「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年07月22日(金) バトンタッチを楽しもう

 朝、公園で赤いチェックのシャツの男性が通りかかりました。私は男性の着ている服を見て、20代の頃の自分を思い出しました。20代・「傷ついたままの私」が最も乱暴に生かされていた時代です。けれど私はあの頃も生きていたのです。そして今もまだ、見えている部分は小さいものだと感じています。今日は20代の自分に「ごめんね」。それから「又、楽になろうよね」と声をかけました。日常の小さな一こまが心を探すきっかけになることを実感します。
 職場へ新しい看護婦さん・Sさんがやってきました。パートさんですけれど、辞めていく私の代わりに入られた方のようでもあります。そして私は 「次の方へ仕事を伝えていく事」を楽しんでいます。 「辞めていく私」 から、「これから働くSさん」 へ 「業務のバトンタッチ」 です。 私は狭い院内をSさんと共に移動します。 「こんな働き方も楽しいなぁ」 と感じます。私よりも以前に入られた看護婦さんは 「自分の時にはこんなに丁寧に教えてもらっていない。ずるい」 と言います。でも、私には周囲の言葉は余り関係ありません。そして院長は 「Sさんどう?何処まで伝わったのか」 と尋ねてます。こちらも、Sさんの事は私には分かりません。私は私の出来ることとして 「自分の知っている事を伝えている」 だけなのです。そして私は・・・。自分の優先順位として 「次の職場探し」 をしています。いつも 「先」 を・・・。

職場へ新しい看護師の女性がやってきました。パートさんですが、辞めていく私の代わりに入られた方のようでもあります。そして私は次の方へ仕事を伝えていくこと」を楽しんでいます。辞めていく私から、これから働く女性に業務のバトンタッチです。私は狭い院内を女性と共に移動します。「こんな働き方も楽しいなぁ」と感じます。私よりも以前に入られた看護師の女性は「自分の時にはこんなに丁寧に教えてもらっていない。ずるい」と言います。でも、私には周囲の言葉は余り関係ありません。 
院長に「彼女どう?何処まで伝わった?」と尋ねられます。でも、私には女性のことは分からないのです。私は私の出来ることとして自分の知っていることを伝えているのです。そして私は、自分の優先順位として「次の職場探し」をしています。いつも「先」を見て生きるのです。


2005年07月21日(木) 面接に行こう

 お昼休みに新しい職場へ面接に行きました。今日尋ねたところは 「デイケアサービス」 です。ところが、担当の方と話をしている途中で、私の持って行った履歴書に現在の職場を書き忘れていた事に気が付きました。私は慌てて「ごめんなさい」と謝りました。頭の隅には 「信頼度が落ちたなぁ」 という言葉が浮かびました。そして 「今書き足してもいいですか?」と尋ねると、事務長さんは 「書きたければ書いてもらってもいいですが、別にどちらでもいいんです」 と言ったのです。その言葉が余りにもさらりとしていたので、私は驚いて「どちらでもいいの?」と聞き返しました。すると事務長さんは 「はっきり言ってみるとこの履歴書に書いてある内容や紙切れ一枚とか、例えば1・2回話しをして分かることって少ないと思うんです。ゆっくりと付き合っているうちに、本当のその人が分かってくるんじゃないかと思うんです」と答えました。更に「此処に来られる方は皆自発的に動かれているんです。目の前に食べ物を差し出すだけや、自分なりの人生を生きてきた人に「自分で何もできなくなったっからと言って全てをしてあげるのはどうかと思うんです」と言いました。私は自分のミスを補おうとしていたところだったこともあり、事務長さんの言葉に心が温まる思いがしました。そして、世の中は私が思うより広くて大きい物のように見えました。私はいつも意識して 「新しいこと」 を探していこうと強く思いました。

