「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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| 2004年06月13日(日) |
いきもの。 星。 生。 |
久しぶりに休日の殆どを通して現実を生き、私は今日も又いつもと同じくらい素敵な日のように感じました。
突然ですが、私たちがこんなにも自分の命に対して執着心をもてたのは、私が “ いきもの ” として存在するからですね。そして過酷な状況を生きるだけで精一杯であったにもかかわらず、その中で私Mamoが自分の生に疑問をもてたのは、私が多くの人格に分けられていたからでした。
(決して、だから複数が良いということではありません。良いはずが無いのです) 普通、一つの人格がその環境に適応するべく自我が作り上げられていくようですが、私達の場合は無意識の世界で多くの人格に分かれていましたので、私は簡単に言うと 「 思考 」 の部分を受け持っていればよかったのです。
そしてそれはもちろん、私が“私”として生きられるように心の奥のずっと深い部分で望んでいたからなのです。
夕方空に輝く星を見ました。金星は青いそうですが、私の眼には朱色に映りました。反対の方角に土星がありました。土星は、海の底のような青い色に映りました。星は神秘的です。空に輝く星を見ることが出来て、えらく感動してしまいました。私はこんなに感動した理由が今も分かっていませんが、まるで初めて星を見つけた子どものように、本当に感動してしまったのです。
私がもし、庭に実っているトマトなら、トマトの甘さを持ち合わせ赤く熟れるべく生きるだろう。 私がもし、切れた小枝にくっついたサナギなら、蝶になるべく生きるだろう。 鉢植えのガーベラは、鉢の中では細く綺麗な線を出し、庭に植えなおされたら自然に負けじと茎を太らせ、何処にいようとガーベラとして生きるべく命を続ける。皆自分の命をただ生きている。ただただ生を全うするべく生きている。 私は私は人間で、何故なら人間として地球上に生まれたから。 私は人間として心を感じて生きていこう。 いつもいつも、これからもますます人間として生きていけるよう、傷を癒やし続けよう。
本当に大切なことは、 私が“ いきもの ” として生きることかもしれない。 そしてまだまだあるはず、本当に大切なもの。22:00
| 2004年06月12日(土) |
社会に出てみたら。「無気力な人」が出来た理由 |
「たくさんの能力を持って社会に出てみよう!」と思い飛び立ったものの、今日もまた意外と簡単に巻き込まれてしまいました・・・。 朝は楽しく職場へ行き、そこで優越感を見た途端に私は完全にタイムトリップしていました。仕事をしている自分が誰かはわかるけれど、その辺を歩いている人の名前が思い出せない。でも今日は職員の名前だけは分かる。何をすればいいのだっけ。考える力はゼロでした。それでも何とか仕事をしながらふとそこで、他者に受け入れられようとしている自分に気が付いたのです。「ありゃりゃ、これか・・」ということで、午後からはいくらか落ち着いた心で社会の中にいることが出来ました。
落ち着いてみると、いろんなものが見えてきました。社会にはいろいろな情景が見えます。それぞれの場面で動いて語っている人々を見ながら、私は自分がこれまで考えてきた事をわずかに思い出していました。
「私は社会の価値観を全部捨てても、自分自身で生きる能力をたくさん持っている」
夕方、職場の一人は私に対して怒りをあらわにしました。怒りの原因はその人にとっては当然のものだろうと思えました。そして私には私の業務の流れと気持ちがありました。さらに私は、私自身を否定しているその人に対して、私が言えることは何も無いことも分かっていて、更に更に、その人が怒っているのは本当は私の責任ではないことも理解していました。そう考えられると、このことに関しては巻き込まれることも無く後の仕事をこなしている私なのでした。
