「生きていくのに大切なこと」こころの日記
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2004年06月02日(水) 社会の生き辛さ 比較 言葉 

 社会の中に生きる自分を見つめていました。社会で生きる私は他者の視線に一喜一憂し、他者に受け入れられる自分を探していました。受け入れられていないと感じると、即座に人格を変えました。受け入れられる人格を探している事を知りました。そんな自分はとても疲れていて神経痛の痛みが増していることも気付きました。出てくる人格をとめることも出来ませんでした。
そんな自分に出来ることは、ただ今まで学んだ事を意識することでした。
意識出来たり巻き込まれたり・・つまり私はいつもこの状態で生きているのだろうと思います。社会の中で混乱と安定を繰り返しながら、何とか生きているのが今の私の姿なのです。そうですね。
そしてこんな気付きは大切だけれど、考え続けることには問題があるのですね。「此処もあそこも」と、自分に付いてもマイナスの収拾をしてしまうのですね。

 私は、世の中の流れの速さにまったく付いていけません。職場では一度に何個もの事をしようとします。ひとつでも多くの事を出来て当然で、何かを知らないことは力不足、落ちこぼれと評価されるのです。私は過去にその社会に染まろうと努力しました。個人の尊重ではなく金銭主義しか考えていない世界に。酷いものです。
そして今でも気が付くと同じ事をしています。なぜかな。否定されると辛いのですね。だから受け入れられようとしてしまうんですね。しっかりと自分を見て、真実を見ていきましょう。自分を信じていれば誰に否定されようと問題は起きないはずだから。

 職場で私より後に入職した人は辞めていき、新人さんが何人か入ってきました。世の中は比較の世界ですね。まずは年齢差で動きの速さを比較され、職の前歴で比較され、ついでにずいぶん前に入った人とも比較され・・・。私は「私がこの場所に居なければ比較の対象に入ってたの?」と思わず想像してしまいました。でも、その場所に居た人の全員がおそらく無意識の世界で比較されることの恐ろしさを感じ、他人の評価から漏れないようにと自分を奮い立たせてしまったのではないでしょうか。あるいはその逆に、自分は大丈夫だと思ったり・・。
事実「私はどう映っているのだろう」と一瞬感じましたが、今の私にその結果は余り関係ありません。

 社会に流れる言葉は乱暴です。私は職場で尋ねごとをするときに、私の質問の意味が相手に伝わりづらい上に、その返答の意味を私が理解しづらいのです。何度も聞きなおしてるうちにふと「私ってナニ人?」と思います。私は日本人で、話しているのは丁寧な日本語のはず。時には、相手の言葉が分からない自分を恥ずかしいと思ってしまうのですが、とりあえず「聞く相手を間違えた」と言う事にしておいて、その場は終了してしまいます。だって言ってる意味がわからないのだもの。考えようが無いのです。ちなみに私は方言はあっても良いかなあと思います。と言っても、それが相手に伝わらない程度となると問題かなあ。私は人に伝わりやすい優しい日本語を使っていきます。

 新人さんのうち一人の人は、二日続いて私の傍にぴったりとくっついて離れませんでした。昨日の私はその人の境界線を越えてその人のお世話をしてしまいましたが、今日はそんな彼女の邪魔をしないように私は私の事をしていました。私が自分の事をしていく、ただそれだけで良いのですね。


2004年06月01日(火) 社会に飲み込まれる私」「社会を見据える私」・・悔しさ

 テレビで、男性摂食障害の事をやっていました。その男性は小学校時代の女子生徒からのいじめが原因だと語っていました。直接の内容は「顔が怖いと言われた」トラウマだと言われていました。コメンテーターである精神科医が見た、彼のことに対する見解は“自分の人生がうまくいかない原因を、顔のせいにすることで現実から逃げようとしている”というものでした。精神科医と司会者の会話を聞いていると心の病に対する認識の浅さを感じずには居られませんでした。彼らの問題ではないのだから当然かもしれません。

