「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2004年07月05日(月) |
「児童憲章」と「児童虐待防止法」 |
「児童憲章」は1951年に作られていたのですね。私は児童憲章が作られた15年後に生まれ、この法案を元に人として大切にされるはずでした。ところが私の育った環境は私の人格を破壊しました。そして破壊されたまま大人になり子どもを生み育てようとした私が、自分の生き辛さに押しつぶされていた、ちょうど2年前に「児童虐待防止法」が作られました。
私は2年前に新聞で児童虐待防止法を知った時の、次の気持ちを覚えています。 「私が子どもの頃にこの法律が出来ていれば、私はすぐにでも救われていたのに・・」 自分の子ども時代の社会に私を救う為の法的手段が無かった事を悔しいとさえ思いました。
でも、実際には私が子どもの頃にも「児童憲章」というものがあった事を知り、私は心底驚いてしまいました。何故なら、児童憲章を元に当然救われているはずの私が、人格をばらばらにされたという事実が今もあるから。
私はこの二つの法案と、これらを作ってきた社会の流れをどのように解釈すれば良いのか暫くの間考え込んでしまいました。
そして今は「児童虐待防止法」です。これからの社会はどうなりますか?私には分かりません。私は何をすれば良いでしょう。ただ自分の事をしていけば良いのですね。「今」を生きるという事を。
人の頭の中は感情と思考で出来ているのかな。私は過去に、感情の中だけで生きていました。そして今、私は思考の部分で生きる事を練習しています。思考をプラスに活用していく為には傷に巻き込まれないだけの能力と癒やしの作業が不可欠です。社会の人はたいていの場合、感情の中で行動しているのではないかと思えます。 私はよりプラスの思考を使って生きる練習をします。それが私Mamoの生き方です。
私の眼に映るものは見ようとしなければそれはただ見えているに過ぎませんね。見ようとすると「私が見ている」事になるのですね。
22:00
| 2004年07月04日(日) |
きつい言葉 小さな戸惑い 確かな能力 プラスの思考の大切さ |
2004年7月4日付の新聞の中に「きつい言葉が勝つ」という言葉を見つけました。私は冷房の冷たさから肘を守る為にサポーターをして仕事に行くことがよくあります。 職場の中のある人は白いサポーターを見て 「 若い振りしてカッコつけてぇ 」 と私に言いました。私はこの言葉に怒りを感じ、そしてこの言葉を無視しました。過去なら、私はこの言葉を笑うことで吹き飛ばしていたかもしれません。そして今、私は身体を守りたいだけなのです。私は私がしている事を他の誰かに評価される事は嫌なのです。そして私は今、自分の心に正直に生きる事をしているので、私の行動に心の無い言葉をかけて欲しくないのです。
それにしても社会ではこのような言葉が蔓延しているように思えます。そしてこの言葉を乗り越える為には、より強力でより「きつい言葉を」なのですね。
社会ではこんな事を「勝つ」と表現しますか?