家に帰り部屋に張り巡らされている能力のリストをぐるりと見渡しました。それは間違いなく私が日々考え、混乱と脱皮を繰り返しながら得た私だけの能力、私の肌にしみこんだ能力でした。
これからの私は、社会に出るたびに何かを掴み能力へと変えていくのかもしれません。
ところで私は今日とてもすごい事を発見したので、これは過去のことなのですが此処に書いておきます。
私の中に“無気力な人格”がいます。もうずっと前から、私がマイナスの存在としてみてきた彼女は職場で度々登場していたのです。これが困るのです。この人格で居る私は自分を卑下し「つまらない存在だ」と言い続け、自分の生き方がまったく分からない人なのです。
私は「私達が適材適所で入れ替わり生き延びてきた」と考えた場合、職場でFBした時にその人が現実に出てくる理由が分からずにいたのですが、今夜ついにその謎が解けたのです。
無気力な人への人格交代は“ 支配したい人 ” の前で起こっていたのです。簡単に言うと “ 共依存関係 ” と言っても良いですか? 私達は過去、無意識の世界で “ 目の前の人はどういう人か ” を探り、それに応じて人格を変え相手に受け入れられるように生き伸びてきました。このことは「優越感を持つと相手に劣等感を持たせる」事とは全く違う部分のものです。 無気力な私は、目の前の人が「勝ちたい人、支配したい人」だと分かると「私なんて何も出来ない、駄目な人間、劣等感を持ってる自分だ」と訴える事で相手に受け入れられようとしてきたのです。つまり無気力な人格の私は自分よりも強いと感じる人に依存する生き方をしようとしてきたのです。 やはり・・適材適所なのですね。どの人格も・・。 そして私は次の発見にとても驚いてしまいました。 こんな人格が出来てしまったのには、過去の母親との不快な事実があったのです。母親は自分よりも小さくて、当然ながら自分よりも弱い存在の私を自分の人生の競争相手に選んだのです。 私が思春期の頃、母親は私と同じように身体や衣服を飾りたがりましたし、今でも社会を歩けば時々同じような光景を見かけますが、その次元よりもうんと低い、私の年齢が小さな頃にその競争は行われていたのです。母親は私に勝つことに喜びを感じ、そして私は母親に受け入れられる為に「無力な自分」として生きてきたのです。
私は実は、「無気力な自分」をどうしたら良いのか分からずにいたので、今夜この大きな傷を発見できたことは、とても大きな発見だったのです。こんな日の私は、この作業をしてきて本当に良かったなぁと実感します。
さて・・じつは、この人格は過去の私のパートナーの前でも度々出現していました。ということは、彼は支配したい人だったのですね。何しろ私達は過去に、生き延びる事だけを考えて生きていたのだから。
私は今日とても強い味方を得ました。それは “ 自分自身 ” です。 社会に出てみたら、私は多くの事を発見できるのですね。これからも。22:58
| 2004年06月11日(金) |
「二年目の始まり」 社会に出てみよう 断罪 |
一人で家にいて、私は何がしたいのだろうと考えました。こんな気持ちを感じたのは2回目で、今日の私は自分がやりたい事をただ進めていけばいいのだと思えました。少し前にはやりたいことが山ほどあるように思いましたが、今はただひとつ、過去の傷を癒やす事だけなのです。
夕方ゆっくりと料理をし楽しみました。一人で料理して、一人でご飯を食べる。これまで一人の空間を意識したことが無い私だったのだと改めて感じました。こんな時には自分の周りの時が止まっているようにさえ思えました。本当は時間はどんな時も同じように流れているのですよね。
ゆっくりとした空間の中でふと思いました。私は現実を生きている。私がこれからも成長する為に、社会に出ていろんなモノを収集し、その中で自分の価値観に沿うものを選んでいくことは大切なのではないかと。
何となく、プラスな動きが出来そうな予感がしています。 いつもいつも前を向いていけば良いだけ。思考が乱れたらMamoを意識すれば良いだけ。 たくさんの思考の中から私の思いをチョイスすればいいだけ・・。
