「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2008年07月19日(土) 癒やすということ・開く扉

 今朝、興味深いことがありました。
いつものように体操に行こうとしていたのですが、「行きたくない」と感じている自分に気が付いたので、その声に耳を済ませたら、チャイルドが出てきました。その子は、小学校の夏休み、ラジオ体操のために叩かれて起こされて、行きたくないのに行かされたチャイルドでした。
 その子に「行きたくないときはいかなくてもいいよ」と話したら、話している自分自身も安心し、そしてチャイルドもそこに居て、「外に行ってみようか」ということになったのです。今朝の空気は吸う私の目は、実際には見えないけれど、穏やかだと思いました。

 日中は、昨日までの疲れのためか、PC を開いても何もする気が起きませんでした。まとめを始めてから初めての、何もしたくない気持ちです。「まぁいいか」とベッドの上で、ごろごろしながらベトナムや日本のニュースを見て過ごしているうちに、今までの「しゃにむに」は、社会の情報に興味を持つ隙間がなかったとわかりました。

 夕方になって、ひとつくらいは形になることをしておきたくなって、長女に書いた手紙の返事をコピーしをしに、自転車に乗りました。
 すると、走りはじめて間もなく、こんなことがあったのです。
 自転車をこぐ私は周りに興味のない自分を感じたので、「Mamo ちゃん、でてきてごらん。おもしろいよ」と言いました。
そうしたら、Mamo ちゃんが出てきて、でもMamoちゃんは怯えてうずくまっていて、「恐かった恐かった」と言いました。
Mamoちゃんは何回も「恐かった」と言いましたが、私も Mamo ちゃんがそう言った分だけ「恐かったね恐かったね」と言いました。それから「もう大丈夫だよ」と伝えました。やがて、Mamo ちゃんは消えて居なくなりました。
しばらくしてもう一度「Mamo ちゃん、面白いから出てきてごらん」と言ったら、又出てきて、今度は違うことを言いました。私も最初のときと同じように話をしました。
こんなことを繰り返しているうちに、風景を見ている私自身が楽しくなってきて、看板を見たり人の動きを見たり、自転車の旅を楽しむようになりました。
 用を済ませた帰り、今度は Mamo ちゃんは自分から出てきてくれました。そして、1ヶ月前のあの時のことを、「あんなことが恐かった」「このときはこうだった」「どうしたらいいかわからなかった」と、合計4人のMamoちゃんが話をしてくれました。
私はただ Mamo ちゃんの言葉を繰り返し、Mamoちゃん自身の言葉がその次の言葉を引き出せるように心を傾けていました。
ひとつの出来事に何人もチャイルドが居ると思うので、あと何人居るのかな、と語る私は誰かというと、Mamoちゃんです。
 そしてこれで終わりではないことは分かるから、コツコツ丁寧に続けていきます。


2008年07月18日(金) 新生

 約1ヶ月前の6月10日、ある出来事がありました。それは、この6年間の人生の中で一番のアクシデントでした。コツコツ癒やして落ちたはずのマイナスが再び押し寄せ、癒やした空間に育ててきた愛は消えてなくなり、自分は死んでしまったと思いました。緊張して体に力が入り、呼吸は浅くなりました。
 それでも、それまでと同じ日常をこなそうとしました。しゃにむに「まとめ」をして、そうしていれば乗り切れることを無意識に願っていました。
でも、それは振り返ってみれば、傷ついた心を感じられないまま押し込んで、「平気」 をしようとする私だったのです。だから自分を余計に混乱させ、その延長で6年間続いたページは閉じる結果を招きそうになりました。
 昨晩は、狭い部屋の中を、「これからどうしたらいいんだろう」と道に迷った末、2時間くらい寝ました。朝になったら、頭には繰り返し同じ歌を歌う自分が居たので、 「あー、自分はこんな状態になったんだ」 と自覚しました。歌の歌詞は、成人した頃のある時期好きだったもの。私は頭の中の自分と一緒に歌いました。心がちぎれそうなのは、閉じかけたページを思ってか出来事を思ってか。自分を探してみると、それは、自分を傷つけたことへの悲しみでした。それが解って安心したのか、「これからどうしようか」 を考えられるようになりました。
 「この心の痛みを置き去りにしたら本当にだめになる。今日は何もせず、自分を感じることをしよう」 と決めました。もう、本は出来ないかもしれないとも思いましたが、仮に本が出来たとしても、今を置き去りにした本なら私にとっては無意味だから、「出来ても出来なくてもどっちもいいよ」 と、傷ついた自分に言いました。
 そうしたら、1ヶ月前の悲しみが沸いてきました。ベトナムは地獄で、この国の誰とも口を利きたくないと思いました。
「私はこんなに苦しかったんだ。自分を置き去りにしてたんだ」。
 感じるままに自分を預け、泣いたり怒ったりしたあと、「Mamoちゃんごめんね」 と謝ってあげたら、一人分の肩の力が抜けました。
誰とも口を利きたくない自分に、「話したくなるまで誰とも口を聞かなくてもいいよ」 と言ったら安心して、一人分か二人分かの肩の力が抜けました。
 そのあと、このトラウマをどうすれば取れるかを考えました。起きてしまったことは変えられない。変えられるのは私のこれからだけです。
 浮かんだのは、この出来事もまとめて本にすることでした。そのためには1冊目の本が必要です。
「1冊目が出来たら今のことも書ける」 。私はベッドから立ち上がって、パソコンを開きました。
 でも、デスクトップに並んだ引き出しの行き場所は変わるかもしれません。どうしたらいいのだろうを探したら、本 『インナーチャイルド』 を見つけたので、本を開いて自分を安心させてあげました。
 数行読んだら 「すれば解るかもしれない」 という思いが浮かんできたので、本を閉じて「何が出来るかしてみよう」を始めました。
 時々、泣きたくなって、そんなとき「泣いてもいいけど手を動かそうか」と自分に言っていました。
 
