「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will


2008年03月31日(月) シンプル

 昨晩は 20 時すぎに寝て、今朝は目が覚めたら8時でした。そのうえにアクシデントがあって、朝からシーツを洗うことに…。予習をしてから学校に行こうと思っていたのにねぇ。

 授業では、「何のためにベトナムへ来たの?」 と質問されました。「心の本を書きに来ました」 と答えたら、Teacher は心理学の本を書くとみんなに説明しました。私のほうは 「私の心を…」 と浮かびましたがボキャが足りません。それに今はまだそれほど細かく説明する必要もないので、そのままにしておきました。でも、自分がここに来ている本当の目的を言えた、このことには喜びを感じました。
 水曜日には、クラスのみんなで自己紹介をしあうことになっているのです。だから、私の大切にしていることをもう少し伝えてみたいなぁと思い、今夜は言葉探しをしました。ベトナム語で語れるといいな。
 ということで、語れるようになるために、妹ちゃんに会って説明してみました。1割くらいは伝わったのかなぁ…。ですが、理解されなかったことを重たく抱えることはありませんでした。
 私のしていることは、今の社会では特別なことのような気がします。だからとりあえず5年間続けてこれたことは、私の素敵な能力だ、と今日は特にそう思う。
 この取り組みのことは日本の人に伝わらないこともあるのですから、言葉の足りなさや環境の違いを思えばベトナムの人に伝わらなくても当然だと思えるのです。
 心の傷を癒やす作業のことを、もっとシンプルに言うにはなんと言えばいいのかなぁと、こんな時はいつも自分の言葉を捜す Mamo ちゃんなのです。

 


2008年03月30日(日) 伝えること

 金曜日の晩に、妹ちゃんの家に泊まりに行きました。ベトナムで初めて、外泊をしました。感想は、熟睡は出来なかったけど、民家で寝るという経験が出来てよかった。それと、妹ちゃんの仕事の書類の翻訳のお手伝いをさせていただきました。こちらは政府が関係する難しい書類だったので時間がかかりました。ですから、手伝わせていただいていることが出来上がりに向かっているのが分かってよかったです。

 土曜日は、昼間は公園に行って勉強と少し運動をしました。
 夜はバイクタクシーを使って空港へ、日本から帰ってくる研修生さんたちを迎えいに行きました。バイクタクシーで空港に行くということは私にとって意味があったので、行って帰ってきた自分をうれしく思いました。
 空港で、日本の若者男女4人組に会いました。お互いに時間があったので、1時間くらい話をしました。
 4人組さんはベトナムにある日本の企業を何軒か見学に来たそうです。日本とベトナムの架け橋になれるかなぁと話ました。20 歳過ぎの大学生さんだったので、私の子どもでもいいくらいです。私も子ども達とこんな話が出来ることがあるのかなぁ…なんてね。 

 今日は、朝からまだ日本にいる研修生さんの姪っ子ちゃんの家に遊びに行きました。
日本語はありません。ほとんどベトナム語。でも、私のボキャも少し増えたので、一度に聞き取りができて会話がつながることもあって、そんなときは楽しかった。会話が出来てる自分を眺めて楽しみました。
 と言っても、お昼を過ぎたら疲れてきて、私は「分かりません」を繰り返しになりました。皆さんはさらにゆっくり話してくださるのですが、言葉が分からないその前に、ベトナム語を聞くのに疲れちゃってたの…というのは、終わりの頃に気が付いたことなのです。しかしそのことを伝えるベトナム語を思い出せず、みんなで苦笑いでした。
 でも、分からないことを伝えると、皆さんに私には分からない言葉がたくさんあるということが伝わるのですねぇ。

 ということで、土日のお休みがあっという間に過ぎてしまいました。

姪っ子ちゃんの家に植木に蒔かれてあった、パパイヤの種。アリが遊んでいたから種も甘いのだなぁ。
空港(私が居るかな?探してみよう…居ません)