 そして、この職場に就職するかどうかは、別の問題なのです。


2005年07月20日(水) 海は 「おかあさん」

 本日も海へ。今日の目的は「サザエ採り」。目的地は岸から100メートルくらい先に見えるテトラポットです。シュノーケルとフィンをつけていざ海へ。泳ぎ始めは少し緊張しましたが、私の体は海水に体が浸かった途端、海水に溶け、そしてフィンの力であっという間に目的のテトラポットへ到着しました。「海」は凄いですね。大きくて広くて、何処までも果てしなく続くその先に 「違う国・違う世界」 があるのですよね。 私は心の底から湧いてくる 「ワクワク」 に 「やった!」 と声を上げました。  
 「サザエ」を採りました。と言っても私の場合は、体を横たえていた岩の横に偶然サザエを見つけたのですが、一度も食べたこともないものを自分で掴まえようと考えていたのですから、これも私の 「新しいこと」 なのです。「モリ」も使ってみました。こちらはちょっとコツがいりますね。モリを使いこなして魚を掴まえるまでには少し練習が必要なようです。
テトラポットから引き上げた後、引き潮で出来た 「塩味の水溜り」 にいる生き物を見つけました。小さな世界で生きている「小指の先ほどのカニや魚」、そして名前を知らない生きもの達も、可愛くてたまりません。私の目に見えない生き物の生きる 「ミクロの世界」をもっと覗いてみたい、いつまでも見て居たい心境になりました。 
 ところで、海水の味を知っていますか? 顔に付いた塩水を舌でぺろっとしてみると・・・適度な塩加減がたまりません。唇に付いた塩水をぺろぺろとなめて、「心がほくほく」してしまいました。喉が少し荒れ気味なのでついでに海水でうがいをしておきました。いろんな生物が生きているのだから、私の体にもいいことは間違いないですよね。

 岸での遊びに飽きた後、海水にふんわり浮かんでみました。手足をゆったり伸ばして、ただゆらゆらと浮かんでいるのです。延ばした肌と海水と触れている感触。海水が皮膚に当たる部分は「プールの水」 と同じようにほんの少し盛り上がっていました。適度に暖められた 「海の布団」 に寝転んで、私は 「海水のお布団」 を包まれているような 「やさしい気持ち」 になりました。 

海の水は 「わたし」 の 「やさしいお母さん」 。そして水溜りに生きている小さな生き物は、私と共に生きる 「きょうだい」 です。「やさしいお母さん」 も 「きょうだい」 たちも、 「そのままでいいからね。あわてなくてもいいからね」と・ 「じぶんをたいせつにしていてね」と言っているようでした。私はまるで小さな子どもになったみたい。これでいいのです。そして私は私自身に 「同じ言葉」 を語りかけ、楽な私を増やしていくのです。だから、これでいいの。ほんとうに。

「小さな世界 ツバメの赤ちゃん達 えさをあげていますよ 本日の収穫 網で捕まえた「ゼイゴ」 サザエの網焼き 本日の海鮮定食我が家の「キンちゃん」


2005年07月17日(日) Baseball 12 「個人」の集まり

野球 12試合目
 9番バッター・ライト。 今日は朝から蒸し暑かったですね。でも、実はこの 「暑さの中でやる野球」 を楽しみにしていましたから、 「湿気の強いグランド」 もなんのその・・。 私はグランドに付いてすぐに 「今日も思い切り楽しもう」と決めました。 
 「今日の目標」 は  「走ること」 。 ライトで守りの体制をとりながら、ピッチャーがボールを投げたと同時に走りだし、ライトに戻るときにも走り、ライトとベンチを行き来する時にも走りました。つまり、今日の私は試合の間殆ど走っていたのです。頭の隅には 「胸を張って足を高く上げて走る」 という言葉。そして時には足を高く上げて飛んでみたりもしました。 途中で 「体から熱が噴出してくる」 ような「熱さ」 を感じたので、少しずつ 「水分を補給」 して 「水道で冷やしたタオル」 を顔に当て、ていねいに体を冷やしてあげました。長く楽しむ為には 「自分の心・体」 に意識を向けてあげることが大切なのですよね。攻撃の方で 「塁に出ること」 は出来ませんでしたが、試合が終わった後の私は「思い切り走っていられた」ことで、 「心も体も満足」 していました。

