「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will


2008年03月13日(木) 耳を済ませて

 今日は初めてのTeacher。今迄で一番わかりやすくて楽しかった。
分かりやすかったのはなぜかというと、ベトナム語で授業をしてくれたから。他の人はわからなくて大変そうだったけれど、私にはとても楽だったのだ。
 楽しかったのはなぜかというと、文法を説明するのに、あっちの人やこっちの人を例に出して、それからあっちのものやこっちのものを例に出して、つまり、私たちや私たちの持ち物を使って、ベトナム語の単語を使って、伝えてくれたから。どこかで見た光景。そうです。日本で研修生さんと日本語の勉強をしているときと同じようだったのです。だから、今迄で一番楽しかったのです。
 
 一人ずつ前に出て自己紹介もしました。「Chao cac ban!」。DVDの ラン・フーンさんが浮かんでいました。

 授業が終わった後、構内でご飯を食べて宿題をしました。それから2,000ドンのCheを買いに行ってもう一度構内へ戻って座ったら、そこに中国人の男の人が座ったので話をしました。その人は4ヶ月前からベトナム語を勉強しているそうだけど、会話の主流は英語でした。だから、私はベトナム語で話をして、彼は英語で話を。
 私の場合は、ベトナム語を勉強し始めてから、英語がどこかへ行ってしまったかのように話せなくなっていたけれど、いつも聞いているとこちらも聞きなれてくるもので、理解できると今度は使ってみたいなぁという気持ちも沸いてきて。ということで楽しい時間でした。
 しかし今日も暑かった。家に帰ってちょっと寝るつもりで横になって、気が付いたら1時間も経っていました。

 夕方、ベトナムの妹と一緒に夕食を食べた。久しぶりの贅沢は、去年彼女と行ったレストランの Binh xeo 。直径40cmくらいある大きな Binh xeo。私もやっと、おいしい食べ物のお店を覚えました。(名刺をもらってきたからネ)。今度日本の心友が来たら招待しようっと。
 ちなみに妹は、私のお昼ご飯は 5,000 ドンと聞いてびっくりしていました。5,000ドンのお昼ご飯、やっぱりお気に入りです。

 妹は、今夜私に、自分の家に一緒に住めたらと言いました。私も安い家を探しているところだから、金銭的には魅力的。そしてお金のことだけではなくて、ベトナム人と触れ合えるということと、ベトナムの生活が見えるということも魅力的。
 ただ、私は本を書くという目的があって、誰かと一緒に住んで一人の空間を作れるかどうかと自分に問うと、返事は出来ませんでした。それで今も迷ってる。境界線を作れるかどうかの、私の問題なのです。

 妹は出会った人との関係を大切にしたいと言いました。私も同じ気持ち。そのために、私の心に耳を済ませて、自分を一番大切にするということをしぃよう。


2008年03月12日(水) そのままの心

 目が覚めたら9時前。昨日自転車で走りすぎたから、朝まで熟睡してしまったのだ。
びっくりして、あせってご飯を食べようとしてる自分に気が付いた。
「急がなくても大丈夫だよ」

 学校では自己紹介の練習をした。そういえば、日本でこの文を覚えたころ、研修生さんの家に遊びに行くたびに自己紹介したっけ。
 クラスには teacher は二人。授業は英語とベトナム語で、一人の Teacher は言葉が早くてわかりにくい。今は日本で勉強してきたところを習っているから大丈夫だけど、この先はどうなるかな。
 いつも自分に楽なのがいいから、勉強する場所だって同じだと思ってる。けれど、そうしているうちに私の言葉も成長して、終了するような気もしている。
 今日は授業が終わった後、屋台の焼きそばのようなものを買って、構内の自習机で食べた。宿題のプリントを見ながら焼きそばを食べて、まるで学生さんみたいだったなぁ。はららぁ。今は学生さんなのだ。