2008年03月26日(水) 自分を信じること

  昨日の夜に電話した不動産屋さん(昨日家を見に行ったところとは別のところ)からの情報を持って、Centerまで家を探しに行きました。数件見た中では私の金額に合うホテルは見つかりませんでした。今日はバスで行きましたから、歩きです。バイクタクシーのお兄さんの声を聞き流しているうちに、毎日ここを歩くということは毎日こうして声をかけられるということだ、ということに気が付いて、今日の仕事を終わりにしました。
 Centerは観光に来た人がたくさん居るから物価が高いし、客引きのおじさんが多いです。勉強しながら本を書く人が住むところではないんだ、というのが結論です。こうしてみると、今の場所は勉強するにはいい環境なのです。
 
 夕ご飯に、いつも行くお店で、肉味噌みたいに見えたものをはじめて食べてみたら、魚の骨のすり身の甘辛味噌煮のような感じでしたが不思議な味で、お味噌か何かのお口直しを食べたような気持ちのままご馳走様をしました。それがいつもより安い値段の10,000ドン。やっぱりお口直しだったのかしらと、安い夕ご飯だったから得したような食べなおしをしたいような気持ち。
 こんな風にして、時々面白い食べ物に出会います。でも、不思議な食べ物はいつも、名前が分かりません…。

 それから、よく見かけるのが耳かきやさん。床屋のいすみたいなところに寝て耳を書いてもらっている人はみな目を閉じています。技術者の人は耳かきを5本くらい手に持って、お客さんの耳に電気を照らして真剣な表情なのです。気持ちよさそうなのですよねぇ。私もしてみたい。でもなぜか女性のお客さんを見たことがありません。



 ところで今日、同じアパートに住んでいる日本人の女の子と初めて会いました。私より少し前に入居されて同じ大学に通っていらっしゃったのに、今日初めて会ったのです。
 初対面の方と話をする時、たいてい滞在している理由を聞かれます。だから私は本を書きに来ていると、昨日も今日も言いました。

 私には、私に出来る目的を持っています。それで自分の目的を語るたびに、必要なものは何かなと思います。
 ベトナム語を勉強しているけれど、大切な目的のことを思えば、生きていける基本的な言葉が使えたら、それでいいような気がします。

 ちなみに、昨日で一ヶ月が経ちました。ベトナム語は、日本へ来た頃よりもいくつも使えるようになりました。道も覚えて一人で動くことも出来て、市場で買い物も出来る。そして、丁寧なベトナム語を知りたいと感じる私が居る。自分の中に、自分の基準を知ることが出来る。

 私の中の自分の基準は、日本での5年間、誰にも経験できなかったことを構築してきた私だから感じられているのだと思っています。こういうのを自分を信じているというのかな。
。
まずは、家を探そう。
明日は100�砲硫箸鮓�に行くのです。


2008年03月25日(火) 明日を浮かべて

 今日の授業は、2時間ずっと、自分の家の住所と電話番号を伝える練習をしました。それから数字の言い方です。1から1,000,000,000までをベトナム語で。1の数はある時から9に変わって…。どこかで見た風景。研修生さんたちと勉強したときと同じだったのです。
 でも私は途中から退屈になりました。研修生さんも退屈だったのかなぁなんてことを思いながら大きな声で数字を読みました。

 ところで今日は、ベトナム語で語る Teacher でしたので、女の子が一人、始まって 10 分くらいのうちに、分からないから帰ると行って帰っていったのです。この様子は、私にはインパクトが大きかった。いろんな方法があってよくて、そして私も Teacher の言葉が分からなかったときにはオフィスを尋ねていきました。そして今は楽しめる自分を感じていますから、自分を伝えるということを日本を離れてからあと、たびたび学んでいるMamoちゃんなのです。
 休み時間には、どのTeacheerが分かりやすいかという話になりました。
 私はみんなの話しを聞きながら、どのTeacherのときも楽しめる自分を続けようと思いました。持続なのです。