 今日は試合の中で3つの事を勉強しました。1つ目は 「全部のボールをとろうとしてもいい」 という事。これまでは 自分のところにきたボールをとることで精一杯で「何処か遠慮がち」になっていたのですが、「どんなボール」 も 「追いかけていい」 のだから、 「面白さ倍増」 ですよね。そして 「球を追いかけグローブに収め投げる回数」 が増えるほど 「私の技術」 は増すのですから 「上手になるコツ」 のようにも思えます。2つ目は 「ボールを追いかける時に声を出す」 という事。私のチームメイトさんは 「ボールを追いかける時」 の 「掛け声」 はありませんが、 時々 「1アウトねー」 という掛け声をかけています。 他にも、 「チームメイト」 で 「円陣」 を組んで 「掛け声」 を掛け合ったりする光景を見かけることがあります。 どちらも今の私の中にとって 「小さな憧れ」 となっています。 皆で 「心」 を引き締めたら、「パワーが増しそう」 な気がするのです。 そして 「広いグランド」 で 「大きな声を出して」 遊んでみたいのです。 「お腹の底から声を出す」 のって気持ちがいいだろうなぁと思います。 3つ目は 「左打ちの選手の球はライト方面に飛んで来やすい」 という事です。 「新米の私」 が初めて自分で掴んだ 「コツ」 なのです。  「自分で何かに気が付く」 という事は 「嬉しい」 ものですね。

 夜、テレビで 「バレーボール・キューバ対日本」 の試合を観戦しました。選手達が一球一球に 「自分」 をかけ  「自分」 と向き合っている姿には 「人としての美しさ」 が溢れていました。 「力強さ」 とか 「存在」 とか、なにか 「神秘的なもの」 が伝わってくるのを感じました。 いつも 「自分と向き合う」・・これでいいのですよね。 野球もバレーボールも 「団体競技」 ではあるけれど 「個人の動き」 が集まって 「団体」 となっているに過ぎません。 視線を返れば 「仕事」 も 「社会」 も同じです。私はいつも 「自分と向き合っていればいい」。何をするときも 「自分の心を見ていればいい」 のです。 


2005年07月16日(土) 自然

 「ねむの木」を知っていますか? 現在「私の知っている花」の中で 「一番のお気に入り」です。 「全体にやさしい色合い」 と 「甘い香り」 が大好きです。そんなわけで今朝はいつもより30分早く家を出て、天白区に咲いている 「ねむの木」 を探しに行きました。ところが昨年の記憶をたどって出かけた場所を見渡しても 「ねむの木」 を見つけることは出来ませんでした。そしてその代わりに湖を囲む木々のあちこちから美しい鳥の鳴き声が聞こえてきました。鳥はいつも 「きれいに澄んだ声」 をしていて、まるで 「私は此処にいるよ」 と言っているようですね。そして木の陰や葉っぱの後ろにいる声の主を見つけたときには 「たまらない気持ち」 になりますね。 私は鳥達の 「小さくて可愛くてクリクリとしたお目目」 を見ていると、「心がくすぐったい気持ち」 がしてきます。
 夕方、朝とは別の場所へ 「ねむの木」 を探しにいきました。再開した 「ねむの木」 は 「開花の時期」 を過ぎていて大半のお花が枯れていましたが、 「自分の捜していたものを見つけられたこと」 に私の心は満足しました。 しばらくあたりを散策していたら、去年初めて 「ねむの木」 と出会ったときの 「小さな感動」 を思い出しました。 「毎日を生きるのに精一杯だった自分」が懐かしいとも思いました。そして今年もまた素敵なものを見ることが出来たことに 「心」 が 「ホッ」 としました。

 もしかすると、「季節の変化を楽しめる」 という事は 「今」 を生きていることに繋がっているのかもしれません。 「自然」 はいつも変化するから、自然の中で生きている私は 「その流れに沿って生きる」 事がいいのかもしれません。今年は 「ねむの木」 の「開花の時期」と 「咲いている場所」を確認することが出来ましたから、「来年」 を楽しみにしておくことにして、「ねむの木」 とお別れしました。

