「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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今日はバッティングセンターで初めて 「飛んできた球を全て打ち飛ばすこと」 が出来ました。ちなみにこれを 「ノーミス」 と言うそうです。きっと 「練習してきた結果」 の1つなのですね。そしてまだまだこれから 「もっと凄いこと」 が起こるであろうと想像しては再び 「ワクワク」 している私です。 バッターボックスに立った私の頭の中にあったのは1つの文字・ 「腰」 です。 「腰」 を意識する事で 「他の部分に余分な力がかかる事を防げるだろう」 と思えたのです。実際に今日の私はこれまでよりもうんと楽に 「力の抜けた自分」 を感じていて、どちらかというと 「打ちたい」 というよりも 「遊びたい」 と考えていました。これからは 「腰」 の感触が体に染み付いていくように練習していくのです。楽しみ・楽しみ。
職場に行くと「タイムカード」というものがありますが、私は「タイムカードを打刻し忘れる」事がよくあります。「意識している」のですが「タイムカードの空間」だけがすっぽりと抜けてしまうのです。「すっぽりと抜けてしまって」いて「打刻漏れ」に「気が付けない私」ですから、その度「打刻漏れを申告しなかった事」も先生にしかられるのです。ちなみに「打刻漏れ」には「ペナルティー」が付き、「打刻し忘れた事を先生に報告し忘れる」と更に「ペナルティー」が上乗せされ、タイムカードには「打刻し忘れ・再打刻前に医師に報告し忘れ!」という記入が加えられます。そして先生は私達職員に「打刻漏れがないようにペナルティーを付けてるんだよ。その為に初めからその分の時給を高くしてあるんだよ」と言います。私にはこの言葉は「あめと鞭」のように思えたり「疑いをかけられている」と思えたり。どちらにしても「おかしいなぁ」と思います。一方「押し忘れる私」に問題があることも確かです。これは「ペナルティー」以前の「意識」の問題であることと、「空白になる」には「空白になる理由」がある事はわかります。そして私はこの現実を「自分の問題として変えていかなければなりません。思いついたのは・・・タイムカードを押すことが「出来た」日には「出来た自分を認めていく」という事でした。「小さな事」だと思います。そして私は明日からこの「小さな事」をやってみる事に決めました。 「自分で自分を認めていく」取り組みを「意識的に取り入れていく」ことに「面白さ」を感じています。「プラスに流れること」は間違いないですよね。明日からの出勤時間を「楽しみ」にしています。いつも「楽しみ」です。
4月に入ってから、職場では 「個人情報保護法案」 に基づいて 「小さな改良」 が繰り返されています。そして今日は 「診察室を改良後」 の 「初めての取り組み」 が行われました。この 「改良」 は 「患者さんの情報の保護」 を基礎にし私たち職員の 「業務の効率」 なども踏まえた上で考えられた 「アイデア」 ですから、「自分のアイデア」 が現実に活用されている光景は、「大きな喜び」へと変わります。 そして 「新しいこと」 に 「小さな戸惑い」 が伴う事も確かです。パートの看護士・Nさんは 「何回聞いても忘れちゃうし患者さんがウワーッと来たらばたばたしてパニックになっちゃう。Mamoちゃんに聞くからね」と私に伝えてくれました。私は 「改良」 に関わった人間でもありますし、Nさんが伝えてくれたことへの 「嬉しさ」 も感じながら、 「何回でも聞いてね。ゆっくり伝えるから」 と返事をしました。Nさんは「良かった・・」と言いながら冗談を交えて私の肩に体をすり寄せてきました。 結果としては 「プラスとマイナス」 の両方が上げられ、「今日の結果」 を元に新たに加えられる「何か」を想像する事を思うと自然に心が躍ります。23:00