 摂食障害とは母性と大きく関係があるらしい。料理は母親がするもので、食事と母親は切り離せないそうな・・。
ちなみに私も過去に過食拒食を繰り返した時期があります。その行為が目立ったことはありませんでしたが、本人が空腹を感じていないのに食べてしまうのは、食べ物依存と言えるでしょう。


 なんてちっぽけな自分だろう。成長する為の材料は持ち合わせているのに、私はいつも社会にもみ消されて小さくなってしまう。他者の存在がぼやけるくらいに自分を知っていたいのに、いつのまにか他者に合わせる自分になっている。何時までこんな事を繰り返しているのだろう。同じ事を繰り返してる自分が歯がゆい。
一年前、元パートナーに向かって感じた底付き感は、一年後の今、自分に向かってやってきた。何でこんな頭なんだろうと自分の頭をぽかぽか殴りたい。悔しくて泣きたい。死にたいとは思わないことだけはすばらしい。此処だけは一歩もたじろがないくらい成長しているらしい。私の頭にその気持ちはあるのかな。あるんだね。でも私は死にたいとは思わない。だけどやっぱり頭がまとまらない。
世間と同じ基準で動いてしまう自分が悔しい。そしてこうして書いている次の瞬間に、私は此処に書いたことなど微塵も思っていないくらい前向きな自分になるのです。ほらね。こんな私は、どっちが本当の私だろう。こんな私は私をどうすれば良いの。

  「 社会に飲み込まれる私 」 と 「 社会を見据える私 」 「 他者が基準の私 」 と 「 自分が基準の私 」 23:40


2004年05月31日(月) 「現実を知ってる私」 「現実を生きている私」

 一時帰国するルームメイトを見送りに飛行場へ行き、飛行機を見ました。目の前で滑走路を走り始める飛行機を見ながら、私は一年前の自分を思い出していました。一年前のこの場所には、離婚すると同時に他国へ飛び立つ私が居ました。

あの頃は自分について何の確信も持ち合わせていない、自分の存在すら信じていられない私でした。考えてみると、そんな私が他国で一人で生活出来たことはその後の現実の中でかなり大きな能力になっていたのですね。

どこで何が起きようと命がある限りは得意の適材適所で生きていけるとも言えるのです。

 
 空港にはいろんな国の人が歩いていました。他国で生きている人を知ることは、自分の知っていることだけが全てではない事を実感させられ、今居る世界にしがみつきそうになる自分を見つめなおすきっかけとなります。私のお気に入りの場所に「滝の水公園」がありますが、その公園の高台からずっと向こうを眺めていると、世界は広くて宇宙は偉大で人間は偉大な宇宙の中のごく小さな一部である事を実感させられます。宇宙の一部である私は、他の生物と同じようにただ自然に生きる事を考えていれば良いのかもしれません。それが一番楽なのです。

日々の小さな出来事に翻弄されているなんて、本当にもったいない話で無駄なエネルギーなのですね。私は今は他国に足を運ぶことは出来ませんが、機会があればもう一度、自分とは違う世界の人々と接してみたいと思っています。

 

 昼間、他者との会話の中で自分の記憶がぽっかりと欠けている部分を見ました。現実で半年の間連続して行われていた行事は、一部の私の中ではまったく知らない出来事だったのです。そしてそれは「忘れてた」と一言でくくるにはあまりにも長い期間だと感じます。いったいどうなっているのでしょう。あの頃も私は生きていて、実際の生活の多くを知っているはずなのに。

「 現実を知っている私 」 と 「 現実を知らない私 」 が微妙に入り混じり、 “ 私 ”として存在します。それは 「 生きている私 」 と 「 生かされている私 」 です。
自分を取り戻して現実を知っている私になったとき、私は今も自分の身に起きている “ 自分の現実 ” を実感させられます。どうしてこうなるのだろうとも思うし、そんな自分を一瞬責めることもしてしまいます。でも、仕方が無いですね。癒されている部分しか優合できないのだから。

 
 自分を意識するとはどういうことでしょうか。私は自分を意識できているときの感覚を知っています。「こういうことだ」と一言で語れないところが残念なのですが、確かに自分が生きていて今はこの事をしているのだと確信できている時には、私は眼に映る全てのものをはっきりと自分の感覚の中に取り入れられ、それは私の中でとても大きな自信へと変わります。