 午後は、ネットで見つけた次の家の候補を見に、自転車で出かけました。家の持ち主さんとの待ち合わせ場所から家のある場所まで、その方のバイクの後から自転車をこぎました。15分くらい一生懸命こぎましたから、着いた時には「運動しました!」と声が出ましたョ。
 その家を見てみたら…。広さは今の部屋の3分の1くらいですが、なんと、たたみ一畳弱くらいの窓から明かりが差し込み窓を開けたら涼しい風も入ってくるのです。それに、小さいけれど屋上みたいなところに上がると、洗濯物を干す場所があって、太陽で熱くなったトタンの屋根の上を歩いていくと、家の下の道を眺めることも出来るのです。だから、夜には屋根の上にこしかけて星空を見ることが出来るかもしれないのです。(屋根から落ちそうになったら落ちる前に人を呼ぶのです)
 冷蔵庫と洗濯機は共同になっていましたが、このところ洗濯物を絞るのが大変になっているので、備わっているのはうれしいことです。
 ということで、住んでみたい気持ち80パーセント。残りの20パーセントの中身は今は書きません。もしもここで暮らすのなら、冷蔵庫は小さいものを買ってもいいかなぁという気持ちになりました。
 ちなみに、ベトナムの人の家の中は暗いのが当たり前のようなのです。でも自分の体を基準にすると、体は自然の光を求めているような…。ベトナムの人々は昼間に外に出てお茶を飲んだりお昼寝をしている理由は、こういうところからきているのかな〜と一人で納得している私。もちろん私の想像ですョ。


 夕方、パソコンを持って大学に行きました。大学に行けば wifiがあるので、ネットがつながるのです。私のパソコンもつながりましたが、ベトナム語Onlyなので使うことが出来ませんでした。
 ネットをあきらめてお友達と話をしていたら、日本語を勉強し始めたばかりの女の子が教科書を持ってきて、日本語の質問をして下さいました。
 ですが、内容はよく分かったけれど伝えるベトナム語が、私にはありませんでした。だから、ごめんねと言いました。でも楽しかったです。
 日本人以外の人は、日本語を話したいときには勉強して話す練習をしてから話せるようになっていくのですねぇ。私のベトナム語と同じなのですねぇ。なんだか面白いです。
 大学のお友達にやさしい日本語を話せる自分を大切にします。


 育成会のテープお越しをしました。
 語ったときの自分が浮かんで恥ずかしくなりました。それから、子ども達に書いた手紙を今読んで、この子達に返事を書ける状況に近づけるように動こう。生きていけることは分かったから、落ち着いて本を書ける場所を探して動こうと、明日の動きを浮かべた今夜です。
 


2008年03月24日(月) なりたい私になれるよう

 週明け。太陽の明かりを感じたかったので、公園で勉強してから学校に行きました。
野球ボールで遊んだことからお知り合いになったベトナム人の男の人が運動に来ていて、声をかけてきました。私が「今は勉強しているんですよ」と言ったら、その男の人は「僕は運動してくる」と言って去っていきました。いつも自分を伝えていいのですね。
 学校は、今日も楽しい2時間でした。実は先週、大学のオフィスで他のクラスで勉強してみたいと伝えてみたことがきっかけで、Teacher から、自分の授業は分かりにくいですか?と私たち生徒への問いかけがありました。 私はその時、もう少しゆっくり話してもらえますか?という内容のことを伝えましたので、 Teacher は、それ以前よりも丁寧に確認しながら進めてくださるのです。だから私は自分を伝えられたことと、伝えたことで動いてくださる大人に守られているような安心感の中に居て、楽しいのです。
 発音練習のときは、教科書よりも Teacher の口元を見て、声調に合わせて首を上げ下げしています。まるで子どもが本を読んでいるみたいで、自分でも笑えます。
 Teacher は私達に、「あなた達の発音はとてもいいです!」と、ベトナム語で言いました。
 分からないことを分からない私のそのままで、そんな自分を伝えてもいいということを学んでいる私です。
 
 昼過ぎ、日本の研修生さんの姪っ子さんと会いました。会うのは2回目です。姪っ子ちゃんは田舎から持ち帰ったというアボガドを持ってきました。30分くらい話をしました。一回目のときは、沈黙が続くくらいに会話が成立しませんでした。今日はほんわか雰囲気の中でいくつかの話が出来て楽しかったから。私のベトナム語。…話すのも聞き取るのもあの頃より成長していたのかな。

