「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年12月23日(金) 自分へ・これから

 自分を大切にしようとする人々が集まれば、心友の世界は広がる。
心友の世界の中に、確かな私の世界がある。
そしてこれから、私は自分をどうするだろう。
私はこれまでと同じように、私を大切にして自分を育ててあげればいい。
今は此処に人が人として育っていく事の出来る環境があり、自分を見つめ自ら育っていこうとされる方々が居て、共に育ちあうことが出来る。

私は安定した環境の中でいつも新しい事をしていく。これからも楽の大小の中で、自分育てを楽しもう。
ずっと昔、心の傷を癒やす作業を「人体実験」だと語った事がありますが、私が生きていくときには心が一番大切なのだから、「人心」という言葉を使うほうがいいかなと考えています。さらに「実験」という言葉をはずして更にやわらかくして・・・。やはり自分育てになるのかな。

「“自分育て”はエンドレス」 今のところは、これでいいかな。

雪だるまの赤ちゃん 入り口はこちら〜

突然ですが、一年前の絵です。雪だるまと似ていたので、載せたくなりました



2005年12月19日(月) タイヤチェーンを取り付けてみよう

 58年ぶりの大雪で、自宅天白の庭も20センチくらいの積雪です。
そして、雪道といえば、「テェーン走行」!
私は今日、39年間の人生で初めての試み、「タイヤにチェーンを巻きました」。以下は作業の様子兼チェーンの取り付け方講座です。

作業を楽に進めるために、防寒具で体を包み軍手を嵌めておきましょう。
車のトランクにあるスペアタイヤをはずして、下からジャッキを取り出します。スペアタイヤを止めているネジがさびていて回らない時はクレ555をスプレーしてみます。しばらくするとネジは外れてくれるので、タイヤをはずしてシートをはがすと、ジャッキとご対面できます。
いよいよ、車体と一緒に作業開始です。
車体の前輪付近にジャッキを嵌めて付属の棒をくるくる廻します。廻すのには小さなコツがいりますが、何度か練習するとコツを説明できるようになります。うまく廻す事が出来ると大きくて重たい車がみるみる浮いて上がっていきます。重たい車が上がっていく様子は面白いのでゆっくり観察していましょう。
車体が上がったらジャッキをつけたままにしておきます。次にチェーンを地面に広げて、ねじれが無い事を確認します。チェーンがねじれなく繋がっている事を確認したらタイヤの上側からかぶせます。説明書には下から包むのと書かれていますが、チェーンは重たいので、女性は体を痛めないように注意しましょう。下から巻き上げる事が出来ない時は上からかぶせて下の方で止めてもいいです。
 取り付けたチェーンの先端同士を留める時、タイヤの内側は見えませんから少し技がいります。ちなみにチェーンを止める時には内側から止めるといいのだそうですが、良案を作業の後で聞いたときには次回のお楽しみにしましょう。
 チェーンの先端どうしを止められたら、余った鎖の端がうるさくないように針金で留めます。こちらも腕を内側に突っ込んで手探りになりますが、最初に内側を留めておくと外側は楽に留められるようです。
針金を留め終わった後にタイヤと軍手がくっついている時は、チェーンと自分の軍手を一緒に留めてしまったせいなので、慌てずにゆっくりと軍手をはずしてから、もう一度留めなおしましょう。一人で遊んでいる時にも楽しいアクシデントはつき物ですから、心行くまで笑いましょう。
 
 余りのチェーンを針金で留められたら、今度はチェーンの外側にチェーン止めというのを付けます。チェーン止めは走行途中にチェーンが緩まないようにするものなので緩みが無いようにバランスよく留めましょう。
 これで作業は終わりですが、作業時間はだいたい一時間半くらいです。
相棒となったジャッキは大切なのですぐにトランクにしまい、服や靴下が濡れていたら風邪を引くので取り替えましょう。
 そしていよいよ車を車庫から出します。嬉しいドキドキは付き物ですが、人が通っていない事を確かめて、ブレーキを踏まずに済むようにゆっくりと車庫から車を出しましょう。
道路に出たら目的地を決めますが、まずはゆっくり試運転です。
でも・・・もしも雪が解けて道路が乾いていたら、チェーンのまま走るとタイヤが傷つくので、非常に残念には思いますが、雪道運転は次回のお楽しみにしましょう。

感想を一言。
 道路でアクセルを踏んで、前に進んでみると車全体が耕運機で山道を登っているよりも激しく壊れて車が壊れてしまいそうでした。よくみると、一時間半の作業の間に太陽が照っていて、道路の雪はすっかり溶け道は乾いていた状態でした。ということで、何とか巻いたチェーンは、お試しに終わりましたが、これで私も雪が降っても慌てなくても良くなりました。
一人でチェーンを取り付けられるようになったので、ひし形のジャッキに愛着が湧いています。

