| 2005年01月07日(金) |
Greene Countyへ |
冬休み最後となる週末もいつも通りお仕事へ。 2時ごろに高校に行き、野球とソフトボール部を訪問し、その 後はバスケ部の遠征についていった。
今日の場所はGreene Countyという隣はアラバマという所。 ハティスバーグからはハイウェイ98をひたすら南東に下るだけ なんだけど、とにかく周りが何もない。あったのは軍人さんの 訓練基地となるCamp Shelbyだけ。逆にそれだけ田舎というこ と。
45分ほどひたすら走るとようやく言われたハイウェイ57が見 えたのでそれを左折。道路こそ舗装されていてハイウェイと いう感じはするが、ここでも周りは家一軒見えない林。しば らく走ったら右にグローサリーストアが見える、と言われた けど全くその気配がない。いまだにこの「しばらく」という 感覚が身についてないことを知った。
実際「かなり」走ると開いているのか開いていないのかわか らない小さいグローサリーストアが見え、高校はこちらとい う看板も見えたのでそこで右折。ここで「しばらく」走ると ようやく高校が見えて無事到着。確かに曲がるのは2回だけで 簡単だったがその間が長すぎる。
周りの風景の割にはこの高校、小さくない。一体みんなどこ に住んでいるだろうか?と不思議に思う。ちなみにここの高校 のニックネームは「ワイルドキャッツ」。妙に納得した。
試合はいつも通り負け。でも男女ともそれほど悪い試合でなく ヘッドコーチも悔しさはあるものの一応の満足感はあるような 雰囲気だった。
さぁ、帰るぞ、と車を走らせたのはいいが外はものすごい どしゃぶりの雨。これがハティスバーグに近づくほどひどく なってワイパーを使用しても全く前が見えないほどだった。 自分は右側をゆっくり走ったが、こんなときもでかいピック アップは左からどんどん抜いていく。一体こいつらどういう 感覚してるんだと思う。
どうにか家についてTVをつけると、なんと洪水警報とトルネ ード警報が出て、シェルターに非難せよ、となっていた。ど うりで雨がひどいはず。耳を澄ませば外で警報のサイレンが なっていた。
でもこのアパートにそんなものない。ない人は床にはいつく ばって頭を両手で覆って、とTVでいうけどそんなことで助かる んだろうか?
それでも一応携帯電話と懐中電灯と財布を身につけてカウチ でテレビを見ながら時がすぎるのを待った。結局無事だった。
まとまりはないが、今日はこんな風に過ぎた。
| 2005年01月06日(木) |
えっ、Coach Nixが移籍? |
昨日津波の被害にあった人々にAmerican Red Crossを 通じてわずかながらも寄付をした。決してお金に余裕が あるわけではないので、出来るやり方で、出来る範囲で 寄付をした。気持ちだけでも届けば。
でも日本赤十字を通じてやればよかったのかなぁ。あと でどこの赤十字がいくら寄付とか変な統計なんて取って なければいいけど。
年が明けた第1週だが仕事の方はいきなり全快。いつも 通り高校行って、3つの部活の面倒を見て、その後は William Careyに行ってバスケを2試合カバーした。 帰ったら10時半すぎてたよ。今晩はもう疲れたぁ、寝る って感じ。授業が始まったらどうなるんだろうと少し 心配。休みボケがついてしまったようだから。
そうそう気づかなかったんだけど、今までUSMのフット ボールで守備コーディネータやっていた人がいつのま にかSouth Carolinaに引き抜かれていた。彼はUSMの 若くして看板のコーチで、去年Auburnから引き抜きの 話があっても断っていただけにずっとUSMに残ってくれ るものだと信じていたが、Spurrierに誘われたら心が 揺れたんだろうか。残念でならない。
彼はすごくきさくな人で、自分にあうといつも声をかけ ては握手をしてきた。今年自分がUSMに戻ってきたとき もたまたま会って、「やっぱ南部のがいいだろう?」 なんて話をしてくれるような人だった。因みに彼は自分 の日記でも何度か書いたDerrick Nixのお兄さんでも ある。
ただ最初に謝っておきたいことがある。もしSouth Carolinaで彼に会う機会があって、彼がいきなり変な 日本語を言ってきたら、それは僕の責任です。確かに 彼が教えろって言ったけど、僕が教えました。
ごめんなさい。
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