4月9日の夕方。庄内川の川沿いの「桜並木」通りを3人の心友と散歩していた時のことでした。私達は桜の花びらが川に流されていく様子を眺めながらゆっくりと川上へ向かって歩いていました。小さな花びらがくるくると回りながら流れていく様子は「可憐」に映り、ある人は流れていく花びらを見て「可愛いねぇ。こういうのはたまんないねぇ」と呟きました。その様子は本当に可愛らしくて、その日から私の頭の片隅に「花びら」と「小さな呟き」が残ったままになっていました。そして今朝再び「小さな呟き」を思い出していたら「赤ちゃんの頃の自分」が頭に浮かびました。「花びらの素朴さ」と「赤ちゃんであった私の素朴さ」がぴったりと重なりあったのです。その時私は「私の父親」は「小さな声を上げて可愛らしく泣いていたであろう私を愛そうとはしなかったのだ」と改めて思いました。この気づきの後、私の心は更に「楽さ」を感じていました。他者の小さな呟きがこんな形で「癒やし」のきっかけになるとは、本当に不思議な話でした。そして仕事へ出かけると「生まれて2ヶ月の赤ちゃん」が診察にやってきました。「やさしい声で泣いている赤ちゃん」を見ているうちに自分の産んだ子ども達の事を思い出しました。「あーそうだった。私の子ども達も小さな赤ちゃんの頃にはこんな風に可愛らしい声をして泣いていたのだ」。過去にはこの可愛い泣き声に怯え、自分から子どもを遠ざけていた私です。そして私は過去、子どもを育てなかったのではなく「子どもを育てる能力を持っていなかった」のですから、全く仕方の無いことですよね。 職場では、2ヶ月の赤ちゃんがお母さんの顔に自分の顔を擦り付けていました。私はその様子を見ながら、 いつも「自分の過去にあった出来事」の「根底」を見据えていこうと改めて意識しました。
病院には時々「知的障害者」と言われている方が診察にいらっしゃいます。そのうちの一人の女性は32歳。彼女はいつも「カラスの歌」を「歌って」診察時間を過ごしています。けれど今日は様子が違っていました。女性は診察室の床に座りこみ、「いたいよ。いたいよ。ごめんなさい。たたいた。」と大きな声で叫ぶのでした。私は始め彼女の言葉に驚きましたが、その言葉の「意味」は容易に想像できました。そして私は女性の「声」のひとつひとつに丁寧に答えていきました。女性が「いたいよ」と言ったときは「いたかったね」。「ごめんなさい」と言ったときは「いいよ・だいじょうぶ」。「たたいたよ・ぶった」と言ったときは「いたいね・ごめんね」と繰り返しながら、私の「単調な言葉」が「今の同僚」に伝わるといいのだけどと考えていました。そうしているうちに同僚は「たたいたよ。たたいたよ。ごめんなさい」と言って自分の頭を床にぶつけ始めました。私は「小さな声」で「あたまがいたいね。ぶたれるといたいね」と言い続けました。女性は更に自分の拳骨で頭やほっぺたをたたいたり、自分で書き壊して傷になった腕を引っ掻きながら「いたいよ。たたいたよ。ごめんね」と言い続けました。女性の吐く息が私の頬にかかりました。私は女性の開いたままの唇と目を交互に見つめました。その視線は最後まで「遠くを見つめたまま」でした。 施設の付き添いさんは「いつもこうだから仕方が無いんです」と言い、彼女の動きを止めようとしました。医師は女性の混乱に困っているように見えました。 私は女性のそばで「知的障害者」という言葉の意味を考えていました。全く視線が定まらず一人では生きていかれない彼女が「いたいよ。たたいたよ。ごめんなさい」という言葉を繰り返しているのは何故なのか。女性に「知的障害者」という言葉を付けたのは誰なのか。仮に女性が「知的な障害」を持っているとするのなら、その女性の「知」に「障害」を与えたのは誰なのか。そしてもっと原点に返るのなら、女性の「人として」の「心」を「壊した」のは誰なのか。「社会」の中には「弱い」と言われている人々を更に「弱くする」要素が普段に組み込まれているのではないかとか、この「社会」こそが、人にあるほんの「小さな点」を「大きなマイナス」にしているのではないかとか。私は、今の「社会」は「間違っている」と「心」から思います。私はいつも「根底」を見つめ「一般社会」とは「違う生き方」をしていこうと強く思った出来事でした。