 それから、今日は新しい友達が二人できた。
一人は、学校からの帰り道で、私が間違ってかかとを踏んづけてしまった女の子。ごめんねと謝ったのが始まり。私は話し始めてすぐに、共に学べる人に出会ったと感じた。
 彼女が近くのコピー屋さんにコピーをしに行くというので、私はそれを見学した。この辺りのコピーやさんは多い。いつもごちゃごちゃした感じがする。中では、USB スティックを店員さんに渡すと、店員さんがパソコンで操作して印刷してくれる。店員さんが彼女の用紙を開いてキーボードをたたいているから 「何をしているの?」 と聞くと、少し翻訳などもしてくれるということだった。
 つまり、日本人の私がスティックを持ってお店に行くと、お店の人は私の日本語をベトナム語にしてくれる、ということらしい。値段は1万ドン。不思議に思える。便利…かな?
 お茶を飲みながら話をした。彼女は明日、日本の会社の面接を受けるらしく、インタビュー用のメモを見て日本語の話をした。それから、私の教科書を見てベトナム語の話もした。ベトナム語も日本語も書くことは簡単に出来るけれど聞き取りが難しいよねと、私たちの意見は一致した。
 学ぶということについて、人は言葉を学ぶときには、ゆっくり丁寧にするのがいいとか、子どもは言葉を学ぶときこんな風にするとか、今までとは違った角度の話が出来て、あっという間に3時間経っていた。
 
 彼女は毎日3時間、日本語の勉強をするそうだ。日本に居た研修生さんも同じだけど、皆さん長い時間勉強していると聞いている。
 私は今でも…平均2時間。紙の上で繰り返す勉強はあまり長く出来ない。でもね、誰かと話して覚えた単語はその日のうちに書いて覚えたくなるものだ。それから、もっと話したいという思いが手伝って。あ〜私ももっと言葉を知りたい。
 それにしても、私の顔には日本語とベトナム語を話せる人を探していると書いているのかな。日本語を学びたいという人によく出会う。しかし、私は本当に、ベトナム語で心を語れるようになれるくらいに勉強できる環境を探しているのだ。


 話がそれてしまったけれど、今日お友達なったうちのもう一人。
アパートの前の電話やさんの女の子と、ついに話をしたのだ。女の子は日本が好きだといいました。ベトナムには、日本を好んでいる人が多い。
 
 女の子は質問をしてくれたけれど、残念…。今日はわからなかった。あ〜もぅっと言葉を知っていたら…。そっか、勉強すればいいのだ。ついに私も勉強というものをもう少ししたくなっちゃった。

 大学に通い始めてからここまでの過程、思い返してみると面白い。



 夕飯は、いつも買い物に行くスーパーの傍のご飯やさんで食べた。そのお店のお姉さんはきれいな肌をしていた。
 思うに、ベトナムの女性は肌がきれい。ううん、日本人だって。みんなきれいな肌をしている。持っているそのままで在ることが、そのままきれいなのだと思う。
 私も持っているそのままのきれいな肌で歩きたい。
こころも持っているそのままのきれいなこころで歩きたい。
きっと今はそのように生きようとしている。


2008年03月11日(火) 大人のこころ

 そういえば、私は今、大学に通っているんだなぁ。改めて、自分のことなのに今頃ちょっぴり驚いてる。それから、今の自分に感動してる。
したいことをしている。私は過去とは違うことをしている。もしかしたら、これは生き方を変えた私の証なのかもしれません。あ〜ほんとうに、私は今、自分のしたいことをしている。

 大学のクラスには、いろんな国の人が居て面白いです。隣にはたいてい、韓国の男の子が座ります。左斜め後ろは日本人女性。真後ろはイタリアの人。それからその右斜め後ろには、英語を知っている中国の人。向こうの席にはインドネシアの人とフランスの人。授業の中にいろんな国の言葉や習慣が飛び交います。今日は小泉さんの名前が出たので、なつかしくて笑えました。

 授業が終わったら、いつもはそのまま家に帰るのですが、今日は構内を散策してみました。
 2年前の初めてのベトナムで一番最初に大学に来たときには、果てしなく広い敷地だと思えた場所。もうすぐ私の庭になる予感です。
 Free の勉強机みたいなところがあって、そこで皆さんが勉強しています。今日はちょうどお昼時で、構内で買ったお弁当を広げていました。
 私もこの中で食べてみようとお弁当屋さんの前まで行ったけれど、お弁当は私の予算より高くて買えませんでした。でも、なんだか・・・うれしかった。

