「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年08月01日(金) やさしい時間

 10時頃、家のすぐそばの Ky hoa 公園に行って遊んだ。この公園は、結婚式場を兼ねて整備されているから、自然好きな私には少し物足りないが、それでも、ぶらぶらしているとかわいらしい生き物に出会える。
 昨日は、ヤモリを3倍くらいの大きさににして首の回りが太くなっているトカゲ?と目があって思わず歓声を上げた。相手のほうはびっくりしたようで、瞬く間に木の間に隠れてしまったが、その姿は本当に、襟巻きトカゲのようだった。
 今日は、きれいなチョウを2種類見た。ホーチミンに来て今日までに見たチョウの数は7種類。どれも、羽の部分に光沢のある斑点を付けている。一見、日本で見るヒョウモンマダラの様態とよく似ている。
 以前から気になっていた鳥も至近距離で見た。小鳥は地面に降りて草を突っついてたが、大きさは十姉妹くらいで、色はすずめと同じようだが、よく見ると尾のあたりは紺色をしている。私が近づいても逃げていかないから、私は 30 センチくらいの距離に座って観察させてもらった。捕まえてみようかとも思ったけれど、彼らから見ると強くて大きい人間の私は、彼らの邪魔をしないようにそーっと見守るところからお友達にしてもらえるのだ。
 しばらくすると飛んでいったが、その飛び方は地面に沿うように飛ぶセキレイに似ていた。飛んでいく後姿を見ながら、ここにやさしい時間があったことを実感した。

 本日、ホーチミン市は夕方4時過ぎから集中豪雨になった。町の中心の一部の道路では、バイクがつかるくらいに水が溜まり、町はエンジンの止まったバイクとそれをふかす排気ガスのにおいであふれた。
 


2008年07月31日(木) まとめ

 100%まとめモードだったのに、パソコンは超スロー。10時頃まで待っていたけれど、落ち着きがなくなったので切り替えて公園へ行った。
 持って行ったのは教科書と過去のメモ書きと、2冊の本『インナーチャイルド』・『エミール』。したいことが全部出来るように準備して行ったのだ。
 池の前に座って最初に広げたのは、ベトナム語の教科書。でもそれは5分で終わった。それから、過去のメモ書きに4年前の自分を確認するうちに、一番ややこしい組の引き出しのまとめてみたくなった。
しかし朝からパソコンが動かない日は、たいていお昼過ぎまで調子が悪い。しばらく遊んでから家に戻った。ちなみに、パソコンスローの原因は、ベトナム在住2年の方からの情報では、電力の節電のために周期的にこのような形で調整するらしいのだ。 
 自宅に着いたら、時間はちょうどお昼時。食事を済ませて早速パソコンを開いたが、午前中より少し早くなった程度。仕方がないので、『エミール』を読みながら回転を待った。『エミール』の世界はいつも面白い。待ち時間を忘れるくらいに吸い込まれた。
 今日も一日、まとめをした。私はおそらく、今、まとめをする自分に依存しているのだろう。


2008年07月30日(水) かたち

 昨晩、寝付けない布団の中で自分を見ていたら、私の中から「一日も早くに、自分をまとめてあげたい」が出てきて、ごく自然に作業の再開へとつながりました。
望んでいるのは 「一日も早く」 ですが、心はのんびりしています。優先したい気持ちがもっと大きくなって、一番したいことをしているからだと思います。
 明日で7月も終わりです。私の予定では7月中に引き出しを完成することとしていて、今日までに3人残りました。でも、振り返ってみれば2日間のお休み以外はすることを進めていられたのです。それに、したいところから広げていったので、進め方もあっていたみたい。今日は、形になった結果を見て、その面白さを味わいました。
 残った3つの引き出しは、その一つ一つさえまとまりがありません。これからどれだけ出来るか、楽しみにしています。