「二年目の始まり」
二年目の始まりです。といっても、何も特別ではありません、私はただ毎日を生きていくだけなのです。
一昨日語り合った複数人格を持つ彼女と居た空間で、私は重たい何かが背中から襲い掛かってくるような感覚に捕らわれました。二人でいるときにはそれが何なのかを考える余裕がありませんでした。私はそういう場合に姿を変えてしまいがちなのですが、自分を意識しつつ、私が自分への違和感を持ったまま彼女と接することで、彼女を刺激してしまわないようにとも考えていました。
でもそこでふと、ちょっとおかしな考えだということに気が付きました。例えば私が誰かを傷つけてしまわないように意識することはとても大切ですが、そもそも自分に意識を向ける事が出来ていれば、隣に誰かがいたとしても、それはごく自然にそこに居るだけで「刺激してしまわないように・・」と考える問題ではないように思えたのです。
ということは私は私を意識すれば良いだけなのですね。いつもいつも・・。そうですよね。誰かの為にそこに居るのではない。私は私の欲求を感じて、そして現実に存在するのだから。
彼女と別れた後、私は重たい何かが実際に自分の中から飛び出てしまいそうになる感覚を感じました。これは初めての告白ですが、こんな時の頭の中はいつも映画『エイリアン』の中でエイリアンのお腹から赤ちゃんが生まれる瞬間の映像そのものなのです。重たい何かと共に軽い吐き気に襲われて、それから何か表現できない怒りが押し寄せてくるのを感じました。
“ 怒り ” ・・そうだった。私がいつも抱えていたものは、人格を破壊されてしまったことに対する激しい怒りだったのです。以前の私はこの怒りを自分が中に入り他の人格が現実に出た状態で表していたのだと思います。
人格破壊は史上最悪の犯罪です。
何故なら “ 命 ” とは他の何にも変えがたい尊いものだからです。 私はひとつ罪を犯しています。それは私自身の子どもの人格を破壊していたことです。
社会の無関心が人格の破壊に大きく影響していたのだとしたら、遠い過去に作られた法律を変えていく必要があります。 「親のおかげで・・」と言って生きている人が居たら、自分を見直す必要があります。家も土地も地位も名誉も、亡くなった人が眠るお墓でさえも、過去から続いているもの全ては本当に必要なものかを考える必要があるのです。 でも、私は今はまだこの事を人に伝えることが出来ません。何故なら過去に子どもを傷つけていたから。そして今もまだ残された傷に振り回される自分が居るからです。
私は自分の罪を償いたい。 私が罪を償う方法は子どもに対して何かをすることではなく、私が“私”として現実で生きることです。
ロボットではない、自分の傷みを知る “ 人 ” として。
社会に出ることは、自分の位置を確認することと、考える材料を得るためには大切なことではないかと感じました。そして、社会の中にも自分の心を見つめて生きようとする人は存在するのですから。それでもマイナスはマイナスなので、私はマイナスに巻き込まれないようにすることが大切なのです。
| 2004年06月09日(水) |
一年・・ 胃カメラ ロボットを作った過去の社会 |
Hi Mamo, Congratulation! from Mamo 一人になって一年を迎えました。 一年前と何処が違うかな? 一年前の私は自分が複数の人格を持つ事を知ってはいましたが、他の人格で生きる自分を見ることも、他の人格を認めることも出来てはいませんでした。そして今はマイナスの自分も受け入れてプラスの事をしていく毎日です。この1ヶ月、私は「もうすぐ此処へ来て一年になる」ということで、一人で焦りを感じていました。私は成長した自分をどこかに証明しなければならないような気持ちになっていました。でもそんな必要はないのですよね。 何があっても、人は日々成長するのです。私も生きている限り成長する、生きていくのなら、できれば昨日よりは少し良い生き方がしたい、ただそれだけです。
私は一年間何をしてきたかな?