この頃の私は、自分が何処かの高台にいて 「社会」 を眺めているような気がしています。そして 「自分」 に 「心」 を持ち 「社会を眺める私」 として 「感じた事」 を「書き記している」 のです。「私」 が 「プラス」 の場所にいてそこから世間を眺める時には、私はいつも 「新しいこと」 を書き続けていけるのです。いつもいつも高台に居て 「心」 を持って生きる 「自分」 を眺めていこう。22:00
朝 「献体登録の申込書」 をポストの投函しました。「死の準備」 が一段落するまでにはもう少し時間がかかりそうですが、現実を生きながらゆっくりと進んでいけば良いと考えています。そして 「待ちの時間」 にも私の 「心」 はより濃いものへと成長しているのですから、もしかすると 「必要な期間」 なのだと言えるかもしれません。 2005年2月下旬、公園で素振りをしていたときの事です。手に握ったバットの表面の冷たさを私自身の皮膚で感じた時、「今・この一瞬生きている私のこの手で・バットの冷たさを感じている私も、何時かは必ず死ぬのだな。今・此処で素振りをしている私もいつか必ず死ぬのだな」 という思いがじんわりと沸き起こってきたのです。 「私」 という人間はどこかで途切れて 「切れ目の向こう」 で死ぬのではなく、「今の続き」 として 「死んでいく」・「今の自分の延長線上」 に 「自分の死」 があるのだと実感していたのです。そしてこの事を私は 「仮説」 や 「空想」 の世界ではなく、いつもと同じ景色をいつもと同じように見ながら考えていた ・ 「今生きている自分」 が 「死んでいく存在である」 という事実を考えていたのです。 今思えばこの体験は私が 「私自身」 として 「自分の死」 を実感した 「瞬間」 であったのかもしれません。22:00
| 2005年04月08日(金) |
「参加すること」 の面白さ |
「個人情報法律法案」 が施行されたことで病院でも 「患者さんの情報」 や 「他の病院への紹介状」 に書かれる 「名前の保護の仕方」が問題になっています。私は受付さんと 「情報を守る方法とその事によるミスが起こりにくい方法」 を話し合ってみました。私たちは 「ゆっくりとやればミスは起こらない事」 を知っていました。問題は 「時間のなさ」 なのです。受付さんは 「ばたばたしている時に限って情報がほしいと言う人が来るんだよね」 と困り顔でした。受付で患者さんの対応をしながら 「どれだけのことが可能か」 ということなのです。私は「ひとつずつやっていけるといいなぁ」と思ったり、 「その時一番必要な事を優先していく事」 が 「大切」 なのだなぁと考えたり。そして「今」は、私たちがそれぞれの立場から考えて 「できた案」 をやってみることが良いのだと思いました。先生もまたひとつの考えを持っていましたので、これからしばらくの間「三つの視点」 で考えられた案を寄せ集めて、「試験的な取り組み」 が行われます。 私はこれまでの職場では 「決められたことに従っていく」 事ばかりでしたので、今回のように 「当事者として関わっていること」 を 「楽しい」 と感じています。今後の発展を楽しみにしています。22:00
| 2005年04月07日(木) |
「謝罪する」ということ |
職場でミスをしました。それは病院という場所であってはならないことでした。ミスを犯したのは私です。私は患者さんに電話をして謝罪し、その事に関して患者さんの 「意向に沿う」 事を伝えました。その日家に帰ってからの私は、体に 「鉛のような重たさ」 を感じました。「おかしい」。悪かったのは私。だから謝罪した。後の 「対応」 も考えた。動きとしては全て「プラス」。「なのにどうして疲れるのだろう」。
実際には 「言い訳をしたい自分」 がどこかにいて、自分の気持ちを隠す為に 「必要以上」 に 「丁寧な自分」 を 「演じている自分」 が居たのです。 「電話の応対」・「きれいな言葉」・「笑顔」・「あなたの意に沿わせて頂きます」という「受身の言葉」。どれもが 「優しい」・けれどそれは私のどこかで 「作られたもの」 だったのです。だから家に戻った私は 「鉛のように疲れていた」 のです。 そして久々に感じた 「鉛の重たさ」 は、過去 「良い妻・良い母」 をしていた頃の 「疲れ」 と類似していました。「偽りの優しさ」 は 「疲れる」 のです。「嘘」 は 「続けられない」 のです。そして私はそんな自分に気が付いたから、又変えていくことができますね。
