むかどうかも別にして、心から伝えられたことが次のステップになります。
外に出たら、始めて聞くような鳥の鳴き声がした。見上げると電線の上にスズメよりも小さな鳥。しばらく見ていたらもう1羽、同じ種類と思える鳥が飛んできて最初の鳥から1メートルくらい離れた所に留まった。後から来た鳥はきれいな泣き声に誘われて飛んできたのかな?それとも、もともとお知り合いだったのかな? 鳥はしばらくすると2羽で一緒に飛んで行った。その姿のどれくらいか上空で、2羽よりも一回りくらい大きな鳥が2羽で飛んで行った。鳥達を仲むつまじく感じるのは二つの命が寄り添っていると思うからかな。 私の方は人々に伝えたいことがあって、それをどのような形でしていこうかと思案している。それは「本を売る」という直接のこととは違う。本を売るということは、私のすること語ることの先についてくる。2日間チラシ配りをして気付いたことなので、あっているように思う。 駅前。街中。家の傍。…小学校。中学校。保育園。ボランティア…。 伝えるための材料は少しあるので、それをよりよく使える方法と場所を広い視野で探しているのです。
午前中に栄へチラシ配布の仕事に行きました。でも平日の栄は人通りが少なく、道行く人は足早に通り過ぎてチラシはなかなか減りません。1時間くらい立って10枚くらいでした。 ネットの中で、メンタルヘルスの掲示板に書き込みをしようと覗いてみましたが、私は人々の会話に入ろうという気持ちになれないのです。独りごとのスペースがあったので、そこにさりげなく宣伝をしました。 ホームページを検索エンジンにかけました。他にも出来ることを探してみると、オークション・フリマ―・ネット通販。幾つかの方法があるようですが、どの方法にもクレジットカードや手数料などの何かの条件が付いているので、何を選ぶか少し様子を見ることにしました。ネットの中をうろうろしているうちに「本を売る時は書く時の5倍の動き」と書いているHPを見つけました。少し納得…。そして、心を基準にして動きます。 動いている自分を眺めます。今日も出来たことがあるのだから、これからも出来るようになることがあると思えています。
今日、数ヶ月前から面識のある男性に本の話をお伝えしたところ、その場で買って下さいました。昨日買っていただいた方も入れて4人目の方ですが、心のことを知らないのに買って下さったのは初めてなので、心のことが社会に広まったように感じて嬉しく思いました。 他に、NPO Gobamcanの理事のお一人で喫茶店を経営されている男性がその方のお店に本を 10 冊置いて下さいました。その男性も( Mamo はどんな人?)と確かめることをしなくても、すぐに本をまとめ買いして下さったので、始めは(こんなに簡単に売れてもいいの?)と思いましたが、後で、私を連れた心の父を信頼してそのようにして下さったのだと思いました。 カウンターに座っていた男性にチラシを受け取っていただきました。男性がチラシを読む間の沈黙。その間私は少し緊張しました。 男性が「 Mamo さん?」と尋ねてくれました。「はい。Mamo と呼んで下さい」。私とその男性は、最初は知らない人同士だったのに、私のことがその方に伝わったのです。なんだか不思議な感じでした。 夕方は栄に出てチラシを配ってみました。「すみません。本の紹介なんですけど、一枚受け取ってもらえますか?」 にっこりして受け取ってくれる人・要らないと言う人・遠目に通り過ぎる人。いろいろな方が通り過ぎて行きました。私は受け取ってくれそうな人を探して声をかけました。最初は若い女の子が多かった。信号待ちで座った二人組の女性がにこにこしてくれたので「アダルトチルドレンって知っていますか?」と尋ねてみました。「知りません。初めて知りました」「そうですか。多重人格はご存知ですか?」「あ〜それは知っています」「あーよかった…。もしよかったら私の書いた本を読んで下さい」 受け取って下さった方の姿を追うと、皆さんは文章を読みながら歩いていました。その後ろ姿が励みになって30分くらいで持っていた10枚がなくなり、さらにもう一枚…と思っているうちに手元が軽くなってきて、日が暮れて文字が読めなくなる頃、残った5枚と満足をバッグに納めて終わりにしました。 