「生きていくのに大切なこと」こころの日記
DiaryINDEX|past|will
午前中、「地域の一斉清掃」 に参加しました。両隣やお向かいの奥様方が集まってほうきを片手に 「溝掃除」 です。といっても今は溝も開けられることも無く、それぞれの家の前の小さなゴミを拾い集めて終わり、後は 「近所の座談会」 のようでした。私は 「座談会の話題」に興味がありませんでしたから、一人で 「掃除」 を楽しんでいました。家の前に 「死んで乾燥した蜂」 が丸まって落ちていたので、手にとって眺めていました。するとお隣の方が 「面白い卵」 を産み付けられた 「葉っぱ」 を見せてくれました。私はその方と一緒に 「虫の卵」について話をしながら、 「近所の人と関わっている自分」 でいられることが嬉しくなりました。 掃除が終わった後、何軒か先の家の前に人だかりが見えました。その理由はなんと 「豚ちゃん」 です。家から2件ほど先の斜め向かいに 「豚ちゃんを飼っているお家」 があるのです。私はまだ一度もお目にかかっていませんでしたから早速「人だかり」に参加してみたら・・・。薄いピンク色の肌をして尻尾をくるんと丸ませて、確かに 「豚ちゃん」 が歩いているではありませんか。集まっていた人々は豚ちゃんの後姿を見ながら「豚」に付いて話題を展開し、楽しい 「笑い声」 を上げていました。 「近所との関わり」 って、このような小さな事から広がりを持っていくのですね。 「面白い」ですね。 私も今回は 「後姿の豚ちゃん」 を拝見しましたから、しばらくは 「豚さんのいる家」 の前を通るたびにワクワクしそうです。そして私が持つ「御近所の世界」もこれから広がっていくかもしれないこと」を考えると…再びワクワクするのです。
御近所付き合いで見つけたもの
豚ちゃんです。
いつもの公園朝八時。公民館のでこぼこの壁に背中を付けてみた。背中にくっついた硬い壁のでこぼこを感じられるくらいに意識を集中させてみた。ひんやりとした壁の冷たさが、シャツ一枚を通過して私の肌に浸透する。 今私の後ろにいるのは「私」を見ている「私」だけ。 背中に感じるでこぼこも肌にひびく冷たさも私が感じている現実。いつも自分にある現実を見つめ感覚を持つ私として生きよう。いつも新しい自分として生きよう。 目を閉じた。近くに聞こえる工事の音、遠くに聞こえるヒヨドリの声。そこへ携帯タイマーのオルゴール音がゆっくりと鳴り始めた。さあ仕事へ行こう。感覚を持った私として。
| 2005年05月26日(木) |
「オーストラリア」 と 「ねずみ」 |
心友たちがオーストラリアで撮影してきたビデオを見ました。「オーストラリアの空の色」。 ただ一言「美しい」。「水色の空」と「青いようなうす紫色のような海」との境目の色合い。そして全体に見える「輝き」が「何ともいえない」のです。 何度見ても吸い寄せられてしまう・「心をくすぐられる色合い」なのです。あの空を見たくてたまらない。私は今「空を飛びたい」 気持ちに駆られています。目を閉じれば「あの空の色」が浮かびます。私は行っていないのにネ・・・。私はビデオを撮影してきてくださった心友へ、「ありがとう」とお礼を言いました。 ところで、今日は家の中に「ねずみ」が出現しました。ねずみはキッチンにあるレンジ台の後ろに隠れましたので、私は心友の一人と「ねずみ捕獲作戦」を立てました。 実はこの「ねずみ」、少し前から私や心友の部屋の天井裏で夜な夜な走り回っていたのです。「うるさいなぁ」と思ったこともありましたから、「どんな方法でちょろちょろとすばしっこいねずみを確保しようか」と考えるだけで 心が「ワクワク」しました。私たちはねずみの出てくる方向を定めて「ネズミ捕りシート」で包囲網を張りました。そして一箇所の出口から出てくるようにレンジ台をずらしていくと・・・ねずみはあっという間にネズミ捕りシートの上に乗っかり、私と心友は抱き合って「やったぁ!」と声を上げました。 その時間約15分。 そして罠にかかったねずみのその姿。体長10センチくらいでしょうか。私はこんなに大きなねずみを目の前で見たのは初めてでした。ねずみのとんがった鼻先からと伸びている「ひげ」と小さくて真ん丸い「瞳」を見ているうちに、ちょっぴりかわいそうな気持ちになりました。瞬きをしている黒い「瞳」に私と同じ「命」を感じてしまったのです。でも、「ねずみ」は「ねずみ」として生き、「私」は「私」として生きているのですから、仕方がありませんよね。 夜、布団に入った私の心は「ホクホク」でした。「生きること」って楽しいですね。 いつも「楽しみ」の大小。 そしていつもオーストラリアの空のように「淡い輝き」を持っているのです。フワフワのキラリン・・・マシュマロ・ポイ・・・。 ねずみ・・画像は心友に頂きました。
