「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年09月30日(木) プラスの思考

 私は昨晩、新たに加わった私の能力を、全身にしみこませて布団に入りました。そして今朝、仕事に出かける前に再度、能力を意識しました。仕事中、私は自分を大切にして動く事だけを意識していました。仕事の途中には小さな出来事の中で巻き込まれる私も居ましたが、短い時間で前向きに切り替えることの出来る私でした。
夜になると私は、スポーツの中で思い切り身体を動かして楽しみ、そんな自分を眺めていました。
 一日の殆どをプラスの思考で生きた一日。「これで良いのだ」と・私は毎日このようにして、能力を取りこんではチャイルドを癒やす事を続けながら、「自分」を生きればよいのだと、深く心で感じました。自分の中に沸き起こるプラスの欲求を大切にしながら、明日もまた生きていくのです。

 写真は台風一過の朝の、空に青く澄んだ空です。今日は東の空と西の空の青さがくっきりと違っているように見えました。そして夜には、白い満月が空に昇っているのを見ました。

東の空西の空


2004年09月29日(水) ゆったりと生きる

 台風21号の為に外は豪雨と強風で、建物全体が軋んでいるように感じます。台風はこれまでに何度でも経験しているはずなのですが、今夜の私は、雨の音がごく間近に聞こえ、風の勢いを全身で感じ、まるで生まれて始めての体験をしているように思えます。

 私は今、 『死を教える』 という本を読んでいるのですが、この本によると、離婚・他人の死・退職・失恋などによる他者との別れは、ある意味で “小さな死” として考えられる」 と書かれてありました。そしてこうした “小さな死” にどう対処してきたかによって、人生最後の “大きな死” の捉え方も決定されるのであると。
何かを喪失した時に、その事を成長のきっかけに出来ることが大切なのですね。私は自分が 「死」 を迎えるまで成長していきたいと思いますし、今はそのような生き方をしているのだと思います。私はよりよく 「死」 を迎える為に、より良く生きる私で生き続けるのです。
 ゆったりと温かい自分のペースを感じながら、そして丁寧に確実に自分の人生を生きていきます。もう今は、何をためらうこともない。私は私を生きればよい。私には今を生きる力があるのですから。これが私の新しい生き方なのです。22:00


2004年09月28日(火) 気付き

 私は今日になって、この何日かの自分の行動がおかしかったことに気が付きました。それは職場で 「一人で生きる私」 を否定された日から始まっていたようでした。否定されてしまった私は過去の生き方のように 「私を評価してくれる誰か」 を探していたのだと思います。今夜、部屋にある能力のリストを見回して、又初めから、今はたくさんの能力を持ち生きている私が、社会のマイナスに巻き込まれていた事を実感し、今夜から又、丁寧に傷を癒やしていくのです。21:00
9月28日中日新聞より・・滋賀県大津市石山寺の名月





2004年09月27日(月) 名月

雨降りの休日です。

今日私は久しぶりにプールへ行き、平泳ぎをしながら、 浅いプールで力を抜く事をしてみました。すると自分が深いプールに入っているよりは浅いプールに入っているほうがより安心して浮かんでいられるのだと分かりました。そして私は平泳ぎをしている時には体に必要以上の力が入っているのだろうと思えたので、「水の心地よさ」を感じる事を意識しました。さらに水の中で楽に浮かんだ状態で、 「もう少し早く泳ぐ為にはどうすればよいか?」 と考えていました。私はプールの中でこのような事を繰り返しながら1時間を過ごしたのですが、考えてみると過去にはプールの中でも他者の視線、他者の動きを気にかけ、周囲に遅れまいとすることにエネルギーを使っていた私が、今日は自分だけのことだけを意識していられたようで、プールを出る時の私は、今までにない心地よさと充実感を感じていました。
「何かを習得する時にはこのように一つ一つを丁寧にやり遂げていくの事がより早く上達するコツ」 に繋がるのですね。そして、目の前のものを習得しようというよりも先に、それを楽しめることが出来れば、より楽に新しい事を習得できていくのかもしれません。

 夜には、空に満月が上がっていました。今日は午前中にたくさんの雨が降り空気が澄んでいたせいか、空に上がっている月も透き通るようにきれいに見え、夕焼けはきれいなオレンジ色をしていましたし、そこに浮かんでいる小さな雲が、まるでダイアモンドのように見えました。
明日は 「仲秋の名月」 だそうですが、私がインターネットで調べた結果によると、正確は仲秋の名月と言われる日の殆どは満月ではないのだとか・・。

