「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2005年02月15日(火) 私が「死んでいくときの顔」

 顔を洗い、鏡を見た。私は自分の 「顔」 が好き。 「私は死ぬ時、どんな顔をして、死んでいくのかな」
「優しい顔」 をして死んでいきたいな。今は、どうかな。私の目線は「優しさ」を持っているかな。「心」は自分を向いているかな。 うんうん、きっと大丈夫。

 もう、「生きること」 に 「がむしゃら」 になるのは止めよう。私が持った 「生」 も 「死」 も、「自然の流れ」 の一部に過ぎない。そして私は、「自然」 の中に生きる 「小さな生命体」のひとつ。
これで、良いよね。 7:40
 


2005年02月14日(月) 「プラスの資質」を探そう   「死の準備」

 社会に「プラス」を探すということは、「社会の出来事」だけではなく、「社会に生きる人々」に対しても同じことが言えるのですね。そして何より、「自分自身」に対して「プラス」を見つけていく事は、私にとって一番大切なことですね。もしかすると私の中には、私自身も気付いていない「プラスの資質」が眠っているのかもしれません。
 今日もまた、自分にある「プラスの資質」を「引き出すことが出来る生き方」をしていこう。8:00


 空気を入れ替えようと思って窓を開けると、今夜は「三日月」でした。真っ暗な空に光る月を見ながら、いつかは必ず訪れる「自分の死」について考える時、私の日常にある出来事はとても小さな問題なのだと思えます。この毎日、「いろんな私」は「いろんな社会」を生きていて、私は何処を見ていても、何時かは必ず「死んでいく」のだから、「私が気持ちよく死んでいく」為に必要な事を、「今」見つけ続けられる私でいたいと思います。

 ここ「名古屋」で始まった、私の「プラスの人生」
その先にある「私の死」は、いつ、どんな形で訪れるのかな。「私が死んだ後」には、私の遺体の処理の為に、何が必要になるのかな。「死」に付いて、分かっていることはほんの少しだけれど、今は「穏やかに生きる事」をしながら、「死後」の為に必要なものを整えていけば良いですね。
 2月14日の今日、世間はバレンタインデー。私は一日、「自分を持って生きること」だけを意識して生きていました。22:50


2005年02月12日(土) 「プラス」 を繋げよう

 昨晩、布団の中で寝付かれずにいた私は、「近い将来」 を 「プラス」 に思い描いて楽しんでいました。今朝、出勤前の公園にいた私は、「グランドでヒットを打ってみたいな」 と考えていました。そして職場で白衣に着替えていた私は、「頭が楽な仕事の仕方はあるかな」 と考えていて、仕事を終え家に戻った私は、「あー楽しかった」 と呟いていました。

 プラスの発想は、細く長く繋がっていくのかな。ということは、私は次にヒットを打つのかな。 「グランドでヒットを打ちたいな・・」

 ふと窓を見ると、我が家の 「鳥スペース」 の 「みかん」 に2羽の 「ヒヨドリ」 が来ていました。一羽はせわしげに餌を突付いていて、別の一羽はその後ろでただ静かに座っていました。私が写真を撮ろうとして窓を静かに開け始めると、ヒヨドリはその音に気が付いたのか、私のほうを身動きせずにじっと見ていて、見られている私のほうも身体を動かさずに 「ヒヨドリ」 が安心するのを待っていました。私は小さな物音も出さないように気をつけていたけれど、彼らはやがて、2羽揃って遠くへ飛んでいきました。

 ごはんの邪魔をしちゃったかな。次に来る時には「黄セキレイ」を連れてきて欲しいなぁ・・。

梅の花 ヒヨドリ


2005年02月10日(木) 姉妹

 今日は心友の女性二人と久しぶりの再開をしました。二人の女性は姉妹の関係でしたので、私は傍で二人のやりとりを見ながら、時々自分の過去を思い起こしていました。
 私にも姉と弟が居ますが、私達が「きょうだい」として最後に出会ったのは、今から3年位前の事だと記憶しています。記憶に残る姉弟像は親の視線を基準にした「優劣」の世界で傷つけあっているところがほとんどでしたが、私達はそれぞれの環境の中で「虐待」の被害者だったのですから、それも仕方のないことです。そんな私も二人の姉弟と「心」を語り合うことが出来るのなら今日の心友たちのように一人の人間同士として語り合えるのですよね。さらにそこに「姉妹」のみが出来る「思い出話」が付いてくるのでしょう。
 私は今日、約3年ぶりに、いいえ、おそらく38年ぶりに「姉と話をしてみたい」と思いました。