私は「抑圧された悲しみ・痛み」と捉えます。私自身は上の言葉に「小さな戸惑い」を感じたのだろうと思います。過去にはこのような言葉の中で私の心はロボット化されていたのですね。家の中や学校や成人してからの職場の中で。やはり小さな戸惑いをより早くキャッチする必要がありますね。
私は・・。私は自分を大切にしよう。自分の感覚を感じ、情報を吟味し、自分が何を語っているのかを知っている自分でいよう。
一昨日から私の中で何か違う感覚が起きています。何とは言いがたいのですが、「交わり」とか「ふれあう」とか「溶ける」とか、そんな言葉が適当なのだろうと思います。私たちは今、ひとつの頭の中ではっきりとそれぞれの思考が必要だと感じているのです。私は私の中にある多面的な部分を、私のプラスの思考を使い、私自身がより生きやすくなるようにやっていけばよいのですね。そのためには私自身が現実で生き、より確かな能力を確信することがとても大切なのですね。そして現実の中で生きる為にはプラスの思考を持っていることがとても大切なのですね。
さまざまな感情を持つほかの人格に振り回されていたのは、過去にマイナスの感情の中で生かされ生きてきたからですね。
2日前に、職場で苦手な人との仕事を経験したことが私の中で大きな能力になりました。私は今「私は何を感じるか」「私はどう生きるか」を考えることがとても大切である事を実感します。すべての事は私が基準でよいのですね。目の前の人に受け入れられる事ばかりを考えて生きていた頃には、自分の中の「受け入れられたい」欲求に対する答えを探すことに疲れ果てていたように思います。
能力は現実の中で自分が生きられる事を確信する事で、揺るぎないものとなり自分の中に吸収されるのですね。出来ている部分にさえもマイナスを探していた私はもう居ません。これからは出来ている部分を基盤にして、より確実な 「 私 」 の基準を作り上げていこう。 「 私の価値観 」 と言っても良いのかな? もちろん柔らかさを忘れずに。7:40
| 2004年07月03日(土) |
人手不足 雇用者がする事 働く人がする事 凛として。 評価 柔らかく口を閉じ優しく生きる |
昨日の仕事はとても忙しかったのですが、私の周りは常にゆっくりとした時間が流れていました。昨日は久々に担当する仕事で、その作業の多さには限界を感じました。自分がしている事を認識しながら、一つ一つ丁寧にやっていくとしたら、私には到底時間が足りないと思えました。それでも、一日を終えてみるとなんと、私は昨日一日の仕事時間を「辛い」とは感じてはいませんでした。何故でしょう。もしかすると完璧さを求めない自分でいられたのかもしれません。そして、確かに私は今の自分に出来るだけの事をしただけなので、頑張りも投げやりも落胆もない自分でいられたのかもしれません。
更に私が昨日一日働いてみて感じたことは、夜勤だけでなく、昼間の仕事でさえも明らかに人手不足で動きが取れないということです。慢性的に無理な環境で職員や利用者などを動かしているのであれば、今の状況で物事がプラスに動くとは思えませんでした。私は仕事を終えた後、他の職員に伝えました。「今日の仕事ではっきりと分かったことがあります。この人数ではとても動けない」と。異論を唱える人はいませんでしたし、逆に同じような訴えを聞きました。そして一人の人は「だから慣れた人はやめちゃいけないんだよ、回らなくなるから」と言いました。私はこの意見に共感することは出来ませんでした。
いろんな事は憶測や風の便りの中ではなく、自分自身で確信したものを使って考えることが大切なのですね。そしてそれがプラスに動く秘訣でもあるのですね。
それにしても何かの規則や決まりを決めた人は、自分たちが決めた規約が社会の中でどのように動いているのかをしっかりと把握する義務があるのです。現場に立って状況を把握し適宜改善していくことで初めて、規約を決定した者の責任を果たすことになるのだと思います。
そして職場の規約の元で働く私たちがすることは、自分たちがより働きやすい職場になるように、問題となっている事実を持って改善する事を訴え続けることなのです。私たちが自分の心を大切にしながら働く為には、このことはとても大切なのです。
昨夕、家の近所を散歩しました。約一年前から何度でも通ってきた道なのに、昨日の私にはまるで始めて通る道のように思えました。不思議な感覚を感じながら、目の前の光景を見ているのが “ 私自身 ” である事の確信も得ていました。 “ 私自身 ” は今確かに道を歩いている。この景色を見渡している。家を出て道を歩き、次の行く先を決めて歩いている。この確信の後ろで、私の背中に凛とした何かが1本通っているようにも思えました。