 夕方は、妹と会いました。今日は妹の仕事の翻訳のお手伝いのためでしたが、この時間には、私の中に前回までとは違う落ち着きと楽しさがありました。きっと、自分を見て、どうすればいいかが浮かんでそれを何度か試してみて、その結果今日の楽しさがあったのです。

夜、部屋のオーナー家族のお姉さんから、「ベッドが一回り小さい部屋に変わってもらいたいのですが出来ますか?」と話がありました。言葉を勉強したい私にいつも声をかけてくださるお姉さん。この事に関しても、私に分かるまで何度も何度も繰り返してくださいました。私も勘違いしたままうなずいてはいけないからと、何度か確認して、言葉を間違えたら言い換えて質問をしました。少ないボキャブラリーの中でも丁寧に語りたい私なのです。


 大切にしたいものを、大切にしたいと感じられているかどうかが、私の中の基準。
もっと大人になりたい。それから自分で自分を守れる大人になりたい。
いつも、なりたい自分がいっぱいあって、こんな自分が楽しいなぁ、と感じている夜でした。


2008年03月23日(日) 学び

 今日は日曜日。昨日の夜はベッドに寝転んだのが2時ごろだったので、今朝は目が覚めたら9時を過ぎていました。この部屋は外につながる窓がないので、電気を消したら真っ暗です。最初は閉塞感を感じて窮屈なイメージを持ちましたが、今ではすっかり慣れました。だからきっと朝も自然に目が覚めるまで寝ていられるのです。
 この間停電があったときには、静かな暗闇で空気の流れているのが見えるようでした。暗闇も楽しめるように成長したみたい。
気が付いていないけれど出来ていることは他にも、まだまだあるのかもしれません。
 
 実は、この週末は学校の教科書で勉強しようと思っていたのです。昨日は家の中で2時間くらい勉強しましたが、今日はそこまで行きませんでした。
 日常会話は、たぶん5回に1回くらいは聞き取れるようになってきて、市場で買い物もより楽しめるようになってきました。私は、あのにぎやかな市場に居る方々のの言葉を聞き取れたら、たいしたものだと思うのです。まずは生きていけるということも感じられますから。
 そして、語学という意味で学校で学ぶことも大切だと思うのです。ベトナム語も日本語も他の国の言葉も丁寧に語れる大人になりたいから。
 今、こんなふうに書いたら、将来外国の大学に通っている自分が浮かびました。ベトナムの大学で他のことも勉強するというのも、私の将来像の中の1つ。学ぶことを楽しんでいる、いい感じです。
 本を書きおえたあとの目標は、大学に通う Mamo ちゃんになるのかもしれません。
 いつも先を見ているのが、いいです。


2008年03月22日(土) 生きている あかし

独りを楽しんだ一日。
今日は夜遅くに空港へ行くというイベントがあったので、予定の立て方を吟味しました。朝はゆっくり起きて、動き始める前に、今進めようとしていることがもっと楽しめる自分をイメージしながら本読みをしました。

 それから、教科書が入る大きさのかばんがほしかったので、一度だけ行ったことのある市場に自転車で行ってみました。
 市場の名前は、Cho Ba Chieuです。この市場には服やさんが多いのですが、値段は私の知っている中で最もリーズナブルです。狭い道に服がずらーっと並んでいて、どういうわけかどのお店の服もしわしわ。それも同じようなしわの模様なので、始めはそういう模様なのかと思いました。値段は10000ドンくらいで汚れているものも売っているから、もしかしたらリサイクルなのかもしれません。この頃私も、肌に触れると気持ちいい素材の服がほしくなっているから、見て回るのも楽しかったです。でも今日はカバンを買いました。
 それから、もう1つうれしいものを見つけましたョ。それは、にんじんと大根を甘酢につけたなます。日本にもある食べ物です。大根とにんじんの千切りを袋に入れてグラムを計った後、大きなバケツに入った水(に見えた)を袋にジャーっと入れました。甘酢だったらいいなぁと思って、「すっぱい?」と聞いてみたら、その水のようなものはお酢だったのです。うれしいものを発見しました。私の行きつけのお店になりそうです。