休日。グランドで野球の練習をしてから「バッティングセンター」へ行きました。手に握り締めているのは「ビヨンドちゃん」。そして今日の私は 「ビヨンドのバットである」 ことよりも、「重心のかけ方」 と 「自分の素振りを確かめること」 を意識していましたから、「ビヨンドちゃん」 で打ったボールはバッティングセンターのうんと向こうまで飛んで行きました。一緒に行っていたF君は私の打った球を見て、 「あれはセンターを越えたよ」 と言っていました。私はまだ球場でヒットを打ったことが無いので分かりませんが、私よりも野球の事をたくさん知っているF君が言うのだからおそらくそうなのだろうと思います。嬉しい・・。あとは 「グランド」 で打つだけなのです。そしてその為にいつも 「素振り」 なのです。そして今日は 「遊びのバッティング」 をしませんでした。何故なら 「技術」 が身に付けば 「野球で遊んで楽しめること」 は間違いないと思いましたから。 「バッテイングセンター」 の後には天白公園へ行き 「木登り」をしました。私は子どもの頃にも 「木登り」 をしてきました。2005年3月15日には、「天白公園の外灯」 に登りました。そして今日はついに、 「木の頂上」 まで登りました。「木の枝」 は 「上に伸びる」 ほど、細くなっています。細くなりつつある 「木の枝」 を上手に利用して、主に 「自分の腕の力」で出来るだけ上まで上がるのです。折れてしまうような木もありますから、自分の感覚で 「木」 の様子を確かめながら、慎重に足を運びゆっくりと登っていくのです。「1本では頼りない」 ものも、「2本で使う」 と折れずに利用できるのです。そしてついに木の枝の 「てっぺん辺り」 まで来た時の何とも言えない「心持ち」。 ・・・たまりませんでした。 「木の枝」 が私の動きにあわせてゆったり柔らかくゆれる・その揺れを 「心」 で感じるのです。私は 「枝の先」 を自分の腕で揺らしてから目を閉じて 「木」 に 「体」 を沿わせてみました。 「やんわり」 と優しいゆれの心地よさは、「何時までも揺れていたい」 と思いました。 「木」って・・不思議。「強さ」 と 「優しさ」 の両方を持っているようでした。
仕事をしている自分。 すれ違う人の体と何度も衝突する忙しさ。 「ぶつかる自分」 を知っている。 他者と語っている自分。 「小さな冗談を言う自分」は 「自分の基準」 を下げてはいないかな。社会の基準に自分をあわせてはいないかな。 たぶん大丈夫。 「心を意識している私」 を知っている。
一日を生きる自分の 「何処まで」 に 「心」 が伴っているのかな。見えていない部分はどれくらいあるのかな。私が 「見えている部分」 には 「心」 が伴っているということになるのかな。・・・この辺りはちょっぴり分かりずらい。
ある本には 「集団から離れることは、やがて集団へ帰っていく事に繋がる」 と。 かなり 「興味深い」 言葉。 「集団」 とは 「マイナスの社会」 の事。 「孤独」 を好み 「自分を見つめ」、そして 「社会」 と関わりを持っていく自分。 「心を持った私」 として 「集団」 へ帰っていければいい。 一つ一つの行動に 「心」 が伴っていればいい。 「心を持った私」 がどんどん広がればいい。 「心を持った私」 を広げていく為には「ひたすら自分を見つればいい」
職場では受付の女の子は 「Mamoちゃんは心が広いからねー。心の広いMamoちゃんだよねー」 と。 私は 「私は心を持っているの。だから心を持って生きるMamoちゃんなのです」 と。 私は 「語っている自分」 が 「見えている」。