 本日、9月26日付けの朝日新聞に、 『知多海岸で海がめの卵が孵化した』 ことが載っていました。写真には人間の手の平に載せられた小さな海がめの赤ちゃんが映っていました。海がめの赤ちゃんはきっと自分で海の中へ入っていくのでしょう。私は過去ではなく現実の中のいろんな出来事を楽しみながら、そして過去を見据えて癒やしていくのです。10:50


2004年09月24日(金) 新しい動き

 私はいつも新しい私で生きています。過去の傷を抱えて人生を嘆くのではつまらないから何時も何かの始まりである自分の現実をしっかりと見つめて、丁寧に進んでいます。時に大きな出来事に出会うことがありますが、そのように生きている自分をしっかりと見据えていくことが大切なのですね。

ところで最近、静かに自分を見る事をしながら生きているせいか、「元気がないね」と言われることが何度かありました。過去には無意識に他者に話しかける事を無意識にしていた私でしたので、そのような評価を他者から聞いたならば、私は即座に「いつも同じように元気な私」を作っていたのだと思います。

 そして今「私」という一人の人間が常に新しい何かを感じながら生きるとき、「いつも同じ」はありえないのですし、何よりも私は私の心の声に耳を済ませることが大切なのですから、静かにしていることも私の心の作業にとって大切なことだと思います。「自分を見据える」為に必要なのですね。

夕方、職場の女の子とバッティングセンターに行きました。私たちは10日前、お互いの予定を聞きあう前に「計画を立てる事から実行するまでを楽しもうね」と語りました。そして今日までの間、実際にお互いのペースで予定を確認しあいながら今日の行動となったのでした。バッテイングを終え彼女が「一緒にご飯を食べようね」と言った事から、私は「うちで食事を作って食べるというのはどう?」と、彼女に提案し、彼女はそれを受け入れ、私たちは二人で買い物をし料理を楽しみながらそれぞれの事を語り合いました。

私には、彼女が職場で心のある仕事をしているように見えていますが、彼女は「自分の動きが遅いことを先輩に指摘されて辛い」と言いました。そして逆に「後輩から、(私には)わからない事を聞きやすいと言われて嬉しかった」とも言いました。私は彼女の言葉から私自身の数日間の動きを思い、私自身が他者に心を奪われるのではなく自分の能力を実感しながら仕事をしていく事が大切だと感じていました。彼女は私の部屋の多くの張り紙を眺め、「これは自分で考え付いたものを書いているの?」と私に聞きました。私は「社会に巻き込まれないで、自分を感じて生きるために必要なものなの」と語りながら、今はもう自分がしている事を他者に語れる自分であるのだと実感していました。こうやって人に語っていくことも更なる確信に繋がるのかもしれません。

彼女は軽く飲んだお酒の酔いを醒ましてから家に帰っていきました。
これまで一人で動く事を意識していた私は今日、いつもと違う行動の中での楽しさを味わい、そして本当に大切なものを再び確信したように思いました。21:55


2004年09月23日(木) 境界線

 子どもの頃の私は、自分の家族の問題は全て「自分が生きているせい」で起こっていると考えていました。大人になった私は他者との境界線・子どもとの境界線を越え、人の問題も抱える生き方を続けていました。
そして今は心の勉強をしていますが、仕事を通して社会と関わる中で、時に全ての責任を自分で背負おうとする自分を感じます。

 7月の始め、職場で部長が私に語った「8月から分煙します」の話は、今はどこかへ消えてしまったかのように同じ場所で煙が上がっています。現場で働く人々の過労働による悲痛の叫びは、現場を知ろうとしない上司の心に届くことが無いようです。その中で私は、「私が自分を意識していく」ということだけを意識するべく動いています。


2004年09月21日(火) 新しい私

 休日。今日私は朝早く自転車に乗り、介護のチラシを配ってみました。よそ様の家の玄関口に立ち、お手製のチラシをポストにそっと入れる私は、これからの自分にどんな素敵な出会いが待っているだろうと考え、心の底からワクワクしていました。

 チラシを配り終えた私は、次に車に乗り買い物に出ました。お店にはBGMが流れ、特売の張り紙があり、そして陳列された多くの商品の前に特売の札がかけられていました。過去にはこれらの宣伝に振り回される私でしたけれど、今は必要なものを買うのみで引き上げられる私です。