少し時期を過ぎた 「ねむの花」
「私の顔よりも大きなハイビスカス」・・びっくりでした。


2005年07月15日(金) やさしく息を。

 昨晩「体を冷やした」ことで、「背中の痛み」 はうんと小さくなっていました。そして私は今夜も 「昨日と同じ体験をしてみたい」 と思ったので、昨日と同じように水をはり、昨日と同じように体を付けてみました。 けれど今日は昨日のように 「冷たさが心地よい」 とは感じません。 「それなら出ようか」 と思う私ですが、どこかで 「満たされていない自分」 を感じたので、 じっと自分に心を傾けていました。 しばらくすると 「両方の肩」 が 「熱を持っている」 と感じたので、左右の肩が水に浸かるように体勢を整えてみました。 冷たい水が肩にかかり、ひんやりとした感に  何故か 「心」 が 「ホッ」 としました。 頭には 「細胞」 とか 「緻密さ」 とか、「繊細さ」 という言葉が浮かびました。  私の体は 「ロボット」 ではないから、「冷やしすぎた部分」 は 「温まりたくて」、 「熱を持った部分」 は  「冷えたい」 のだと、自分の肩に教えられたようでした。そして、子どもの頃の私も 「冷やしたりない部分」 を 「冷やしてほしい」 と望んでいたのだと知りました。 ふと、足元の傷跡に視線が行きました。  これまで 「外見上の傷」 を気にした事はありませんでしたが、 あの頃もう少し冷やしておけば 「傷跡は今よりも小さく済んだのだろうか」 と考えました。 けれどすぐに 「少し違う」 と思いました。 私にとっては 「皮膚の状態」 は小さな問題で、 大切な事は、火傷を負ったことの 「心の傷」 は  「私が自覚するよりもうんと深かった」 ということなのです。 そして今は、自分の体の細部に心を照らし、温めたり冷やしたりしながら、自分を守っているのですから、 「これはとても大きな能力」 と思えました。  さらに、私が本当に 「火傷をした自分の苦しさ」 を 「直視」 できたのは 今回が始めてではないかとさえ思えました。
 私は今、生きているから、 「怪我」 も 「火傷」 も、「自分の治癒力」 で治していく事が出来ますね。 「息がかかることさえ痛かった傷」 は今はうんと小さくなりましたね。

 もしも子どもの頃の私に出会ったら・・・。私はこれからも 「傷んだ部分」 を 「私のぬくもり」 で 「やさしく包みこんでいく」 事でしょう。 それはきっとこんな感じ。「触れたことさえ気付かない」 ほどのそっとやさしい 「ぬくもり」 で、「自分をあたためて」 いく 「感覚」。

 


2005年07月14日(木) 原体験

 昨晩は背中の日焼がひどくてゆっくり寝ることが出来なかったから、今夜は背中を冷やす事を優先した。シャワーの水は体全体にかかるから、すぐに体が冷えて続かない。私はバスタブに底から10センチくらいの水をはり、体を横たえてみた。焼けて熱い背中がひんやりとして気持ちいい。四角いバスタブは狭いけれど出来るだけゆっくり冷やせるように体制を整えた。
 火傷を冷やしている自分。自然に過去の記憶と重なった。幼稚園くらいの私、今と同じように火傷の体、浸けられているのは 「赤ちゃんの沐浴用」 のバスタブに満タンに張られた氷水。 浸かっているのは小さい体をした「子どもの私」 ・・・そっか。 小さな体の私の 「痛み」 はすぐに 「寒さ」 へと変わっていたんだね。 「寒くて痛くて辛かった」 んだね。 あの頃の傷なんて、とっくの昔に癒やせたものだと思っていたよ。  じゃ、今は? 痛いかな? 寒いかな? そういえば少し体が冷えてきた気がするね。 けれどまだもう少し冷やす必要があるよね。 私は少し考えて、バスタブの水をもう5センチ程少なくしてみた。 焼けているのは背中と肩、背中に水が当たればいい。 水からはみ出た左右の肩に、片方の手で水をチョロチョロとかけてみた。水は冷たいけれど 「あたたかい」。 そして 「柔らかくてやさしい」 ね。 そっか子どもの頃の私はこうやって、「傷んだ部分をやさしくいたわって欲しかった」 んだね。そして今は 「自分で自分にやさしくすることが出来る」 んだね。
 全身に広がったよ、何とも言えない 「あたたかさ」。  これでいい。いつもいつも、こうやって、自分で自分をあたためていこう。気のせいかな。 背中の痛みがずいぶんと軽くなったような気がしたよ。 

 今夜は何も手をつけず、「火傷と冷やすこと」 だけをした私。 「現実と対峙する」 とはこういうことなんだな・・・。
いつも、 「今」 と向き合い、 「今」 を生きていこう。


