週末、久しぶりに義父の施設に顔を出してきた。 市民病院→民間病院→老人施設と転院して。 今は最終的に入りたい施設の順番待ちをしている状態。 入りたいというか、家族が入れたい施設か。。。
最後に義父に会ったのは妊娠が解る前?発覚直後? かなり久しぶりのお見舞いでした。
今居る施設はまだ築年数が浅くとてもキレイ。 スタッフもハキハキと挨拶してくれて気持ち良い雰囲気。 でも義父は。 ココは合わない、早く出たい、家に帰りたい、と。 病院ならずっと自分のベットで寝てられるけど 施設はなるべく車いすに座ってホールで日中を過ごすシステムらしい。 自分のペースでゆっくりできないのがイヤなのかなぁ。
で、久しぶりに会った義父は。 かなり痩せてて。 体は一回り小さくなって、顔も頬の肉がげっそりと言う感じで。 話し声も小さく、何を言っているのか全然解らなかった。 気を抜くとすぐに口元からよだれが垂れて。 なんだか切なかったなぁ。 うちの両親よりも若いのに。 見た目10歳以上老けて見える。。。
もしも。 もしも自分の親が同じ状況になったら。 大変だよなぁ、やっぱり。 父に対して不満はあるけどそれでも元気でいてくれるのは ありがたいことなんだなぁ。
老いるって切ないね。 決して避けられないのがまた切ない。
んー、普段ならココに書く愚痴を某所でサラリと書いてみたら。 やっぱり的外れな善意的リプが飛んできた。
そりゃそうだよね。 言葉の表面だけとらえたらそう思うよね。 そこに至るまでのアレコレを某所で晒す気は全くないので。 そういう通り一遍な事しか返ってこないよね。 うんうん。
あそこはチラ裏にもなりえない。 ただ、一過性の感情をさらさらと流す場所。 しっかりと沈めたい事柄はココに来なきゃダメだわ。
それでも情報収集や、楽しい時間を過ごすにはいい場所なんだよなぁ。 某所って。
甘えないで。 と、思う。 親に対して、私に甘えないで、と。
消化(昇華)出来たと思っても やっぱりどこかでくすぶってる思いはぬぐいきれず。 ココで書くのは何度目になるか。
幼稚園、家庭の事情で無理を言って1年早く入園させてもらい。 年少を2年経験した。 朝のバスのお迎えは近所のお宅に預けられ。 帰りは一人最後まで園に残り学童保育に送り届けられた。 とにかく寂しかった。 幼稚園なんて大嫌いだった。
小学校、悪夢の日々の始まり。 いつからいつまでなんて覚えてないけど。 小学校時代はずっと続いてたんだと思う。 家の中は、自分の部屋ですら心休まる場所はなかった。
反抗期の中学高校。 とにかく親の重圧がすごく息苦しい毎日。
短大になって少しは自由になれた気がするけど。 刷り込まれた常識、価値観に縛られ続け。
社会人になり、家を出て。 恋愛で心を病む。 でもこの病んだ経験はとても感謝してる。 今まで常識だと思っていた固定観念がガラガラと音を立てて崩れて行った。 自分の芯が無くなって右も左も解らず病んでしまったけど。 そこからキチンと立ち直ったし、正しい常識なんて無いって学んだ。
相方と知り合って。 やっと、やっと、心穏やかに過ごせる場所を見つけて。 今はとても幸せな日々を送っている。 相方には本当に感謝してる。 存在そのものに感謝。
で。 こうして振り返ってみると。 私が辛かったとき、寂しかったとき。 あの人たちから愛の手を差しのべられたことなんて 一度として無かったんだなぁと。 辛いから助けて、なんて言った事も無いけど。 私はいつも自分の中に寂しさを問題を抱え込んで。 いつも自分で解決してきた。 んー、解決じゃないな。 我慢して諦めて折り合いをつけてきた。
両親は歳をとり。 肉体的にも精神的にも弱くなってきた。 だからって、私に甘えないで。 私が守ってほしかったとき、あなたたちは何もしてくれなかったじゃない。 でも昔みたいに毛嫌いしてコミュニケーションの門前払いなんてしないから。 適度な距離を保って接しようよ。 あなたたちが適度な距離からしか私を見てこなかったように。 私もある程度の距離感が必要だよ。
今週末は久しぶりに実家に帰らなかった。 それだけで気持ちがすごく軽い。 気が付かないところでどれだけ負担になってるんだろう。
こういう言い訳ばっかりして狡いは私の方なのかな。。。 過去は過去できっぱり置いてこなきゃいつまでも気持ちの繰り返しは続くのかなぁ。 過去の出来事を洗いざらい全部話してしまえば良いのかな。 それでやっと対等になるのかな。 なんて、無理だよね、今更。
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