 9月21日付けの新聞に『小学生は天文の知識が乏しい』という調査結果があり、調査した教師や研究者方は『情報が溢れ身近な現象を学ぶ機会が減っているのが原因だ』と載っていました。
私は過去、宇宙に興味をもてる大人ではありませんでした。そして今は、月を眺めて楽しむ私なのです。月は何時もそこにあり、地球はずっと前から周っている事を私は語りたいと思う私でいることが大切なのだと思います。

写真をクリックすると大きくなります。


2004年09月19日(日) 労働

 先日、職場で半年毎の決まりとなっている配置転換が行われました。
恒例になっている半年毎の配置転換が行われました。不足職員の補充がなされないま
まの配置転換なので‥‥‥
忙しいフロアへと回された人、苦手な人と同じ配置になってしまった人など、それぞれの場所で小さな不満が聞こえ、職員の間にも冷たい空気が流れているのが分かります。
人が居ないことが私達職員の気持ちを焦らせ心のある介護が出来ないのだとしたら・・・。
何よりも私達職員が無理な労働を強いられる事でストレスを抱えたまま多くの方の介護をしているのだとしたら・・・。
この現状を早急に変える必要があるはずなのですが、私の職場だけではなく、今の社会では作りあげられた規則が見直されることは少ないのですね。私には今あるものを何度でも吟味し改良を重ねていくことが大切なのだと思えます。そうすることが私たちの成長に繋がるはずなのです。

私は何処のフロアに回っても、自分に出来る事を探しながら動いています。自分に何が出来るのか、ある程度考えながら動きつづける事が 「私」 を意識できる自分に繋がるのだと確信しても良いようです。

 先日一緒にチョウチョを眺めたYさんは、今日私の顔を見た途端に 「Mamoさん、この間はあなたの貴重な時間を割いてくださってありがとう」 と言いました。私に語りかける彼女の表情はいつもと違い、パッチリと見開いた両目にその肌さえも輝いているように見えました。私は彼女と同じように、彼女にお礼を述べた後、 「大きなチョウだったね。私はあの日の日記にYさんとの出来事を書かせてもらったのよ」 と伝えました。私の事を詳しくは知らないYさんですが、私はYさんの存在が私自身を成長させてくれるのだという事を彼女に語りたくなってしまったのです。

 帰りに車の中から見た月は昨日よりも少し大きめで、どうやら三日月のようでした。部屋の窓から再び月を眺め 「明日もきっと良い日だろう」 と自然に思える自分が居ます。明日はリーダー業務が待っていて、私は明日もまた今日と同じように 「出来る事がたくさんあるね」 とワクワクしています。自分を思い切り楽しんで仕事をし、仕事を終えた私もまたこのように思考を働かせて楽しんで生きるのです。ところで先日、名古屋市役所の近くの道路沿いでかわいらしい実を付けた木を見つけました。木の名前はわからないのですが、その実の付き方がまるで鈴のようでした。21:25


2004年09月18日(土) 自虐行為

ファシリテイター育成会。
 他の方の語りに、私自身にまだ埋もれたままの、心の傷が刺激を受けました。

 「自傷行為」

 私は過去自分を痛め続ける事が普通だと捉えられる環境で生きて来ましたので、心の勉強を始めてしばらくするまでは、このような社会の一部で知られている自傷行為・自虐行為が自分に当てはまるとは思ってもいませんでした。けれど今思えば、過去に子どもの泣き声に怯え自分の頭を壁に打ち付けていた頃の私は常に自責の念に駆られていたのです。そしてもっと遠い過去を思い返してみると、子どもの私が自分の身体を痛めていた頃にも、これまでの大人の私と同じように、酷い自責の念に駆られていたのです。

「子どもの私が感じていた自責の念」
それは、痛みや辛さから自分を守ることが出来ないという自分への憤りだったように思います。人はどれだけ小さな存在にしろ、本能的に自分を守る事をして生きます。その中で、自分を否定するものから自分を守れない・この事は子どもの私であっても、自分の生に対する無力感でとなり、言葉で表すにはあまりにも大きくて重たすぎる苦痛として私の中に抑圧されてきたのです。以前どこかで交通事故に会うことさえも自分を傷つけていることになるのだと聞いたことがあります。そうかもしれませんね。現実に注意を払っていることで防げる事故も、中にはあるかもしれまさせんし、私は過去に赤信号をそのまま渡れる・そんな自分だったのだから。そして今は、自分を大切にする生き方を選択しながらゆっくりと進んでいく毎日です。