2005年07月13日(水) 「塩味アブク」 の感触

 本日も海へ。今日はルームメイトのMちゃんも一緒に行きました。Mちゃんは随分久しぶりの海だそうで、彼女の瞳は前日の夜からキラキラと輝いていました。そして私もついに、買ったばかりのウエットスーツを来て 「初泳ぎ」が出来ました。 スーツは 「保温力」 がありますね。そして岩や貝で体を傷つける度合いも少なくて安心して泳ぐことが出来ますから、海を楽しみたい方には是非お勧めですね。今日のお天気はまずまずでしたが、海水は前回同様に冷たく感じましたので時々陸に上がっては体を温めながら遊びました。
海には 「はぜ」 という小さな魚がたくさんいました。そして前回よりも大きな 「ウニ」 を見つけました。Mちゃんは 「ツブガイ採り」 を楽しんでいました。 私は今日は、海の中で手足をばたつかせて遊んでみました。私が勢いよく飛び込んでみると、周囲の海水が 「塩味シブキ」 をあげました。そして次の瞬間に、 大小の 「塩味アブク」 が出来上がり、出来上がると同時に 「私の全身の肌」 を撫でました。 「海はやさしくてあたたかい」 のですね。 私はまるで 「海水に包まれている」 ようでした。 今度は 「人魚になってみたい」 ですね・・・。
 午後を過ぎた頃から風が強くなり始め、岩に打ち付ける波も強さを増したように思えたので、私たちは浜辺を後にしました。 まだまだ遊びたい気持ちは残っていましたが、「怪我をせずに楽しく遊べること」 が大切ですから、お楽しみは次回にとっておきました。
 帰り道、立ち寄った蓮池で大きな 「ザリガニ」 を見つけました。ザリガニって食べられるのだそうですね・・・。 知らなかった事を知るのは面白いですね。蓮池の横の田んぼには 「青サギ」 が居ました。 遠めに見ても、 「大きい!」 と叫んでしまう程の大きさでした。 私が歩み寄ろうとする前に田んぼの向こうへ行ってしまったので、 「実際の大きさ」 をお伝えすることが出来ません。 残念です。 けれども、 「自然」 の中で遊んでいると、突然予想もしなかったものに出会うことがあるのです。 ほんとに面白いですね。

 夕方、Mちゃんの 「ツブガイの佃煮つくり」 をお手伝いさせてもらいました。途中で 「面白い感触」 を味わう出来事がありました。 それは 「説明している私」 の中で 「分からないこと」 が発生した時の事です。私はMちゃんに 「これでよかったっけ?」  と尋ねました。 Mちゃんは尋ねた私に 「ウンいいと思うよ」 と言い、私は 「あー良かった」 と言って軽く胸を撫でるジェスチャーをしました。とその時、私の中で 「これまでに感じた事が無い何か」 感じたのです。 それが、なんと言いますか・・・・ 「分からない→訪ねた→分かった」 と実に 「シンプル」 な感触・「心地よさ」 だったのです。 少し時間が経つと 「心地よさ」 は 「いつも、こうやって生きていけばいいんだね」 という 「小さな楽さ」 に変わっていました。 もちろんこの考えは私の個人的な感触ですし、 「想像のひとつ」 に過ぎません。 けれども今日の感触を大切にして、「分からない事を分かろうとする私でいよう」 と決めました。私たちは年齢とか経験とかに関わらず、知らない事を尋ねあい、知っている人が手伝っていく関係を作っていくといいのかもしれませんね。 

  飛んでいるサギ。


2005年07月12日(火) 「感覚」 を研ぎ澄まそう

 この頃の私は、 「社会に居る人」 は皆 「四角い箱の中」 で生きる事を強いられて、「自分ではない形」 にはめられて、苦しくてたまらないのだ」 と思うようになりました。病院で働く看護婦さんも、治療に訪れる患者さんも、そして 「病気を持つ患者さんを診察する医師」 さえも、本当は皆苦しくてたまらないのだろうと思うのです。私たちは常に、「男性」 は男性としての固定観念を・「女性」 は女性としての固定観念を、さらに  「子ども」  でさえ、「子ども」 としての固定観念を押し付けられているように見えるのです。 本当は皆 「自分を持って」 生きていいはずなのに、残念なことですね。そしてあってはならないことですよね。 

