「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2007年11月01日(木) 視線

 病気で休んでいた看護婦さんの復帰祝いに、昼休みに皆で食事に行こうという話がありました。
私も出てくださいと言われ、とりあえず参加してみようかなという気持ちになりました。今はその話題に花が咲いていて他にも皆で何かを食べに行ったりすることが多いらしく私には興味のない話で、こんなとき、私はつまらないのです。他にも話はありますが、どれも上辺やマスコミの情報の中のもので、やっぱりつまらないのです。
 だから、院長の診察の準備をして待っている患者さんと話をします。季節の話やその方の歩いてこられた道などを聞いてる方が楽しいです。
 それでも今日は総合して楽しいとは感じられなかった。夜、つまらなかったのはなぜかなぁと整理していたら、皆さんの様子を眺めている時の自分に淋しさや過去の見方をかぶせた孤立感のようなものがあったと分かりました。
 どこで何をしていてもどこで何が出来ても、それが自分自身でなければつまらない…と感じる自分に成長したのですね。よかったよかった。

 それから、おとといの出来事から、私の中に、温床という言葉が浮かんでいます。最近のニュースの一コマも浮かびます。今まで在ったもの。世の中に今まであったもの。何が大切なのかな。私は私を感じることが一番大切。今日もまた、自分が分かってよかったね。

昼休みには、自分のしたいことをいっぱいしました。こっちは一番楽しい。今日も好きなことが出来てよかったね。
   


2007年10月31日(水) いろいろなこと

 朝一番、院長から昨日話をしたことを調べなおしたプリントを頂きました。内容は昨晩私の調べたものと同じでした。
 就職してから何かを感じている私。その何かが何か、分かりました。それは不思議さ。院長の動きの軽さ、不思議なのです。
 そして、伝えられた自分がよかった。ほんとうに、出来たねぇ。

 仕事は、今日はあたらしい事を覚える日。医療事務の女の子の後ろをついて歩いて歩きました。よくよく聞いてしていたら、大半が医療事務の仕事のような気がしてきました。でもここからがこうだと線引きが出来にくいもののようにも感じます。それに今は吸収期間ですから、もう少し観察するのです。
 途中で連絡が行き届かず人が居るべきはずの場所に誰も居なくなり、お叱りモードになりました。言われた通りに動いていたのだけどなぁ。気をつけられる分だけ気をつけましょう。何しろ学んでいる途中ですから。そして必要なときには復唱して、いつも自分で居られるよう環境を整えましょう。

 それから、今日は給料日。ニコニコ顔で銀行へ行きました。通帳に載った金額は失業保険をもらうよりも多かった。やったネ…。
 金額より何よりも、楽しみを持っていけた自分に、やったネ。


2007年10月30日(火) 知りたい・とき

 疑問を感じた仕事内容に関して院長に質問をしました。院長はあとから、私の質問を問題定義として取り上げ、数人の職員と一緒に、提示した内容の続きの話をしました。院長は、このことは私たち看護師に選択肢があると言いました。私は私の戸惑いを全体の問題として取り上げていただけたことと、選択肢が私たちにあると知ったことに安心しました。途中で反対意見に巻き込まれて結論を急ぎすぎたので逆戻りになったのですが、尋ねられたことがよかったです。
 
 あとで法律を調べてみたら、私の持った疑問に関する法律は平成14年に許可されていました。14年といえば5年前。5年も昔に自分がどこで働いていたかを探し出すことはしないけれど、私は自分に必要な社会の変化を知らずに、そのことを当たり前としてきたようです。
 でも、今回はこのことに疑問を持ち医師に尋ね、自分で確かめてみたことで社会を知ることが出来たのだから、今を生きる私の小さな力となればいいです。動いて始めて分かることがたくさんあるのですから。
 
 病院では他にもいくつか質問をしました。別の看護師さんも質問をして、派遣の看護師さんも「今度質問を持ってこよう」と言って帰って行きました。みんなの知りたいが集まっているように感じて嬉しかった。そして、昨日より又少し自分と社会・人々が近づいたような気がしました。
 夕診で、若い看護師さんから「菅野さんなら、勉強会が毎週あってもよさそう」と言われました。むむ?毎週勉強会をするという決まりが出来たら、プライベートの時間が無くなるではありませんか。ちょっと焦りました。
「え〜っ、そんなのは嫌だョ。知りたいときが学べるときだもん」
「そっか。その気のない時に言われても右から左だね。そうだよね。」
 病院で、こんな話が出来るとは思わなかったから面白かったです。

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2007年10月28日(日) ふにゃふにゃ・プシュッ

 夜、相生山公園の近くに星を見に行きました。カシオペアが光ってた。というより、カシオペアが一番よく分かった。めずらしく、オリオン座が見つけられなかったので、家に帰って、今度はベランダから空を眺めました。
 ベランダの柵に後頭部を乗っけて上を向き、双眼鏡から月を見て、それから金星。見えているこの星の光は何億年も前のもののはず。不思議な世界。宇宙は広いです。宇宙の規模からすると、地球はちっぽけな置きものみたい。そして人間はゴマ粒のようです。ゴマ粒が服を着て歩いてる。(時々転びます)…面白い。もっともっと広い視野で世の中を見るようにしよう。