 私のお昼ごはんは、大学前の道にお昼時だけの屋台で売ってる Bun uot という食べ物。米粉で作ったワンタンメンみたいなものにちょっとした具が入って甘酸っぱい味。おいしさも◎ですが、実は味よりも量がちょうどいいので気に入っています。値段は5000ドンです。ということで、私のお昼代の基準は5000ドンなのです。

 午後、一休みした後、自転車やさんに行き、それから今日もまたいつもと同じように自転車一人旅。
 自転車一日目に泣きそうだった道も、今はわりーとスイスイ。
私もマスクを買いましたから、外見はやっぱりベトナム人。マスクは買い物をするときに便利です。
 この間書いた“How to”の中のひとつ。どうすれば、買い物で高値を出されずに済むか。ベトナム人のように歩いていれば大丈夫…小さく生まれた私の特技を発見した Mamochan なのでした。
 自転車旅は、次の家探しも兼ねています。今住んでいる家は、ホテル住まいよりは安いという基準もあって決めました。だからもっと安いところに引っ越したい。
 でも、今日も数件尋ねてみたけれど、今のところよりも安いところはありませんでした。相場は300�砲茲螳造い箸海蹐鮹気擦泙擦鵑任靴拭�
 せっかくベトナムに居るのだから、ベトナム人のように暮らしたい。
 家から木が生えているような面白い家に住みたい。ベトナム人の男性が私を籍に入れてくれたら、住めるのになぁ〜なんてね。



 地球上にはいろんな国の人が居るってことを、知っていましたか?
私は、知っていたけれど知りませんでした。
世の中にはいろんな生き方をしている人が居るって知っていましたか?
私は、知っていたけれど、知りませんでした。

今までの、私の基準は何だったのかなぁ。
世界は、私が知っている以上に広いみたいです。

 
 人間は言葉が通じなくても、何かの手段でコミニュケーションを図ることが出来る。初めて行った薄暗い市場のお兄さんは、マンゴスチンを半分だけ売ってくれました。家の近くのレストランで、Take outが通じなくて、お店の責任者とお客さんが集まってきて騒ぎのようになったけれど、それでもご飯を買えました。
 自転車に乗って急がなければ右にも左にも曲がれるようになりました。(時々曲がれずにまっすぐ行ってしまいますが)
 私はもう、ベトナムで生きていけるのだと思います。
 

 それで、本を書きたい。
子どもたちにも住所を知らせようかとはがきを買いました。でもまだ何も書いていない。私は今それをしてもいいかどうか、わからないから、楽しみは先送りにしているのです。
 子どもたちに、地球は大きいことを伝えられればいいと思う今夜です。

 今日の出費は22000ドン。昨晩お金の計算をしたことで、どれくらいに納めればどうなるというのが明らかになって、わかりやすくなったから。昼ごはんは、屋台を使えば5000ドン。飽きるまであそこで食べるMamoちゃんです。
 それに、お金というのは、利用の仕方で価値が変わるから。いつも独りで動いていればお金はかからないけれど、今は安い家に移るためにはどうしたらいいかの情報がほしいです。何かを利用するための出費はあっていいし、ベトナム語の練習をするための出費があってもいい。
 いろんなことを、どうすればいいか吟味できるくらいに大人を生きている自分をうれしく思う Mamo ちゃんでした。


2008年03月10日(月) 視野

 自転車に乗ってはじめてセンターまで出てみた。慣れてみれば簡単な道。とは言っても、曲がりたいところで曲がれなくて、ずーっとまっすぐ走ってしまうこともありました。

 ベンタイン市場の近くでは、手足のない人をよく見かけた。そういえば、私の住んでいる場所には、このような人もストリートチルドレンも見ない。お金持ちの外国人が少ないからだ。それにしても、生きるってどういうことかな。

 
 今日は本屋で買い物。世界地図を買った。
 実は今日、大学で他の国の呼び方を勉強しているうちにその国がどこにあるのかを確かめたくなったから。ちなみに地図はぜーんぶベトナム語。うれしくてため息が出た。地図って面白い。