2008年07月29日(火) 選んであげるということ

 研修生さんだったお友達から連絡が来て、「一緒に住みませんか?家を見に来ませんか?」と誘っていただいたので、遊びに行きました。彼女の家は大学のそばからバスに乗って約1時間。ホーチミン市で一番大きな公園のすぐそばにありました。
 家では妹さんも待っていてくださったので、3人でご飯を食べました。
 遊びに行ってわかったことは、都心から離れると都会にあるものはなくなるということです。さらに、家賃の安さを求めると電化製品はなくなりますから、優先順位によっては、便利さをお金で買うということもひとつの方法だと思いました。
 一日に何度か、先週から気になっていることが顔を出しました。その度に自分を見て、吟味して動くことを練習しています。こちらも、自分にいい方法を選んであげることのひとつです。


2008年07月27日(日) 財産

 日本の情報だが、7月27日付け産経新聞インターネット配信の『15年間DVを受けた末、夫を殺害してしまった女性の事件』を読んだ。被告女性の子どもさんは性的虐待も受けていたそうだ。
 裁判での被告人質問の内容は、読み進むに連れ、その悲惨さと反比例した社会の視点の浅さを感じざるを得ないものになっていった。
 自分を守りきれず人を殺してしまうということ。6年前まで、私にもその可能性はあった。そして、これからも、自分の心の傷を思うとき他者を傷つける可能性はゼロだとは言い切れない。
しかし今、心の傷を癒やす方法を知っていることは大きな財産だと感じている。


2008年07月26日(土) 楽しみたいという気持ち

 眠った分だけ眠れた朝。今日は外に出ようと決めて準備をしました。行き先は、昨日に引き続き公園です。でも、今日はいつもとは違う初めての公園へ行きました。車が多くて平日のようでしたが、バイクの皆さんには追い越して頂けることを願って、のんびり走りました。
 公園には池がありました。水のある場所は心が落ち着きます。今はホーチミン市の中心に住んでいますが、私は今、引越しをしたいのです。
次は、車や人の少ない変わりに自然に囲まれた静かな場所へ行きたいなぁ、という思いが、池を見てさらに大きくなった Mamo ちゃんでした。
 
 最近、チャイルドが出てきてくれることが続いて、喜んでいます。たぶん、今までよりも、能力を実感できていることやフラッシュバックした自分に気付けるようになったことが今の自分に育った要因だと思いますが、その時々で癒やすチャンスを拾えるよう、心を大切にしています。
 まとめを始めてからの私の発見は、ときに驚きに値するものもあり、「本を作ること」を単にひとつの目標として捉えていた数ヶ月前を思い起こしては、意識の違いに感心しています。やはり、この作業は私に必要なことだったのです。
 一昨日と昨日はまとめを休みましたが、その間にも浮かんだことをメモすることをして、その延長でまとめを開きそうになりました。でも、そんなときにも心に注意を向けてみると…。心の声は「まだ早いよ。もうひとつ仕事が残っているよ」と言いましたから、そんな自分に寄り添って、今日一日も自分を待ってあげました。
 その理由は、そのことが「出来る」ということと「楽しめる」ということは違うから。私は自分のしていることを楽しみたいのです。

池の傍に、“鳥小屋??”  陸のイソギンチャクみたいでした。
大空に羽ばたくところです。
 カメラを持って待っていたら、ベンチまで来てくれました。


2008年07月24日(木) 心のお昼寝

 昨晩は、たぶんハウスキーパーの女性が部屋をノックしてきましたが、私は自分を大切にして、答えずに過ごしました。先週、二人目のキーパーさんが住み込みで就職なさって、今まで働いていた女性は、来週にはここを出て行かされるらしいのです。新しい女性の仕事の丁寧さはホテル並みに思えるくらいですが、こんなに急な話もベトナムでは仕方のないことなのでしょうか。
 今朝は6時過ぎに起きました。今日は、「まとめの扉を開かないということをする」日なのです。行きたいところはないけれど、家にいるのも変化がありません。ベトナムに居るんだからベトナム語でも勉強してこようかということで学校に行きました。
 クラスに新しい子が二人入っていました。話をして面白かったし授業も楽しくて、吸い取られていたのは、現実を楽しむ余裕だったと気付きました。
 学校帰りはいつもとは違う市場まで足を運び、午後は簡単な料理を作って洗濯をして掃除をしました。「何もしないってどういうことだっけ」と思う自分を見て、「私はいつも何かをしているんだ」と気付きましたが、きっと今は生きるための最小限のことをしているはずです。
 お昼ごはんを食べた後、したいままをしていたら、日中に3回も昼寝をして、最後は夜になっていて、「私ってこんなに寝れるんだ。疲れていたのかな」と自分を振り返りました。
 そういえば、難しい文章を読み解く練習をしているうちに考えるということが止まらなくなり、そんな自分は、理由のわからない「なぜなぜ?」を探し続けた子どもの頃と同じになっていたのです。もっとも今は、くるくる巻きの自分に気付いて修正できるようになったから、切り替えられる分だけは大人になっているのです。 
 自分にゆったり生きるには、心はいつもお昼寝モードがちょうどいいのかもしれません。やっぱり私は疲れていたのです。