こんな自分を持続させられれば良いのですよね。小さな事に巻き込まれてすぐに自分を見失ってしまう私ではなく・・。

いつも自分がしている事を意識していれば良いですか。自分を意識することは、このような小さな日常を生きる実感から始まるでしょう。

そうか、生きている感覚を感じることかな。そうだ。私は生きているんですね。生きているということはいろいろな感情を感じていると言うことだから、その感情を感じる事を意識して居れば良いかな。感情を感じるのですね。「小さな戸惑いを見逃さないこと」ですね。

 こうして日記を書きながらでも、気が付けば自分を見失っています。書いている自分を意識する事を忘れるのですね。

そっか。そういうことなんだ・・。ではやはり、いつもいつも “ 何かをしている自分 ” を意識すれば良いですね。練習練習・・。

私は生きているんです。ルン♪23:30


2004年05月30日(日) 「やれること」「やっていけば良いこと」  「過去の生き方」と「これからの生き方」

  やりたいことがたくさんあるような気がして、やれることもたくさんあるような気がしていました。今の私にはいったい何が出来るのだろう・・・。この延長で考えたことの中に「子どもの育ちを手伝えるか?」と言うのがありました。結論としては無理でした。出来てる部分があり、出来ていない部分があることが分かったから。

他には何が出来るのかを考えているうちに、実はそんなに大きなものではなく、日常の中の本当に小さなものから始まるのかもしれないと感じました。その中には、職場で楽しめる時間が増えていることや自分を意識できてる時間が延びていることや、そして私が過去に気付きだけで終わっているものをこれから少しずつ進めていくことも。こうして日常の中で小さな事を丁寧にしていくことが、自己実現に繋がるのかもしれません。

そう思いながら私は今夜、ある試みをしました。それは一人の時間を使ってやりたいと思っていることを、時間に区切りをつけてやってみるということでした。

といっても私は過去、常に時間に追われる感覚を持ちステレオタイプそのもので生きていたので、 ( まるで日課表を作り上げているかのように時間で区切られた四角い生き方をしていたのです ) 過去と同じに見えるやり方をするのに少しだけ抵抗がありましたが、実際にやってみると・・・国語だの算数だの読書だのと、4種類ほどの“学習していきたいこと”を、楽しむ事が出来たのです。

過去に、数字とつくものは全て自分の中から除外するほのど苦手意識を持っていた私が今は算数を楽しめる人になっています。面白いものですね。そして、自分の中の得手不得手が過去のかかわりの持ち方で決められていた事を実感しています。私達は間違いなく過去に親や教師から可能性の目を潰されてきたのですね。苦手なものをまるで生まれつきや、血液型の中で苦手であるかのように錯覚して生かされて来たのですね。

私は今改めて、自分が人生の初期に触れたものの全ては、マイナスとして私の中に植え込まれていた事を実感しています。


 私の頭には常にいろんな声が聞こえています。

この声は過去の虐待により私の中から途切れて独立させられた思考の部分でした。普通の人は自分の欲求が多数あっても優先順位で動くらしいのですが、私の場合は自分が生き延びる為に必要な順位で生きてきてきました。そしてその順位は私の意志とは反することもあり、私は過去には、“Aの事をしようとしていたのにBの事をしていて、Aは手も付けられていないまま、Bをしている自分”の状況を見て驚くことが度々ありました。

 そんな私は今日からは私の頭の声の全てを私自身の思考として動く事を意識することをしています。

どちらをしていけば良いのか決められない自分と、どちらもやりたくて「これでは体が半分に割れてしまう」と感じる自分と、実際の気持ちではない事をしている自分を感じながら、今はまだ小さな混乱の元になっています。

こうしてやってみると、マイナスの人格は必要が無いのですね。何故なら私は前に向かって進んでいるのですから、後ろを向いて過去を嘆いているだけの人では、新しい現実を生きていくことは出来ないからです。