「町で見かけた面白いもの特集」
これは何でしょう?雪の重みでネットが地面にくっついていますよ。
ラーメン屋さんの前にあった直径70センチくらいの大鍋です。 しずく突然ですが、五井山の近くに居たヤギです。


2005年12月18日(日) のんびりと自分育て

 今日は自分の年表を書いてみました。私は親元を離れたのは高校の寮に入った15才の時ですが、高校3年間は金銭的な援助を受けていたので、両親と一緒に居たのは18年間となります。そして今は39才ですから、既に親と共に居た月日を越えています。さらに今は私を虐待する人はいませんから、これから先の人生はのんびりゆっくり自分を育てていくだけなのです。

いつも「のんびりゆっくり生きる事」が「私が自分に出来ること」。

 追伸・・・明日から新しい場所へ仕事に行きますョ。明日の朝は今日の間に降り積もった雪で道路が凍っているはずだから、テクテク歩いて行くつもりでいます。いったい何が起こるかな?


2005年12月17日(土) 生きるという事

 育成会14回目
 「死にたい」と言われる方が二人いると知らされました。
「死なない方がいい。生きたほうがいい」
死にたいという人に「生きたほうがいい」と言いたくなるのは、私自身のエゴかもしれません。
でも、人は何があっても死なないほうがいい。死ぬ事をほんの少し待てたら、待てた分だけ考えていけるから。

生きることの意味
私が生きている間は、私が生きているという事が、人がその人として生きるのを手伝う事に繋がるように、ごく自然に生きられればいい。
そして私に出来るのは、「自分を生きること」なのです。


2005年12月16日(金) 可能性2

 午前中、戸笠公園へ行き壁投げをしたのですが、私の投げる球の殆どが目標とする場所に飛んで行きましたから、自分で驚いてしまいました。
一度投げては驚いて、もう一度投げて驚いて、7回くらい投げた頃ようやく、「そっか。思うところに投げられるんだ」と実感して。するともう少し遠くから投げてみたくなって、少しずつ少しずつ距離を延ばしていきましたが、自分の力以上に遠いと、球を壁まで届かせることにエネルギーを使うようなので、無理の無い位置まで戻って再開しました。
今日はポカポカ陽気で暖かい日。運動に飽きた後も、しばらくグランドで遊んでいました。仲間と遊ぶのも楽しいけれど、一人で遊ぶのも楽しいものです。

 午後からは考え事をして私の時間を止めてしまいました。
でも、この時間は自分の「心のあり方」に付いて深く考える機会となりました。問題が生じた時も自分を丁寧に見ていれば自分の成長に繋がり、全てを成長のきっかけに出来るのですね。いつも現実の中で成長続けて、自分を楽しませていくのです。

 夜になってから、自分を伝えるときに言葉を間違えて他者を責める形になってしまった出来事がありました。「人と語るときには語れる自分を持っている必要がある」事を実感します。やはり、小さく語る事を練習しますよ。

  私は人との関わりを通して自分を見つめ、又1つ大きな自分になります。


2005年12月15日(木) 可能性

 2005/12/15の「新しい私の発見」
 新しい私の発見場所は、戸笠公園のグランド。
壁の前で何回かフォームをシュミレーションしてみて、5回に1つ位の割合で実際に投げてみると、イメージしたところに球は飛んでいくのです。
何気なくやってみたことだったので、出来ている自分に小さな驚きを感じました。
ちなみに前回までは投げることより球拾いが多かったのに、「私の可能性」ってこんなところに隠れていたのです。
壁投げ以来、「可能性」という言葉が大好きになりました。野球ももっとじょうずになるのでしょう。歌も仕事もベトナム語も、生きるための仕事でさえも、私は私の行動しだいで、さらにいろんな自分を作っていけるのでしょう。

 午後からベトナム人女性Hさんと会い、心の話をしました。
私はHさんに「今私は自分を伝える事を練習しています」と伝えようとしましたが、頭の中で整理が出来ていなかったので、Hさんには分かり辛かったようでした。
自分を伝える為には、自分を伝えられる確かな材料を持っていく必要があるのですね。
 Hさんは「私は日本へ来てから“日本語で私を伝える方法”を学んだの」と仰いました。
私はずっと日本人ですが、これから「心で私を伝える方法」を練習していきます。こちらも「新しい私」の発掘です。面白そうです。