 うっかりして、市場で夕食を食べてしまった。なぜうっかりかというと、暗くなったら帰り道がわかりつらいから。自転車に付けたランプは機能しないままだったことも忘れてた。
 歩道を、自転車を押して歩き、街頭の下で地図を見ながら進んだ。途中でおまわりさんのような人に、「車道に降りてあっちの道に行きなさい」と言われた。おまわりさんの気持ちはわかったけれど、私は今動くと道がわからなくなる。ちょっと待ってくださいと伝えたけれどおまわりさんは待ってくれなかった。こん棒みたいなもので私の自転車をコンコンしてる。
 私のほうは場所の確認に忙しくて言葉を選べなかった。「ちょっと待ってください」と日本語になったら、おまわりさんは何も言わなくなった。
 こんなときはどうしたらいいのかな。とりあえず明日、自転車やさんでランプを直してもらってこようっと。

 この頃、私のなかに、当然のようにあったものって何だったのかなぁと思うことが多い。昨日Yさんと買い物に行ったとき、Yさんは私の遣っていた買い物籠が空っぽになったら、前で会計していた人のかごに重ねた。前の人は何も言わなかった。
 不要になったものを同じもので集める、そういうことなのだけれど、うまく言えないけれど、いいとか悪いとかではなくて、自然の流れでそうして、文句を言う人は居ない。自分のものは自分でとか、そのかごはあっちにとか。そんなことを言う人は居ない。自然にそうしてる。それがどうかわからないけれど、わからないからかもしれないけれど、こんな小さなことが、私には衝撃的だった。この国の人々は、自分のことをしている。だから…。
いろんなことを、プラスの好奇心で見ていたら、こんなに楽ちんで、素敵な毎日なんだ。


 引越ししたいなぁ。もう少し安いところへ。中心地から離れればもっと安くてあるはず。探しに行きたいのだけれどなぁ。日本人は高く見積もられるのかなぁ。
 ちなみに、一ヶ月の推定費用を計算してみた。お金の計算は面白かったけれど、今のままでは一ヶ月の生活費が思っていた以上にかかるということも判明。
ここに住み続けるとしたら半年しか居られない。しかし半年しか居られないと受け取るか半年も居られると受け取るか。半年も居られると受け取るほうがいいに決まってる。
 半年をプラスに過ごしたらどんなにか素敵かな。本は書けるかな。
自分の人生を自分と相談した今夜。
 


2008年03月09日(日) How to

 今日は、日本に居るときにメール交換をしてきた女性と初対面の日。朝9時、待ち合わせの場所まで行きました。すると、誰かを探しているかのような目で私をじっと見る女の子の視線。女の子Yさんは、私よりも背丈は大きかったけれど、素朴さを感じる女性でした。
 話をしているうちに、ヘルメットを買いに行きたくなりました。彼女は自分が買ってくるから待っててと言いました。
 私は自分のものを自分で選びたかったから、一緒にタクシーで行きたいと提案。彼女はタクシーは高いから歩いてと。私たちの意見は一致しました。
 まもなく市場へ着きました。そこでヘルメットを…。
 お店では、店員さんは最初彼女に話しかけて、彼女は私が店員さんに答えるのを私の隣で待っていました。「何と言う?」という具合に…。
 もうじき買うことになるだろうと思っていたヘルメット。ついに買っちゃった。自然の流れです。
 
 そのあと、バイクでスーパーへ。私のアパートからバイクで10分くらいのところにスーパーがありました。
 お店の中は日曜日なので人でいっぱいでした。
 私たちは買い物が済んだ後、彼女の家へ行くことになっていたけれど、私はたくさんの人の波に揉まれて疲れて、ワクワクが小さくなっていました。行けば遊べるけれど、私の心を基準にする練習をしたかった…。
 それで、ベトナムの生活にまだ慣れていないこと・遊びに行きたいけれど、今疲れていることを伝えて、遊びに行くのはまた今度になりました。
 言うと伝わるのですねぇ。
 
 買い物が済んで家の近くまで来て安い喫茶店でカフェを飲みました。インターネットのことや日本のこと、そのほかのこと。いろいろと話をしました。彼女はいつも私の口元を見ていました。学校とは違う勉強が出来るかもしれない予感です。
 一緒に勉強してみたいという気持ちになり、来週も会うことになりました。どこで勉強するかとか何時からするかとか、私は私の心に耳を済ませていました。そして、また来週ねとお別れ。
 他者と居て、自分を基準に物事を進めている自分を実感した日。私に心を傾ける練習が出来た。よかったよかった。
 こうやって1つずつしていけばいいのですね。

