「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日は嬉しいことがありました。それは、数日前までまとまらなかった一つのパラグラフがまとまったのです。文章はまだ校正が必要ですが、「書く」ということにおいてこれまでとは違う新しい感覚を味わいました。だから、今日は今までで一番嬉しい日です。
昨日ホテルを移動しました。今度は、窓は1メートル四方の窓から太陽が差し込み、夜は白熱灯の電気がある部屋です。広さは前のホテルの半分くらいですが、掃除が丁寧なのか室内がきれいなので気に入ったのです。値段も少し安くなりましたョ。それで、帰国までこの部屋で過ごすことにしました。 午前中にベトナム旅行記が終わり、午後から保育園の引き出しに入りました。内容が多いので、その分時間がかかりそうです。 書いてある文章がまとまっていないところもあります。文章にまとまりがないということは心がまとまっていないということで、今からまとめなおすよりも使えるところを使ったほうがいいでしょう。 それより、私は今、「今引き出しを整理していていいのかなぁ」と自問しています。でも、私はいつも浮かんでくることをその順番でしているのです。もしも他にいい方法があるとしても、今の私に出来ることが今出来ている方法だということ…でいいかなぁ。それに、大丈夫かなぁと考えるより思いつくことをしたほうがいいはずですから。 私は、私の書いた文章が誰かの楽しみの材料になるとき、私も嬉しいです。本には自分のことを書いているのみなのに、それが人々の楽しみの一つになるなんて「いい偶然」だなぁと思います。そして私も文章を読むとき、自分が読んで気持ちのいい文章を選んで読ませてあげることにします。
今日は最初に一つ文章を校正しなおして、それからベトナム引き出し用の昨年の旅行記をまとめなおした。今日は半分で終わりにした。理由は、最初にした文章の校正のほうにエネルギーを使って後半はスローペースになったから。文章を見直すという作業は、思いついたことを書くということよりも少し上の術が必要だと思う。大切なのは集中力。それ以前に、思いついたことを書くときに頭で纏まったものが指先につながるといい。 ちなみに、一昨日文章を練っていたとき本当に楽しかった。そのときの私はその文の出来がどうかということとではなく心がゆったりして、まるで遊んでいるみたいだった。私はきっと初めて文を練るということを楽しめたのだと思う。それから後もその楽さを感じていたくて、その感覚を何度も思い起こし心に沁み込ませている。今までの自分を思えば、「楽しめる」ということは「出来る」ということよりも一つ上の技術のように感じる。傷の中で書いてきた私がやっと、新しい世界の入り口に立てたような気もしている。 この楽を持続できたら、物を書くという楽しみが自然に仕事につながることもあるかもしれない。それも人生の小さな点として。
夕食はホテルのすぐ傍の面屋台でフーティウを食べた。15,000ドンだから、この辺りの相場を考えると安い。 お店の女性が話しかけてきた。年は?結婚してる?子どもは居るの?ベトナムへ来た当初からある質問。始めは全部を答え、次は全部に答えないということをした。それから「それを知りたいのは何故?」を質問できるようになった。ある映画の中のショーン・コネリーは「質問とは当事者に関係のあることのみするものだ」と言っている。たぶん、質問をしている女性にとって、私の子どもが5人でも10 人でも同じだと思う。 でも、今日は“発声”ということをしたかったから軽い気持ちで答えた。その私に冗談も浮かんだ。(ベトナム中の人が4人の子ども達のことを知っている。もしも子ども達がベトナムに来たら“あの時の…”と言う人がいたりして…)。 このように楽に話をしている自分を見て、今このとき、一つ一つを楽しんだらもっと楽になれると未来の自分を思った。 食事が終わって散歩した。ホテルから10 分も歩くと路上市場がある。道には痛んだ野菜やごみが散らばっている。外国の人が集まる通りの近くにも現地の人と同じように生活できる場所があると始めて知った。 それから、2007年べトナムに来たときのことを思い出した。あの時見た、ホテル街の人々の笑顔と4区の友人の家の傍で出会った女性の表情が脳裏に並んだ。後者の女性の表情はホテル街の女性のそれとは対照的だった。当時私は「どちらが真のベトナムの姿だろうか」と探した。今は、私には黙った女性の表情のほうが真の姿のように見えている。なぜなら、ホテル街の人々の笑顔はその人々の収入を得るための術の一つのように思えるから。 1年前の自分と今の自分を思い比べているうちに、今回の旅のエピソードがベトナム旅行記の続きになるような気もしてきた。それから、プラスの私の人生がつながっていることを実感した。 自分の心を一番大切にしてきてよかった。素直でプラスが気持ちいい。私はもっとそのようになりたい。そうであることが私の真の姿だと思う。 なりたい自分になれるよう、明日も心に添って生きよう。