2005年02月09日(水) 「大切な空間」

 ポカポカ小春日和の休日。
 夕方、中学生のお子さんを持つ女性と語り合う機会がありました。女性は過去に看護師として働いてこられた方ですが、彼女は「職場で患者さんに“ありがとう”と言われることに抵抗があったし、私は嫌だった・・・」と話して下さり、私たちの会話は「自分が見聞きしているものが “上辺のもの”か“心のあるものか”を、私達は“自分の心”で見分ける事が出来るのですよね」という部分にまで発展しました。そして私は「自分探し」をしていらっしゃる「女性」の語りを聴きながら、「私」にとっての「大切なもの」を改めて確認したように思いました。私は「心を語れる空間」をより多く持つ事を意識して生きるといいのですね。


2005年02月07日(月) 「私に出来ること発見」をしよう

 今日は仕事をしながら「私に出来る事」の「発見」を楽しんできました。診察を待っている患者さんに私の方から「もう少し待っていて下さいね」と声をかけることも、先生の様子を見ながら次の処置の準備をしておくことも、「今の私に出来ること」なのですよね。 仕事をしながらの「出来ること発見」は面白いものでした。
 一人の患者さんは、私が彼女の冷たくてひび割れた手に薬を塗っていると、「あーあなたの手は暖かくて気持ちがいい・・」と言って目を閉じられました。私の手はその時、偶然にも診察室の中で動き回った体と共に温まっていたので、「あったかい手でしっかりとお薬を付けたから、この膏薬と温もりをお家へ持ち帰って下さいね」とお伝えしながら「患者さんの言葉」の中が嬉しくなりました。
 ところで今日は「手術日」でしたので、私は自分の後から就職された同僚に手術の手順をお伝えしたのですが、その時の私は手術の進み具合を見ながら、同僚には「すればいいことだけ」を「より簡潔に伝える事」を意識しました。私は一つ一つを丁寧にしていくと必ず「出来ていく」のだから、どんなこともゆっくりと取り組んでいけばいいのです。そして、私が学んだ事を他者に伝えていくことは「私自身の確認」にもなるのですね。こんな機会を得る事が出来て良かったと思いました。
メジロ セキレイ


2005年02月06日(日) 初野球

 休日。数日前からの風邪は峠を越したので、今日は人生で始めての経験「草野球」をしてきました。真新しいユニフォームを身に付け、皆と一緒にグランドに出て相手チームに挨拶し・・・。そしてなんと私は、あこがれの「バッターボックス」に立ち、バットを「3回も」振ってきたのです。一本だけはボールをかすめる事が出来ましたから、いいですネェ・・。(「チップ」と言うそうです) 
 「野球をしている自分」って面白い。そして空振りしても 「次」の為に「心」を切り替えることが出来ているから、「不思議」 です。今度はバットにしっかりとボールを当ててみたいので、出来るだけ練習して次回に備えようと思います。そして、ルールも知らない私に代打のチャンスを下さった監督さん、「大きな心」を有難うございました。私も何時の日か「点を取る」事が出来れば 「心」のお返しが出来るかもしれません。20:30


2005年02月05日(土) 「自然治癒力」 と 「責任」

 2日前から「風邪気味」。それなのに、ついつい「風邪気味の私」を否定して、いつもと同じように動いていました。 
今朝になって、私がしんどさを否定していることやこれくらい平気だと思っていることが、結果的に症状を長引かせているような気がしてきました。子どもの頃は風邪を引くと親に責められましたから、しんどさを感じられずに生きている私でしたし、社会では常に頑張ることを要求されていたのだから、仕方がないですね。今回は風邪気味の私の心に沿って生活してみます。そして喉が痛くても出来る事がありますね。私はいつもできることをしていけばいいのだから。
何が出来るかと考えたら、仕事は出来そうな気がしました。新しい発見をした気持ちで喜んで仕事に出かけました。しかし、現実は大変でした。9時から15時45分までの診察時間に受診された患者さんは80人。私の休憩は15分・その時間にお弁当を駆け込む。暖房で空気が乾燥しているせいか、喉が干からびてくるのがよく分かる。マスクの中では鼻はムズムズしっ放し。立ちっぱなしで腰が痛いけれど座る機会が殆どない。患者さんが50人を超えた頃、先生の声がかすれてきました。先生は机の上のお茶を、患者さんが交代する瞬間にぐぐっと飲み干すけれど、かすれた声は戻らない。患者さんの中には「なかなか順番が回ってこない」と怒って帰っていかれる方も居る。その対応に追われる受付の人達と、慌てて現場に駆けつけて謝る看護師さん。気のせいか皆が疲れているように見えてきました。(あー私は今、自然治癒力とはほど遠い世界に居るのではなかろうか。この状況でどうやって「風邪引きの自分」を大切にしていけばいいのかな)。病気を持って受診されている患者さんと先生と私。私の体が元気なら、昨日のようにいい考えも浮かぶでしょう。けれど今日は自分がしんどいから、他者を手伝うことが難しい。「心」の状態と同じですね。ということは、私はまず「自分を手伝うこと」が大切なはずなのに、「仕事をしている私」は、社会に属して働くものの「責任」としてそこに居る以上、自分のしんどさよりも「仕事」を優先して動いていくしかないのだと思いました。
 仕事を終えて、帰宅したのは午後の16時5分。7時間近くも立ちっぱなしで、腰が痛いし、体がクタクタ。そういえば昨日の夜も21時帰宅で、夕飯をゆっくりと食べる気持ちにならなかった。今日は栄養満点の鍋焼きうどんでも食べて、トドのように眠りたい。
 ベッドに転がってこんなことを思いました。「雇われている人」である以上、今の社会にある職場で「自分を大切にする」事は難しいのかな。もしもそうだとするなら、私は自分で会社を持つことが出来れば楽なのかな。自分の「心」を一番大切に出来るような場所を作って「楽しみ」の延長で働いて「自分にある責任」を取っていけばいいのかな。そのために必要なものは何かな。逆に、不必要なものは何かな。まずは今2つ片付けておく問題があるから、これを処理してから先へ進んでいこう。そしてもっと自分の身体に心を向けて生きよう。今夜は玉子酒を飲んで寝よーっと。今は何が出来るかな?出来るだけ身体を温めてゆっくりと過ごしていれば・・・きっと私の「自然治癒力」が穏やかに働いてくれますね。そうそう、「自然治癒力」を引き出しましょう。