 この頃の自分の動きから、まだまだ過去のものを持って、自分をNOにしていることがあると気付きました。気が付いた時にさっと降ろして、あたらしい事を経験させてあげたい。そして、意図的にそのものを降ろして動こうとする私も居ました。そうしたら、楽しかった。
そっか。この、サクッがいいみたい。うんうん。

 夜には、楽しい職場の中にあるいくつかのマイナスを抱えたままの自分を迎えに行きました。見えなくしているのは自分なのだなぁとしみじみ感じます。そして、怯えた自分を迎えに行ってあげられたときには、心から嬉しい。感じたものをそのままOKにしてあげたら、心の底から自由です。いいとか悪いとかではなくて、私がそのまま、そこに生きている。

MamoちゃんはMamoちゃんを、もっともっと大切にします。
純粋素直なMamoちゃん。感じるままに動いていいからね。

やさしさと愛は同じところにある。
どうしてこんなに開放されるんだろう。ふにゃふにゃっ・プシュッって感じ。





2007年10月26日(金) つぶやき

 今日は雨で患者さんも少し。こんな日もあっていいのです。
 派遣の看護師さんは時々しか来ないので、患者さんのことや物品のおき場所などを私たちに尋ねて、それからすみませんと言います。
 今日は私が「そんなに謝ったらもったいないよぉ〜」と言ったら、「えーっ、じゃ、ありがとう」と返してくれました。嬉しかったので、「それいい・いい。こちらこそありがと〜」と言いました。
 そのあと、リハビリ室に物品を頂きに行く用事がありました。男の子ばかりが5人くらい集まっていて、皆が私を見ました。一斉に見られて少しどっきり。それから、大丈夫だよと自分に言って、おしまい。ニコニコしている私が居ました。
 午後も患者さんが少なかったせいか、小さなところで笑いがこぼれました。というより、笑いすぎて遊んでいるみたいでした。
 帰りのロッカールームで看護師さんが、今日は笑いの中で仕事が終わったと言いました。そこでもう一回、面白かったねぇと言ってさようならをしました。



 休み時間、今日は雨なので家で本を読みました。昨晩から、一昨日の嬉しい出来事を利用して心の傷を癒やそうとしていたらいつの間にか嵌っていて、その原因を探ったら、その日以前の覚えのある場所に行き着きました。気が付いてよかった。
 その出来事をもう一度整理していたら、その時出来ていた自分に出会いました。私は私を生きてた。そして出来ている自分が見えなくなるような自分が居たのだなぁと。
 偶然にも外は雨で、家には私独り。しんとした静けさの中で自分を見ていて、自分が世間とは全く違う世界に居るような気がしました。
 今は仕事も趣味も楽しい。職場で笑っている私は新鮮です。そして、ゆるやかに流れる空気の中で自分を見つめる時間を持ちたいと願う自分に安心しました。いつも自分を意識していられたら、まだまだ自由に楽しめる。そんな気がします。ルソーの言うように、砂漠の中を散らばって生きる私になりたいです。

 ふと、自分が歩いてきた道をいつも覚えていたい気持ちになり、壁にひとつ貼り紙をしました。
2007年10月20日、私の思考が変わらなかった日。MamoちゃんがMamoちゃんを生きた日。
今を生きる私の中の、大切な日です。


2007年10月24日(水) やわらかさ

 今日も静かに仕事。若い看護婦さんから、「菅野さんは平和ですねぇ」と言われます。小さなことに感動しているからのようです。だって面白いんだもん。そしていつも、自分を大切にして心を語ります。

 昨日、ちょっぴり嬉しいことがありました。嬉しかったというよりも、心地よかった。心にそっと、残しておきたい空間。

やわらかい羽毛布団に包まれているみたいです。


2007年10月23日(火) やさしさの中で

 派遣の看護婦さんが来て、話をしながら、自分のペースでいいんだなぁとしみじみ。いろんなところで働いてきたの?と尋ねられて、「今までしたいことはだいたいしてきたよ」と答えました。そういえば、名古屋へ来てからはほんとうに、したいことをしてきた私なのです。どこが楽しかったの?と聞かれて、保育園と答えました。知りたい気持ちがたっぷりの子どもが集まる場所でした。そして私も、生まれたままの純粋な心を持ったMamoちゃんなのですから。
 ヴェトナムから帰ってきて落ち着いたら、もう一度保育園という場所で働けるといいなぁ。


 時は流れて、自分は今を生きています。
楽しいことはたくさんあって、現実を遊んでいるように感じます。
でも、大変なことがあった場所・空間をイメージすると、息が苦しくなる。
その一瞬は、思い出したくない出来事と行きたくない場所として私の心にインプットされたまま。