でも・・・。
ようやく一時の混乱から脱しようとしているのかな。


 この頃、自分の思考の中に深くはまり込まずに、次の動きが出来る自分が居ます。私は過去には考えることで現実から逃げていた人です。私が考えた事は実際には別の誰かがやっていて私は考えるだけで良いのですから、ある意味楽なのです。

適材適所とはこういうことなのですね。動ける人が動いていく。そして今は私Mamoが、空想の世界ではなく現実というリアリティーの中で自分を意識して動いていく練習を重ねているのです。

私が少し前から感じている 「 何かが出来るかもしれない 」 と言う感覚は 「 現実で生き続けられる自分で居られる 」 感覚なのかもしれません。
社会の中で何か新しい事を探す前に私は一人の自分を意識して生きることが大切なのですね。そうすると、これまで手が付けられていなかったAもBもCも、少しずつ実現させていけるのでしょう。


 私はもう今は、自分から逃げてはいけないのです。他の誰かの思考だとか、自分の事ではないとかそのような考えで自分を切り離そうとする限り、偽りの自分を作り続け過去の傷を見ることも癒すことも出来ないのです。
そしてうわべで見つけた方法論だけで自分の傷を隠す生き方を続けてしまうのです。たとえそのつもりは無くても、そういうことになるのです。何故なら過去にはいつもそうやって生きてきたし、知りつつあった頃さえも無意識にその生き方を選んでしまう「呪縛の世界」に居たからです。私達は過去という悪魔に囚われていたのです。

私が自分の中にある事実を見ないでいる為には、事実ではない自分をどこかで作りあげる必要があり、その中で生きていこうとすることになります。
自分を偽る苦しさを知っている私が、現実に起こっていた自分の過去から目を逸らすことは、過去にある傷の上に更に傷を重ねることになり、それらは何時までも私の中で見えない重たさとなって自分を傷つけ続けるのです。

何よりも今の生き方のほうがうんと楽なのですから、楽な方へ楽な方へと動いていけば良いのですね。

そっか。自分が楽な状態を知っている私なのだから、そんな状態を意識して自分の事をしていけば良いのですね。考えてばかりでは過去と同じなのでした。考えないで、自分を感じて生きていくのですね。



 「今のままでも生きていける」

 流行のスタイルで決めていれば、良い男はすぐに見つかる。物分りの良い人をやっていればお金持ちの男も見つけられる。働く事を生きがいにすれば男に負けない女にもなれる。優しい人になっていれば女友達もすぐに出来る。今のままでも生きていける。過去と同じ方法で、今までどおりに生きていける。

私は何がしたいのかな。

良いだけの男は退屈する。お金に依存するのは虚しい。競争の社会の中で地位も名誉も必要ない。友達は心友だけが良い。

私は私をやっていく。自分を意識して、自分のペースを守って生きていく。私は孤独を楽しんで、自分を信じて生きていく。自分の信念を持ち続けて他の何にも動じない新しい自分を作っていく。


私は自分に必要な材料を持ち、そんな自分を確信し、そして私はただ黙って生きている。

アリスミラーは「沈黙の壁」と言う本の中で「ずっと昔から過去を見ないようにすることが繰り返され悲劇が繰り返されてきた」という内容を書いています。そうですね。私も過去には、自分の傷を見つめることが辛くて、子どもを傷つけてきました。それも仕方が無かったですね。その方法しか知らなかったのだから。 23:00




2004年05月28日(金) 適材適所 

 これで良いわけではないのに、今の自分に満足してしまう自分が居る。
自分の中にあるいろんな考えを、他の人格として切り離しちゃ駄目だと思う。自分のことだとして意識を持っていく。二年前、私には別の人格が居る事を知ったとき、私はこれまでの自分の人生のあり方を理解した。
そして今、別の自分も私である事を受け入れられない自分が居る。