 昼すぎ、洗剤を買いに外へ出ました。そうしたら、バイクタクシーの手招きや車の騒音に怒りが沸いて仕方がありません。自分は、本当は怒ってるんだと思いました。それでも、昨日よりも力を抜いて歩いているのに気が付き、自分は1ヶ月間することを怠ってきたのだと解りました。

 家に帰った時、「こわいよぉ」 とFBしている自分になっていました。アンカーしたあと、それは弟に体を触られているところを見ていた人格 「なつき」 のチャイルドが出てきました。
長い間置いてきぼりにしてきた 「なつき」 のチャイルドに、「こわかったね」 と言葉をかけました。
 机に座ろうとしたけれど体がこわばっている気がしたので、ベッドに寝転がりました。そうしたら、頭に歌が流れてきて、今度は軍艦マーチのような行進曲でした。もう一度一緒に歌ってみようとリズムを取っていたら、歌の間から 「たすけてたすけて」 という声が入ってくるようになりました。その声はしばらく続くうちに、ある一定のリズムになり、昔居た、歌う人格 「Samu」 が出てきたので、私の子ども時代は、「たすけて」と繰り返しているうちにそれがリズムになって歌になったのだと解りました。
「Samu」は、男の子のような女の子のような姿です。その子は 「たすけて」と繰り返すので、「どうしたの?」 と尋ねたら、「胸が痛い」 と言いました。
「胸が痛いんだね」 と言ったら 「うん」 と言い、もう一度 「どうしたの?」 と尋ねたら消えました。
その子は歌っていたけれど、本当は 「胸が痛い」 と言いたいチャイルドだったんだと思いました。
 私も落ち着いたので、パソコンを開いて、「よしお」 というアルコール依存のおじさん人格のことをまとめました。「よしお」 は、母から受ける性の虐待に負けないよう作られた人格のようでした。
 途中で又、悲しくなり、もう一度ベッドに寝転んで深呼吸をしました。悲しみは今度は、あの日、大切にしていたものをなくしたことへの悲しみでした。
 その時、最近の自分の言葉を思い返しました。
「今まで生きてきたから、これからだって生きていける」。そう。私はたぶん生きていけるのです。そして、今までと同じくらいかそれより少しいい程度に生きていける。生きるだけなら誰にも出来るのです。そこをどう生きるかが問題だったのです。自分は道を間違えていたと再び実感しました。
 それなら、今の私も、昨日までのことは昨日までのことで、今からどう生きるかなのです。
 再びいすに座ったとき、家を出て来る前の自分を思い出しました。あの時、子ども達に自分を伝えることのできる自分が居たから、今があるのです。
だから、ここに書いたことは、その次を見る私の 「したこと」 でした。
そして、今していることは2冊目の本を書くための 「する」 です。


2008年07月16日(水) 見えてきたよ!