これまでの責任の無い生き方から、自分を見つめ今までとは違う生き方をしようとしてきました。そして実際にこれまでの生き方とはまったく違う方法で自分を見つめ考え生きてきました。自分で生きるためには、このことがとても大切なのです。
実は私は昨日胃カメラを飲んできたのです。この何日かの腹痛を解明したかった。検査をして何も無ければそれでよし、何かがあるとわかればそれなりの対応をしていけば良いのですから。と言うことで、去年の夏に胃カメラを飲んだ時と同様に、私は自分の胃の中を見られることにワクワクしました。検査前の筋肉注射はとても痛かった・・。 「痛いなぁー・・」と感じつつ、「痛くて当たり前だ、皮膚に針を刺してるんだから・・」と、又また痛みを感じることに一種の満足感を感じる私でした。 検査は何事も無く終わり、看護婦さんは「こんなに楽にカメラを飲んだ人は初めてです」と言いました。そうなのか・・私は自分が楽に飲んだのか、それとも痛みを感じないようにしてしまったのか分かりません。けれども、苦痛を感じることなく自分の胃壁を見て満足した私が居るからそれで良いように思います。
私は今日、複数人格を持つ女性に出会いました。ゆっくりと語り合うのは2回目でした。私はぽつぽつと語る彼女の言葉の中から、彼女と私の “ 同じ部分 ” を探しました。見つけた答えは「こんなにも心を壊されている」、そして私は過去に「こんなにも壊されていた」ということでした。
酷いものです。過去の大人が当然であり正しいと思い込んでやってきたあらゆる教育が、私や彼女そして他の、心の問題に悩む多くの人たちを作ったのです。だけど、そこだけを見ていては私は成長できませんね。 これからも自分を見つめる事が良いですね。
彼女と別れた後の私は何度かタイムトリップを起こしました。でもそんなときも、自分を意識して前を向く事を思い出せれば、私は“私”になれるのです。
感情の無い人はロボットです。社会に居る多くの人々はまだまだロボットのまま生かされているのです。
| 2004年06月08日(火) |
マイナスを削除する方法 過去の社会の残虐さ |
私の思考の小さな隙間に、マイナスが入り込んでいて、日記を書く時でも社会でも、私は “ 真実の私 ”と、私自身ではない“ 傷だらけの私 ”を繰り返しているようです。 過去にはそれは、明らかに別の人格で今もまだそうであることに変わりはないのですが、今はその状況が自分で見えるようになり、ゆえに混乱してしまうのだと思います。ではどうするかな。
分かりやすいのは日記ですね。語ったことは忘れてしまうことが多いけれど、日記は読み返してみると分かります。日記の中に、過去の話を入れた時は、その行間の部分だけ自分を意識できていない、事実 “ 私 ” ではないのだと思います。ということは、日記の中に過去の事を書いた時にはその部分を削除すればいいのだな。でもそれって、事実を否定することにはならないのかな。
私は2、3日前に社会から完全に切り離されたくなりました。マイナスだらけの社会の中で自分が苦しくない生き方をしようとしたときに、自分の世界以外の何処にも顔を出したくないような気持ちになったのです。そんな自分を見つめていて、不登校や引きこもりをしている人そして暴走族と言われている人など、社会の基準から見て 「 問題児 」 として扱われている人の気持ちと同じではないかと感じました。彼らは自分の心を持ち、感情を感じ、周囲の抑圧から逃れ自分自身で生きようとしているのです。社会から自分自身を潰されたくないのです。 そして自分の感情に気が付いた私は社会から逃れて生きていくだけでは、本当の私を生きることは出来ません。私が “ 私 ” として生きられないのです。では何をしよう。プラスをしよう。マイナスの社会の中でも私が “ 私 ” として生きていけるように。どうすればよかったかな。前を見て、現実だけを見て、先のことだけを考えていこう。
・・・この記事↑は過去のことにはならないのかな??分かりません。
アリスミラーはある本の中で「自分の子ども時代と対峙し始めた人が、社会全体に広がっている子ども時代の痛みと恐怖に対する惑乱に跳ね返されてしまう」と語っています。彼女は過去の社会基盤の恐ろしさを徹底して訴えています。私は社会の歴史を詳しく知りませんが、少なくとも私の親であった人たちは私と同じように、自分たちの両親から大人の権力を振り回され苛められ、あらゆる欲求を押さえつけられたまま成長させられた事だけは事実だろうと思えます。