 別の誰かは「何かあってもMamoちゃんが生きていくから良いよ」と言う。私は耳を疑う。

 そうか、よくわからない不安の元が少しだけ見えてきた。
私達は誰かがどこかで苦しんでいても、そこで生きられる人が現実で生きていく。私達が生き延びることが出来るように。だから今も、私達の実際に何が起きていても、目の前の現実で楽に生きられる人格が生きていく。そして他の人格は楽に生きてる事を感じている。
苦しい人格は減っただろうか。減ったんだよね。それでもその現実で生き延びられる人が表に出ては生きていく。


 こんな生き方はやめる。一人の人間として生きていく。私の頭をこんな風にさせられたことを心底悔しいと思う。一人の人間として生きられるように傷を癒している。出来てる部分は一人の自分で居られる。出来てない部分は分かれる。そうか、では出来てない部分がたくさんあるって事だね。仮説や希望はたくさん立てた。後は自分の能力を持ってやっていくだけなのだ。 7:37


2004年05月27日(木) 今の私に考えられること  

 今の私の行動は少しだけずれていると思う。どこがおかしいのだろう。
認めよう。複数である事を。いろんな人格が居て今でも振り回されている事を。複数の始まりの大きな傷を見つめられない自分である事を。

 私は自分が複数であることが分かった頃、それぞれの人格が傷を癒していけば、お互いが楽になり優しく優合できると捉えたていた。その考えは1年以上続いた。ある時から、私以外のほかの人格にはチャイルドを癒す能力が殆ど無いことが分かった。理由はおそらく、現実で生活していない分現在の能力を感じられないから。それなら、彼らの傷を癒していくのは私だと言うことになった。そう思ったのはもう半年ほど前のことだったように思うが、私は他の人格の傷を殆ど癒していない。

 私が安定している間は彼らは私の頭で取り乱すことは無いのだろう。



「今の私が考え付くこと」

 プラスな私に相反して、時々思い切り混乱してします。
この混乱は過去最高に酷い状態に思える。まるで、心の作業を始めた頃の感覚に戻ったようにさえ思える。
何が間違っていますか?分かることは、自分を意識できていれば、混乱は起きないということ。


 相対的なMamoとして、出来ている部分も出来ていない部分もどんな私も認めていこう。
逃げないで、自分の事として見つめていこう。
混乱から逃げたくなったら、 “ 混乱してる自分 ” として見つめていこう。
プラスを語った自分にマイナスをかぶせる自分が居たら “ 自分を否定する自分 ” として見つめていこう。
口をパクパク言わせて動けない自分が居たら、 “ 弱い自分 ” として見つめていこう。
あんな自分もそんな自分も、どんな自分も認めていこう。

悲しくて泣きたい。成長できていない部分を見つめられない自分が居る。そんな自分も見つめていこう。
しっかりと自分で生きたい。もう忘れないで。別の誰かじゃない、他の人格じゃない、全部全部私のこと、私の語り、私の行動。 “ 私達 ” ではない “ 私 ” のこと。
これでいいかな。分からない。今の私に考えられることはこれだけ。

世間の情報の殆どは無責任だと感じます。
「 複数人格は治療法が無い?! 」 「 うつ状態をコントロールしていくのが望ましい?! 」 止めて下さい。コントロールって何ですか?自分自身でコントロールできないものを、薬や何かでコントロールしきれるとでも?一生を?私達は、適材適所で生きてきたんです。それは無意識の世界で生まれたんです。それを、薬や何かでコントロールするんですか?それがその人のためだとでも?

これからの時間は何をしますか?新しい事をします。切り替えてね。誰に言ってますか?私が私自身に確認しています。うん。これで良いかな・・。21:17 2004/05/27


2004年05月26日(水) 鬱な生き方 鬱ではない生き方 


“うつ病”と言う病気を知ら無い方は少ないと思いますが、私はうつ病は病気では無いと断言します。「心の病気」とか「メンタルヘルス」とか言われていますが、本当は「病気」ではなく「心の問題」なのです。何が問題かというと、欝な気持ちになる生き方をしていることが問題なのです。鬱は「憂鬱」の鬱です。」広辞苑によると、憂鬱とは「心配し思い煩うこと」で、「うつ病」とは悲哀、絶望感、焦燥、苦悶感、などの精神の病気で原因不明」と書かれています。