 吸い込まれるようにまとめをして、うれしい気付きの一日を追え、「寝る前にもう一行」 とまとめをしていたら、ある事実に気が付きました。
今まで、自分の一部だから否定しにくいと思っていたマイナスの人格を、否定しにくいと思うことこそが過去の捉え方だと気が付いたのです。
 人格を知ってからの経過に視線を移して、長かった6年間のことが浮かび、体に戦慄が走りました。
 「ついに、こんなことが出来たんだ!」 私は彼女を断ち切れる。
この喜びを誰かに。私のことを知っている誰かに伝えたいと、心は躍りました。
 それから、その思いを自分に向けて、こんなふうに言ったのです。

「もう大丈夫だよ!見えてきたよ!」


2008年07月15日(火)

 もう少し早い時間に作業を始めたいと思い、5時半に起きました。それから、足の運動をしたかったので重りをつけて、30分かけて気になっていた市場に行ってきました。帰ったら7時半。そのまま机に座りました。
 10 時半ごろ、首が疲れてベッドに寝転び、天井を見上げ、昨日から気になっていることを引き出したら、“点”という言葉が浮かびました。
今も、点だと解ったら、体の力が抜けていき、これから続く私の道を形は違っても大切にしようと思えてきて、それから再び、体の力が抜けていくのを感じたのです。
「あーたぶん、これでいいんだ。無理をしていたんだね。もう、自由になろうよ」と、浮かんだ言葉に、心はうなずきました。
 頭に、腰につけていた重りが外れる風景も浮かびました。
重りは外側から外れたのか、自分ではずしたのか。自分で外して、そして自然に外れたと思いました。重りは呪縛です。
 しばらくして、再び「すること」を引き出しました。
これも、“点”だなぁと思いつつ。


2008年07月14日(月) いのち

 気になることがあって、気にはなっているけど「する」ということをしました。この頃、歩いて外出するときには、お手伝いの女の子も一緒に行きたいと言い、私も気分転換と勉強をかねて二人散歩をすることが続いていたのですが、今日はそれを遠慮させてもらって、一人で歩きました。 
 夜、長女の手紙に返事を書きました。長女の命をお腹に感じたときのことを思い出しました。今日の私は、手紙に答えられる自分であることに、安堵しました。


2008年07月13日(日) Sunday

 昨日の朝は、朝ごはんの変わりに食べようと思っていたアイスクリームがなくなっていました。節約生活の中の贅沢を持っていかれて、ショックが大きかったので、管理人さんにメールをしました。管理人さんは、午前中にアイスクリームを持ってきてくれました。でも、それを頂いても、これからの私の心の安心にはつながらなかったので、 「冷蔵庫に、日本語とベトナム語で張り紙をしてもらえますか?」 とお願いしてみたら、肯定してくださいました。私は、私のアイデアを受け入れていただけたことにお礼を言いました。
 日中は、部屋のガラスの修理やさんが来ることになっていたのですが、業者の方は 17 時になっても来ませんでした。それで再び管理人さんにお尋ねしたら、夕方には行きますと言いました。「 “ベトナムの夕方” は何時なんだろう」 と思っているところに管理人さんの友人が修理に来ました。

 今日は日曜日ですが、私の一日はいつも同じでした。公園の前で野菜を買って、壁投げをしてご飯を食べて、仕事に入りました。
 まとめの方は、その内容に惹かれてあっという間に時間が過ぎ、ベッドにもぐりこむこともなく、気が付いたら夕方になっていました。
 
 このベトナムという国に生きる私。今私は、小さな出来事がいくつもある毎日の中で、戸惑いを置き去りにしていた自分に気が付きました。
本を書くことは優先順位のトップですが、毎日自分の心をその時々で丁寧に向き合い整理することは、それよりも大切だと認識した日曜日でした。


2008年07月11日(金) 肯定♪

 朝の市場で買った野菜を、やかんで野菜をゆでてみました。私のやかんは中に電気を通す管が入っている特殊な形で、中が汚れたら洗うのが面倒だと思っていたけど、してみると面白かった…。それに何ヶ月かぶりに食べた茹でたての野菜、感激しました。
 
 まとめは、ひとつの引き出しをたどっていたら、再び新しい日記を発見しました。そのまま読んでいたけれど、 戸惑いと 「今まで知らなかったのはなぜだろう…」 があったので、集中できず、いったん P.C を閉じました。
 でも、解らなかった理由を探しても、そこに留まっているうちはきっと解らないのです。今は原因を探すよりもそのことをどうするか考えたほうがいいと思えて、もう一度 P.C を開いたら、今度は「今日、新しいページに出会ったんだ」と、ワクワクしてきました。
 こんな時、以前なら戸惑った自分を否定していました。否定からは否定が生まれやすいです。戸惑った自分を見るということをして、アイデアが浮かんできた自分を嬉しく思いました。
 「する」 ということをしているとき、心は軽く、すがすがしい気持ちです。
今、どうするかを考えることは、今を生きていることだと、してきた分だけわかってきた今日この頃です。

 ところで…まとめとは別のことですが、夜うれしいことがありました。 内容は日本に帰るまでは書けませんが、こちらも、続けると出来るようになるんだと実感した出来事だったのです。
きっと、私は自分をありのままに認めると、いいことがあるのです。
私は自分を肯定するのが好きです♪