 生きるって面白いな。


2005年12月13日(火) 心を語る場所

  夕方、一人の女性がGobamcanを訪ねて来て下さいました。女性は30歳。私と同じく看護師さんの免許をお持ちです。心の傷を抱えているご自分を知っていらして、これまでのご自分の人生を語って下さいました。女性の話のいくつかは私の過去と深く重なって、私は自分の過去を思い出しました。今では懐かしさを通り越し未来がある自分を実感しました。いつも今の自分を見つめ、ありのままに心で生きていると、今の自分を見つめている仲間と語り合うことが出来ます。心のことを語り合うと、自然に心がやさしくなります。私はいつも自分を見つめて、自分を生かせるように生きていきます。私は今ここに生きていられることを嬉しく思っています。


2005年12月12日(月) 小論文を書こう

 午後から保育園の面接試験に出す小論文を書き始めてみました。
私は小論文を書くのは初めてなのですが、論文は私が書いているエッセイのようなものとは違って、決められた書き方があり、内容を的確に伝える為には自分の持っているカテゴリーの引き出しを広げてみることが大切だと聞きました。そしてインターネットにあるHPには「論文やレポートは、ひとつのテーマに対して説得力があること。書いたものが誰の目にも分かりやすく伝わりやすくあること」と書かれていました。
私はもともと文章を書くのが好きで、今は「どなたにも分かるやさしい言葉」を使おうとしていますから、私の原点とも重なりました。

いつもいつも、考える材料がたくさんある中で生きていられる事を嬉しく思います。本当に、自分を育てているみたいです。 今の私にどんなものが書けるかな?楽しみですよ。


2005年12月11日(日) ワクワク・楽しみ

 今日はベトナム研修生達のお宅へ伺い、遊びながら日本語の勉強を手伝わせていただきました。
研修生さん達の日本語を学ぶ姿はとてもかわいいのです。単語を話す私の口元をじっと見つめて、同じようにまねて話し、口で言えたらノートに書いて、1つずつ覚えていくのです。そしてよく見ていると皆さんは1つの言葉をそれぞれのペースで考え理解しようとなさり、ご自分で理解できてから次の言葉を尋ねられるので、私は彼女達のそれぞれのペースを邪魔しないように待てる自分を楽しんでいました。少し上向き加減で考えている表情が、少しにっこりし、しばらくすると次の質問をして下さるので、考えている表情もにっこり笑う表情もかわいくてたまりませんでした。
 時には私の順番が回ってきました。私はベトナム語の生徒です。私も皆さんの口元を見て同じように話してみます。今回は会話に出来る単語を勉強していたので、ベトナム人の皆さんに「Mamoさん、いいですねぇ」と言われて、子どもみたいに嬉しくなりました。伝えることも待つこともそしてベトナム語で話してみることも楽しくて、小さなワクワクの連続で、時間はあっという間に経ちました。


 帰りは地下鉄で野並まで戻り野並からはバスに乗りました。私の乗ったバスの路線は最寄のバス停から遠いものだったので、一番近いところで降りてテクテク歩いて帰りました。夜道は風が冷たくて寒かった。でも、楽しい一日を思い出し、“ホクホクの心”で家に辿り着きました。


2005年12月10日(土) やさしい環境

 今日は午後からM夫妻とH君のお宅へ向かい、H君Mさん父子さんと一緒にバッティングセンターへ行きました。H君の大きな体で打った球は軽々と遠くへ飛んでいきました。私のバッティングはいつもと同じよう。腰を回転させられるといいのですが、毎日コツコツ練習します。
バッティングが終わってからM夫妻のお宅へお邪魔しました。Mさんと話をしている時、H君は家の中を歩いていて、私はH君の動きの邪魔にならないよう座ったままでしたが、私もH君の後ろを付いて歩いてみたくなりました。
 いつか、Mさん家族と一緒に野球が出ればいいなと思います。
 
 夕方ベトナム人Hさんとお会いしました。Hさんは研修生さん達に対する日本の企業の待遇の無さを語られ、「何でいつもこうなの?ベトナムの研修生達はかわいそうです」と仰いました。私はHさんのベトナム研修生と日本の企業とのやり取りをお聞きする度に、日本人として恥ずかしい気持ちになります。そして日本人の私は、他の国から日本へ働きに来られ心を痛めているHさんに語れる言葉は、今はほんの少しです。
 でも、もしも私が会社を設立するとしたら、国や環境に関係なく心を大切にし皆で手伝いあい育ちあい、皆が心から安心して働いていけるようなやさしい環境を作ります。
 


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