 
 一休みして、今度は自転車でぶらぶらしました。同じ道を通って、そこから少し広げて、今度は正反対に走ってみて。少しずつ広げていけば疲れないからね。
 帰りは川沿いを走って帰りました。始めて見たベトナムの夕日。きれいなオレンジ色でした。(そういえば、昨日は初めての土砂降りの雨)

 夕方、昨日お会いした研修生さんのご家族から、田舎に泊まりに行こうとお誘いがありました。行きたい気持ちもあったけれど、昨日の疲れが気になりました。それで、楽しみを先送りにしたいと返事をしました。

 独りの部屋でご飯を食べてシャワーを浴びて…。これからの自分についていろいろと浮かび、タイムスケジュールを立てようかとか、もう少し安い部屋に引っ越したいとか。もう少し様子がわかるまでは無理かなとか。
 それから、本を書きたい気持ちがわいてきて、どうすれば、どうすれば、本を書けるようになるのかなとか。

 今日は出来たことが3つ。
1つ目は、他者といて、私の心に耳を傾けられたこと。
2つ目は、自分の時間を意図的に作ってあげられたこと。
3つ目は、部屋に心のことをする私を紙に書き、本を書く私の心の準備が出来たこと。



 本日は、心の中にいくつかの、どうすれば…になるかな?を持って自分と相談しているMamochanなのでした。



2008年03月08日(土) 感覚

 日が暮れても帰り道がわかるよう、地図を持って散歩した。家の周りに何があるか昼間のうちに探検。
 途中で合鍵さんを見つけたから、部屋の合鍵を作った。6,000ドンの小銭がなくて、ある分だけ見せて「負けてください」と言ったら負けてくれた。

 しばらく行った先に自転車やさんの近くの公園。小さな子どもさんが遊んでた。私も、子どもさんを観察出来る大人の仲間入り。大人も子どもも、好奇心があれば何をしても楽しいのね。
 木の根っこが、地上にはみ出て龍のようにうねってた。上を見上げたら、根っこと同じくらいの枝が空にはみ出していた。

 土曜日とあってか、ベンチにはカップルがいっぱい。
男の人と女の人を見て、それから私自身を見て。
やさしさとか安心とかやすらぎとか。なんと言っていいかわからないけれど、私には大切にしたい感覚があるのを確認してホッとする私でした。
 
 お昼、近くの屋台で昼ごはんを食べた。途中でベトナム人の女性に声をかけられた。お店のお姉さんたちも聞き取れないくらいのベトナム語。一見、私はベトナム人。それもいい。今はベトナムで生きているのだからね。

 昼過ぎ、家に戻って時計を見たら、日本を思い出した。今日は育成会の日だから。
 私は今ベトナム。午前中に自分が見たものを思い出した。鳥を見て、人を見て、空を見て、木の根っこのうねりにわくわくして。
私は今、ベトナムで生きている。自分に素敵な時間を提供してあげている。自由があった。

一息ついて、机の上に紙を広げた。
心のことを、一人になってもしていく私の準備。

なりたい私があって、それは時とともに変化する。
だけどいつも変わらないものがあって、それは、いつか独りになりたいということ。
それから、自分を生きたいということ。

 どんな大人になりたいかな。
心のある大人になりたい。自分の命を生かす大人になりたい。
少し前に知った。命を持つという言葉。今では私のお気に入り。
自分の命を利用して、やさしく前向きに楽しもう。

 夕方は、研修生さんの家族に初めてのご対面。初対面のご家族は、ほんわか雰囲気の20歳の女の子でした。コミニュケーションは数少ない私のベトナム。やさしい雰囲気に安心したけれど、ボキャの不足は疲れを感じました。 もっと自分を語りたい。私の心を語りたい。どうすれば出来るかな。
赤ちゃんが言葉を覚えるときには、ひとつの単語から。私も自分の知ってる言葉を1つずつ語る練習をしていって、それから次に進もうっと。




