やさしい気持ち

2008年01月24日(木) にっこり と むっすり

昨日、会社帰りに父の病室に顔を出してきた。
ちょうど夕食時で美味しそうにご飯を食べてた。
私が「こんばんわー」と顔を出すと
父はちょっとびっくりして
でもその後すぐに本当に嬉しそうな顔をした。
あぁ、来て良かった。

病室に行ったところで何を話すわけでもなく
ただ少しの時間を共に過ごすだけだけど。
今日も行くからね、おとぅ。
来なくても良いよと言うけれど
あんなに嬉しそうな顔を見ちゃったら。
行かないわけにはいかない(笑


本当の治療は手術が終わってから、なんだよね。
友人の言葉でその事に気が付いた。
私に出来る事は頑張るよ!



しかし、家に帰ればなんとなくむっすり君が1人。
どうしたら納得してくれるんだろうなぁ。。。

相方ママンが胃腸風邪を患った時には
お姉さんからメールが来て「様子見に行ってあげて。心配。」と。
その気持ちは理解してるっぽかったのに。

やっぱり血の繋がらない人だから?
それとも私が家族を毛嫌いして遠ざけてきた姿しか見せてないから?
確かに家族とは距離を保って接してきたけど
だけど今は事情が違うと思うんだよね・・・。
健康ならばお互い好きなことをしてなるべく関わらずに過ごすけど。
それでなくても4人家族だったのに兄が亡くなって
3人家族になっちゃったわけだし。
コレって私が思う勝手な意見なのかなぁ?
この思いを「常識」とか「普通は」とかで語ったらダメなのかなぁ?

いつか相方の家族に何かあったら、その時に気が付いてくれるのかな?
でもその時じゃ遅いんだけどな。

だけど自分が二十歳そこそこのころを振り返ってみると・・・。
家族の看病をしている会社の先輩とか
「すごいなぁ、遊びよりも看病を優先するなんて私には出来ない」
って思っていた記憶があるから。
相方の気持ちも理解できないではないんだよね。

あー、なんだか書いてたら止まらなくなってきた。
つらつらとまとまらない文章ですみません。
ちょっと思考をクールダウンしなくては。



2008年01月23日(水) 本日より

本日より父が入院。

日曜日に会った時よりも顔色が優れず、とにもかくにも心配。
手術は来週火曜日。
おとぅ、ガンバレ!!


実家に帰るたびに兄の知らなかった一面を知らされる。
聞きたいわけでも、聞きたくないわけでもないけれど。
聞けば胸が苦しくなるのは事実。

兄は何を思って生きていたんだろう。
何を思って死んでいったんだろう。
残された人の気持ちも少しは考えてくれたのかな?



2008年01月21日(月) 優しさの行方

兄が亡くなったことを知っている友達からのメール。


『久遠どうしてる?もう仕事行ってるのかな?また連絡ください。』


気に掛けてくれてありがとう。
メールをもらってその日のうちに返信。


「うん、もう普通に仕事行ってるよ。」


しかしその後友達からの音沙汰無し。
早6日目。
その後のメールを期待してしまう自分がイヤ。

友達の優しさがどこに向かっているのか良く解らない。
私が仕事へ行っているかどうかの確認がしたかったのかな?
仕事に行けてない状態ならば励ましに来てくれる予定だったのかな?
うーん。。。


包帯を負けない傷なら触れるべきではない。
中途半端な優しさって、残酷。



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・・・そうですね、早急に変更します。


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