 私も時々 「社会の基準」 を強制させられる時があります。そんな時には出来るだけその場所から離れるようにしています。 そして 「自分の心」 を意識して、 離れた場所から 「社会」 を見つめる事を続けます。いろんな事をきっかけにして、自分を見つめていけるのなら、全ての事は自分の心を見つめるきっかけになるのだとも思えます。


「感覚」
 夜、ルームメイトのMちゃんとICの本を読みながら、「感覚」 に付いての話をしました。私たちは子どもの頃、自分の感覚を使って遊ぶ事を止められてきたのですから、今、やってみればいいですよね。 そして実際に 「やわらかいもの」 や 「かたいもの」 に 「触れた時の感触・心地よさ」は何とも言えません。 「人が持つ感覚」というものを考える時、「子ども」 や「大人」 そして性別などは関係ないと思うのです。 今日偶然捕まえたコクワガタは2本の触覚で、「自分の行く先」 を確かめて歩いていました。私たち人間も、虫達と同じように 「自分にある感覚・自分が感じるもの」 を一番大切にして生きていけばいいのだと思います。

 コクワガタ・・長ーい触覚ですね


2005年07月11日(月) いつも自分・まず自分

 「赤ちゃん」 が育っていく様子を 「一般化した基準」 に合わせることは、赤ちゃんに対して 「大変失礼なこと」 ですね。 そういう私も過去には 「育児書」 を片手にして、自分の子どもを 「社会の基準」 に当てはめていた母親です。今では、「随分ひどい事をしたな」と思います。そして私がそうしてしまったのは、「基準から外れた自分を否定されてきた過去」の傷のせいだと分かります。

 私の場合は、「未熟児」で生まれましたから、赤ちゃんの頃の成長もゆっくりだったのだろうと思います。そして幼児期には頭から火傷を負いましたから、「私が育つ為のエネルギー」 は 一時的に 「やけどの傷を治すこと」 に注がれたのだろうと思います。 さらに私は 「子どもの心が安定していない場合」 は 「肉体的な成長は遅くなる」 とも思っています。 ですから余計に 「ゆっくり育ち」 になっていたとも思えます。  その私を 「困った子ども」 として見ていたのは、過去の 「社会の基準に私を沿わせようとした親達」 です。それ以前に 「丙午に生まれた私」 を一番先に 「困った人」 として見たのは 「私の父親」 だという事は明確です。

 私や「赤ちゃん」の事だけでなく現代の社会でも、「マイナスの常識や評価の中」 で 「困った人」 を作ることが多いですね。特に集団の中に居る時には、「社会の基準」 に沿わない人は 「困った人」 としてみなされますね。こちらも、 「基準から離れ自分として生きている人」 に対して 「大変失礼なこと」 ですね。 例えば 「不登校すること」 や 「ニート」 と言われている人々は、その方法で 「自分を伝えている」 はずなのに、社会の常識の中で評価され 「困った人」 だとされがちです。 でも、本当は違いますよね。私たちは、「ロボット」 ではありません。例えば常に浮かんでくる自分の感情には 「行きたい」 も 「行きたくない」 もどちらもあっていいはずです。もっと言うなら 「後で行く」や「何時間後に行く」 があってもいいのです。  皆それぞれ、「自分の気持ち・思い」 があっていいのです。 そして仮に 「行きたくない」 とするのなら、「行きたくない理由」 があることを、社会の大人は特に 「知ろうとする必要」 があるのです。 こうして考えると、「困った人」 を 「作っている社会」 と 「困った人とされている人々」と、「本当に困っているのはどちらだろう」 と、深い疑問が沸いてきます。

 仕事の帰り道、一人の看護師の女性が「Mamoちゃん辞めるの?私はMamoちゃんは心のある人だなぁと思って、いろんな話が出来ると思っていたのに寂しいなぁ」と言いました。私は少し黙ってから、「みんないつも自分を大切にすると良いよね。でも私はまずは自分から」 と小さく呟きました。彼女は 「そうだね、私もこれからは自分を一番大切にするんだっ」と言いました。  私も、「自分の気持ち」 があっていい。 「私」 はいつも 「自分の気持ちを大切」 にします。 

 私はいつも、 「自分」 から。


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