 家に帰って気が付いたこと。それは、私は買いたいものをあまり迷わずに買えるようになっているということです。成長したのです。
 一休みして、午後は、中心地を越えた先にある4区という場所へ行きました。4区にはベトナムの妹の家があって、もしかしたら私は妹の家に Homestay させていただくかもしれないのです。
 ちなみにこの町では中心地に向かうほどバイクもホコリも増えるので、普段は中心地を通るのを避けています。特にサイゴン川沿いは今、地下鉄の工事をしているうえに道路が砂利のため、目が痛くて走れません。
 ということで今日も川沿いは避けましたが、中心地を越えたその場所までの道のりを楽しんで走る自分を確認するように走りました。

 妹の家の近くはバイクがすれ違える程度の路地で、その両サイドに食べ物などのお店が並んでいます。そしてお店で買い物をする人やお茶する人でいっぱい…に見えます。
 私にもだんだんわかってきましたが、どうやら土地の容量に比べて人口密度が多いよう。バイクが大きなクラクションを鳴らして走る気持ちも少しわかります。
 そして私も、この路地で夕食の食べ物を Get しました。今日は、オレンジ色のおこわと炭火で焼いた焼き鳥一本と上げ春巻き一個。それぞれ違うお店で買いましたが、全部で10,000ドンでした。


 今日の夕食は今までで一番おいしかったのです。それはなぜかというと…。
 ベトナムに来て約1ヶ月ですが、今の私には、その場所で食べ物が買えるということは、その場所で生きていけるということで、つまりここにも住めるということだ、ということになっているのです。
 単純に食べ物を買えるということよりも、私の食べたいものをそう感じたときに買えるということが、今の私にとって大きな能力なのです。
だから、今日の夕ご飯は今までで一番おいしかった。 
ホーチミンで、生きていける場所が広がっているみたいです。

一昨日の夜、停電しました。
 Cho Ba Chieu


2008年03月19日(水) やさしい言葉

 あっという間に水曜日になっていました。
今週に入ってから、毎日大学に残って勉強するようになりました。

 授業のあと大学の自由席でご飯を食べているとき、近くにいる女の子も男の子も目が合うとにっこりしあいます。隣に居る人とは自然に話し始めます。
 私だけではありません。ちょっとそれ貸してくれますか?とか、何々はどうするの?とか近くにあるもの居る人を利用している雰囲気なのです。
 自転車で道を走っていてもバイクに乗ったベトナムの人から道を聞かれます。(バイクも私も走っていますョ)。バスに乗ってもお店に入っても同じなのです。隣に居る人と自然に話をするこの雰囲気が人と人が話をしているみたいで気に入っています。(そうなのです)

 17日月曜日、大学で授業のあと、隣に座っていた女の子と何かのきっかけで話し始めて、女の子は日本語は皆無だったのに、私のつたないベトナム語を書いて確かめて、それからご自身のベトナム語も私には聞き取れないとわかった後には、文章を紙に書いて確認してくださいました。
 そして、私たちは2時間も一緒に話をしました。内容は、何を勉強してるの?とか、どこに住んでるの?とか仕事は?とか、言葉がわかれば数十分で終わってしまうようなことなのです。ひとつひとつの単語を辞書をめくって確認しあいながら、だから新鮮でした。

 18日火曜日、女の子が同じ場所に居たので隣に座りました。話の仕方は月曜日と同じです。私たちの机の上はあっという間に紙と辞書が広がりました。
 そのうちに女の子は、私と女の子とで日本語とベトナム語を勉強しあいたいと言いました。私も女の子の提案に同意しました。
 このことをお互いの言葉と耳と辞書で確認するのに、30分位かかりました。ゆっくりさと丁寧さが心地よかったのです。
 それで私は、ひらがなを出来るだけ丁寧に紙に書いてゆっくり読んで、女の子も私の口元を真似て読んで、まるで日本語の勉強をしているようでした。
 
