「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2006年03月25日(土) み・・Mamoろう

 今日は保育園の卒園式なので、私は午後から出勤しました。
月曜日からは新しいクラスでの保育が始まるので、午後は新しいクラスの担任さんと一緒に部屋の大掃除をして部屋作りをしました。
 私は今年一年、午前中は保健業務を主とし、午後からは乳児クラスを兼任することになりました。乳児クラスの保育士さんは私の他に3名で、そのうちの一人は男性。彼は、子どもの育ちを手伝う男性になるのですね。
 自己紹介の時、Tちゃんという若い保育士さんが「どうしてMamoさんなんですか?子ども達を守るから?」と尋ねてくれました。これまで何度か自己紹介をしましたが、「守る」と解釈して頂いたのは初めてです。なるほど、守るのMamoちゃんもいいかもしれません。
いつも自分の心をMamoって生きていて、自分を見守りあたためながら生きていて、小さな子どもさん達を見守れるMamoちゃんを意識して・・・Mamoがいっぱいなのですよ。


 ところで足が痛いです。
 昨日、先日とは違う病院へ行ってもう一度レントゲンを撮ってもらったら親指の付け根の辺りの3箇所に小さなひびが入っていました。だから・・やっぱり痛いのです。病院の医師は「ギプス巻くかどうかの瀬戸際。足を使わなければいいよ。そんなの無理だねぇ。・・固定バンドだけでも痛みはなくなるから、バンドをして様子を見てもいいよ。どうする?!」と。
痛いからギプスを撒けば楽だろうなと思いつつ、ギプスを撒いたら松葉杖になるし、生活が不便になるからなぁ。そう思って固定バンドだけを頂いて帰ってきました。しかし、痛いものは痛いからやっぱり不便さはあるのです。
でも、靴を履いたりテープで固定すれば痛みがなくなるのですが、基本的に痛いから、残念な事ですが、明日の野球は
ビデオ係りを楽しむ自分を「み・・Mamoろう」。


2006年03月23日(木) 右足ちゃんの捻挫だねん

 3月21日夕方、天白川沿いの公園で遊んでいて右の足背を捻挫しました。
痛かった・・・。あまりに痛くて足を地面へ付くことも出来なかったので、一緒に遊んでいた心友の助けを借りて帰宅し病院へ行くのを手伝ってもらいました。
レントゲンの前、医師は診察の時に私の足の一番腫れているところを指で押して「此処が痛いの?」と聞いたので、私はびっくり。「いたぁい!」と悲鳴を上げて、(見ればわかるじゃないですかぁ〜)と思いました。そして診察の最後に「足に注射をしましょう」と言われて、もう一度びっくり。捻挫だけでも痛いのに足に針を刺すなんて・・それに怪我をしていたいのは分かっているから、あとは痛みと仲良くして過ごせばいいのです。ということで医師との何度かの押し問答の末、注射はなくなりました。 
 と言いつつ、これがけっこう痛い・・。私の部屋は2階なので、下に降りるには小さな決心が要りますよ。
 昨日は仕事を休んで半日ずっと足を上に上げて寝て過ごしていました。ところがベッドの中でどこか落ち着きませんでした。よく考えてみると、転んで痛かった瞬間の「痛いっ!」が心に残ったままだったのです。グキッとなった瞬間は痛くて泣きたいくらいだったのだけど、その後の動きの中で痛かった自分を置いてきていたのです。
大人だって痛いときには痛いから、まずは「足ちゃん、痛かったねぇ」です。不思議なもので、自分の心を知った後は、より一層痛みと仲良くしたい自分でした。
 さて、この足ちゃん、日曜日の野球までに治ってくれるでしょうか。今のところ、かかとや足の外側を付いてなら歩けるようになりました。今は右足ちゃんを一番大切にして、ゆっくりと歩きましょう。

ところで今日はアピタで車椅子に乗って買い物をしました。
車椅子に乗るのは初めての事ですが、普段とは違う視線で眺める景色は興味深いものでした。カステラ焼きの匂いは普段よりも速く鼻に届き、同じくらいの背丈の子どもさんとはニコニコと笑いあいました。
怪我をしたのは不便だけれど、いつもと違う事を経験できるのは面白いものです。