ある人は 「人は生まれた瞬間から “自分の世界“ を持っている」 と。 「心を持って “私の世界“ で生きる私」。 社会にある 「心の広さ」 とは違う世界で生き続けよう。 今はこれでいい。
休日。雨で野球が中止になったので 「バッティングセンター」 へ行きました。最近は 「左脇の開き」 を 「修正する事」 を意識して 「練習」 しています。そして今日もまた、最後に 「遊びのバッティング」 を入れてしまいました。これが・・・楽しいのです。「楽しみの延長」 で 「技術」 が 「自分のものになれば」 と思うのです。そのためには 「何処をどのようにしていくか」 を意識した 「素振り」 を続けておくことが大切なのです。ですから明日も、「素振り」です。
ところで今日、なんと 「ビヨンドバット・ミドルバランスタイプ」 を買いました。重さ770グラム。値段は23,623円。 「高い」 ですよっ。でも良いのです。 嬉しくて嬉しくて、早速 「素振り」 をしてみました。「トップバランス」 のものよりも 「重たい」と感じたので、適度なところで切り上げておきました。「スポーツを長続きさせるため」 には、いつも 「自分の体と相談しながら取り組むこと」 が大切なのです。さて・・この 「ビヨンドちゃん」で何時の日か 「ヒット」 を打ちます。 「ヒット」 を打った・その次には 「ホームラン」 を打ちたいのです。「ホームラン」 を打ったら、「どうやってホームインしようかな・・・」。考えると楽しくてたまりません。今のところ私の目前にある 「目標」 なのです。その為に・・やはりいつもいつも 「素振り」 なのです。それからそれから、「砂嚢」 も買いました。重さは1キロ。調節可能ですからこちらも自分の足と相談して徐々に慣らしていくのです。夜、「空手」を練習しながら 「ガラス戸に写った自分の体」 を眺めてみました。「スポーツをすること」 が 「日常」 となってきた 「私の体」。[この 「体」 も、「ビヨンドちゃん」 が使いこなせた分だけ 「生き生き」 して来るのだろうなぁと思いました。
「憧れのビヨンドちゃん」 野球を始めて10ヶ月目・チームに入って3ヶ月目・まだ 「一度もヒットを打っていない私」 が選んだ 「過去最高に嬉しい買い物」。グローブを買ったときよりも嬉しいから、今夜は抱きかかえて寝ることにします。21:50
| 2005年05月18日(水) |
楽しく優しく温かく・・そして甘く。 |
休日。心友と遊んで過ごす計画を立てました。運動と料理を楽しみました。私たちは車の中でお店の中で、そしてグローブを握ったグランドで、心のことを語りました。私にとってその会話の一つ一つは「自分の成長を確認する作業」のようでした。グランドでは空手の練習とキャッチボールをしました。空手もキャッチボールも今は私自身が自分のものにするために練習をしている段階です。いつもと同じように自分の体に心を傾けることを意識しました。 最近はお料理も「心」で楽しむ私です。そして今日は心友と2人でキッチンに並んでいます。いつもとは違う環境にワクワクしました。 料理から少しずれますが、最近私はご飯つぶのしわと甘さを感じることを楽しんでいます。一粒のご飯を口の中で転がしてみることがあります。ご飯粒は噛めば噛むほど甘いのです。
| 2005年05月17日(火) |
「「プラスを語る私」 |
午前中、職場の受付女性が私に「Mamoちゃん、○○さんが・・・をしてくれないから困る。Mamoちゃんから言っといて」と伝えに来ました。私はその時「御免ね。それはあなたと○○さんとの問題だから私には伝えられないの。だけど私は、あなたが “○○さんが・・・をしないこと” で困っている気持ちは分かるの。大変だよね」と答えました。彼女は「そーなんだよっ。たいへんなんだよっ」と言って口をプーッと膨らませて見せ、私たちは軽く笑いあった後お互いの業務に戻りました。その後私の耳に、先ほどの受付の女性が自分で○○さんに事の詳細を伝えている様子が聞こえていました。仕事を終えた帰り際、女性は私に「Mamoちゃん、・・・のことを○○さんに伝えたから」と話をしてくれました。