 今日も同じことがありました。私は子どもの頃のひらがなの練習をした頃の記憶にいいものはありません。でも今は、書き取り用の線の入ったノートを買って、ベトナムのアルファベットを書く練習を楽しんでいます。書く練習・練習して上手になる自分の楽しさを楽しんでいるのです。

 私達のそばに、日本語を勉強したいからよろしくお願いしますと学生さんが来て下さいます。それで新しい情報をいただいたりして。
 学びたい人は学びたい人のいる場所に集まるのかな。そして私は、学びたいから学びたい人の集まる場所に行きたくなるのかな。 



火曜日の晩は、別のお友達のお母さんがしているベトナムの子どもさんが通うベトナム語教室に遊びに行って、一緒に勉強させていただきました。
 そのお友達の家は港のそばにあり、大きな船と大きな橋が夜を彩って、きれいでした。私も始めていく場所でした。
 教室では、5歳の子どもさん15人くらいの前で、ベトナム語で紹介していただいたので、子どもさん達の「Xin chao Mamo!」という言葉が部屋の中に響きました。
 きらきらお目目の子どもさん達に歓迎されて、教室で歓迎されるストロークを得ました。それと、この日私はベトナム語をよりやさしく楽しく学ぶ方法を知りました。日本や外国の人に知らせたいくらいです。




 今日水曜日の朝は、私の体が、運動したい信号を出してくれたので、授業の前に公園に行きました。そうしたら、また面白い光景を見ました。それは体操するおじさんやおじいさんです。たとえば片足立ちでスクワットをするおじさん。1メートルくらいの高さのところに足を引っ掛けて腹筋するおじいさん。書くと一言なのですが、カメラを持って行っていたらすぐ写真に撮っていたことでしょう。
 しばらく見学した後、私も少しずつ体操しました。キャッチボールや素振りなどもしたくなってきましたから、今度の週末は今日行った公園にグローブとボールを持っていこうと思っています。

 そして夜には、ベトナムの妹ちゃんと会って川沿いでおこわとを食べました。彼女は時々、日本語のことで私を利用してくださいます。私も今日は授業でわからなかった単語のことを聞きました。

それから、今夜、こんな話をしました。
「私達は、やさしい日本語とベトナム語を語れる大人だからね」と。


2008年03月16日(日) いつも

 日本を離れて明日で3週間になります。
昨日から、今の自分の動きが気になっていて、日曜日の今日は一人で過ごしたほうがいいと感じていましたから、今日は独りで過ごしました。

今は大学に通い勉強しているこのことはいいです。ただ、2週間の間に自分がしてきたこと・開いた時間にお友達と会ったり買い物をしたり、今していることをしているのは何故かなと。
 何故かなの先には、過去は自分の寂しさを埋めるために友人を誘ったりしていたけれど、今は自分の成長のために、過去と同じように見えるけれど過去とは目的を持ってしている自分であるという答えがありました。
 そして、今わかったことですが、私は今日、自分のしていることを自分で感じる時間がほしかったんだようです。心にわいた小さな疑問を大切に出来てよかったです。

 
 3週間のうち時々、自由の感覚の中でふわふわ浮いているような心地よさを感じていました。そして、この心地よさを感じられた後には必ずと言っていいほど、苦しかった過去が浮かび 「あのころは、どうしてあんなに苦しかったんだろう」 と、今度はそちらの答えを探しました。今となっては、答えは明確ですが、明確な答えすらも確認したい私でした。たぶん、成長している自分をいつも感じていたいのだと思います。
 毎日気持ちよく眠りました。それから、電気をつけっぱなして疲れきったように眠った日もありました。
 
 いつも私です。



 