2006年03月20日(月) くすぐったさ

 今日は、1歳7ヶ月のT君が、30cmくらいのジャンプ台からイチニのサン!でジャンプして遊んでいました。
三日前の金曜日には床から僅か3cmくらい浮いて喜んでいたのに、子どもの成長は凄い。・・私のピッチイングもこんな感じに出来るかなぁ。
それにしても、着地に成功した時のT君の表情の満足そうなこと。着地した後、横目でチラッと私を見て、まるで「エヘン!」と言っているよう。私が「また、出来たねぇ」と言うと何やら返事をくれて又また何度でもチャレンジするのです。
 小さな子どもさんはこうやって遊びの中で認められ、心を満たしながら、自分を実現させられる大人に成長していくのでしょう。

 会議室では、一人の保育士が、「卒園式で保育士が歌う歌の練習時間が無い。皆が揃わない」と声を上げていました。楽譜を見てみたら、私も少しだけ知っている歌。傍に居た保育士さんに「一緒にうたってみたい」とお願いして2人で一緒に歌ってみました。歌も面白い。・・・何処かの山にでも出かけて子どもみたいに大きな声で歌ってみたいな。

 ところで今日は、主任さんに「Mamoさんはホントに毎日楽しんで仕事をしてくれているから、見ていて嬉しいわぁ」と言われました。
確かに毎日楽しい・・。子どもの世界を覗かせてもらえる瞬間がたまりません。
そして大人の世界でも、古い印刷機が稼動する時の飛び上がりそうな大きな音とか、給食室の様子とか、面白い事をたくさん発見します。
だから心から楽しいのだけれど、改めて伝えられて、背中がくすぐったい気持ちがしました。


2006年03月19日(日) 固定観念

 この一年くらいの間に、出会った幾人かのお母様方に対して、「母親も、お母さんである前に一人の人だから、辛い時には子どもさんから離れてもいい。離れたいと思っても、仕方が無いと思う」と語った事がありました。
子どもは自分が安心するまでお母さんの傍に居たいものだろうと思います。でも、お母さんも自分が辛すぎたら、例え我が子であっても、傍で見守り愛するまでにはいかれない。
そしてありのままを「それもありだよ」と認められる自分になれるなら、例えば私のように、本当に子どもと離れてしまわなくても、真に自分を愛して子どもを愛する大人に成長できるきっかけになるのではないかと思います。
そして、子どもの側も自然に自分の世界を広げて、親から巣立っていくのでしょう。

 親は自分の行動の結果として、我が子が健康に育っていかれるよう責任を持ち、いつでも子どもを愛する事が出来ればいい。
でも、社会に小さな評価があるために、母親が母親となった自分を楽しめずに(おそらく父親も)苦しいのだとしたら・・・。
私は、「親は子どもを愛するものだ・親とはこうでなければならない」という固定観念が、社会から消えていけばいいと、心から思います。


2006年03月18日(土) 眺め

育成会
 義務教育はどれくらい必要かという話をしました。
私の経験によると、どうやら「やってみよう〜」の延長で「できちゃった、やれちゃった」と繋がるようなので、育っていくとか成長するという言葉さえ、結果としてあるように思えました。さらに、学ぶという事を“教育”という言葉でくくって義務付ける必要すらないのではないかとも考えました。
つまり、義務教育は必要なく、興味を持った瞬間に、いつもそこからスタートでいいのだということになりました。

「向き合うという事」
 2年前、何も感じられなかった心が何かを感じるようになったとき、「感じる事が傷みや悲しみになる」と考えていました。
そんな時には、本当に小さな怒りや不安がとてつもなく大きなものに思えて怖かった。
けれども今考えてみると、私が本来の心を取り戻す為には、私は「痛みや悲しみを感じる自分」に出会った時、その時の自分に、自分の言葉で「感じてもいいんだよ」と伝え、胸の内であたためて癒やしていく作業を、何度も何度も繰り返し続けてくる必要があり、この過程がとても大切だったのだなと思います。
 例えば自分が苦しい時、私が世間一般にある「癒やし」に向いてしまうのだとしたら、私は永遠に自分の本当の心を知った自分と向き合うことは出来なかったことでしょう。

 私はこれからも人として感じる事の出来る自分の道を大切にして歩き続けます。そして時々通ってきた道を振り返って、やさしく眺めたい。
今は、自分の前に自分で道しるべを付けて歩いているみたい。