今日は近くの公園で縄跳びをしました。裸足で飛びました。でも…大変です! Mamõ ちゃんは30 秒くらい飛んだところで息切れがして続けられませんでした。過去最高に運動不足です。 明日は足が筋肉痛になると思います。
夕方もう一度公園に行って、今度は歌を歌いました。以前、日本の人にお腹の筋肉を使って歌うことを習ったので、それを意識しています。池に向かって歌います。時々通行している人が近寄って私を見ます。でも歌いたいから歌っている。それでいいのです。 あんまり気持ちがいいので、道路に出たときも歌いました。そうしたら…。池の前に居るときよりも声が聞こえなくなりました。私の声よりバイクの音のほうが大きいからです。バイクの音が便利だと思ったの初めてです。 夜は映画を見ました。実はこの2日間、ベッドに入っても頭が冴えて寝付けないのです。左脳が活躍しすぎているような感じなので、意図的に 「映画を見て遊ぶ」 ということをしたのです。 映画では、主人公のアーノルドシュワルツネッガーが、悪い人が入っている電話ボックスを両手で持ち上げたので笑えました。笑うと右脳が喜んだ気がしました。 あら。今気が付きましたが、スキップも歌も、そちらから来ている欲求だったのかもしれません。
午後、うれしいことがありました。嬉しさと暑さをミックスしてビールが飲みたくなったので、安く売っている所まで歩いて買いに行きました。帰り道では鼻歌が出てきました。それからスキップしました。スキップは先週もしましたから、今日で2回目です。自分のことですが、少女が跳ねているみたいで面白いです。 スキップを大またでするとどうなるのかなぁと思います。こんなときの私の頭には、子どもの頃に見たテレビアニメの 「フランダースの犬」 の主人公の男の子ネロがスキップしている様子が浮かびます。でも、ここは人とバイクがいっぱいなので控えています。それに今日は、ビールの泡が増えないように工夫しましたから、スキップは手ぶらのときにするほうがいいです。そういえば、先ほど書いたテレビアニメのネロは手ぶらです。
今泊まっているホテルは1泊15�砲任后F�本でホテルを借りることを思うと安いですが、今まで住んでいた家の値段からするとすると ☆☆☆ 級の値段です。その値段に比例して、広い窓とお日様の光が入る、いい部屋です。ちなみに、私は視力が少ないので、暗いところや蛍光灯の光の下でパソコンを見るとすぐに疲れます。だから、本当にいいお部屋。移動したくなるまでここで暮らす予定です。
まとめ作業の中で、「まどろむ」という言葉を知りました。「うとうとすること」 や 「少し眠ること」 を言うそうです。英語もあるのかなぁと思って探してみたら「Doze」とか「Lumber」 という言葉がありました。「どうぞ」 とか 「ランボー」 とかではなくて 「Doze」 と 「Lumber」 です。面白いですねぇ。
私は文章を書くのが下手です。それに今は勉強を始めたばかりです。 でも、今日は自分に「上手だね。よく書けてるよ」と言いました。それは何故かと言うと、私の中に「私の書いた本を評価される」と怯える自分が居るのを発見したからです。確認の言葉を聞きたがっていたのは、書いたものを否定されてきたチャイルドでした。
今日もまた、楽しい一日でした。
午後、ベトナムの友人と会いました。持ち帰れない荷物を引き取ってもらうためですが、心のことや生き方の話しが主なもので、私の人生を語った時間にもなりました。 本の話もしたので新たなアイデアも浮かびました。そこで感じたことは、本に対する友人の反応を見て新しいアイデアが浮かんだということは、本というものは独自のものですが、そのものを読む人々が居るということが前提にあるという予感です。 私が 「自分の本を持って日本を行商して歩くの」 と言うと、友人が 「私もMamoちゃんと一緒に駅に立って本の宣伝をしたい」 と言いました。私は 「それ、いつか出来そう」 と答えました。友人はベトナムの人ですが、私には本当に、いつかそんなことが出来そうな気がしました。それは、本を作るということを形にしようとしている私と、「いつか日本に」 を目標に歩いている友人の生き方が、私の中で Link していたからだと思います。 私もその友人も「なりたい自分になれるように」 生きているのだと思います。