原因不明ですって?そんなはずはありません。

私のカルテに「産後うつ病」という診断名を書いた医者は、私の心の底に何が潜んでいるのかを聞いてみると良かったのです。そうすると今頃その医師は、私の変わりに “ うつ病や他の心の病は、全てが過去の傷によるものなのだ ” と断言することが出来たのです。ま、それはどうでも良いですね。


私は過去、「鬱な気持ち」に入り込むような生活をしていました。済んでしまった事を思い嘆き先の事をマイナスに捉える事を繰り返していたのです。そして今は「鬱ではない生き方」をしています。季節が変われば衣替えをする。朝眼が覚めたら起きる。今日のご飯は何にするかと考える。明日の休みは何をしようかと考える。その次の休みはあれをしようと考える。来年の今頃はこんなことが出来ればと考える。私の人生に対して、1時間後、半日後、1年後、5年後、10年後・・こんな風にして私は何時もいつも先の事を考える。寝る前に歯を磨くことも、のどが乾いたら水を飲むことも、全てのことは過去のことではなくて、未来の事を想定して考えられている。

そうですよね。私は本当はこうして自分の未来のことだけを考えて生きていけるはずだったのです。

では何故「鬱な生き方」そして来たのでしょう。私の親は自分の人生の過去を嘆き将来に不安をかぶせて、私達の存在までも疎ましがりました。そして私達はそれが人の生き方だと学んでしまったから。だから私達は何処までいっても自分を疎ましく思う事を止められなかったのです。

最も、こんなことは今や何処にでもある情報のひとつです。くよくよしないで前を向いて生きていけばよいと。

私達は長い間、それが出来なかったから鬱になっていたのです。呪縛の世界です。

ではどうすればいいのかな。傷を癒していくんだよね。ひとつずつ丁寧にネ。


2004年05月25日(火) 風 時間の流れ 二面の私 真実の私を求めて 

  夜勤明けです。昼間の仮眠から起きてみたら・・私は今日始めて夜通しで働いた後の自分の身体はとても疲れている事を実感しました。当然ですよね。本当は日中使ったエネルギーの分だけ休ませる必要がある身体を夜通し起こしておいて、仕事をしているのですから。

 昨日から、私の中で時間はとてもゆっくりと流れています。社会はずっと前からいつも同じ調子で動いているのだろうけれど、今の私の周りの時間はまるで水道水が蛇口からちょろちょろと流れるようにゆっくりと流れています。そしてこれからの私の人生は、器の汚れがほんの少しの水でもきれいに流されていくように私の傷もただゆっくりと確実に剥がれ落ちていくのですね。

過去には、外を吹く風は鋭く私の肌に突き刺さりました。そして今は、過去と同じように私の周りで吹く風は、私の生身の肌をただ優しくなでるのです。



 お掃除をしました。それがですね・・突然靴を洗いたくなり、靴を洗っていてとても気持ちが良いものだから、掃除機をかけたくなり、部屋がきれいになることもとても気持ちが良いものだから、今度はトイレ掃除もしたくなり、それもまたとても気持ちが良いものだから、お風呂のカビまで取りたくなり・・・・と、こんな具合に気持ちよさの延長で動いていたら、いつの間にか自分のいる空間が気持ち良いくらい綺麗になっていたのです。洗剤のアブクの中で綺麗になっていく靴を見ながら、過去にもこんな風に靴を洗っていた自分を思い出しました。 「 あの頃こんなに楽しく靴を洗う自分はいなかったのは何故だろう 」 自分自身に投げかけた問いの答えを今は無理に探し出す必要もなくなり、私は傷を癒す作業をしていくだけで良いのだと、自分を確認する私でした。




 私は今日、「癒されて居ない部分の自分」を見ました。
子どもの人格の気配を感じて交代を防ごうとした瞬間に、私は底に落ちていました。それはまったく防ぎようが無い状態でただ苦しくてたまらない、体のおき場所が無い感覚を感じるのみでした。
私は過去にはいつもあんなふうにして、突然闇に吸い込まれていたのですね。まるで自分の力が現実の何処にも届いていないような感覚で。
そして私は・・・ “ その時 ” の自分の姿にとても驚きました。とてもとても・・・。