「“ 私自身 ” が生きる」とはどういうことでしょう。現実で私の目は目の前の景色を視界に取り入れ、思考は視界に入った景色を見ている自分を知っている。そしてその中で自分が何をしているのかをはっきりと感じていることなのかもしれません。 「 生きていきたい、生きていきたい 」と私の細胞の全てが語っているように思えました。
夕暮れ時にサンダルをカラカラ鳴らしながら、この感覚を過去にどこかで感じたと思いました。それは一年前、L.Aでスクールからステイ先の家までの道を一人でのんびりと歩く私の姿でした。そうだったなぁ。私はいろんな事を考えながらいつも生きていたのですね。何時もいつも。1年前も5年前も、10年前も20年前も、そしてもっともっと前から、私はずっと生きてきたのですね。そう考える私の中に何か言い表せない感情がこみ上げていました。
私は少し前に、今ゆっくりした時間の中で自分と向き合い心の問題に付いて考え続けられるのは、一人の時間を持てることがとても大きいのだろうと思いました。それでも社会では子育てをしながら仕事をする人もいる。私も過去にはそうしていたのです。
あの頃、自分と向き合うことが出来なかったのは何故でしょう。私は過去に、母親・妻という役割に押しつぶされていたのです。母親であり妻である前に、一人の人間として生きているはずだったのに。
私自身が役割を持つことで苦しむことになったのは何故でしょう。他者の評価を基準にして生きていたからですね。過去には私という人間の価値感は元の彼の評価で決まっていたのです。家の中では彼の評価を、子ども達の学校に行けば教師の評価を、実家に帰れば親の評価を、私が何処に居ても付き纏っていた他者からの自分に対する評価。これこそが私が苦しみ潰されることになった根底のひとつだと確信します。そして、その大元は、やはり過去に私を否定し続けた親からの評価にあったのですね。
『愛するということ』という本の中に「道を知るものは(道に付いて)(好んで)語らない。道に付いて語ろうとするものは(どれほど語りたがっても)道を知らない人である」と書かれていました。なるほど・・・と思います。これまでの私は実際には多くの事を知っていないのです。ですからこれからは、私は柔らかく口を閉じたまま、静かに優しく生き続けていきます。
これも書いておこう(独り言) 「AはAであり、同時にAではない」「われわれは存在するものであり、存在しないものである」始め意味がわかりませんでしたが考えているうちにとても面白くなりました。私は哲学が好きです。
| 2004年07月01日(木) |
語る時の「基準」 トマトの「生」 |
「 何を基準に語っているか 」 が大切なのですね。私は何を基準に語ろうか。 私には心と体があるから・・この目で見て耳で聞いて、この体と心で感じたものを基準に語っていこう。何が何でもそうしよう。巻き込まれるのを感じたら、過去のルールを壊していこう。
トマトの茎が良く伸びるので、上のほうを切りました。上を切れば横から新しい茎が伸びてくるらしいのです。トマトは伸びたいらしいのです。「そうだったのかぁ〜」と思いました。トマトも生きているからですね。ですので私は、トマトが横からわき目を出すのを心待ちにしているのです。自然の中の何もかもは、そこにある環境の中で生を続けようとするのですね。7:40
| 2004年06月30日(水) |
『 丙午 』という迷信の悲劇 色鉛筆 |
休日。何故か「生まれて初めての休日」のような気がしていました。 何故でしょう。わからない。
けれど私たちの細胞の一つ一つが「生きたい」と言っているのを全身で感じる私でした。
私は昨日、自分の存在に付いて考えていました。白い紙に「存在」と言う文字を書き、それから自分が小さな細胞として生きていた頃を思い描いていました。そこで浮かんだのは私の生まれた年『丙午』のことでした。丙午の年に生まれた私は明らかに歓迎されてはいませんでした。
いろいろと調べているうちに、私と同じように丙午に生まれて苦しんでいる人はとても多いことに気が付きました。
私よりも上の年代を生きる人たちは、くだらない迷信を鵜呑みにし多くの命を粗末に扱い苦しめてきた事を認める必要があるのです。そして、今の社会の中で『問題』と言われている大小の出来事の原因は自分たちなのだと認める必要があるのです。さらにこれからの社会を変えていくと決断する必要があるのです。
そして過去に苦しめられてきた私たちは、自分たちを苦しめてきた親も社会も国さえも、徹底的に否定する必要があるのです。
何故なら私たちは実際に、産まれる前から徹底的に否定されてきたのだから。
私は『丙午』の迷信がもたらした悲劇を忘れません。こよみにあがっているさまざまな行事の全てが、本当は何の根拠もないことも。
私は1966年生まれ。次の丙午は22年後にやってくる。毎日見かける登校途中の子ども達が大人になる頃にやってくる。
同じ悲劇を繰り返してはならないのです。違う色の社会にする必要があるのです。