   昨日、Air-mail を出しました。差出人は4人の子どもの母です。
A4サイズの紙が2枚で、11500ドン。


2008年07月23日(水) とき

 5時前、夢の中で、昨日あった出来事を思い出して目が覚めました。すればいいことをしているのに心が痛む理由を探したら、私はいつも、自分を「勝ち組」に入れていたことに気が付きました。心の傷を癒やし始めて、した分だけ出来るということを知りましたが、その満足感はいつの間にか、「勝ち組」という枠の中に自分を入れる形になっていたのです。だから、起きた事を悔やむ私に巻き込まれていたのです。そんな私も 「結果もここにあるからこれでいいんだ」 と思えたら、自分に寄り添って私のペースでいこうという気持ちになりました。
 「遅れたなぁ」と思っていたけれど、この気持ちが自分への否定になるのなら、自分自身と比較することも無意味です。将来、過去になった“とき”を見て、あの時少し遅れたよと言えたら、それでいいと思います。
 自らをせかした自分を発見するとき、いつも思い出すのは、昔バイト先の救急病院で見たやけどの少女です。痛みに泣きながら、破けた腕の皮膚にもう片方の手で一生懸命水をかけていた少女の耐えようとする姿が私の心に残ったままなのです。
自分を理解することさえ、一生懸命になったら自分がかわいそう。出来た分が出来た分でいいのです。 
 


2008年07月22日(火) 未来

 少し前に、いつの間にか重りになっていた部分に気が付いて、それをはずそうとしたら、重りは、私の気持ちに後押しされたように、それ自身からも自然に外れてくれました。外れた重りを少し離れたところから眺めたら、それは、今まで自分自身でまとわり付けていたときとは違って、これからの私にとって大切なものだと感じられました。同時にその開放感も味わって、物事は、自分の心や捉え方次第でどのようにも変わるということを実感しました。
 学校が始まりましたが、今日は行かずにまとめをして、ついに30個近くの引き出しが整いました。並んだ引き出しを見てようやく、「これをどうやってつなげていこうかなぁ」というところを視野に入れられるようになり、「なんでもひとつずつ」の事例を体験したようでした。
 多くの気付きは、私独自のもので、これを本という形として残せるかもしれないことにも喜びを感じられるようになりました。
 まとめの間に、時々、6月の出来事を思い出しました。それで、その後1ヶ月を楽しんだ私は、私だったのだろうかと新たな疑問もわきましたが、きっと私なのです。何があっても、MamoちゃんはMamoちゃんだから。


2008年07月20日(日) ずれ

 日曜日。昨日夕方、重りを付けて自転車をこいだので、足が筋肉痛になりました。
 午前中は、メールの返事を書いたり日記を整理したり、でも、落ち着きのない自分を感じて、つまり「今日も気分が乗らないんだ」と思いました。
 そんな自分を整理して、午後からはまとめをしました。引き出しはだいぶ整ってきたので、根底の傷を抱えると捉えていた人格の大きな引き出しを作り、そちらを少し整理しました。
 それから、6月始めの出来事に関連して、ベトナムへ来てからの自分に問題があったのではないかと思い、そちらを思い返していたら、いくつかのずれを発見しました。
私は今を生きていたけれど、小さな自分を見落としていたのです。


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