| 2009年01月31日(土) |
Mamõ ちゃんの選択 |
1区のミニホテル街に引越しをしました。引越しをした最大の理由は、「帰る場所を間違えた」と気付いたからです。 面白かったのは、間違えたと気付いたとき、どうすればいいかがすぐにわかったことです。ですから、一連の動きは全て私の心の声に添ったもので、1区に落ち着くまでは「一目散」にという感じでした。それに、間違えたことで新たな気付きがあって、そちらにも興味が湧きました。自分の動きの全ては成長のきっかけになりますね。
今日で1月が終わります。私はあと26日で日本に帰ります。 今日、久しぶりに日本の NHK テレビを見ました。日本は大不況なのですね。それに、相撲部屋の人が大麻所持で捕まっていたり、沖縄のアメリカ軍基地に世界最強の戦闘機が並んでいたり。 一年前に見ていたものと同じことが、私がベトナムを楽しんでいた一年の間も続いていたということのようです。 その日本に、私はもうすぐ帰ります。帰国した後はベトナムを楽しんだように日本も楽しむことにしています。外国で一人を楽しむことが出来たのだから、日本でもそうできると信じています。 ただ、時々傷ついた心の自分が邪魔をしますから、出国前とは違う自分として、その生活を始める為の方法が必要です。 そのためにすることは一つ。なりたい自分になれるよう、自分を選択することです。
今日は「物を書くということ」 について、興味深い感覚を持ちました。 それは、「文章を書く」ということは 「朝が来たら起きる」 くらいのことだったということです。 つまり、人というものは浮かんだことを文字にすることが出来る生き物で、私がしていることは特別でもなんでもないということです。それを特別視していたのは自分で、特別に思うから 「書く自分」 に巻き込まれていたのですねぇ。 こんなことを思っていたら面白いところに辿り着きました。それは、子どもの頃にトラウマを受けた 「書く自分」 のことです。 これまで私にとってそのトラウマは、とてつもなく大きな壁のように感じていたのに、今日は、例えばあのとき振り落とされたノートだって「その程度のことだったんだ…」と思ったのです。このことに関するトラウマも、その他のトラウマと同じ、数多くあるトラウマの中の一つだと感じられるのです。このように思うと同時に、あの頃、子どもの私に対して感情のままに動いていた過去の母の姿こそ 「子ども」 に思えました。 心に感じたことを書いて文字にしていた私のほうがよほど、大人だったのだ、なんて書いてみようと思えるくらいに成長したみたいです。 こんな私の脳裏に浮かぶのはグレイのスチールの机に座っているあの頃の私。そう、Mamõ ゃんの瞳の奥に、あの頃の私が浮かぶのです。 やっぱり、自分を眺めることは他のどんなことよりも面白いです。
近所のお店が開き始めました。でもまだ、食べ物屋さんが3割くらいで、それ以外のお店は閉まっています。 今日は食事以外はどこにも行かず、ずーっと日記をまとめていました。今はベトナムに来てからのことを読み返しているのですが、1年未満のことでも既に懐かしさがあって面白いです。でも、ここに書いていないことでも楽しいことがたくさんありました。楽しいことの大半は私の心の成長に関することです。
この家は去年の10 月に12 区へ引っ越す以前に住んでいた家ですが、蚊が一日に7回くらい現れます。蚊を見つけたときは追いかけて運動します。蚊というのは体が黒いから黒いものが好きなのだと思っていたら、赤いものや原色にもくっつくのですねぇ。初めて知りました。それに、こちらの蚊は「ブーン」と音がしません。一年間暮らして、蚊が飛んでいる音を聞いたのはこの家で1回とCuchi で1回の合計2回だけです。 ついでに書くと、Cuchiや田舎は、蚊が多いですが、あまり刺しに来ません。こちらの蚊は私を追いかけてくることもあります。田舎には他の生き物もいますから、蚊のお腹も満たされているのかしら。 …などと書いていると、いかにも楽しんでいるように感じられますが、部屋の中で叫んでいることもあります。しかし昨日の時点で安いホテル街はまだ満室。だから、あと数日の辛抱なのです。 それに、今はバイクが少ない分散歩が楽しいです。前回住んでいたときには行かなかった道路を歩いて楽しんでいます。
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