私は二度と同じ苦しみを味わいたくはありません。だから、未来に同じ苦しみは渡せない。
今の私はより多くの人に、この悲劇の為に心を引き裂かれ、そして今でも苦しみ続ける私たちが居る事を知っていて欲しいと思います。
近くのアートショップに色鉛筆を買いに行きました。 きれいな色の鉛筆や絵の具がたくさん並んでいて見ているだけで楽しめました。 3日前に撮影しプリントアウトした「 ねむの木 」の画像を、きれいにデッサンしています。 やりたいことがたくさんあるので、すぐには出来上がりませんが、毎日少しずつ、丁寧に丁寧に描いてみたいのです。これがなかなか楽しいのです。絵心なんてありませんが、心を無にしてただ花の色を眺めていると、不思議にきれいな色が出るのですね。こんな時の私は、まるで「絵描きさん」の心境で。22:30
| 2004年06月29日(火) |
存在 「有」と「無」 細胞 自然の流れに乗って |
何かが無いことは恥ずかしいことではなく、何かがあることは特別なことでもない。
何かがあっても、何かが無くても、ただその事実があるだけ。
私がここに居ることは、私がただここに居るというだけ。
この体があって、その中に感覚を感じる心があって、そして私は自分の心を感じ、命を続けていくだけ。
私は今、生きるために多くのものはいらない。この体と心があれば良い。
生きるために便利なものは持ち、生きるために不便なものは取り外す。
私はこれから知ることになる多くの何かが、私の頭だけではなく私自身の全身の細胞に染み渡るように、自分に耳を傾ける。
少しでも丁寧に、少しでも繊細に、私は自分の身体を造りあげるどんな小さな細胞も丁寧に大切に扱いたい。
ほんの少しでも私の細胞を傷つけないように、大切に、ただ大切に。
人間とはとても不思議な 「 いきもの 」
そしてとても繊細な 「 いきもの 」
「 いきもの 」 である私はいつでも自然の流れに乗る。
私は自分の細胞に、朝には太陽を浴びさせて、夜には布団に身体を横たえて夜の優しさを与える。
私は何処にいても私、何をしていても私だから、Tシャツにジーパンで、素顔に笑顔で、さあ社会に出かけよう。
「優越感の裏返しは劣等感。自分を見つめることがこんなにも心地よいとは、今まで気が付きませんでした。 仮説はもう要らない」(独り言)7:16
| 2004年06月28日(月) |
職場の禁煙予定 「心の教育」小冊子に付いて |
上司から、「職場は8月当たりからフロア内全面禁煙になる予定」と聞きました。嬉しく思います。送別会があるらしく私を誘ってくれる人もいましたが、私は参加できません。 私が出かけられるのはタバコの煙がない場所なのです。
6月27日付けの新聞に小学校5、6年生の道徳授業用に使われる「心の教育小冊子」が載っていました。文部科学省が作ったと書かれていました。
内容の一節は
『大切な友だちだけど考えていることはそれぞれ違う/心がちょっとせまくなるとたがいに気まずくなってしまったり/でもその時は自分をきたえる絶好のチャンス/にげずに、向き合うこと/そして相手の立場に立って考えてみること』 となっていました。
そういえば道徳の授業ってあったのです。そしてこの小冊子の内容は私が道徳の授業を受けていた頃とそれ程変わらないのではないかと思います。
私は・・・。 辛さの中で自分をきたえるなんて苦しすぎるから、 辛い場所からは辛さの重みの分だけ離れたいから、 向き合うのはいつも自分自身でいたいから、 他者が基準のまま生きていると私と同じ悲劇が起こるから。
今、この小冊子を読みたいとは思えませんでした。
丁寧に生きる事をすぐに忘れてしまうのですね。少しばかりの出来る部分を見ては立ち止まってしまうのですね。上乗せや付け焼刃では、本当に楽にはならないのですね。そして再び自分を傷つけるのですね。私はもっともっと丁寧に考えて生きる事を意識します。22:00
| 2004年06月27日(日) |
能力 目的 クレーター 透かし羽 新しい発見 |
別人格を思考として捉える試みは凍結になりました。この試みをしていた私は他者を傷付けていたから。そうだね、そうです。私には思い当たることがいくつかあるのです。私は何をしてるんだろう・・。部屋にあるこの作業を始めた頃の能力のリストを見ていました。私は大切なものを忘れていたのかもしれません。今朝はそれらのものが私の深い部分を刺激しました。
大切なものをたくさん持って仕事に行ってきます。今日は早番なり。6:46
私が心の傷を癒やす目的は何だろう。 過去には 「 子どもと会うこと 」 という目的がありました。でも今はその事は私の心の中で余り大きなスペースをとっていない。けれど例えば私が子どもに会うのは何の為? 謝罪の為です。でもそれだけで良いの? 謝罪すれば私の目的はどこに行くの? 虐待の連鎖を断ち切るため? これでいい?