私から数メートル離れた場所でNGOの看板を持った女の子が人々に声をかけていました。私のしている事は外見には彼女達と同じなのですが、少し違うことをしていると思いたい私がいました。 私は街に立った時、通行する方々に一瞬でもいいから「あの子、何だろう?」と関心を持ってもらいたい。私のチラシは同じように配られるティッシュとは違うと気付いてもらいたい。 Tシャツに「複数人格優合中」とアップリケを付けて着ようかな?それとも「多重人格」のほうがすぐに伝わるの?など、いろいろなことが浮かびました。 それにしても私は、人々と区別されたいと思うのは何故?私は私の心の声を人々に読んでほしい。その為に今出来ることがこれだから、なのです。 私は今、この新しい世界にドキドキもしています。予想外のことが起きた時には過敏に反応したりもします。新しい体験にドキドキするのは今は仕方のないことなので、先につながることを続けて動けている私の能力が積み重なったら、ドキドキも小さくなって、今よりももっと多くのことを瞬時に楽しめるようになると思っています。
今日は誤字脱字の修正をお願いする用紙(誤字脱字の修正を読者の方にお願いすることになるのです)を作りました。まだ心の父と文章を選別する作業が残っているのですが、この用紙を本の中に挟んだら、その時こそ出来上がり。もう数日後にはそのようになり、本を代金と引き換えにすることが出来そうです。出来あがることへのワクワクと「そこへ向かってもう少しもう少し」と丁寧にすることを楽しんでいる自分を沁み込ませながら進めています。 私は「心の本」を愛しています。文章力は別にして、一般の書物に見られる一時の時期を経て人の目線から遠のくものとは違う存在でありたいなぁ〜なんて理想の世界を見て生きています。何より、ご自分を知りたい方や成長したいと望んでいる方、心を見て生きている方に目を通していただけるのでしたら、この上ない喜びです。その為に私がまず心を大切にして私の心に丁寧に生きること。 私は成長しようとされている方の語りを聞くのが好きです。今日は傾聴する事を楽しんでいる自分を見て、話したいばかりだった数年前の自分が懐かしくもありました。
昨日完成した本が我が家に到着しました。その500冊はイメージしていたよりもこじんまりと部屋の隅に納まりました。感動が込み上げて、いつまでもそうしていたい気持ちになりました。 今朝、子ども達に報告の手紙をポストへ入れました。でも、本当はそれよりも先にしたいことがあったのです。それは子ども達の父に彼女達と再会することのお知らせメールを出すこと。けれど文章を迷っているうちに子ども達の手紙の方が先に動いてしまいました。 私は元夫と、お互いの人生を語り合う関係とは違う世界に生きています。でも彼と私との間には子どもという共通の存在があるのです。その子ども達は彼と一緒に暮らしているのです。私が子ども達と会う時に彼にそのことを伝えるのは自然なこと。そして、子ども達にとってプラスに広がるように動きたい。彼が子ども達に、私からメールが届いた事をやさしい言葉で伝えたくなるように、私はやさしい言葉を使って彼にその事を伝えようとしています。 一般的には男女は依存しあうけれど、本来はお互いに持っているものを引き出しあうために存在するような気がします。男女に関わらず、同性、親子、異国籍、どんな環境にあっても人はプラスを引き出しあうために人と関わっているとも。こんなふうに思えるのは、今夜私の中の人が父親から傷付けられたチャイルドを癒やしたからかもしれません。私は心の傷を癒やした分だけプラスに動くことが出来ます。 ということで、元夫にメールを出すことも出来ました。