私は女性に「私の話の内容を理解してくれてありがとっ」と伝えました。女性は「?」と不思議な顔をしていました。 今考えてみると、私は「私メッセージ」を使って「彼女の要望」をお断りしたのかもしれません。 昼休み、家へ戻ろうとする私にパート勤務の看護師の女性が「Mamoちゃんの家に一緒に帰ろっと!」と言ってくっついてきました。彼女の「今のテーマ」は職場にある「モラルハラスメント」です。私たちは近くのお店で昼食を取りながら「病院」という「社会」に付いて語り合いました。女性は「傷を抱える自分」を知っていましたから、私たちは「心のことだけ」を語り合うことが出来ました。女性は「世の中はモラルハラスメントばかりじゃないの?」と言い、私は「そうだよね」と答えました。女性は私の話を何度も聞き返し、時には静かに考えていました。小さな沈黙が貴重に思えました。 私は「職場の人」と「心のこと」を語っている自分を嬉しく思い、女性には「私は世間の話題にはまるきり答えられないけれど、心に関する事ならいくらでも語り続けたいと思えるの」と伝えました。女性は最後「私はどうしたらいいの?」と訪ねました。私は「心の作業」をして生きている「自分」を伝えてお別れしました。家に着くとすぐに女性からメールが来ました。メールには「私はMamoちゃんよりも年上だけど、Mamoちゃんは私のお姉さんみたい・・」と書かれてありました。私は「心のことを語っていると、心が温かくなりますね」と返事をしました。それから「またもや・・この頃の私は、お姉さんだったりお母さんだったり・・いったいどうなっているのだろう」と不思議に思いました。そして再び、「私がプラスの自分を語っていくこと」は「私の成長につながる」と実感しました。 これからの私はいつも何処でもプラスの選択をし続けている自分を語って生きていくのです。
私が社会に出てより柔らかく・そしてしっかりと自分を伝えていく為には私メッセージが必要だと思う。それなら、これからは意識して「私メッセージ」を使って語る必要がある。まずは小さな会話から意識していこう。 きっと・いやたぶん出来る。そしてまた「新しい何か」がつかめるはず。
休日。オーストラリアへ旅立つ男の子と2人の心友を見送る為に車でセントレアまで行ってきました。私はルームメイトを乗せて車を走らせながら、「自分を意識すること」を意識しました。ルームメイトに「ナビ」を頼んだり、「心のこと」を語ったりしながら、車の少ないその道を迷うことなく快適に走り、私たちはあっという間に空港付近まで着きました。私たちは予定より早く到着できると判断し、新舞子海岸へ寄ってキャッチボールや空手をして遊びました。海岸には水着姿の人も居ましたから、今年も「海の季節」がやってきたのですね。去年はつぶ貝採りに嵌っていた私、今年は・・想像するだけで心が躍りました。 空港で3人を見送った後、男の子のお母さん女性と「心の話」をしました。女性は元看護師さんなので、私たちは「医療の世界」のおかしさを語り合うことが出来ました。女性は「医師は病院の世界のことしか知らない」と仰り、私もその意見に共感しました。私は女性の話を聞きながら、「患者さんの中には心を持って生きる私を知ろうとする人も居るのだ。私はいつも自分を大切にすればいいのだ」と考えていました。 女性と分かれた帰り道、私は一人海岸に降り、離れて遠くなったセントレア空港を眺めました。私がマイナスの社会に巻き込まれることなく自分の生き方をしていく為に、本当に必要なことは何だろうと考えていました。そして私はこの2年間と同じようにいつも自分を見つめていけば良い。そうすることが一番良いと自分の気持ちを確認して常滑の海を後にしました。時間はちょうど夕暮れ前、海面は太陽が反射して海面の様子が見えないくらい輝いていました。 私はいつも今を見て前を見て、自分を大切にして生きていこう。そして心の傷を癒やしていこう。私がいつも自分を見つめて生きるのなら、私はいつも過去とは違う新しい生き方が出来るだろう。私の世界が出来るだろう。うん。そうしよう。
飛行機・大好きです。 「海」大好きです。 「新舞子の風車」・昨年はありませんでした。
|