「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年03月18日(金) 視線

 仕事。昨日私は「自分」を主張してもいいと知りました。新しいことを知った私はそれ以前よりも楽に、柔らかく動いているように思えました。
 私よりも一ヶ月後に就職された同僚はご自分のペースでゆっくり「気付いたこと」から1つずつ仕事を進めていて、横にいる先生は何時ものように椅子に座りその視線は患者さんとカルテの間を行き来していました。私はその間、自然に患者さんへ語りかけ小さな事で笑いあい、そしてペンを走らせる先生の目元も緩み「くすっ」と笑い声が漏れました。私にはその空間に社会にある隔たりが無いようにも思えました。
 同僚はすれ違い際、私の背中に触れ「Mamoさんは痩せてるけど肌が柔らかいねぇ」と言いました。私はその言葉に「心」を付け足してお返しし、二人でくすくす笑いました。
 4日前先生の言葉に「小さな痛み」を感じた私と、今日「肩の力」を抜いて笑いあった私。見ているものは同じ光景だけれど「受け取る私」はまるで違う「心」でした。本当は先生と患者さん・そして同僚も誰も皆いつもと同じように生きていて、その光景を見ている私の「心」が現実を「違うもの」に「変えている」という事が往々にしてあるのだと思います。こんな「気付き」は素敵ですね。これから又成長していく「私」が楽しみです。
 緩やかな時間の中で仕事を終え、夜空に出ると星が輝いていてお月様はきれいに割れた「半月」でした。「月」や「星」・「自然」は何時見てもそこにあります。美しいですね。 そして本当は私たち人間の「心」も。


2005年03月17日(木) 無限大

 6歳の男の子がイボ焼きにやってきました。今日は10回焼く事を目指していたらしくニコニコ顔で処置室に入ってきましたが、やはり痛みは辛いから、治療の初めは話を逸らしてなかなか先に進みませんでした。私は男の子のペースに合わせてゆっくりと進めていると男の子は自分から焼いていく数を数え始め、やがて「数が増えていく事」を楽しみにし始めて、ついには26回もイボを焼く事が出来たのです。(通常大人でも10回程度なのです)
男の子は帰りに「今度は30回焼くからね」と言っていたので、「このまま数が増え続けるとどうなるのかなぁ」と密かに考えている私です。
 5歳の女の子もやってきました。私は1ヶ月ほど前女の子に「なぞなぞ」を渡しました。彼女はその答えをお家で探してくるのですが、答えはなかなか見つかりません。女の子のお母さんは「なぞなぞの答え」を知っていますが、女の子が自分で見つけた「答え」を持って病院に来ることを手伝っています。実は女の子、私が出会った頃は「ばか〜人の手に触んないで〜」と大きな声で叫ぶ女の子でした。けれど最近は何故か何時もニコニコ顔です。子どもさんの笑顔は本当に純粋で、その世界は面白いことばかりです。
 小さな子どもは「自分の戸惑い」をいろんな形で傍に居る大人に知らせます。私は「何が問題かな?」と思いつつ子ども達にゆっくりと話しかけます。場所は病院の処置室ですから周囲は慌ただしく動いていますが、私は緊急の場合でなければ、「自分のしている事」を大切にします。私が病院で「自分のしている事を大切にする理由」は「大人の都合で子どもを急がせてはならない」からです。私自身は過去に「自分の子ども達」と関わっていた頃、何時もハッキリとした理由のないまま「時間との戦い」の中で「子ども達」を巻き込み続けていて、そんな時には「子ども達の小さな戸惑い」に気が付くことは出来ませんでした。けれど今は「私自身」が子どもの頃に「理由の分からない事」を強制させられてきたことこそが「私自身の傷」だったのだと知ったから、いつも「目の前にある事の意味を語れる大人」として子ども達を見ていたいのです。
 大人が「子ども達」をゆっくりと丁寧に見守っていくことの「先」に見えるものは計り知れません。そして私も・子どもも・誰も皆、「先」にあるのは「無限大の可能性」です。


2005年03月16日(水) 「間違った社会」

 この頃の私はこれがいわゆる 「普通の社会」 だろうと思うことが良くあります。
社会で 「そこそこ」 に 「自分」 を持ち 「周囲の人とは適度に馴染み」 ながら、「差しさわりのない話題に花を咲かせその場所を平穏に過ごす」 のです。例えば 「自分の居る家庭」 が 「今のところ」 は 「平和」 で、自分の人生も 「そこそこ」 に 「幸せ」 だという思いがあれば 「人に優しくすること」 は出来るから、そんな自分としてなら 「楽」 に生きていく事も可能なのです。「小さな不満」 を持ったとしても 「大きな波」 だと感じなければ 「こんなものだわ」 と思う事で 「そこそこに満足」 して 「平穏」 を保っていられるのです。
 けれど私は 「この社会」 こそが 「間違っている」のだと考えます。
私が子育てを始めた頃の 「周囲のお母さんと自分を比較して苦しんでいた過去」 を思えば、「周囲と同じである」 から 「自分の人生」 が 「そこそこ」 に 「平和」 なのだと 「思い込む事」 こそが、 「社会全体が傷だらけ」 ということではないかと思うのです。私たちがもしも本当に「自分にある可能性」を知っているのなら、「周りと同じに」 という基準は浮かんでこないはずなのです。