社会の人々は、自分たちの感情を殺されているのです。
| 2004年06月07日(月) |
痛みを感じること 自主的に動こう |
2日前から体調が崩れている事をぼんやりと感じていたのに、私は現実でいつもと変わらない生活をしていました。何時から食欲が無くなっていたのだろう。腹痛は2日前からだな。痛みを感じる私は居るのです。その時には身体を休めることが出来るのですが、痛みが治まるとすっかり忘れて自分の身体に意識を向けることが出来ずに居ました。 それが・・とても不思議なのですが、自分が現実で生きている事を感じれば感じるほど、体の不調をはっきりと感じるのです。「あ〜お腹のここら辺がこんな風に痛いんだなぁ」と言う感じで。そしてその感覚が一昨日より昨日、昨日よりも今朝と、何となくはっきりとしてきて、今朝の私は「これ以上自分に無理をさせられない」と言う気持ちにまでなっていたのです。(症状が悪化したのだと言われれば、それまでなのですが・・)一昨日と昨日の夜は早く休んで・・。今朝起きてみると体が酷くだるくて腹痛と吐き気です。でも約一年前に胃カメラを飲んだ時とは違い、私の心は決まっていました。「自分の身体を大切にすること」結局仕事を休んで、今日は一日家で寝ていることになりました。
今日の私は、痛みを感じる事を嬉しいとさえ思いました。何故なら一年前には、痛みも何も感じない私が居て、半年前には感じ始めた痛みに混乱する私でした。そして今は、自分の体の痛みを受け入れる私が居るのです。自分の身体に何をしてあげると、この痛みが小さくなるかな? 冷やすかな?暖めるかな? お腹を冷やすのは良くないだろう。では温める?でも、炎症があるところを温めてはいけないだろう・・・うーん。 考え付いたのは私の手の温度で温めるというものでした。不思議です。何となく温かいのです。私の手はこんなに暖かくて痛みに優しく届くのですね。 「気功療法」なるものがありますが、今日の私はまさしく自分で自分に “ 気 ” を送っているようでした。それもありですよね。だって、気功の先生をしている人は自分の “ 気 ” で自分の癌も治しちゃうというのだから。
実は以前うつ病で薬物依存になっていた頃、薬をやめたくて、気功療法に足を踏み入れたことがあります。その時出会った人は 「 いつも “ 気 ” を出せるような生き方を心がけています 」 と言っていました。私も自分自身の自然治癒力を引き出せるような生き方をしていこう。私の能力を根底から引き出せるのは私しか居ないから。それには傷を癒していく必要がありますね。
私達が自分の欲求に沿って “自主的に動く” という事は素敵なことなのですね。私はこれまで、子どもの為、家庭の為で生き続け、一人になってからもなお、自分の仕事のため、誰かに会うため・・と、自分の本当の欲求を知らずに生きていたのです。常に誰かの為、何かの為・・。そうなんですね。36年間生きてきたけれど、本当に自分の欲求を知らないで生きてきたのですね。昨日の私は一人で過ごす中 “ 何をしたいのかわからない自分 ” を見つめて、今までどうやって時間を使ってきたのだろうと考えざるを得ませんでした。何も無い自分がちっぽけにも見えました。過去のそんな時には、おそらくビデオを見たり買い物に行ったりと社会にあるものの中で自分にある空虚感を満たそうとしていたのです。
私はまだまだ楽になりたいです。そしてまだまだ楽になれる事を知っています。 21:15
| 2004年06月06日(日) |
思考 優先順位 本当に大切なもの 現実の色 |
部屋が散らかっていて、やりかけていることが私の目の前に散乱しています。理由は、浮かんだ思考の全てをやろうとしているから。Aのことをして居る途中でBを思いつくと、Aを途中でやめてBをやり始め、Bに関連してCが浮かぶと今度はCをやり始め・・・。最も総体して心に関することなので大きくずれているわけではないのですが、時々 “ 本当にやりたいことがわからない自分 ” になってしまったり、 “ やりたいことが多すぎる自分 ” に混乱してしまうのです。私の頭に浮かんだ思考は全て私の思考なのですから、全てをやりたいことだけは確かなのですが、「じゃ一番やりたいことは何か?」と聞かれると、そこで又混乱してしまうのです。