2008年07月10日(木) 一日のまとめ

 昨晩10時頃には眠っていたので、今日は6時前に目が覚めました。ちなみに、毎日バイクの音で目が覚めるので、目覚まし時計は要りません。 この頃、朝の運動が気に入っています。公園の空気も気持ちいいです。公園内に壁投げ出来るスペースを見つけて、素振りと壁投げを交互にしています。 でも、バットを振ったときに「ブン!」と音がなりませんから、まだまだ。筋肉が付くのはこれからです。
 朝ご飯は路上の屋台でフォーを食べました。ベトナムの人は、朝からお肉を食べていますが、私の体にはさっぱりした麺類がちょうどいいです。
 家に帰って、パソコンを開いたら再び超スロー回線で、つながりを待っているうちに、あっという間に1時間が過ぎていて焦りました。
待っている間にも本につながる何かをしようということで、私は具体的にどの時期に本を仕上げたいのかと、年間カレンダーを作りました。
 そして、今作っている引き出しが今月中に出来上がることを目標にすることにしました。新しい目標が出来て、気持ちが新たになりました。
 それなのに、過去のものを読んでいるうちにその出来事の中に入って自分を探していたり、読むのが辛くなったり、キーボードを打ってはいるけど楽しくありません。
「あ〜あ。つまんない」とベッドに寝転んだとき、自分を完全に知ろうとしている自分に気が付きました。完璧を求めたら疲れて興味が沸かなくなっても当たり前なのでした。
 そんな中でも毎日小さな発見をして、重なる発見が確信になるよう動いていると思えています。変化は小さくても変化なのです。

 夕方は、縄跳びをしに行きました。ホテルのガラス戸に自分を写して30分くらい飛びました。途中でホテルの方が来て、ビデオの早送りのような速さで縄跳びをする真似をしたので、笑えました。

 家に帰って、ご飯を食べて、シャワーの前に軽く運動して、寝る前にもう一回パソコンを開いてまとめをして、今日もまとめの一日が終わりました。


2008年07月06日(日) Do 3

 今日は朝早くに雷雨が来て雨音で目が覚めました。ちなみに、私の部屋は、雨がたくさん降ると床に雨水がたまるのです。雨水は天井から降ってくるようでも窓から侵入するようでもないので、タイルの目地から染み出してくるのでしょうか。床の下にも部屋があるのですが…。とにかく不思議です。

 今日は日曜日です。この辺りは、日曜日は電圧が上がるのか、パソコン本体に熱がこもって、動きが遅ーくなり、文字変換さえままならなくなります。それを、ただ待っていると嫌になるので、その間テレビを見たり勉強したり、軽く運動してみたりします。部屋の中でもすることを探せるのでいいのですが、集中力に欠けるのです。 
 そんな中、「まとめること」「傍観すること」を意識しなおして、一日を過ごしました。

 ところで今日は、改めて決めたことがあります。私は本を書き上げた後にしたいことを決めました。そのことが出来るように、やはり、本書きを最優先することにしたのです。
 体のために運動を取り入れて。「運動・栄養・本書き」、この3つのことをする自分をすることにしました。


2008年07月05日(土) Jerry

 午後、研修生さんだったお友達が遊びに来ました。本の話になって、「どれくらいの本?」と尋ねて下さったので、「これくらいかなぁ」とシュミレーションしたのは、B5サイズの600ページでした。
 他に、紙の質の話や出来上がってからのことにも広がって、点が近くなったのを実感しました。


 最近、言葉の勉強を兼ねて、テレビをよく見ます。
 見るテレビはラブストーリーのドラマと、子どもさん向けの番組が多いです。ドラマは内容よりも普段の会話の中で使える言葉が出てくるので面白いのです。子どもさん向けは、言葉が分かりやすいので好きなのです。
 それで、今日は「Tom&Jerry」を見ました。
Tomは猫でJerryはネズミです。猫はネズミを捕まえようとしますが、ネズミは体は小さいのに、頭を使って逆にいたずらするのです。「ネズミが猫に噛み付いたっ。あべこべだ猫じゃらし」と、歌の歌詞にもあるように、どっちが誘っているのか分かりません。
 そのネズミJerryの奮闘振りとしっぺ返しにあうTomの間の抜けた(ごめんなさい)お顔を見ているうちに、私の中にチャイルドを癒やす時のイメージが浮かんできたのです。私は今、プラスの知恵を使って生きていますから、その私の中にいるチャイルドも自分よりも大きな大人をやっつけられるのです。こんな自分が頼もしくなって、とうとう1時間、2匹のやり取りを見てしまいました。
 テレビがこんなに面白かったなんて、初めてかもしれません。


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