2008年03月15日(土) 自由

 今日は、午前中、Yちゃんと遊んだ。
約束したのは昨日。Yちゃんは8時半にくると言ったけれど9時にしてもらった。伝えると伝わるんだよ。
 私は前に教えてもらったスーパーの場所を忘れたので、もう一度連れて行ってもらった。前に来たときは、人の多さにすぐに疲れてしまったけど、今日は大丈夫。Yちゃんの手を引いて歩けるくらいになってて、品物を選ぶのも楽しかった。
 それで、ついに私も、銀色のコーヒーフィルターを使えるコーヒーを買った。それからナイフと缶切りと。これでベトナムコーヒーも甘さ控えめのコーヒーも飲める。それに切って食べる果物も食べられる。それから、16,000ドンのかわいいタンクトップを買った。袖なしの服がほしかったから。

 買い物が済んだあと、Yちゃんの家に遊びに行った。Yちゃんの家は広くて明るくてバスタブもある家だった。ベトナムにもいろんな生活があるんだ。
 私たちはお昼ごはんを一緒に。彼女がお料理するのをそばで見ながら話をした。
 Yちゃんに、「どうしてベトナムへ来たの?」と聞かれた。私は 「私のこころの本を書きたいこと・落ち着いて書ける時間を作りたくて、日本よりも物価の安いベトナムに来たこと」 を伝えた。Yちゃんは「心の本?」と首を傾げて聞いてきた。私は 「うん」 と答えた。自分を語る、自然の流れだった。
 返事をした後いいことを思いついた。それは私の伝えた言葉をベトナム語にしてもらうことだった。Yちゃんは私の横で確認しながら翻訳した。これで、他の人に聞かれたときにベトナム語で説明出来ることが増えた。
 
 ご飯が済んで彼女の部屋に寝転んで話をした。私は日本で覚えたベトナム語の歌を、ちょっと恥ずかしかったけど最後まで歌った。半分くらいは忘れててアカペラになった。Yちゃんはびっくりしながら、“神田川”の CD が流したから今度は日本の歌を歌った。

 最後に私のサングラスを買いに出た。
 3区まで行くと、サングラスを売ってるお店が並んでた。私の買ったのは50,000ドンのピンクのふちのサングラス。これで砂埃から目を守れる。 
 帰り道の路上には 25,000 ドンのサングラスが並んでたけど、私は私の買ったものが気に入ってた。自分のほしいものをほしい時に買えた自分がよかった。お金って、こころを持って使うものなんだ。

 昼過ぎ、家に帰ってからお小遣い帳を付けた。帰宅したらお小遣い帳をつけるのがこの頃の楽しみの1つになっている。なぜかというと、買ったものをベトナム語でつけているから。 だから日本にいるときよりも書き込みが細かい。何がいくらで買えるのかがよくわかるし、それを買ったときのことを思い出したりして楽しいから。
 
 それと、もうひとつ楽しいことをした。それは、自分の自己紹介文をベトナム語で作ること。これには午前中にYちゃんに翻訳してもらったものを利用した。
 この月末に日本から研修生さんが帰ってくるからこの紙を渡せたらいいと思ってる。
 まだ途中だけど、これが出来たらコピーやさんでコピーしてもらえたらいいな。お店に行くときにはあのお友達に手伝ってもらおう、と計画している。 
 

 3時ごろ、誰かが部屋をノックした。この頃、部屋に居るときはリラックススタイルをしているから、今日もすぐには扉を開けられなかった。
丁寧な言葉で「何か御用ですか?」はベトナム語で何と言うんだっけと何度も考えているのに、今日もわからないまま生返事をして、スタイルを見られないように少し扉を空けてみた。ドアのそばには、いつものアパートの Housekeeper のお兄さんが立っていた。
 私の部屋の中に用事があるらしいけれど、何を言ってるのかわからなかった。少し待ってもらって「どうぞ」と言ったら、部屋の奥の洋服ダンスの余っているハンガーを持って、「失礼・ごめんね」と言って出て行った。
 それにしても、 Housekeeper のお兄さんはたいてい、部屋の鍵をぶら下げて歩いてて、こうして時々入ってくる。そういえば、この間 女性の Housekeeper さんが朝8時半ごろにドアを開けて、「あら、居たの?」と言った。日本とは違うスタイルが珍しい。学生寮みたい。不思議で、今では時々笑える。