自分のやりたいことが決められない。これは買い物に行って品物を決められないのと同じですよね。一つならすぐに選べる、だってそれしかないのだから。でもたくさんあると、多少は誰でも迷いはあるのでしょうが私達は過去、10回でも20回でも何個もの品物をどうして良いのか分からずに、結局は買い物が出来ないまま帰る事を繰り返していました。自分の欲しているものが分からないのです。ありゃ?ということは、今も同じ現象ですか?多くのことは出来ていない?・・・全部が中途半端のままで、出来ていません。そして今の私は別の人格の思考を全て私の思考として捉えていこうとしているところなのですが、そうすると上のような小さな混乱が起こるのです。
でも、浮かんでいる思考の中でも必要ないことって意外とあるのですね。私は一昨日ふと、「浮かんだ思考の中でも私が表に纏めて出せないということは、その時点では必要ない思考なのかもしれない」と感じました。そうすると、不必要な思考は却下しても良いということになります。そして必要なものを選択するのに、優先順位を考えればよいということになるのですね。では、今の私に必要なものは何かなぁ。と考えていても、どれも欠かせない、今すぐにする必要があるような、そんな錯覚に捕らわれます。よく考えよう。うーん。よく考える必要はは無いのだった。私Mamoがやりたいことを、優先順位と捉えていけば良いのだ。
複数人格の私も一つの人格の人も、常に何十何百という思考が浮かんでいているそうです。そして普通の人は意識に上る前に自分で優先順位を決める事が出来、それ以外のものは削除されるらしいのです。私の場合は別人格の思考として浮かんでいて、実際に浮かんだ思考の多くは、別の人格が行動化していました。その時々に自分たちが生き延びる方法として出来うる全ての事をしてきたのです。ですので現在でも、浮かんだ思考の全てがその時を生きるのには欠かせないような、そんな感覚を持ってしまうのです。
実際には人間は一度に一つのことしかやれないのです。それを無理にやろうとすると、乱暴な方法を選んでしまう。 私は本当は一つずつ丁寧にやって生きたいのです。
そうですね、やっていこう。きっと出来る。丁寧にやれないことが苦しいのだから、丁寧にやっていけば楽になる。
私は今日からやりたい事を二つに絞って生きていきます。でもその他の小さな欲求はどうすれば良いのかな。寝たいけど起きたいとか。食べたいけど出かけたいとか。
そっか。私Mamoがやりたい事を優先すれば良いのだった。
昨日ファシリテイター育成会に参加しました。ある方は「親をやめたい」と言っていました。 私は自分と子どもを救う為に、直接関わる親の役割から降りました。デモね、実際には一年前の私は、子どもを救うことまでは考えられていなかったようです。私は自分が苦しくて苦しくてたまらなかった、そして苦しいままの私では子どもを傷つけるだけなのだと言うことだけを理解していたにすぎません。そしてそれでも私が新たな傷をつけない事を選べたのだから、これで良いのですよね。
長い間、理想を追いかけて生きていました。本当にとてもとても長い間。大切にするべきものはそう多くは無いはず。私は私の今の生活を優先し、大切にしていけば良いのです。本当に大切なことは “ 私が今を生きている 自分を知っている ”ことです。 “ 自分の生き方を自分で知っている ” ことです。 私が見ているものだけが、私の人生の現実です。私以外の別人格の誰が見たものも、過去の辛さの中から見たものか、過去に思い描いた理想の世界でしかないのです。
ずっとずっと考え続けている私のテーマ “ 本当に大切なものは何だろう ”は、もう目の前に広がっているような気がします。7:49
一人で行動することの気持ちよさを知りました。一人を楽しむ中で見える現実の色は、私の眼にとても鮮明に移りました。 私が私として生き、現実を実感するとはこういうことのようです。いつも垣間見ていた景色を、これからは私が連続して見ることを意識してさえ居れば、私はいつも何処でも楽に生きて行けるのですね。 と言ってもこの感覚はなんと言いますか・・・書いてみると「私が見ているものが本物だ」になるのだけど、その感触は口で現すことが出来ません。ただ、ICの本には「私は私」だと書かれているので、この部分が今日の私と同じではないかと思います。 今日は雨が降っていました。雨粒は屋根の上で飛び跳ねていました。
いつも力を抜いて生きることが出来ればどれほど楽だろうと思います。そして今はそうなる為の作業をしている事を実感します。21:00
| 2004年06月04日(金) |
自分らしくあること。 理想の世界と現実の世界 |
