留学先での独り言

2005年03月19日(土) 春休みも終わりに近づき

午前中に勉強をした後、午後は結果的にずっとテニス
をしてしまった。これではいかーん。ということで
夜からあわてて勉強の予定。

しかし2日続けてテニスをすると身体が非常に重く
感じる。テニスぐらいは筋肉痛なく楽しみたいもの
なんだけどなぁ。

そういえば2日前に以前ハティスバーグに住んでいて
現在ミネソタにある大学に通っている人が春休みに
南下してきて、自分の部屋を訪問してくれた。最後に
あったのは4年以上前で非常に懐かしく、短いながら
楽しい一時をすごした。おまけにお願いしていたここ
までの高速の地図を持ってきてくれて、全米全州の
地図を集めている自分としてはうれしい限り。コレク
ションに5州が加わって全部で24州となった。

50州集まるのはいつのことだろう。



2005年03月18日(金) ロシアから養子にきた子との話。

今日は夕方から野球の試合をカバー。朝はゆっくりと
起きたけど午後から高校に行くまではずっと文献を
読んでいた。過ごし方としては悪くない。

こっちの野球では女の子がバットガールとしてベンチ
に入る。なんてことはない、選手が打った後放り投げ
たバットをベンチまで持ってくる係りだ。フットボー
ルみたいに雑用はガキンチョにやらせればいいのに、
野球は何故か女の子。この辺がよくわからない。

実は昨日試合中に電話がかかってきて日本語を使った。
すると一人のバットガールの子がこっちを見ているの
に気づいた。ダグアウトで日本語を使うのは非常に
間が悪いので「ごめん、母国語で話したよ」と言うと
「どこから来たの?」という質問。「元々は日本だよ」
というとその女の子は「私、ロシア。」「えっ留学生?」
と聞くと「ううん、6年前に養子になってアメリカに
来たの。10歳まではロシアにいたよ」「じゃロシア語
話せる?」「もちろん、来た当時は言葉ですごく苦労
したよ。英語はもっとも難しい言語の一つだわ」

言葉からはこの子が他の国から来たとは全く思えなか
った。ただ10歳だと十分に小さいときの記憶もあり、
こっちの生活に対応するのも大変だったと思う。ホーム
シックだってあったに違いない。名前でさえ本来の名前
から英語名に変えさせられたと言っていた。(ちなみに
昔の名前は非常に長いらしい)

日本で養子というと後ろめたさを感じることが多いか
感じがするが、こっちは驚くほど多い。また養子に
なったことを全くも隠さずに、平気で話してくれる
いい意味での明るさもある。

この辺は人種が交じり合ったアメリカのくだけている
いい所かも知れない。


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