「謝罪」 は何の為にあるのでしょうか。1つは相手に迷惑をかけたことへの 「お詫び」 の為に・そしてもう1つは 「私自身の次のステップ」 の為にあるのだと思います。「謝罪すること」 は、「自分を許してもらう為」 にするのではなくて、「自分の行動」 に 「責任」 を取る為にすることなのですね。22:00
| 2005年04月06日(水) |
トレーニング 「好奇心」 |
休日 「野球の練習」 。まず初めに 「ダッシュ」 の練習をしました。先日4月3日に行なわれた 「6回目の試合」 の時に感じたのですが、「ダッシュ」 とは子どもがかけっこをするような 「用意ドン!」 とは違うのですよね。ピッチャーが 「球を何処に投げるか」 で私の走る方向が変わってくるのだから、「判断力」 と 「瞬発力」 が勝負なのですね。私は今はまだ 「野球の知識」 も少ないですが、これも何度かやっていくうちに 「私の力」 になっていくのでしょう。そして 「走るとき」 には 「つま先」 を意識していると、より早く軽く前へ進む事が出来るのですね。私は今日地面を蹴りながら、細くて長い足で軽快に走る「カモシカ」のように走りたいと考えてました。 次に 「球」 をとる練習をしました。しかし・・・これがなかなか思うようには上達しません。過去にやっていた 「スポーツ」 や 「生活様式で馴染んでいる習慣」 が 「技術の向上」 の妨げになっているのです。おそらくこのような部分でも、「過去のものを全て捨てる」 事が出来ると 「私の野球能力」 がより早くUPするはずですね。またまた面白い事になりそうですね。 「バッティング」 の方は、何とか 「形になってきたかなぁ」 と思えるようになりました。あとは 「バットに球を当てる事」 を目標にして、そして毎日の素振りを大切にしていきます。
ところでこの頃ルームメイトのY君と一緒に練習をするたびに感じる事があります。女性と男性では 「体の構造」 が違うのですね。私は今日、走り去るY君の身体を見て、そして自分の身体を見て、「女である私」 は 「男性であるY君」 に比べると 「筋肉」 も 「骨格」 も 「走る能力」 や 「持っている力」 が 「小さい事」 を実感しました。では 「女である私」 が 「野球をすること」 にはいずれ限界がやってくるのかな・・・。 そうかもしれません。そしてそうではないかもしれません。
たいていの事は 「好奇心」 の問題ではないかなと思います。21:50
社会の人は早口です。そういう私も過去には「沈黙を作らないようにしゃべり続ける人」でした。そして今は「孤独を楽しみ」、自分に付いては「丁寧」に語る事を意識していられます。時には「社会の早さ」に巻き込まれ「乱暴」になっている自分に気が付きます。「ユーモア」も「ギャグ」も現実を楽しむためには「あってもいい」ものだと思います。 社会の人は「私」に付いてさまざまな想像をします。他者から見た「私」への想像がある程度自分と一致している時には構いませんが、逆に真実の「私」とは違う事を語られているときには「No」を伝えることが大切だそうです。もしかすると「黙って聞いている」時には「Yes」と言っているのと同じことなのかもしれませんね。だとするならば、私は「自分」の事に関してもっと丁寧に「No」を伝えていく事が必要あるのです。そして最も大切な「私の心」の事に関しては肯定される場所でのみ語っていけばよいのですよね。最も私は「私の事」・「私の心の事」について、簡単に語ることは出来ないほどの濃くて深い「中身」が詰まっていると思っています。おそらく誰にとっても「同じ事」が言えるのではないかと思います。そして私は「深くて濃い人生を歩いている自分」の事を大切に思って生きています。
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