2006年03月17日(金) 大切なもの

 今日は、午前中に5歳のお子さんと一緒に眼科へ行きました。待ち時間や検査などで1時間半かかりましたが、○ちゃんは病院の中で、自分で小さな遊びを見つけて待っていました。
 お子さんの目は異常なかったのですが、帰りに、点眼をした時の綿花を持ち帰りたいと言いました。 
気持ちは分かりましたが、薬が付いているから保育園には持ち帰らないほうがいいみたい。お子さんに私の思いを伝えると、その子は「いやだ。目が痛いから持っとく」と言いました。私は少し考えてから、今度は「保育園の玄関まで来たらMamoが大切に預かっておいて、○ちゃんは目が痛くなったらMamoのところへくるという事にしよう」と提案してみました。
すると、此処から先に、私にとっては意外な展開が待っていました。
○ちゃんは、私の言葉を聞いたあと、独り言のように「いい、いらない。嫌いやだ。やっぱりいるいる」と呟いた後、今度は私から離れた椅子へ座って、黙って遠くを眺めていました。そして、しばらくしてから私のところへ戻ってきて「じゃ、いい。やっぱりもう要らない」と言って、目の前のゴミ箱にポイッと捨ててしまったのです。
「え?そんなのでいいの?」
帰り道、○ちゃんは私の小さな驚きをよそに私に近道を教えてくれながら、楽しそうに走って帰りました。 
小さな子どもさんが、私の目の前で、自分の心の葛藤をことばで表現して、そして、自分で結論を出して終了した。・・・子どもって・・・不思議だなぁ。この不思議さがたまらない。


 午後一番、会議がありました。
私は病院へ行っていたので、お昼の休憩と会議が重なりました。保育園では、食事をしながら話し合いをする事が定着しているので、主任さんは私に、「ご飯を食べながら会議を聞いていていいよ」と言いました。
 でも、会議と休憩は別のものです。私は一時間ゆっくり休憩を取りたいので、「会議の後で休みます」とお伝えしました。
 職員会議に出るのは3回目ですが、会議の内容は、「子どもさんの今の状態をどのようにしていくか」というようなものと、保護者さんに当てて出されるお便りの内容に付いて。そして今は来週末に予定されている卒園式に付いての論議が繰り広げられています。
 私自身は、卒園式やいろんなイベントは何の為にあるのかなと考えつつ、私の心を整理し、自分を大切にして、動いています。


2006年03月16日(木) 心の予想図

 4歳児クラスのお子様と保育士さんと一緒に近くの公園へ遠足に行きました。公園までは大人の足で歩いて10分程度なのですが、子どもさんの歩幅はさまざま・・。列の一番後ろで私の前を歩いていた二人の子どもさんは「雲だ!ゴミだ!花だぁ!」とあっちキョロキョロこっちキョロキョロ。
でも、その歩き方が、まるで自分を見ているみたいでした。

 午後、女の子が「お腹が痛い」と言って保育士さんと一緒にやってきました。早速お腹を触らせてもらったところ、どうやら大丈夫みたい。顔色もいいし、どうしたのかな?
 実はその子どもさんは私が就職して初日に指を怪我して病院へ付き添いしたお子様で、子どもさんのお母さんは私と同じ看護婦さんです。私と子どもさんは椅子に座って、「あの時痛かったね」と話をして、それから指の爪を二人で切って子どもさんは自分で部屋へ戻って行きました。
あとで、クラスの保育士さんが「あの子はよくお腹を痛がるの。今日は、たぶんお昼寝から起きた時に嫌な事があったんだと思う」と言いました。
 その後、主任さんが私に「爪を切って話をすれば切り替えられるパターンって多いかもしれない。Mamoちゃん、これからこうしていきたいとか、他に必要なものとかあれば、私たちに言ってね」と言いました。

私は、私の心にある未来予想図が又少し、大きくなったような気がして、嬉しく思いました。


2006年03月15日(水) 耳を澄ませば

 今日はマニュアルを2つ完成しました。
私は今、保育園の中で自分で計画を立て、ほぼ自分の立てた計画に沿って動いていますが、過去にはこんな風に自分のペースで仕事をした事はありませんでした。だから今の動きはとても楽。そして出来上がったマニュアルを見て、次は何をやってみようかなと想像をめぐらせています。