ずっと過去に抱えていたのは、「 こんなに辛いのは私一人で十分だ 」 という気持ち。この思いは 「 死にたい 」 という気持ちにまで繋がっていました。 「 私が死ぬと私の代は終わるから 」 そして今は生きる事をしています。私が生きて成長していくことが悲劇の連鎖を断ち切ることになるのです。
私が心の傷を癒やす目的は何? 自分の人生を生きる私のためです。
私は過去、全身で 「 夜が怖い 」 と学びました。本当は、夜には夜の神秘的な世界があるのです。夜には夜のしんとした静けさがあり、それは 「 怖さ 」 とは少しも結び付いてはいませんでした。
化粧することや髪型に拘ることを私に教え込んだのは誰でしょう。脱毛処理をしたり流行の服を着る事を私に教えたのは誰でしょう。本当は私が素顔で居ようと髪の毛が跳ねていようと、何も無い。本当に何も無い。まったく何も無いのですね。私はこのことに気が付いて、とても大切なものを掴んだ気持ちがしました。
自然の月を見ました。私は子供の頃、バスも自販機もない山の中で自然を遊び相手に生きていました。土の匂いや雨上がりの土から湧き上がる蒸気、稲妻がまっすぐに木を切り裂く風景も、たくさんの自然を知っています。けれども・・・本物の月のクレーターを見たのは今日が初めてのことでした。感激のあまり身体に鳥肌が立ちました。すごい。何がすごいとは言えないのですが、とにかく宇宙のすごさとでも言うかなんと言うか・・・言葉に出来ないくらいに自然は偉大なのです。
昨日見た 「 ねむの木 」 が私の家の近くにもありました。やはりとても優しい色と香りをしています。かわいらしい花です。 そのねむの木に 「 透かし羽 」 という蛾が蜜を吸いに来ていました。なんとまぁ・・。写真を撮ってみました。動いているのでピントが合っていませんでしたが、調べてみると、羽が透明なので羽の向こうの景色が透けて見えるのですね。不思議な生き物がいるのですね。
私はもっともっとたくさんの自然を見たいです。私が自然を見つめるということは、自分がその自然の中の一部なのだと知ることでもあるのです。そんな気がします。
自分の欲求を行動に移していこう。22:20
| 2004年06月26日(土) |
繊細ないきもの「ひと」 ねむの木 |
私は今日、ある人に「過去には言葉がきつかった」と言われました。そうですね。私は過去に多くの人を傷つけていました。今の自分を見ていて、心の底からそう思います。本当に私はこれまで乱暴に生きていました。
本当は過去に他者を傷つけていた自分を知って、どうすれば良いか分からない気持ちもあるのです。でも、私が起こした行動の全ては取り消すことが出来ない。だから、私は癒やしの作業をしていくことがとても大切で、実際の私に出来るのは自分を見つめることのみなのですね。
人は本当はとても繊細な生き物なのですね。 私は自分の体の細部まで意識できているだろうか。細胞の一つ一つを生かしているだろうか。優しく丁寧に自分の身体を見守っているだろうか。忘れていることがたくさんあります。忘れないように、忘れないように。優しさとか丁寧さとか、大切なものを忘れないように。
久しぶりにプールに行きました。身体を水の動きに任せてリラックスしていると、エネルギーの消耗が少ない事を知りました。
ねむの木を見ました。薄いピンク色をしていて、可憐な花に見えました。鼻をくっつけて香りを感じてみました。甘いような柔らかいような、とても優しい香りがしました。これまで見た花の中で一番繊細で優しいように見えました。ねむの木の花は夕方に咲き、葉は昼間に咲くそうです。葉は夜になるとその葉を閉じて寝るのですね。私はねむの木の優しさが大好きになりました。
糸トンボを見ました。黄色くて細い身体をしていました。ご覧になりたい方は「虐待の連鎖」のページをどうぞご覧下さい。(文面の内容は変わっていません)21:00
| 2004年06月25日(金) |
意識 感情 食事 水分 「親として」 丁寧さ |