安心はどこから来るのかな。

ずーっと、解放してあげたかった自分。ほんとうに、心の奥に抱えていたものから開放されたかった。その私は、自由な自分がわかる。
ごく自然に、自由なのです。
もしかしたら、私は今の私が感じているよりももっと自由なのかもしれない。ムクムクッと“じゆう”の感覚。


憧れの大学生なり 怪獣の足みたいな根っこ


2008年03月07日(金) 記念日

 渡越してきて、11日が経ちました。
 到着日から一週間の間は、次のホテルを探したり前回訪れた場所を探して尋ねてみたり、私のベトナム生活のハード面を整える動きをしました。
 幸いベトナムは今乾期で、じっとり蒸れるような暑さは少なく、これまで訪れた中では最も過ごしやすい毎日でした。
 バイクの多さも騒音も空気の汚れも、私の中では、すでに生活の一部になっているのか、今のところさほど気にはなりません。
 そんな中、学校の近くに手ごろな広さの RentHouse を知りました。少々値段は高めでしたが、学校までの近さと家の周辺の静かさと庶民の雰囲気に、中心地とは違う落ち着きを感じました。予定の値段より少し高かったけれど、しばらくの場所として借りてみることにしました。荷物を持っての移動にはエネルギーを使ったので、荷物を入れた日にはホッとして心も軽くなりました。
 
 家が決まった後は学校のお金を支払って自転車を買って。日本で想定してきたリストが全部終わったのは、渡越してから6日目でした。
その最中は、以前目印にしていたものがなくなっていたり、冷房で冷えて風邪を引いたり、小さなアクシデントはありました。でも、ここまで出来てよかった。何より、動きの中でいろんな自分が見えました。今では私は、こんなときにもうれしいのです。

 
 今朝は、心友を見送りに行きました。このところ3回続けて空港へ通いました。そして今日で、今回一緒に渡越した心友たちはみな日本へ帰っていきました。
 別れというものは寂しさがあります。でも不思議。今日の私は自然に次のことをする私を生きていました。なぜかな…。学校に行きたかったから。ううん、未来を見る自分を感じたかったから。こっちのほうがプラスに感じられたから。私はいつも心を大切にして自由に生きる私を生きたいのです。
 午後は独りで自転車の旅をしました。
車道をたくさんのバイクに挟まれながら走って、バイクと摩擦したりして怖かった。この道が、早く私の庭になりますように…。

 日が暮れてようやく家に帰りつき、毎日歩いている道を改めて眺めました。ベトナムという国の人々がここに生きている。私もここで生きたいです。


独り言 
 大人になるってどういうことかな。
うまく書けないけれど、私は大人の女性。
男の人も女の人も、みんなやさしい。

なりたい自分を大切にしてきて、ほんとうによかった…。


今日は私の2つの記念日。
新しい私の始めの一歩の日。
大人の女性を生きるMamo


2008年02月25日(月) 卒業

 今私は、名古屋駅近くの Hotel の部屋で、今日の日記を書いています。


卒業の日。
荷物がなくなり、空っぽになった部屋。
2003年5月。私はこの家に、苦しみを抱えて飛び込んだ。
懐かしくてそして、ほんの少し前のことのような気もします。

それで、明日は飛行機に乗り、私はとうとうベトナムへ。
どうしよう。ほんとうに行くことになりました。
なりたい私を持って。


Gobamcanのお家へ。いつも私を雨風から守ってくれてありがとう。
天白へ。Mamoちゃんはベトナムへ行ってくるよ。
名古屋へ。私を歓迎してくれてありがとう。かわいい名古屋弁も知りました。

そして、日本へ。
いつも私に考えるきっかけをありがとう。
行ってくるね。外国で暮らしてくるね。
なりたい私になるために。


 卒業の朝、荷物を置くことになっている倉庫を掃除しに行った帰りに、育成会の心友にばったり出会いました。思わぬ出会いがうれしかった。いつも心を語る自分を大切にします。
 私の書く本を楽しみにしていることを始めて知りました。それで今はちょっぴりくすぐったい。そして私はいつも私のすることを大切にします。