“朝シャン”しました。気持ちが良いものです。少し前にお風呂は入りたいときに入るのが一番だと言う話をしたのですが、確かにそのとおりでした。本当は何でも自分がそれを欲したときにしていくことが一番なのですよね。昨日『心の旅』という映画を見ました。ワーカホリックで子どもの存在を無視してきたパパが、記憶を失ったことで自分の人生を振り返るチャンスに出会い、子どもや周囲との新しい関係を築いていく・・というものですが。私が生きるのにまず一番目に必要なことは、感情を持った人間でいるということのようです。私はロボットではない。心を持った人間で常にさまざまな感情の中で生きている。その感情を自分で感じて受け入れて行くことで、何かが見えていくのですね。ワーカホリックのパパは記憶を無くす前、自分の心を殺す為に仕事に没頭していたので、傷ついている子どもにすら自分の人生を嘆いていました。これからを生きていく小さな子どもにです。そして記憶を失い新しい自分としてスタートし始めると・・なんと、新しい彼は自分の感情を基準に行動しているのです。私にはその様子がとても心地よかった。何故ならまるで子どものように純粋に自分を生きている彼だったからです。子どもとは本来そうなのです。自分らしくあるとは自分だけにしかない自分の感情を感じて、それを元に自分で動いていくことなのですね。 私はどうかな。感じられる部分とそうでない部分と・・でもこれからいくらでも広がっていきますね。癒せた分だけね。
実はすぐに社会に巻き込まれる私です。分かっていても巻き込まれるんです。それだけ確立していない自分が居るということですね。社会に出ることが辛いと感じていた私ですが、今日から又新しいスタートです。辛いことばかりと感じている社会に大切なものを持って出かける。それは能力です。私にしかない能力を持って一人で社会に出て行きます。きっと違う何かが掴めますね。8:10
現在の生活だけが私の人生の“現実”なのですね。私が子どもの頃に描いてきた理想の生活は、本当は何処にもないのです。今夜はその事をようやく自分の心で知ることが出来ました。私が過去に描いた世界は、子どもの私が辛い現実から目を逸らす為に作り上げてきたものでした。 そして大人になった私は何時までも、過去に描いた理想の世界=過去の事実とは違う世界を探していたのでしょう。
全ての過去はもう終わってしまった。私はこれからは現実だけをしっかりと見つめて生きることに決めました。
自分がこれから何をするのか、やりたい意思のあるものは何なのか、優先順位は何なのかをしっかりと見据えていきながらやっていきます。私はまだまだ成長したいのです。何故なら、今でも生き辛さを抱える私が居るから。
それから・・。この頃の私は、別の人格のいろんな言葉が頭の中でこだましています。それが今までと違ってかなりプラスの気付きがあるので、それらを整理することにしていたのですが、私は時に混乱してしまうので、私自身が頭で整理して表に出せないものは却下することにしました。私の思考を吸収したい人はそれぞれのところで吸収しているのだと思います。私は自分が現実でプラスをして行くだけ。それがとても大切なのです。22:00
22:00
| 2004年06月03日(木) |
社会の生き辛さ 休憩 |
職場では、休み時間以外にも小休憩の時間があるのですが、その休憩時間すら強制させられるのです。他者同士が常に同じ時間に同じように体が疲れることなんてありえませんが業務の流れを考えればやむをえません。そして、人は自分の体が疲れたと感じたときに休みたいと思うもので、本当は時間を決めて集団ですることではないのです。ですから「休む必要が無い」と感じている人にそれを強制するのはおかしいし、実際に自分が休憩できる状況ではない事だってあるのです。そうか・・私は今度はこの事を実行してみよう。自分の身体を知っているのは自分で、その業務に責任を持ってやっていれば、何も問題は無いはずだから。
私は今の社会は生き辛くて仕方がありません。
お金と力と評価の世界。大切なものがみつからない。皆が整列して同じ事をして、その中で落ちこぼれなければ安心できる。国会議員も医者も教師も職場の上司も皆同じ。お金と地位のことしか頭に無い。全ての快楽がお金から発生すると思ってる。
自分たちの権利を遂行することで、私たちから自由に生きる権利を奪ったのは誰ですか? 私はそんな社会は生き辛くて仕方がありません。 だから生きづらさをひとつずつ生きやすさに変えていくのです。どんなに時間がかかっても・・。 7:45 2004/06/03
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