少しカロリーの高いものを作ろうと思いつつ冷凍庫を眺めていたらホワイトシチューを作ってみたくなり、ルーがないので買いに行こうとして思いついたのは「ソースも自分で作りましょう!」。ということで、電子レンジでホワイトソース作り。ネットのレシピを参考に。フムフム。小麦粉とバターをよく混ぜて、600Wのレンジで1分加熱して、取り出して混ぜたらもう一度1分加熱して。レシピの隅に「2回目はお皿が熱いから気を付けて」と書いてある。本当に熱いから気を付けて。私の家のレンジは500Wだから少し多めに加熱して、私の味覚をミックスして…。約10分後、出来た出来た…。とろ〜りホワイトソースが出来ちゃった。食材を炒めてソールを入れて…。お皿に盛った具だくさんシチュー。まるでホワイトシチューみたいでした。 先日は88円で売っていたサンマを3枚降ろしにして皮をはいでお酢につけて、締めサンマを作りました。魚の皮がきれいに禿げた時は感激しました。締めサンマもお刺身なのかなぁ?家でお刺身を作るなんて初めてだけれど、出来ちゃったのです。お店で並んでいるよりも形が崩れていたけれど、世界にたった一つの締めサンマだったのです。こうして料理を楽しんでいるうちに、栄養が体に回るでしょう。心を通過した楽しみ細胞が栄養を運ぶのです。
今日はWordで本紹介のページを作りました。この頃「私をアピールする方法」を探しているせいか顔写真を入れたくなりました。私は昔、自分の写真が嫌いだったのです。でも今は自分の顔が好きです。PRらしくなってきたファイルに「ねぇ、見て見てぇ〜」と人々に見てもらいたい気持ちが湧いてきました。幼稚園くらいの子どもが楽しく描いた絵を人々に見せて、出来た事を実感したくなるような気持ちかなぁ?今日はその“絵”を大人の私が飽きるまで眺めました。 夕方には二人の子どもから手紙が届きました。写真が3枚。うち1つの背景に、見覚えのある子どもの絵が映っており、泣けてきました。涙が出たのは自然な感情だからいいのだけれど、その絵に悲しい思い出があった記憶はないのに泣いているのが不思議でした。人は常にあるものに対して何かの刺激を受けるのだから、別れた時のしまい込んだ悲しみの一部を又感じたのでしょうか。ちなみに2年近く前に子ども達から初めて手紙が届いたときにも泣きました。こちらは感激の涙。…私は言葉にできない感情を涙という形に変えているのですねぇ。涙を流すという行為は感情表現の一つで、今日の涙も私の気持ちのひとつだったのです。 休憩時間に先日の有志会のテープ起こしをしています。人々の心の声は貴重です。物事の根底を見据え社会がよりよく変化するために残しておきたいと思います。起こした声をホームページに載せていれば、約7年前の私のようにどなたかの心に響くこともあるかもしれません。これからも心の事を語るスペースを作っていこうと永遠に続く未来を思い描いています。それは、私に出来ることのひとつ・私のしたいことのひとつ。
家の近くの本屋さんを探検しました。世の中では携帯小説が流行っていて、その種類の本のコーナーが出来ていました。本の外観は殆どが淡いピンクや黄色などやさしい色合いのもの。内容は恋愛小説のようです。私は昔から小説というのに興味が湧きませんでしたが、書く人になった場合を意識して著者のあとがきを読んでみると、体験に基づいたものと書かれている方が多いように感じました。そのペンネームに話しかけました。「あなたはどんな理由で自分の体験を小説にしたの?」 隣に女の子が来て、本を持ってレジへ向かいました。その後姿に尋ねました。「あなたはどんな理由でその小説を読むの?」 私は、本を書いたのは何故かな?私は約7年前家を出た時に、いつかは子ども達と会えるようにと目標をしてきたから。そして本が出来たの。子ども達とも語り合えるようになって、最初の目的地点には達したの。だから…。私は今から何をするのだろう?人々に私の本を知ってもらうという仕事はあるけれど、「売る」ということが主体とは違うのです。 見方を変えるとこんなことが浮かびました。私は親に敷かれたレールから離れ新しい世界を生きるために本を作ったの。新しい世界は家を出た時から始まっていて、今もまだ途中経過なの。この新しい形はブースターのひとつ。本は売れた方がいいに決まっているけれど、したいことが他にもいくつかあって、本当に死ぬまでにしたいことは私の一番奥にあるの。心を通して本を売りたいの。私は今、その事に向かって毎日進んでいるの。プラスの毎日の延長で本が広がるようなアイデアが生まれてくるのです。
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