 先日、ルームメイトと言葉の話をしました。
社会にはマイナスの言葉が溢れています。私も子どもの頃には、乱暴な言葉の中で育ってきて、大人になってからも自分の言葉の乱暴さや、逆に自分が世間の乱暴な言葉で傷ついている事を知らずに生きていました。
そして今は、いつも、自分をシンプルにやさしく語っていけるよう生きていきます。


「今思うこと」
この頃は、自分の中に自分だけの世界があって楽しい。
自分だけの世界は、今はとっても小さいけれど、でも、とっても楽しい。
こんな世界があったんだなぁ。
もっともっと、自分が主体の世界へ飛び出したい。
けれども、ただ生きるだけでなく、もっと私の心を大切にして生きよう。
・・・今よりも、もっと自分を大切にできる方法があるかな。
そうだね。いつも、自分の心に耳を澄ませて、プラスを見つけて生きていこう。


(Baseball編へGo・・・



2006年03月14日(火) 広い世界

 朝10時、マイクを持った保育士さんが、園の階段を「給食室から火が出ました!火事です!火事です!」と叫びながら駆け上がってきました。一瞬驚いたのですが、よく見ると、避難訓練のよう。面白いと思いましたが、でも、自分は何をしたらいいのかが分かりません。園長さんのところへ行って、「火事なんですが、私は何をすればいいかが分からないのですが」と尋ねると、「どこにいてもいいですが、もし良ければ園庭に出てみて下さい」というお話でした。
早速外に出てみると、庭には1歳からのお子様が、教室から保育士さんに連れられて裸足のまま集まっていました。どうやら火事の時には教室の窓を閉めて電気を消して、お子様を誘導して庭に集合するようです。庭に集まった皆さんの様子は、寒空に体を震わせているお子様や、靴が無いと騒いでいるお子様や、中には本当に火事だと思ったらしく、「怖い怖い」と泣いているお子さんも居ました。小さな子どもさんがたくさん居る場所で火事が起きたら大変なのですね。でも、緊急事態はいつ起きてもおかしくないのですから、入職早々に貴重な体験が出来たなぁと思いました。

 午後、一週間前に目元に怪我をして治療した女の子の傷口を診させていただきました。お家で貼ってきたアンパンマンの絆創膏をはがすと、傷口はすっかり治っていたので、女の子と保育士さんと3人で鏡の前に行き、「治ったね。良かったね」と話をしました。傷跡は気にならない程度ですが、日焼が気になるようなら傷の上に紙テープを貼っておいたり、サンスクリーンを塗っておけば大丈夫なので、園での治療は今日で終わりになりました。
 後で保育士さんが、「○ちゃんと鏡の前に行って2人で傷口を見ていましたね。そのほうがいいんですねぇ」と言いました。私は「○ちゃんのお顔の事なので○ちゃんと一緒に見たかったんです」と話をしました。話をしていたら、クラスの男の子が「何してるの?」と尋ねてきて、保育士さんは「Mamoちゃんと私はお友達だから仲良くしているんだよ」と言って肩をくっつけてきました。私も、「Mamoちゃんと…ちゃんは仲良しさんなのよぉ」と言って2人でハグしました。そうしたら、お友達が何人かくっついてきて、狭い廊下で皆で団子のようになってハグハグして遊びました。

なんだか・・・面白い世界です。こういうの、どういうのかなぁ・・。


2006年03月13日(月) 育ち

 今日は職員研修や保護者会に使われるマニュアル作りをしました。
緊急の場合や病気の話を、難しい単語や専門用語は使わずに、一目で分かる言葉を使っていくのですが、時には「これで、お子様にも伝わるかな?」と想像して楽しみました。
自分を伝えるのに大切な言葉を仕事の中で学んでいけるので、まるで遊びながら学んでいるよう。私は今、職場で自分を育てているのです。

 昼休みに公園の前に車を止めて休んでいたら、公園の遊具で筋トレをしている青年が居ました。それから、青年の周囲でお山を後ろ向きに上がり降りしているご年配の男性を見かけしました。
私も今は、生活の中にスポーツを取り入れて、自分の体・筋肉を育てていますが、自分の体が育っていくのを見ているのも楽しいものです。

どこにいても誰と居ても、自分の心に沿って動いた分だけ、自分を生きる事が出来るのだなぁと、心から思います。
これからも、いつもいつもその瞬間の自分の気持ちに向き合って。いつも自分と向き合っていれば、こんなに重みのある自分を感じていられるから。


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