2005年02月03日(木) 「付け届け」を否定しよう

 仕事。午前中、忙しさの余りに先生に「あなたメッセージ」を使ってしまったので、先生に「きつい言い方になって御免なさい」と謝まると、先生は「いいよ、別に」と答えました。診察介助の時、私が提案した事に対して先生は「ほー、いい考えだねぇ」と仰ったので、私は「どうすれば処置しやすいのかなと思って・・」と答えると先生は笑い、そこには「やさしい空間」が流れていました。
 実際に私は朝から、「どうすれば医師が現場で楽に処置が出来るのか」を考えていました。私がよりスムーズに医師の「診察介助」をする事が出来ると、医師は「楽」に処置が行え、患者さんはより少ない「待ち時間」を経て「医師の診察」を受けることが出来るのです。そしてこの全体の「流れ」は、私たち看護者の仕事を「楽」にしていく事に繋がると思うのです。
 私はこのような「小さな試み」と「発見」を繰り返しながら仕事をしていくと、それらは自然に「働く楽しみ」につながるような気がしています。「働くということ」は「楽しい事」だったのかしら。
午後、仕事先の病院に、以前の職場の看護師さんが受診され、私は自分が退職した日の出来事を思い出しました。彼女は私の退職日に、残って働く同僚を代表して「花束」を渡してくれた方ですが、私は一度頂いたその「花束」を丁寧にお断りし、後に残る人々にプレゼントして職場を後にしたのです。実は数日前にも現在の職場で、私と交代に退職された看護師さんは、残って働き続ける私や他の人々に「贈り物」を届けて下さいましたが、私はその「贈り物」をお断りする形で彼女にプレゼントさせて頂きました。
 関わった場所に付いて回る「贈り物」は「付け届け」と同じですから、そして「付け届け」は過去から続くマイナスの「風習」の1つですから、私はこれらのものを否定していくと、私の周りに「心」のある関係を作っていくことが出来るのです。


2005年02月02日(水) 自然の力

 朝目が覚めると、外は真っ白の銀世界でした。雪は昨晩のうちから降っていたのですね。今日は仕事が休みなので、自転車で外出してみたら、マウンテンバイクが雪道でも大活躍することを知りました。
 日中は太陽が出て日が暮れる頃には雪もすっかり溶けましたが、夜のうちに道が凍ったら、明朝は「タイヤチェーン走行」を初体験することが出来るかもしれません。
 散歩の途中で「アライグマ」と出会いました。アライグマは自転車に乗っている私の前に突然現れ、私を見つめたまま動こうとはしませんでした。私はその姿をカメラに収めようとしたのですがカメラの操作に時間をかけているうちに下水の穴の中に入っていってしまいました。家の近くでアライグマに出会えるとは思ってもいませんでしたが、もしかすると近所のお宅から逃げ出してきたのでしょうか。又会えると良いなぁと思います。

 午後には一人の女性と電話で話をしました。話の内容は、それぞれの日常の「小さな出来事」、そして時間はわずかに10分足らずでしたけれど、お互いの会話は優しいもののように感じました。私は「心」を意識すれば「わずかな時間の小さな会話」の中にさえ「優しさ」を見つけることが出来るのですね。

 道端の「どうだんつつじ」が赤くて可愛い芽を出しているのを見つけました。「あらまぁ」と思いあたりを見渡してみると・・あちこちの木でも同じように小さな芽をつけているのが分かりました。こんなに寒くても、自然の中で生きている「草木」は既に芽吹いているのですね。「今」芽吹いているから、春にはきれいな花を咲かせることが出来るのですよね。雪の重みで花びらを垂れていたガーベラも、じっと雪が解けるのを待っていて、そして今は又、上を向いて生きています。 
「自然の力」ってすごいですね。21:00
どうだんつつじ ガーベラ


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