2008年02月24日(日) プレプレ旅立ちの夜

 旅立ちの前の最後の夜になりました。
最後と言っても、いつかは日本に帰ってくるのだから、いつもと同じです。
それでも、前回見た街の様子が頭に浮かびます。ほんとうに、私の知らない世界があったあの国に…。
 昨日から、今の自分をベトナムにおいてリアルに見つめてる。そして、この私の心にLinkする本が一冊。少し違った側面から自分を見つめなおすきっかけになっている本は、『Emile』ルソー著 です。
 たとえば、(中)の中には「私たちの不幸の肉体は見かけだけに限られている。それを連続的に私たちに感じさせるのは記憶力だ。それを引き伸ばして私たちを本当にあわれな人間にするのは想像力だ」という一説があって。
 私はこの文章を読んだとき、一年前に自分が見てきたベトナム国の様子とそこで心に刺激を受けた自分を思い出して、うーんとうなりました。
 なぜなら、私は前回の越南で私の知らなかった貧しさと戦争の跡を見ました。私はそこで、私よりも大変な人たちという見方をしたのです。それはそれでいいのかもしれません。けれども今考えてみると、そこに暮らす人々は、Simpleにそこに生きているのみで、例えば多くの収入を求めているとしても、収入がないことに悲しみふさぎこんではいませんでした。私が見たものは事実ですが、感じたことは私の過去の価値観の範囲だったのかもしれない。
 今はうまくいえないけれど、わたしは今後も世の中を見ていろいろな自分を見るのでしょう。
旅立ちをを前に、物事を、私を構築したい心で吟味できる自分で居られたことをうれしく思いました。
 二日後に始まる新しい世界、Simpleに生きる私を楽しもう。いや、もうすでに始まっているのかな。
いろんなことを学んだ約5年間。出来た分だけ出来た約5年間。
実は、過去を降ろして自分をひたすら見つめてきたこの町を離れることはちょっと寂しいのです。

こんなときは全体を見て、未来を見て、それから明日の準備をするのです。

となりの町に、行ってきまーす。


2008年02月22日(金) 私の大切なもの

 朝一番、荷物の最終チェックの前の最終チェック。実は、Simple を楽しんでいるうちに、私の荷物は入れるものを探せるほどコンパクトになってしまったのです。あれをもう少し残しておけばよかったなぁという思いも浮かんできました。けれどもその後、ベトナムで荷物を持つ私をイメージしてみたら、ホーチミンを歩く私には大きなスーツケースは似合わないことがわかりました。だから、やっぱりこれでいいのでしょう。
 
 荷物が落ち着いたので、インターネットで Hotel の検索をしたり保険のことを調べたりしました。長期滞在するのに、アパートと Hotel に泊まるのとどっちがいいのかなとか。つまりようやく、ベトナムについてからの動きをイメージできる段階になれたみたい。
やっぱりひとつずつなのですねぇ。

 ちなみに現地に着いたら、大使館へ行って在留届というのを提出します。日本人の私はここに住んでいますよと公に登録しておくことのようで、長期滞在には義務付けられているそうです。自然災害などにあったとき、役に立つのですね。日本大使館に行く機会はめったにないでしょうから、楽しみにしています。





感覚
 うまく言えないけれど、私は私の感じていたものを信じてきてよかった。
自分に足りないものに気が付ける私でよかった。
私にとっての美しいものとかきれいなものがわかる私でよかった。
私の信じてきたものは私にとって、信じるに値し信じ続ける必要があって、世界中の誰もが望まなくても、私には必要なものでした。
そしてそれは、今では、ごく自然にここにあったような気持ちなのです。

夜、いつものように寝転んでいたら、不思議な感覚が沸いてきました。
自分の吸った息が肺の隅々までいきわたってる。体から力が抜けていて。
もっと力を抜いたら、私の空気はおなかのほうから全身に行きました。
まるで、赤ちゃんが布団の上で息をしているみたいな気持ち。手足を自由に伸ばしたり縮めたり、動きたいように動いて。


子どものころは、自分の息が聞こえないように息をしました。私は大きく自由に息をしてよかった。そしてそれができるようになった私を感じられるようになった Mamo ちゃんなのでした。もっと力を抜いて自由に生きましょう。


Mamo |MAIL |HomePage

My追加