 楽に生きている私と、癒されていない部分で苦しんでいる私。どちらも真実の私なのですね。


 そして今は、悔し涙を流すだけでは.癒された部分で現実に適応している私を見ているだけでは、本当の私にはなりえない事を知りました。

今の状態の私では、社会に適応する事が出来るのみで、癒されていない私は永遠に同じ事を言い続けるのですね。

そして癒されていない私を嘆いているだけの自分では、私の楽な部分は今以上に広がっていかないのですね。

私の中の人格の共存がありえないように、社会に適応するだけの自分も、私の中ではありえません。それは “ 真実の私 ” ではないから。


 それならば・・・私はこれからも自分を見据えて、本当の私を探して生きます。21:50 


2004年05月24日(月) 生き方 全体としての私  複数人格であること

 意識していなければ、すぐに乱暴な生き方をしています。私は今のように生きたいのではありません。丁寧に生きようではありませんか。私はバラバラで苦しんでいた頭の中をひとつとして捉え、考えを纏めていく方法に切り替えられ、今はこの生き方が少しでも自分の物になるように癒しの作業をしている途中なのです。

私は今、楽に生きる方法を知っているのに、わざわざ後ろを向き乱暴に生きていることがあります。

 生きるために社会の人と関わりを持ち仕事をしています。マイナスの社会にいて、自分がほんの少し楽に生きられていることで、私はあたかもずっと前からここにいて、今のような考えを持ち楽に生きてるように感じています。時には私自身が何ひとつの過去も持たない自分のように錯覚しています。

何故でしょう。私は複数人格だからです。

その時その場所に適した人格で生きてしまうのです。私達は過去にいつでもそれでも生きてくることが出来ましたし、これからも同じ方法で生きていける事を無意識の中で知っているから。



 丁寧にやっていこうではありませんか。プラスをたくさん取り入れて、一つ一つ丁寧にやっていこうではありませんか。 

 本来はひとつの頭であり、私達は何があっても常に “ 生きていく事 ” を選んでいるのだから・・。8:00


2004年05月23日(日) 優劣の壁 社会の基準に居る辛さ

  今朝布団の中で目覚めたもう一人の私は、眼を開けて一言「起きるのは私ではない」と言って中に入っていきました。私は部屋をぐるりと見渡して、過去の物になった昨日までの混乱を思い返していました。何がおかしかったんだろう。

考える材料を持っていて、それを使って楽に生きられる自分も居る。楽な自分を持続できる自分も知ってる。だから私はもう一人の私を手伝おうと思えたし、彼女が私と生きる現実を望んだはず。どこかで何かがずれていたのです。そうでなければあれほど多くの人格が混乱して飛び出てくることも無いのではないかと、そんな風にも思えました。何しろ私達は過去には人格を作り出すことで生き延びてきたのですから。

「又原点に戻ってやり始めよう」 そう思いながら昨日私がここで語った全ての言葉を思い起こしていました。その時ふと、昨日の私の言葉の中に優越感が含まれていた事を発見したのです。

「 私は他者からの評価を持っていて他者の視線を気にしていた 」 原因はこれだったのか・・・それなら私はもう一人の私に申し訳ない事をした。彼女は直接の原因ではなかったのかもしれない。

昨日までの彼女の頭に浮かんでいた職場でのいくつかのシーン。何度も何度も同じ場面が浮かんでいたのは何故だろう。その時ふと、私の頭にじわじわと浮かんできたのは“劣等感”と言う言葉でした。そうか。私達は職場で劣等感を感じそれを抱えて、その辛さと引き換えに優越感を持ち出したのだ。ようやく原因が分かった。マイナスから抜けると、マイナスにいた事がわかるとは本当だったんだね。

 私は癒されていない部分はいつでもすぐに、過去の基準に引き戻されると言うことと、私達の頭の中も本当に癒されていなければ優合にはならないのだと言う事を改めて感じさせられました。 7:30 


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