 知多市の於大公園へ「パラグアイオニバス」を見に行きました。オニバスはハスの一種、甘くて何ともいえない香りを放ち、しばらくの間私は池に顔を出すようにしながらその甘い香りを嗅ぎました。
別の場所へ行くと、アべりアが咲いていてそこに透かし羽が花の蜜を吸いに来ていましたので、私は透かし羽を掴まえてみました。透かし羽は蛾の仲間らしいのですが、その外見は透き通った羽を持ちきれいな模様をしていますので、私は気に入っているのです。又別の場所へ行くとツクツクボウシが木に止まって鳴いていましたので、今度はそちらも掴まえてみました。セミは私の手中に簡単に納まり、手のひらで鳴き声を上げ、まるで「逃がしてくれ」と言っているように思えました。

 仕事の日には仕事をし、休みの日には心を見つめる事をしながら、心地よい遊びを取り入れる。こんな生き方を続けながら私は成長していくのです。帰りに車の窓から月の姿を見つけました。この何日か見ていないと思っていたら、今日の月は三日月よりも更に小さな可愛らしい月でした。月は時々雲の服を来て、その姿を隠しました。私がじっと見つめていると隠れた場所とは少しそれた場所から再び顔を出しました。「月さん月さん、お願いがあります。三日月のその隠れた部分をちょっとで良いから見せて下さい」
こんな独り言が頭に浮かび、月と遊ぶ事もしながら家路に向かった私でした。22:00





2004年09月17日(金) 輝き 

 今日は痴呆フロアで仕事をしました。
私が気になっている女性の一人・Yさんのベッドを訪れてみると、彼女はいつもと同じように自分に付いて語った後、 「こんな身体で生きてたって・・」 と言いました。

「生きていたって・・・」

半身麻痺を抱える彼女・痴呆ではない彼女が日常で見る、自分と同じ年代であり痴呆を抱える人々の姿。 「痴呆」 と言う病名を付けられ区別されている方々のお世話をする私たちの動き。毎日同じ光景の繰り返しと思われる施設の中で彼女が 「生きていたって・・」 と言い放つ気持ちが私には理解できました。そして心が 「死にたい」 と願っても体が生きる選択をする以上、私たちは生きていく必要がある事も感じました。
幸い今日は天気が良かったので、私は彼女にベランダへ出てみる事を提案しました。施設のベランダには花や野菜が植えられていますし、私には彼女が太陽の光りや土の香りを感じる事も必要だろうと思えたのです。
私がプランターの土を彼女の手の平に載せると彼女は 「土は柔らかいんですね」 と言い、赤ピーマンを手の平に載せると 「赤いピーマンの料理を作ったことが無い」 と言いました。
ベランダの奥へ進むとそこには、私が子どもの頃に甘い蜜を吸って楽しんだ花がたくさん咲いていました。私がその花を手に取り蜜を吸って 「甘いよ」 と言うと彼女は私と同じように花の蜜を吸いました。いつもうつむいて涙を流す事の多い彼女が 「ホントだ、Mamoさんの言うように甘いねぇ」 と言って笑いました。Yさんが入所してきて1ヶ月と2週間目、私は彼女の笑った顔を今日始めて見たのです。そうしている間にその花に大きなチョウが飛んできたので、私は私自身の声がチョウを刺激しないように気をつけながら 「Yさん!大きなチョウチョが来てるよ!見える?」 と彼女に伝えてみました。目の悪い彼女は最初、全長7センチほどのアゲハチョウを視界に入れる事が出来ませんでしたが、チョウが何度か飛び立っては私たちと同じように花の蜜を吸いに来るうち、ついにその姿を彼女自身の視界に入れることが出来たのです。 すると彼女は 「本当だ大きいねぇ」 と言った後 「チョウチョにおすそ分けをしてもらった」 と言いながらもう一度花の蜜を吸い、私たちの周囲を飛んで回る蝶の後を追うように首を傾ける事をし始めました。

私は・・彼女の心がほんの少し輝いたような気がしました。
「生きる」とは。生きるとはこういうことではないかと思います。現実にあるものに意識を傾け、プラスの好奇心でそれを眺めていくのです。
二人で外に出ていた時間はわずかに15分。彼女には彼女のプランがあり、私には私の業務が残っていました。「もう少し自由な時間があれば・・」そう思いつつベランダの戸を閉めた時、彼女は「Mamoさんと又此処へ来たいゎ」と語りました。21:15


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