 私は「自分には人としての可能性がある」 事を知っているから、老若男女どんな人にも 「無限の可能性」 がある事を知っています。だからこそ私はこれからも限りなく 「自分を確かめ続けていく」 のです。

 社会と同じ色でなくてもいい・違う色になるのがいいのです。
私が持つ 「カラー」 はもちろん、・・・・・色。

 天白公園の外灯に登ってる「人」


2005年03月15日(火) 先生も 「待っていて」ね

 今日は職場で 「ミス」 をしました。それは診察時間の合間を縫ってやっていた小さな事務処理でした。先生は私に 「一度言ったら覚えて。前の常勤さんは出来てたよ」 と言いました。私は自分が間違えた初歩的なミスを謝罪してから 「診察の介助と事務的な処理とどちらを優先すれば良いですか?」 と尋ねると、先生は 「仕事中に出来ない時は仕事が終わって遅くまででも残ってやってよ。前の人は皆それをやったよ。うちは労働基準法に違反していないんだから」 と仰ったので、私は 「22時頃まで残業している自分」 を想像し 「次の日の仕事に差し支える」 と思いました。

 私たち看護師は医師がカルテを書くペンの進み具合を見ながら 「診察の介助」 をします。医師が書いている内容を後ろから覗き込むように見ながら次にどんな指示が出されるのかを想像し準備をするのですが、その時に医師の傍を離れてはいけませんから、頭で準備をしながらその間に患者さんに不備がないよう丁寧に語りかけます。私の場合、お子様が来た時には更にそのお子さんに合わせた働きかけをします。それから卓上で出来るような簡単な検査の介助もします。更にその間に小さくて細かい物品のチェック・補充・オーダー・掃除・滅菌・洗濯と、5人の医師それぞれによって細かく分かれた 「指示」 を全てこなします。 「指示」 とは例えば 「カーテンの閉め方」 や「エアコンの温度」「患者さんを呼び入れるタイミング」「患者さんへの病気の説明・薬の塗り方」「その医師がどの薬・検査を好むか・何日間使用するのか」、そして更に私の場合は今の職場で唯一存在する 「常勤」 の仕事として今回のように事務的処理も含まれます。これらの全ては目の前に座っている医師のオーダーで決められます。そしてこれらが全て一度に出来て「私の仕事能力」 は 「一人前」 とみなされますし、私がその場所で働きお給料を頂いている以上は 「一人前」 として動く義務がありますから、私は 「医師の要求」 をやっていく必要があるのです。
そして私はたいていの場合、これらの事を楽しみながらこなしていますが、今回ミスをした私に投げかけられた医師の言葉は、私にとって「小さな痛み」となりました。

 「これからどのように動いていけばいいのだろう」
そんな事を考えながら私服に着替え控え室に戻った時、先ほどの医師は笑って「Mamoさんいろいろあるけど頑張って。そのうちにやれるようになるから」と言いました。
そうですよね。私にもいつか必ずやっていけるのだと思えます。そして出来ればいつも何をしている「 私」 でも、 「心」に 「ぬくもり」 を持っていたいから、更に「自分」を大切にしていくのです。
 だから先生も出来るだけゆっくりと「私」を待っていてくださいね。


2005年03月14日(月) 「静か」に息を

「静か」 に息をしています。
何かが出来始めている 「私」
「何かが出来る」 と思うことが私の成長を止めるのでは嫌だから、私はいつも私にあるものを 「私が成長するための材料」 として大切に大切に持っています。
そして又 「先」 へ。  何時も 「先」 へ。


2005年03月12日(土) 「約束」 を守り続けている

 今日我が家で小さなパーティーを開きました。
訪れて下さったのは二組の御家族。話題の大半は3月2日に此処へ引っ越してきたY君の語りをきっかけにした「心の問題」についてでした。私はその中で 「私自身は家を出てくる時、子ども達に “お母さんは心の勉強してくるから待っていてね” と伝えてきました」と語りました。
 あれから1年9ヶ月。
あの時 「止まること」 と 「離れること」 の功罪を何度も何度も考え続けた「私」
その結果として子ども達にハッキリと 「自分」 を伝えてきた「私」
そして今此処に生きている「私」
今は何時も 「成長する」 という事を忘れずに「前」 を向いて「プラスの人生」を生きています。