私は過去、たいていの場合感情の中で動いていたらしいのです。 1週間ほど前に、私の中で大きな変化がおきていました。これもまた表現が難しいのですが、私はこの感触を頭の中で「感情の部分が動き始めた」という言葉に変え、この気付きを嬉しいと思っていました。自分に今までなかったものを現実の中で感じていられる、これまで頭だけで考えていた私の世界が又広がるような気がしたのです。その予想は当たっていると思えますが、どうもすぐに感情に巻き込まれてしまうのです。気が付くと微妙に自分の気持ちとは違う事をしているのです。それがなんと言いますか、本当に微妙にずれているのです。分かりずらい・・・。けれどそのずれも私の頭で起きていることだから、そう思えば何かが見つかります。整理していけば良いのですよね。ひとつずつね。うまく切り替える方法を学んだので、それを練習していけば良いですね。そして癒やしの作業を進めていけば良いですね。
少しだけHPの整理をした。「親として」のページの中で過去に書いた自分の記事を読みながら、私は恥ずかしくなってしまった。あの頃の私に何が分かっていただろう。感情の中で書いた文章は、自分の感情に飲み込まれていることがよくわかる。そうか、私はこうやって感情の中で物事を考えて生きてきたのだな。本当に、あの頃私は何をわかっていただろう。一年も前の事は多くは忘れてしまっているけれど、過去があって今があることは変わらない。私はこれからも成長し続ける。私はどんな生き物になるだろう。自分の肌で感じたものを忘れないでいよう。この場所に留まってはいない。
社会では選挙活動が始まりました。私はこれまであまり選挙というものには関心がありませんでした。でも今の私は少しだけ知りたい気持ちがしています。
思い付いた事を次々とやろうとする自分が見えます。ですので、気をつけていなければあちこちに何かが残るのです。それをやっていかなければ、何かがおかしい感じさえするのです。 過去の生き方ですよね。これではいけません。 ひとつずつひとつずつ・・・。
新しい事を覚えようとすると、体がざわつきます。吸収すること、考える事を否定されていたからですね。
最近ようやく落ち着いて食事が出来るようになりました。これまでの私は、一人で食事をする時にはいつも、何かにせかされているか、またはよくわからない罪悪感の中で食事をしていたのです。前から、水分を多めにとる食事をしたいと考えていますが、これがまだ出来ていません。私は過去に水分を取る事を禁止されていたので、体がそのように出来ていない感じがします。これも練習ですよね。癒やしていけば心がそのように動くから身体もそのように動き始めるでしょう。
昨日の夜勤はこれまでの夜勤の中で一番楽に感じました。私は楽しい事を探そうとしなくても、本来はごく自然に何かを楽しむことが出来るのですね。 でもひとつだけミスをしました。必要な処置を忘れていたのです。いけませんね。仕事だから把握しておく必要があるのです。働くとはそういうことですね。気をつけて意識して生きます。私が楽に生きるためにも、その意識が必要なのです。どんな人も皆。仕事をしていると日々思うことがありますし、自分の姿が良く見えます。劣等感になっている自分も優越感になっている自分も、何かに巻き込まれている自分も楽しんでいる自分も・・。そして今はそんな自分を見つめていけば良いですね。
ついつい丁寧にやる事を忘れてしまいます。上の思考の部分と重なりますね。まずは自分について知る作業を丁寧にしていく必要がありますね。そうか、自分を意識していれば、今自分のしている事、考えている事が見えているはずですよね。そうか、社会の流れに飲み込まれると自分を忘れてしまうのかな。違いますね、自分を意識する事を忘れると社会に飲み込まれてしまうのですね。ではどうするかな、そうか、やっぱり能力を意識して癒やしを進めていると、巻き込まれて我を忘れることが起きないのですね。9:00
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