ふと、私が彼女を迎えに行ってあげなければという気持ちになって、その場所に行きました。

びっくりして息が止まったその時の自分に、「大変だったね。びっくりしたね」って。
そして、「大丈夫だよ」って。

こんな自分に心から安心しました。そして今は、やさしい喜びを感じています。


2007年10月22日(月) Mamoりんの地図

 今日は外傷の患者さんが数人来て、小さなOPもあり、忙しかった。
忙しいとき、心を忘れたでしょうか、忘れました。処置をこなすのに一生懸命になりました。途中で、集中力がない自分に気が付き、疲れているのが分かりました。でも、カルテはデスクの上で重なっていて、看護師さんと、「目が回るね」とつぶやきました。そのあと又外傷の急患さんがきました。ひどい怪我。今度は疲れたという言葉は浮かびませんでした。私は痛い人大変な人を手伝うためにそこにいるのだからネ。
 昼休み。運動の予定はなかったので、バイクで有松駅の近くまで行きました。抜け道を通って30分。桶狭間の辺りに池が二つあって、アオサギが居ました。バイクを止めてのんびりしたくなりましたが、仕事がありますからね。それにしてもアオサギさんはいつも大きくて、凛として見えます。
 
 夕診でも、外傷の患者さんが来ました。痛そうだった。患者さんは「急いでたから」と言いました。みなさん慌てないでいいよ。ゆっくり歩いて大丈夫だョ。

 夕方の診察が終わって、休憩室で医療事務の女の子3人と一緒にモナカを食べた。20 歳代の女の子達と一緒にのんびり座ってる自分が面白かった。感じたままに生きていたら、いろんなものに興味がわく。何をしていても楽しいのです。

 夜は、話題の DVD を見ながら白衣のすそ上げをしました。ゆったりのんびりの時間でした。
 たいていのことは、それまでの自分の歩き方でその先が決まってくるのではないかと思える。だから、今起きていることは全て自然の流れでしょう。私は今、自分の地図を自分で作っています。私はより多くの事を体験しそれを基にして、地図を広げて生きたい。動くということ・してみるということは大切なのです。
ね、Mamoちゃん。


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2007年10月20日(土) MamoちゃんをMamoるということ。

 午前中・仕事をしました。そうしたら…。
私は今日始めて、楽しく働く私をじっくりと眺めたのです。嬉しそうに楽しそうに薬を詰める私は、鏡に映っていないけれど瞳は喜んでいました。体の真ん中からワクワクしていました。嬉しかった。 この頃はいろんな気付きがあって面白いです。
 ちなみに今日は給料の締め日。就職してから皆勤したので、皆勤手当が付くのです。こんな小さなことが、ヴェトナム行きを目標にする私の励みになっています。そして、毎日楽しくて一度も休みたいと思わなかった自分に感心しています。
成長したねぇ。Mamoちゃん…。うん。
 
 それから、心臓が飛び出そうになるくらいに大変な出来事もありました。爆弾が体の中に落ちてきて、体中が針のようにとげとげになり、爆弾が落ちてきたことを伝えずにはいられなかった。ただし、その時は涙が出てしまったから、怒りはすぐに、悲しみに変わってた。
 泣いたら、ほんとうの気持ちが分からなくなる。ほんとうだったなぁと実感しています。
 それから、こんな時の私は他者の言葉と自分の気持ちが混合しやすい。私の気持ちの感じたままを感じるよう、意図的に意識してあげることが大切だなぁ。あとで、自分を守ってあげられたのだと気が付きました。
MamoちゃんがMamoちゃんをMamoってあげられた。とりあえず、よかったね。

 育成会には、この3日間の嬉しい気付きを持って参加しました。

 一日の中で残念なことがあったときには、心残りが消えていくように何処かでやり直しをしたいと願う。それが、自分を守ることにつながっていくから。だから、いつもそこからでいいのだね。

そして、今を生きようね。Mamoちゃん。


2007年10月19日(金) やっぱり風船・ふわわ

 職場で皆で集まっているとき、ただ静かに、何をも語らずそこにいると、おもしろいです。人々の中に居る自分を後ろから見ている感じでした。いつも自分を見ているって、こういうことかな。
 その私に、毎日の運動のことを尋ねる若い看護婦さんが居ました。他にどんなことをしているの?と尋ねられたので、心の傷を癒やしているョと語りました。少しだけ語る自分も面白かった。
 

 昨日の夜、私の中から過去の傷に対する怒りが噴出してきました。少しの間、恐かった。そしてどうすればいいのか分かりませんでした。
 でも、小さな私も、自分を侵害された時には怒ってよかった。私が私を認めてあげたら、怒りは小さな形で表現することができる。そして怒りの表現の仕方はいろいろあるのです。
 そして、名古屋へ来てからの自分をよく思い起こしてみたら、私は今日までの間にも、時にはいくつかの方法で自分に沸いた怒りを表現した経験を持っていたのではないかと思えました。自分を伝えることが、出来ていたみたい。
出来てた出来てた。うんうん。こんな私はちょっぴり面白い…。


 こんなことを考えていたら、体から力が抜けてきました。
いいんだいいんだ。これでいいんだ。大丈夫。怒っても大丈夫。
その前に、感じたままに生きて、大丈夫だったんだ。
生きてきてよかった。生きてこれてよかった。

感じたままに生きていると、いつも楽しくてやさしいね。
やっぱり、風船みたいにふわふわがきもちいい。


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