 「プラスに生きる私」 は「子ども達との約束」 を1年9ヶ月の間守り続けてきたのだと考えても良いのかもしれません。そして、これからも・・・。


2005年03月09日(水) 「瞬間思考」で楽しもう

 休日。
 午前中公園で野球の練習をして遊びました。ところが今日は自分でイメージしているように動くことが出来ませんでした。「球がバットに当たらない。何故かなぁ」・・・一緒に 「遊んでいる二人」 と 「私」 の違いは何だろう・・・。考えていて思いついたのは 「意識」 でした。私は 「野球」 に関して学んだことはたくさんあるのだから、ボールを打とうとする私が自分の 「意識・思考」 を100% 「その時・その瞬間の自分」 に持っていく事が出来れば、私は自分にある 「最大の力」 を発揮できるのではないだろうか。きっとそうに違いない。
 数時間の休憩の後に向かったバッティングセンターで、私はこれまでにない 「好成績」 を出し、その感触は 「私は野球の技術を自分の体に持っている」 という大きな自信になりました。

 すごいなぁ。これを 「瞬間思考」 と名づけよう・・・。22:00


2005年03月08日(火) 「生きること」を伝えよう

 今日職場の看護婦さんが私に 「Mamoさんは子どもに優しいから結婚して子どを生みなさい。結婚して子どもを生まないともったいない」 と言いました。私は初め 「それも良いですよね」 と答えその後に 「結婚していなくても子どもが育つのを手伝うことが出来るかも知れませんよね」 と付け加えましたが、彼女は 「何故?」 と不思議な顔をしていました。
社会に生きる人々の大半は 「結婚すること・子どもを生むこと」 に 「女性としての価値」 を持っていますが、私は 「結婚」 や 「出産」 に関係なく、「私」 という 「大人」 が 「プラスに生きること」 は社会に居る 「子ども達の育ち」 を 「手伝っている」 ことに繋がっているのではないかと思います。
 今を生きる私は「私の生き方」を持って、「自分を大切にしていくこと」 を・「生きることのすばらしさ」 を語ることが出来ているように思えるのです。そしてこれから大人になっていく子ども達が 「真」 に 「自分らしく生きている大人」 を知ることはとても大切なことだと思うのです。
 こうして考えると 「一人で生きる私」 の 「持っているもの」 は、社会の常識や価値観には全く沿わないけれども、何にも揺るがない 「真実」 なのだと確信することさえも出来るのです。22:00


2005年03月07日(月) いつも自由になるために

 3回目の野球。
 試合に参加する回数が増えるたびに、現実の動きに合わせて思考を持続させることが出来るようになってきました。技術的には「控え選手」のままなのですが、今のうちにこっそり「充電しておこう」などと大きなことを考えています。
 
 今日は試合終了後、誰も居なくなった「グランド」を全力疾走してみました。「スパイク」で走る感覚は「運動靴」で走る時とは違って靴底で土を蹴ったときの振動が体に伝わって心地よくて、この感覚を一日も早くゲームに参加した形で実感したいと思いました。 
 私は今、グランドで「楽な気持ち」で「ボールと仲良くなれる自分」を知っています。逆に「他者の視線」を気にして「野球を楽しむことが出来ない自分」も知っています。
 今はまだ私の中に、「自由にのびのび楽しめる自分」と「他者の視線が気になって動けない私」がいるのです。
 自分が新しい環境に入ったとき、場所慣れしたことで自由になれるのなら、慣れるまでは心の不自由を味わうことになりますし過去の生き方に似ています。
 私はどこに行っても「楽な私」で生きられるようになりたいです。だからこれからも「傷を癒やして」いけばいいです。どんなことも「心を見つめること」に繋がっているのです。


2005年03月05日(土) 私の死後・「生前契約」

 今日「契約を交渉中の葬儀屋さん」 から連絡が入りました。
私の契約内容は 「私の死後、12万円で死体の運搬・諸手続きと火葬のみを行って欲しい」 というもの。ところが電話を下さった担当の方のお話では、私の場合は 「生前契約」 なので 「身寄りが無い」 事から 「死後の連絡が行き届かない可能性」 を考えると 「契約内容を実行できない事がある。せっかく契約をしていただいても内容を実行できないのでは申し訳ない」 とのことでした。極端に言うのなら 「犯罪に巻き込まれることも想定することが出来るのだ」 とも仰いました。とするならば考え方は簡単ですね。
 私の将来に何が起こるかは私自身にも予測が付きませんから 「出来ない可能性」 があるのは当然のことですし、将来について 「出来るか出来ないか」 を考えることよりも、生きている今、「自分自身の死」 に付いて考え取り組んでいく事に 「意味がある」 のだと思うのです。私は電話の向こうの声を 「穏やかだな」 と感じながら、私の考えている事を1つずつ伝えていきました。
 しばらくの話し合いを得て、担当の方は 「今の身元保証人があればOKだ」 という事を私に伝えて下さり 「あなたの生前契約が出来るだけ実行されるように、弁護士と相談してから契約書を作成してお送りします」 と仰って下さいました。

 今私は 「自分のやりたいこと」 を1つずつ、「自分の力」で進めています。今日のように 「小さな問題」 をプラスに捉えて進めていける自分を 「嬉しい」 と思います。
 さて、私は 「契約書が届く日」 を心待ちにしながら、又 「次のこと」 を進めていくのです。21:00


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