 日が暮れかけたころ、散歩に出た。学校のそばの交差点はいつも通っている場所なのに、ゆっくり眺めたことがなかった。このとおりは交通量の多いところだったんだ。
 
 道端で発見したものは路上のおこわやさん。自転車に積んだ大きなおなべの中に3種類のものが入ってた。1つははじめて見るもの。はじめて見たものを食べてみたかったから2つのおこわを、1つ3,000ドンで買った。
 おこわの写真を取らせてくださいと言ったら、「何で?」と言われた。私は日本人です」と言ったら「あ〜そうか」という表情で写真を撮らせてくれた。

 この近くには、本屋さんが多い。ううん、この近くだけではない、ホーチミンには本屋さんと印刷やさんが多い、と私は思う。
 今日は勉強用の安い紙を買った。日本のような広告の裏紙がなくてノートをちぎっていたから、安い紙が買えてうれしかった。
 
 本屋さんを出て次の角を曲がったところの建物で、人だかりがしてた。なんだろうと覗いてみたら、そこにも私の望んでいるものがあった。それは、柔道着のようなものを着た子どもさんの姿だった。
 もしかしたら、運動が出来るところなのかなと入り口のそばまで近寄って中の様子を見ていたら、お菓子を売りに来たおばさんに声をかけられた。「ここは何をするところですか?」と聞いたら、「面白い話を見る場所・フィルムはないよ」(←わかる範囲の直訳) と言った。劇場のような看板があったから、そのような場所らしいけど、柔道着を着た子どもさんが出入りしていて、バレリーナの服を着た人もいた。
 「ここで、こーんなこと (一生懸命、正拳の手振りをしてみた) をしているの?」 と聞いたら、そうだと言った。「私も出来る?」と聞いたら、もちろんって。私はついに、自分のしたいもうひとつのことが出来る場所を見つけた予感がした。明日の昼間にもう一度覗いてみることにした。もしそうなら。もしそうなら、と運動したいモードが沸き起こってきた。

 2時間くらい散歩して、シャワーを浴びて夕ご飯。
今日の夕ご飯は出店で買ったおこわとレタスとオレンジのサラダだ。サラダを箱入りご飯の空き箱にちぎってみかんを飾った。
 夕ご飯が白い床の上に並んだそのお皿のそばを、アリが歩いてた。でもあわてない。こんなことも慣れてきた。
 アリさんは時々私の体に上ってくるけれど、もう、こそばゆさも平気になった。こんなときには、テレビなどでアフリカの人が顔の上を歩いているハエさんと仲良くしている姿が浮かぶのだ。
 そういえばこの間、パソコンを見ながらゼリーを食べて、そのカップを置いたまま忘れてて、どれくらい置いていたのか、腕がこそばゆくなって目を向けたら、机の上にアリの行列が出来ていた。でも、びっくりしなかった。当たり前だと思って片付けた。私はアリさんに食べたものをさっと片付ける習慣を教わった。
 

 話を元に戻して、私の夕ご飯のおこわは、はじめてみた種類の方は、口に入れたらおかしな味がした。残念ながら痛んでた。買った後に散歩したからかな。いずれにしても、この暑い場所だから、食べ物には気をつけよう。
 そういえば、日本で見た観光雑誌に、屋台や出店の食べ物はおなかを壊すと書いていることがある。私は自分の体の感覚を大切にすれば大丈夫だと思っている。感覚を生かすチャンスかもしれないのだ。

 
 ところで、今日は朝からいいことを感じてた。
それは、住む場所はどこであってもいいような。あっちにこっちに行き歩いてもいいような。今だって、なんて自由なんだろうと感じてる自分。

身軽にひょいひょい。エリマキトカゲみたいにひょいひょい歩ける自分の感覚。



 シャワーの後、今日買った服を来た。涼しくて気持ちいい。今朝洗濯したパジャマを着て、気持ちのいい夜だよ。


じゃが芋のような、でも生で食べられる野菜。繊維たっぷりです Yちゃんの作ったご飯
タンクトップとヘルメットとマスク
4区の辺り  大学  おこわ


Mamo |MAIL |HomePage

My追加